Research Digest (DPワンポイント解説)

大規模小売店の参入・退出と中心市街地の再生

解説者 元橋 一之 (ファカルティフェロー/東京大学先端科学技術研究センター)
発行日/NO. Research Digest No.0005
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地方都市の中心商店街の衰退が続いている。客足が遠のき、シャッターを下ろしたままの店が軒を連ねる「シャッター通り」の光景も珍しくない。中心市街地の活性化の期待を担って昨年夏に改正中心市街地活性化法が施行されたが、何を中心街のにぎわい復活の核に据えるのか、地方自治体を中心とした議論は始ったばかりだ。RIETIファカルティフェローを務める元橋一之東京大学教授は、「大規模小売店の参入・退出と中心市街地の再生」(RIETI松浦寿幸と共著)という論文でショッピングセンターなど大型店と街区の「にぎわい」の関係を計量経済学の手法を用いて分析した。結果は大型店と地域の中小商店は共存共栄が可能、というもの。元橋教授は「行政が進めるコンパクトシティの考え方をにらみながら、都市の機能集積についての分析を深めていきたい」と意欲を見せている。

――経歴を見るとマクロの分析を専門とされているようですが、今回中心市街地の活性化をテーマとする論文を執筆したいきさつを話してください。

私の場合マクロ経済といっても、ツールとしてはミクロの企業レベル、事業所レベルのデータを使って、生産性を分析する仕事をずっとやっていました。この論文を書く前に、RIETIデータ室の松浦氏と実は商業統計のデータを使用して、日本の小売業の生産性がどう変化してきたかということを研究していました。

具体的に言いますと、こんな議論がありました。米マッキンゼーのリポート「なぜ日本経済は成長しないのか」(2000年)がその代表格ですが、日本の小売業は生産性が低い。日米比較をすると、日本は米国の半分くらいである。新規参入の動きが少なく、生産性の低い零細の小売店の退出が進まない。その背後には大規模小売店舗法(大店法)を初めとする中小企業の保護政策がある――というわけです。そこで私たちは商業統計のデータを使い、90年代後半から2000年にかけての小売業の生産性の推移について、新企業の参入と旧企業の退出の効果が働いているのか、また期間内にずっと存在していた事業所の生産性はどうなったか、の2つの要因に分解する作業を行いました。その結果は2005年に公開しました( 「Market Dynamics and Productivity in Japanese Retail Industry n the late 1990's」 )が、そのときに小売業の生産性は低い低いといわれながら、それなりに新規参入による生産性の向上が見られ、思ったよりダイナミズムが働いていると感じました。

その背景には90年代を通じて大店法による規制がすこしずつ緩和され、1998年には廃止が決まるという規制改革の動きがあったわけです。そこで規制緩和が小売業の生産性にどんな影響をあたえているか、についてもう少し掘り下げて分析をしてみようというのがきっかけです。

旧大店法は「大規模店対中小店舗」を対立軸として、大規模店の事業活動の調整を行う法律ですが、その後制定されたまちづくり3法(改正都市計画法、大規模小売店舗立地法、中心市街地活性化法)は「郊外対中心市街地」を軸とするように変化しています。それに基づいて現在では地方自治体が中心街の活性化政策をとっています。この政策転換が正しかったのかどうかを調べてみようということも目的です。

先ほど90年代後半に日本の小売業は生産性の向上が見られたといいましたが、これはマクロ経済的にはよろこばしい現象であるわけです。ところが生産性の向上が、広い意味での国民生活の豊かさにつながっているかどうか、もう少しきちんと評価する必要があるわけです。

1キロ四方ごとに「にぎわい」を計測

――論文の問題意識についてはわかりました。分析では全国の1キロメートル四方という小さな単位を分析の対象としています。こんなに細かなメッシュを利用しようと思ったわけは何でしょう。またデータ作りで苦労された点は何ですか。

今回の研究ではまちの「にぎわい」の度合いを測るわけですが、行政が推進する「コンパクトシティ」の考え方にたつと、市町村といった行政単位では広すぎ、市民が歩いて買い物に出かけられる数キロという単位が重要になってくると思います。そこで国土交通省の国土情報システム(GIS)のメッシュデータを利用することにしました。本当はこのメッシュに出入りする人が何人増減したかがわかるといいのですが、その代わりにメッシュ内の中小小売業の販売額の増減でにぎわいを代表させました。

この論文は2005年のはじめから着手ですので、およそ2年間かかりました。小売業の生産性の論文のときは商業統計だけを使用すればよかったのですが、まちづくりの核となりうる病院や役場など立地状況も調べないといけません。これは事業所・企業統計を利用しました。さらに関連する指標としてはモータリゼーションの進展具合や、オフィス・学校の集積具合、高齢者人口の比率などがありますので、国勢調査のデータや自動車保有者状況の統計も、メッシュごとに集計しなおす必要があります。この作業が大変でした。

――分析結果を見たときにどのような感想を持ちましたか。

地域を3大都市圏(東京、名古屋、大阪)、都市圏(札幌、仙台、広島、福岡など地方の中核都市圏)、地方圏(その他の都市)に分類し、それぞれについて中心市街地とその他に分けました。大型店については売り場面積1500 平方メートル以上のものと、500平方メートルから1500平方メートル未満のものの2つに分け、そのそれぞれについて参入、撤退、増加、減少などの場合を組み合わせて分析しました。

表 大規模店や病院・公的施設の動向

組み合わせは多数になりますが、「大型店がある」ケースでは、どの地域、どの立地環境でも中小小売店の販売額はプラス。また参入、撤退との関係でも多くの場合で参入ならばプラス、撤退ならばマイナスとなります。また「病院や公的機関がある」ケースでは、ほとんどの場合中小小売店の販売額がプラスになるという結果が出ました。

最初に結果を見たときには、「大規模店と中小店の販売額が補完的(片方が増えるともう片方が増える)であることが随分とクリアにでたな」というのが第一印象です。この結果をもとに06年7月に論文をまとめたあと、いろいろな会議に呼ばれて話をしたり、東大でのワークショップで発表したりしたときに、この結論に対しさまざまなコメントをもらいました。その中で出てきたのが「たとえばショッピングモールには核店舗であるスーパーのほかに、中小の専門店などが多数入居する。このためこうした業態が進出した地域での中小店舗の販売額の増加は、周辺の中小店舗が潤ったことを意味しないのではないか」というものでした。そこで改めて分析開始時点の1997年にその地域に存在した中小店舗を既存店として、その販売額の増減を集計してみました。

――論文の改訂版では、さきほどの結論は大きく変化するのでしょうか。また新しく言えるようになったことはどんなことでしょうか。

大型店との関係で言うとほとんどのケースで、相関関係がなくなります。そればかりか、地方では大規模店が撤退すると中小店舗の販売額がプラスになるといったケースも出てきます。それでも「大規模店が参入してきて、周辺の中小店舗がマイナスになることはない」ということは確実に言えると思います。

おそらくこういう風に考えられます。既存店は97年にはすでにあった店ですが、分析期間の5年の間に、一部は新しいところと入れ替わっているのが実態に近いと思います。また大型店ができた場合、その周りに中小店舗が新しくできるということも実際にはよくあると思います。ですから最初の分析では大規模店の地域への影響を過大に評価しているかも知れないのに対し、改訂版は大規模店の影響を過小に評価しているのではないかと考えられます。つまり実態はこの2つの分析の中間にあるのではないかと思います。したがって当初の結論を大きく変える必要はないのではないかと考えます。

また改訂版ではサンプルをモータリゼーションの進展度で区分しなおして、分析することもやりました。具体的にはモータリゼーションの進展していない地域では、大規模店の参入が小規模店の新規参入のみならず、既存店の売上にも一定の効果があることが分かりました。

都市計画に応用期待

――最後にこの論文を受けて、今後どのように研究テーマを発展させる予定ですか。

論文にも書きましたとおり、コンパクトなまちづくりという政策が間違ったものではないことを示せたことは意義が大きいと思います。幸い論文への反響はよく、経済産業局や地方自治体などから照会が多数寄せられました。大型店の進出に対し一部の地域では地元の抵抗感が強いところもあると聞きます。それに対し大型店の進出が、中小小売店に悪い影響を及ぼすものでないことを数字で示してくれることはありがたい、という反応が多いようです。

今後の研究の方向性ですが、より詳細なデータ分析を行うことになると思います。今回は全国について一律の分析を行いましたが、当然地域の特性が強く働く分野だと思いますので、たとえば降雪が客足に影響を与える北海道と、そうでない九州を比べてみるなど、地区を絞り込んだ研究が考えられます。

また今回はやりませんでしたが、都市計画法で市街地には用途分類が定められています。これをメッシュのデータに取り込むことができます。これによってある周辺地区の用途規制とその地域の客足の増減の関係を見ることができるかも知れません。

研究ではGISの1キロメートル四方のメッシュをそのまま使いましたので、住民の行動範囲を考えると多少小さいかも知れません。GISでは隣接するメッシュの番号も分かるので、たとえばメッシュ同士を結合して2キロメートルのメッシュを対象としてみるともう少し具体的な買い物行動に近い結果が得られるのではないかとも考えられます。

――こうした研究の方法論を地方都市などの政策立案に応用して行くといったことは可能でしょうか。

考えられることは鉄道の駅やバスの停留所のデータを組み合わせることです。路線図と組み合わせると、どこから客が来るか分かるので、1つの自治体をとると、どこに店や公共機関を配置すると集客上もっと効果的か、といったことがクリアにわかるのではないかと思っています。

都市計画の永遠の課題といえますが、ある地域がどこを後背地としているのかというデータと組み合わせて、どこに商業など都市の機能の集積ができるのかを解明する。こんな作業はぜひやってみたいです。

解説者紹介

1986年4月通商産業省(現経済産業省)入省。同省通商情報広報官や調査統計部統括グループ長を歴任。RIETIでは2000年客員研究員、2002年から2004年まで上席研究員を務める。研究テーマは生産性の国際比較やイノベーションシステム論など幅広い。2005年にはIT(情報技術)革命が日本経済に与える影響を分析した「ITイノベーションの実証分析」(東洋経済新報社)を出版。