Research Digest (DPワンポイント解説)

サービス部門及び製造業部門における多国籍企業:日本のデータによる企業レベルの分析

解説者 田中 鮎夢 (研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0069
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少子高齢化で伸び悩む国内市場、中間層の台頭に伴い勃興するアジア消費市場─。日本企業にとって海外での事業展開が一段と重要になっている。欧米の公的債務不安などを背景に急速に進む円高が、外国直接投資をさらに後押しするとの見方も多い。だが、現状では日本企業のサービス部門での海外進出は欧米企業などに比べ遅れを取っているように見受けられる。田中研究員は本論文で、先行研究があまり取り上げてこなかったサービス分野の企業と生産性の関係に着目し、厳密な統計手法を用いて実証分析した。その結果、①海外に子会社を持つ企業ほど生産性が高い、②より多くの地域に子会社を持つ企業ほど生産性が高い─という関係を確認した。生産性の低い企業は外国での投資が難しいため、政府は相手国との投資協定の整備などによって公的支援体制を強化すべきだと訴える。田中氏は今後もサービス部門の企業を対象とする研究を重視し、海外進出と国内雇用の関係などを新たなテーマにさらなる実証分析に取り組む意向だ。

経済にとって重要なサービス部門

――まず始めに、今回の研究に取り組まれた経緯、問題意識について説明してください。

この論文は、日本の企業レベルのデータを使って、製造業部門とサービス部門の双方における企業の生産性と海外進出の関係を分析することを目的としていますが、1つの特徴は、対事業所サービス業や対個人サービス業といった狭義のサービス業に限らず、卸売業や小売業をも包括するサービス部門に着目した点です。

国際貿易論は、そもそも物理的に貿易が可能な財を対象にしてきた学問です。たとえば、リカードが比較優位論を展開する中で言及したように、英国とポルトガルが毛織物とぶどう酒を交換するといった世界です。そのため、国際貿易論の研究対象は、伝統的に製造業部門が中心を占め、サービスのように目に見えないものは守備範囲外といった空気がありました。21世紀になって「新々貿易理論」や「異質な企業理論」(firm heterogeneity model)と呼ばれる新しい理論に基づいた、企業の国際化に関する実証研究が進められていますが、その対象も、依然として製造業が中心となっています。

しかし、サービス部門の企業も、海外に子会社を作り、自らが海外に移動することで、現地の顧客にサービスを提供しています。インドの企業が、欧米の企業のコールセンターとしての業務を受注しているように、国内にいながら海外の顧客にサービスを提供する事例も増えています。研究者にとって身近なところでは、英語で書いた論文をインドにメールで送ると、インドの人が校正して、2週間ぐらいで返信してくれるといったサービスもあります。このように世界では技術的な進歩によって貿易が可能になったサービスが増えています。そもそもサービス部門は経済にとって極めて重要な存在であり、国内総生産(GDP)・雇用に占める割合は、米国で8割、日本でも7割にも達しています。国際貿易論も、サービス部門をより直視していくべきだと思います。

――日本企業の海外進出の現状をどのように見ていらっしゃいますか。

サービス部門の海外進出は、製造業部門に比べ遅れているという印象を持っています。確かに、学習塾の日本公文教育研究会や「無印良品」を展開する良品計画など意欲的な企業もありますが、まだ少数派ではないでしょうか。総務省の「事業所・企業統計」によると、製造業では25万8648社のうち、2.257%の企業が海外に子会社を持っています。しかし、サービス部門では、たとえば飲食店・宿泊業8万4389社のうち0.172%しか海外子会社を持っておらず、対外投資の動きは鈍いのです。

経済産業省は2010年3月に「拡大するグローバル市場への挑戦~日本・海外サービス企業20社の先進事例に学ぶ~」という報告書を出すなど、サービス部門のグローバル化に力を入れようとしています。少子高齢化で人口減社会に突入した日本の企業にとって、自らの成長のために海外進出が重要になっているのは論を待ちません。サービス部門の実態を探るためには、海外進出で先行する「スーパースター」とも呼べる個々の企業に着目するのでなく、統計的な全体像を基礎に分析しなければなりません。本論文を通じ、海外に進出している日本のサービス企業の実態を解明し、政府が政策を推進するうえで役立つ情報を提供したいと思いました。

――日本のサービス部門の海外進出は、欧米と比べて遅れているのでしょうか。

データ上の制約などがあるため、日本企業と欧米企業の海外進出の状況を、統計的に比較することは困難です。しかし、日本には欧米系のホテルや飲食店が多数進出していますが、欧米で日本のホテルや飲食店を見かけることは稀です。たとえば、RIETIのある経済産業省庁舎の地下1階にはスターバックスが入っていますが、ワシントンの米商務省ビルに日本のコーヒーショップはないでしょう。先ほどの「公文」や「無印」以外にも、最近は「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングや大手コンビニ各社など、アジアを中心に海外進出に力を入れる企業が増えていますが、質の高いサービスを提供する日本企業の対外投資がなぜ全体的に遅れているのか、という疑問はぬぐえません。その理由については、個別の事例分析を基にさまざまな要因が指摘されていて、文化や言語といった問題も取り上げられています。しかし、私は、そうしたものではなく、「生産性」という企業の究極的な良さを測る純粋に経済的な指標に注目し、実証分析をすべきだと考えました。

厳密な統計的手法を駆使

――この分野の先行研究は多いのでしょうか。

実は、サービス貿易の拡大に伴い、サービス貿易を対象とする研究も増え始めてはいます。ごく最近も国際経済学で最も権威ある学術誌である「Journal of international economics」に、サービス貿易を手掛ける企業の特性を研究した論文(Breinlich and Criscuolo, 2011)が載りました。しかし、これら先行研究は、企業自体は本国にいながら海外向けにサービスを提供する、つまりサービスの輸出を分析対象としたものでした。これに対し、本論文は、企業が自ら海外に進出する、たとえば吉野家ホールディングスが中国で投資を実施し、上海に出店するといったような事例に着目しています。サービス部門にはホテルや飲食店など、自らが国境をまたがないとサービスを提供できないケースが多いので、このような実態を踏まえる必要があります。

サービス分野の企業の生産性と、対外投資の関係については、東京学芸大学の伊藤由紀子准教授が先駆的な研究をされ、2007年にRIETIからディスカッション・ペーパー"Choice for FDI and Post-FDI Productivity"(07-E-049)も出されています。私はこの伊藤先生の先行研究に触発されましたので、2つの論文には類似する点もありますが、「使用データ」と「分析手法」という2つの点で大きく異なります。

まず、データですが、私が使用したのは経済産業省の「企業活動基本調査」です。本論文が理論的な枠組みとして採用したのは、「新々貿易理論」の中でも外国直接投資を考察した代表的な研究である、ヘルプマン他の研究(Helpman et al.2004)です。彼らの理論は大変精緻ですが、要は「生産性が高い企業でなければ、海外に子会社を持つことはできない」ということに要約されます。こうした理論を検証するには、大企業だけでなく中小企業も、生産性の高い企業だけでなく低い企業も含んだ包括的で大規模な企業データが欠かせません。「生産性が高い企業だから海外に進出できた」という結論を得るためには、その企業の生産性が相対的に高いか低いかを知る必要があるからです。その意味で、多様な企業が含まれる「企業活動基本調査」は有益な情報を提供してくれます。この点は知名度の高い大企業、いわば「優等生」に関するデータを基に分析された伊藤先生の研究とは異なります。

次に手法ですが、上記のデータを用いて、海外に子会社を持つ企業の特性を、厳密な統計的検定によって分析しています。具体的には「コルモゴロフ-スミルノフ検定」と呼ばれる手法です。通常の計量分析の手法では、海外に子会社を持つ会社と持たない会社の、それぞれの平均値を比べる、つまり1つの点と1つの点の比較になってしまいます。しかし、海外に子会社がなくても生産性の高い企業はありますし、逆に子会社があっても生産性の低い企業はあると思われます。こうした事象は単なる平均値同士の比較では捨象されてしまいます。「コルモゴロフ-スミルノフ検定」を使うことで、海外に子会社がある企業と持たない企業の生産性の分布を比べ、「子会社を持つ企業の分布は全体的に高い」と論じることが可能になります。

――この研究における主要な発見は何でしょうか。

2つあります。第1に、理論が示唆するように製造業と同様にサービス部門においても、生産性が高い企業ほど海外に子会社を持つ傾向にあることが確認されました。図1は分析結果を示したもので、海外に子会社を持つ企業(「多国籍企業」)と持たない企業(「非多国籍企業」)の生産性の分布が描かれています。横軸の0のところは、おのおのの企業群の平均生産性を示しています。平均生産性を超える企業は、非多国籍企業では2割に満たないのですが、多国籍企業では4割近いことが見て取れます。多国籍企業の生産性は、より高い範囲に分布しているというわけです。サービス部門には卸売や小売、対個人サービス、対事業所サービスなど、さまざまな業種が含まれますが、これら個別の業種に絞って分析しても同様の結果が得られました。計量経済学的な検定では手法を少し変えると結果も変わることがあるのですが、今回は多くの頑健性の確認を経ても結果は維持されました。つまり、かなり強い結果となったのです。

図1:多国籍企業と非多国籍企業の生産性分布
図1:多国籍企業と非多国籍企業の生産性分布

第2は、製造業だけでなくサービス部門でも、多くの海外地域に子会社を持つ企業ほど生産性が高い傾向にあるということです。これを示すのが図2で、同様に進出先の多い企業ほど生産性がより高い範囲に分布しています。実は、海外進出先の数と生産性という双方の関係については、製造業を対象とする先行研究はありますが、私の知る限り、サービス部門を取り上げたものは見当たりませんでした。企業がアジアのみに進出するよりも、北米や欧州など複数の地域に進出する方が、ハードルが高そうなことは直感的には想像できます。当然のことと思われるかもしれませんが、このことを厳密な統計分析によって明らかにしたことも、本論文の主要な貢献です。

図2:進出地域数と生産性の関係
図2:進出地域数と生産性の関係

以上の計量分析は骨の折れる作業でしたが、結論自体は地味なものです。研究は、レンガを1つずつ積み上げるようなもので、地味ではありますが、本論文がこの分野の1つの礎になればと願っています。

――生産性が大事ということですが、サービス企業の生産性を規定する要因は何でしょうか。

生産性の高い企業というのは、限られた労働者や機械を用いて、より多くのアウトプットを出せる企業、つまりパフォーマンスが高い企業です。企業の生産性の決定要因については、RIETIでも複数の研究プロジェクトで研究されている重要なテーマで、たとえば宮川FF(学習院大学)の「日本における無形資産の研究」プロジェクトでは無形固定資産に注目した研究が行われています。ただ、製造業部門での生産性というのは、単純にいえば「1時間にどれぐらい自動車が生産できるか」という世界です。これに対し、サービス部門の生産性となると「あるホテルがなぜ、他のホテルよりも顧客から高い料金を取れるのか」というような問題になります。このことに影響を及ぼすのがブランド力とか、「何とも言えない高級感」といった無形固定資産だと考えられます。このように、率直なところサービス分野の生産性を何が規定するのか、という問題は非常に難しいテーマです。

投資協定の整備などが肝要

――この研究からどのような政策的インプリケーションが導かれますか。

本論文の結論は、サービス分野でも、海外進出を進めるうえで企業の生産性が重要なカギを握るという点です。生産性の低い企業にとって対外投資の敷居が高いのは、海外進出に伴う多額の初期費用を負担することが難しいからだと思われます。初期費用とは、進出先で法人登記をする、用地を購入しビルを建てる、従業員の採用・教育を行う、取引先を開拓する、広告・宣伝を行う、といったさまざまなコストです。

では、日本政府に何ができるのでしょうか。本論文では現状打開に向けた政策のあり方については分析していませんが、恐らく初期費用を軽減するために相手国との投資協定を整備することや、日本貿易振興機構(ジェトロ)などを通じて相手国の情報収集に積極的に取り組み、公的な支援体制を強化することが必要でしょう。ただし、足元では円高が猛烈な勢いで進んでいます。この要因で海外進出の初期費用はかなり軽減される状況にあります。日本のサービス企業にとって海外進出の好機といえる時期が訪れています。また、日本企業は外国でのM&A(合併・買収)に消極的ともいわれますが、是非、今回の円高を活用していただきたいと思っています。

――今後の研究テーマについてお聞かせください。

今回の研究は、「外国に子会社を持つサービス企業の特徴とは何か」を実証したものです。したがって、海外進出によって、その企業に何が起きるかという点は分析していません。日本では企業の海外進出の必要性が叫ばれる反面、国内が空洞化するとの懸念も根強く指摘されています。このような状況の下で、製造業については、輸出や外国直接投資、海外へのアウトソーシングなどによって生産性や雇用が増えるという研究結果が既に多く出されています。しかし、サービス部門を対象にした同種の研究は少ないのが実情です。私は海外進出によるマイナスの影響は必ずしもないと思っていますが、その事を本論文と同様に包括的なデータを用いて検証したいと思っています。

中でも、特に興味があるのは賃金・雇用への影響です。日本の労働市場は正規雇用と非正規雇用というように市場自体が複雑になっているので、こうした現実も踏まえて研究する必要があるでしょう。海外進出と賃金や正規・非正規雇用との関係については、実は製造業に対してさえ、あまり研究が行われていません。企業が海外に進出する一方で国内雇用も維持されるというのが望ましい状態ですが、実際にそれがいえるのか。このことは虚心坦懐にデータを分析して論じなければなりません。

また、本論文ではサービス輸出は分析の対象外でした。英国などではサービス貿易に関する研究が既に発表されていますが、日本ではデータの制約上、難しいのが現実です。しかし、経済産業省が近々データをまとめる予定なので、国際標準の研究が可能になります。いずれにせよ、今後もサービス分野を主要な研究テーマとしていきたいと思っています。

解説者紹介

2010年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。2010年京都大学博士(経済学)。
2008年-2010年RIETIリサーチアシスタントを経て、2010年よりRIETI研究員。
主な論文は、「企業の国際化における企業異質性と市場特性」『三田学会雑誌』第102巻3号(2009年10月、pp.41-60(若杉隆平氏との共著))。「輸出及び外国直接投資と企業の異質性に関する研究展望」『経済論叢』第183巻3号(2009年7月、pp.101-112)