Research Digest (DPワンポイント解説)

日米韓企業のIT経営に関する比較分析

解説者 元橋 一之 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0017
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ITと経済成長(生産性)の関係を吟味するには、従来のマクロ分析に加えて、企業データを使ったミクロ分析を充実する必要がある。長年両者の関係を統計的に分析してきた元橋一之RIETIファカルティフェローは、企業データに経営学的視点を加味して日米韓の大手企業を対象にアンケートを実施、「ITと経営の親和性」に関する比較分析を行い、RIETIディスカッション・ペーパー「日米韓企業のIT経営に関する比較分析」にまとめた。全社的な経営戦略上のIT戦略の位置づけ、より競争力強化に直結した分野へのITシステムの活用貢献度において、日本企業は依然米国に遅れをとっている、というのがひとまずの結論である。

マクロからミクロデータに遡及して経営学的分析を加味

――先生の一連の研究における、今回のIT経営に関する国際比較分析の位置づけをお聞かせ下さい。

1995~98年にOECDでエコノミストとしてITの経済効果に関する研究をしていました。当時は米国でインターネットが本格的に普及し、企業のIT投資で生産性も向上、いわゆる"ソロー・パラドックス"も解消しつつありました。研究テーマとして、マクロ経済成長とIT投資の関連に着目し、クロスセクション・データと産業連関表を使った日米欧の比較研究に取組みました。帰国後は通産省(現経済産業省)の中小企業庁、通商政策局、調査統計部と部署は変わりましたが、ITの経済分析に関する研究テーマは本業とは別に温めてきました。

2002年から一橋大のイノベーション研究センターで研究するチャンスを得て、これまでのマクロレベルや産業レベルの分析に加えて企業レベルデータを用いた分析を始めました。経済成長・生産性とIT投資の因果関係は、最終的にはミクロデータでしかつかめない。それには企業レベルにまで遡る必要があることに思い至ったからです。OECD時代から続けてきたITと生産性に関するマクロ、ミクロの両面からの分析結果については、『ITイノベーションの実証分析』(東洋経済新報社)として取りまとめることができました。

――当時は未だ企業データの活用はポピュラーではなかったのでは?

企業レベルのデータを用いた分析は、米国の研究者にインスパイアされたことが契機になっています。米国においては商務省傘下の経済分析研究センターが良質なデータベースを構築していました。これと同じようなデータ分析ができないかと調査統計部時代には、工業統計や企業活動基本調査の個票データベースの構築に取り組みました。そのうち、商務省の研究センターの研究員と共同研究を行うこととなり、ITの企業パフォーマンスに関する日米比較分析を行った結果、両国の間でITの生産性に対する効果は大きく異なることがわかりました。

具体的には、2000年のミクロデータを使ってITネットワークと企業レベルの生産性を日米比較した場合、米国はITのTFP(全要素生産性)に対する寄与度が4%に対して、日本企業は2%しかない。何故だろうか。当時、日米でITの経済的インパクトが異なるのは、日本においてIT投資が遅れているという議論が中心でした。しかし、ここで分かったのは、ITの活用が日本企業において十分ではないということでした。そこで、どのようにITの使い方が異なるのかといった経営学的な分析手法を加味しながら日米、さらには対象を広げた国際比較で統計的に実証してみよう、というのが今回の研究の趣旨です。具体的な方法論としては、大手企業にアンケート調査してITの使い方や企業戦略とIT戦略の整合性を、日米企業に加え、最近IT分野での大きな躍進が目立つ韓国企業にも聞いてみました。

図表1 IT経費/売上高比率

「基幹系」重視の日本企業と「情報系」で進む米国企業

――アンケート結果の分析から得られた結論で特に興味深かった点は?

日本、米国及び韓国の上場企業を対象に行ったアンケート調査(回答企業サンプル数は日本317社、米国200社、韓国300社)の焦点は、比較的規模の大きな企業における経営戦略とIT利活用の実態を明らかにすることでした。調査は「ITシステムの導入状況」、「新製品開発、市場ニーズ対応」など12種類の企業経営上重要と考えられる項目について、その優先度、実現のためのITシステムの貢献度等を尋ねる項目の他、「CIOの役割やIT投資決定の社内メカニズムを聞く社内IT組織体制」そして「外部委託業務内容や外注先との関係等を質問するITシステムのアウトソーシング状況」の4種類の質問を行いました。

分析結果をかいつまんで言えば次のように要約できるでしょう。

業務分野別にITシステムの導入状況を比べると(図表2)、日本企業で「人事・給与管理」、「経理・会計」分野で導入が進んでいるのと対照的に、米国企業では「経営戦略サポート」、「市場分析・顧客開発」、「設計支援・技術情報管理」等で導入が進んでいます。SCM(Supply Chain Management)システムについては、米韓企業とも日本企業に比べて導入割合では劣りますが、ER P(Enterprise Resource Planning)とSCMの連携という点では、日本企業は遅れていることがわかりました。

図表2 ITシステムの導入状況

IT戦略と経営戦略の関係では(図表3)、日本企業の場合、「間接コスト削減」、「在庫コスト削減」などの経費削減の面でITシステムの効果が高いとする一方、米国企業が貢献度を高く評価する「新商品・サービス・事業開拓」、「主要事業の競争力強化」等の売上高拡大に向けた課題については、ITシステムの貢献が低いという結果になりました。

図表3 経営戦略とIT貢献度

――二つの回答結果から浮かび上がった日米企業像の差は?

ITシステム導入の歴史を振り返ってみると、汎用コンピューターの導入が相次いだ1970年代以降1990年代までは、間接部門の効率化や受発注管理等の定常的なオペレーションを効率化するための「基幹系」システムによる業務合理化が、ITシステムの主な役割でした。しかし、最近では基幹系システムで生成されるデータを経営判断や市場競争分析等に活用するために、より複雑な分析を行う「情報系」システムに注目が集まっています。

今回の分析結果から明らかになったのは、日本企業が依然従来型の基幹系システム活用、オペレーショナルな面での事業効率化に注力しているのと対照的に、米国企業の多くが情報系システム重視を鮮明にすることで、ITシステムを企業の競争力強化をにらんだ経営判断の材料にしようとしている点です。

韓国企業にも触れておきましょう。同国の場合、IT投資が活発になったのは90年代以降とITシステム導入の歴史が浅い。これには長短両面があります。長所はメインフレームや専用回線による企業間ネットワーク等のレガシーシステムが存在しないため、白地に絵を描く如くクライアントサーバーやインターネットを使ったオープンシステムを構築できること。一方、情報システムを経営に生かすのに不可欠な社員の情報リテラシーの向上や業務分野ごとのノウハウの蓄積が進んでいません。従って、ERPについては日米企業と比べても導入率は進んでいるものの、ITと経営の整合性の点では、両国より遅れているという結果となりました。

トップ・ダウンで"経営とITの融合"、全体最適目差す米国企業

――ITシステムと社内組織との関係はいかがですか?

これまで、日米企業のそれぞれの特徴として、経営判断等の意思決定にあたっては、米国企業がトップ・ダウン型なのに対して、日本企業ではボトム・アップ型であると言われてきました。ITシステムとのからみで言えば、ITを個別業務の合理化ツールではなく、全社的な経営戦略を実現するためのツールとして活用していくには、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)の位置づけが重要です。役員クラスのCIOを置いている企業の割合は日米でほぼ同等、韓国でやや低くなっています。ところが社内での位置づけでは日米に差が出る。米国企業の場合、CIOを一つの独立したポストと位置づけ、社外からスペシャリストを入れてITシステムの安定的な運用や情報共有等の基盤的な業務に充てています。言い換えれば、CEOから関連業務を一任されたCIOは、その組織の全体最適を目差してトップ・ダウンで組織変革を断行、文字通り"経営とITの融合"を実践します。

図表4 社内IT組織

日本ではCIOといえども、専任の役員が置かれているケースは珍しい。一般的には社内の総務・財務関係者が他の業務に関する役員と兼任でCIOポストに就いており、その社内的な位置づけはあいまいです。結果的に現場から上がる個別ニーズに局所的に応える部分最適行動に走りがちです。例えば工場であれば生産ライン、販売部門であれば受発注システム、経理セクションであれば会計システム等分野毎に効率化を競う。しかし、全体を統合した形で企業総体としての生産性向上につながるシステム構築は難しい(その背景には、実際には有用な情報でありながら、有効に活用されることなくお蔵入りする情報が数多く存在するという実態もあります)。このことはまた、ITに詳しい人材が社内に育ちにくく、結果的に「ITシステムは外部の専門家に任せよう」との暗黙の合意の下、特定のベンダーへの依存、ロックインされてしまうことになります。

――いわゆる日本型経営の負の側面が目立ちますが。

もちろんボトム・アップ型の意思決定がすべて悪いわけではありません。TQC(Total Quality Control)運動やトヨタ生産方式、業務部門ごとのベスト・プラクティスの横展開等はすべて日本型経営システムのいい側面を活かしたものです(それらの点については、青木昌彦氏の比較制度分析、野中郁次郎氏の「暗黙知・形式知」等の議論に反映されています)。しかし、日本にとって不幸だったのは、ITシステムを本格展開すべき時期がバブル崩壊後の敗戦処理期と重なり、もっぱらツールとしてのITがコスト・カットを通じたリストラ策に組み込まれたことでしょう。

こうした点は、アンケートの最後に聞いたITシステム構築に当たっての外注先との関係にも当てはまります。つまり、日本企業は米韓企業に比べて外注内容を事前に明確にして発注するのではなく、外注先との相談で決めるケースが大半を占めています。また、外注先を米国企業のように戦略的パートナーとして扱う代わりに、コスト削減の手段として社内業務のアウトソース先としてみる傾向が見られます。

――最後に先生の今後の研究の方向性について教えてください。

IT利活用の実態と企業のパフォーマンスの関係について分析しようと考えています。これまでの分析から、国によってIT利活用と経営戦略との整合性には大きなバラツキがあることがわかりました。米国において進んでいる「情報系」システムが、日本においては遅れていることや、韓国についてはITが経営戦略の中でしっかりと位置づけられていないものの、トップダウンによるシステム導入が行われていることが分かりました。このような日本企業におけるIT活用の特徴が、日米企業に見られる生産性効果の違いを説明できるのか、分析を進めたいと思います。具体的には、アンケート対象企業の財務データを使ってIT活用方法の違い(基幹系か情報系か)とTFP上昇率や企業の株式時価総額との関係について定量的な分析を行う予定です。

また、ITシステムの外注について、日本企業は外注先に丸投げとなっており、結果として納期の遅れやコストが予想外に高くなるといった問題を抱えていることが判りました。これは、やはり企業内でIT戦略が経営戦略の一環としてきちっと位置づけられていないことも影響していると思います。ITシステムが企業の業務プロセスと整合的に整備され、きちっとコントロールされている状態では、上記のような問題は起きる可能性が低いからです。最近、SOA(Service Oriented Architecture)やEA(Enterprise Architecture)に見られるように、企業における組織体制や業務プロセスを分析し、最適な組織と整合的なITシステムを整備していく考え方が広まっています。このような企業内のミクロな組織分析とIT利活用の関係についても研究を進めたいと思います。

解説者紹介

東京大学大学院工学研究科技術経営戦略学教授。東京大学大学院修士課程(土木工学専攻)修了、コーネル大学経営学修士号(MBA)取得。慶應義塾大学大学院博士号(商学)取得。通商産業省入省。OECD科学技術産業局エコノミスト、一橋大学イノベーション研究センター助教授、RIETI計量分析データ室長兼上席研究員、東京大学先端科学技術研究センター教授等を経て現職。2004年よりRIETIファカルティフェロー。著作に、『ITイノベーションの実証分析』(東洋経済新報社)、『日本経済競争力の構想』(共著)(日本経済新聞社)、『Productivity in Asia』(共著)(Edward Elgar)等がある。