著者からひとこと

援助ドナーの経済学

援助ドナーの経済学

援助ドナーの経済学

  • 著:木原 隆司

著者による紹介文(本書「はしがき」より)

実証分析により明らかとなる我が国援助の有効性

第二次大戦終結以降、開発援助の潮流(援助アーキテクチャ)は、10年ほどのスパンで大きく変化してきた。大戦後から1950年代までの復興・安全保障関連支援(マーシャル・プラン等)、60年代の大規模な経済開発援助(ビッグ・プッシュ)、70年代の一次産品危機等に対応する基礎的生活支援(Basic Human needs)、80年代の債務危機等に対応したマクロ構造調整融資、90年代の冷戦後の体制移行支援(自由化・民営化・ガバナンス支援)と地球環境協力、2000年代の貧困削減等を目的とした「ミレニアム開発目標」(MDBs)達成に向けた援助の増額などである(注1)。更に近年はインフラ支援による成長の実現が求められている。2008年の世界金融危機以降、援助額の減少が懸念されたが(注2)、OECD(経済協力開発機構)DAC(開発援助委員会)に属する先進国から2009年に途上国に提供されたODA(政府開発援助)は、前年比実質で0.7%増加し、債務削減額を除いて比較すると6.8%の増加と堅調に推移している(注3)。

この間、開発援助は、主に「受益国の経済厚生」(貧困削減、生活水準の向上)の視点からその良否が論じられてきた。しかし、開発援助がドナー(援助提供者・提供国)の資金を使っている以上、受益国の国民とともに、日本のような『援助ドナー国』の国民が納得しない援助は長続きしない(サステイナブル(sustainable)でない)と考えられる。「情け(援助)はひと(受益国)のためならず」で、援助をサステイナブルなものとするには、長期的に、かつ広い意味で、援助の提供に伴うドナー国の厚生改善もまた必要となる。この考えは、地域協力や地球規模の協力をドナーに促す契機ともなりうる。

本書では開発援助をドナー国民の厚生と関連付け、受益国を絞った選択的援助、地球環境保全・感染症防止などに資する援助、紛争後支援や、ドナー間で協力する援助協調、地域協力などが、どのように受益国・ドナー国双方にとって有益となるかを、理論モデル、実証分析、および現実の援助実態から明らかにしていく。

本書の構成は以下のとおりである。

(1) まず、序章において、「開発援助」等の基本概念を整理し、近年の援助実態を概観する。また、開発援助アーキテクチャ、援助動機、援助と成長との関係、「効果的援助」に関する近年の議論と、各章の分析との関連を示す。

(2) 近年の開発援助は、受益国の制度政策環境の善し悪しと貧困度により、支援対象国や援助額の多寡を決める「選択的援助」が1つの潮流となっている。第1章「開発援助ファイナンスの新潮流-「制度政策環境」重視と受益国に応じた支援」では、制度政策環境と選択的援助、脆弱国家に対する援助、債務危機に陥る危険性との関係を実証分析などで示す。実証結果では、制度政策環境が援助配分や債務困難性に影響していることが認められるが、係数などに地域的な差があり、受益地域により異なる政策対応がありうることが示唆される。また、補論において、制度政策環境の改善に伴う援助額増大が貧困削減を促す「貧困削減効率的な援助方式」を紹介する。

(3) しかしこの「貧困削減効率的な援助方式」は、ドナーの援助動機や戦略的行動を考慮していない。これを考慮すべく、第2章「援助ドナーの支援動機と「援助協調の経済学」」では、開発援助を、私的財(経済的・政治的利益(狭義の国益))とともに公共財(国際公共財・人道的配慮からの便益)を同時生産し、これら「広義の国益」を増進する「結合生産財」として捉える。その上で「援助提供モデル」や「援助協調モデル」を定式化し、「ゲーム理論」を応用して、自発的な援助額の増大やパレート優位な援助協調の可能性を示す。またそのモデルをベトナムなどでの援助協調の実態に当てはめて検証する。

(4) 国際的な環境保全や感染症対策などの国際公共財は、「ただ乗り」の誘因が強く、供給不足が懸念される。第3章「国際公共財は誰が負担するのか-国際公共財援助のメカニズム」では、「公共財理論」を応用し、国際公共財であっても、そのタイプや「報奨」と「罰則」の活用などにより、自発的に援助を増大させる可能性があることを示す。ここでは、地球公共財援助(地球環境保全のGEF等)、地域公共財援助(メコン開発のGMS等)の例を検証する。

(5) 「内戦」は勃発国に大きな負担を課すとともに、その悪影響が近隣国に波及する「負の国際公共財(公共悪)」である。第4章「内戦の開発経済学と紛争後支援」では、内戦の勃発要因や勃発国・近隣国開発への影響、紛争後支援のあり方などについて、近年展開されつつある「内戦の開発経済学」をレビューする。その上で、アジアとサブサハラ・アフリカ途上国に限定して、内戦の勃発・継続・激化要因、内戦国・近隣国の成長・所得水準に対する影響、援助効果に関する実証分析を行う。また、長期間内戦状態にあったカンボジアの開発状況と主要ドナーの支援の実態を示す。

(6) 今後急速な高齢化が予想される東アジアで広域的な高齢化対策を行うことは、この地域の成長モメンタムを維持し、「国際公共財」を提供することとなる。第5章「高齢化する東アジア-成長モメンタムを維持できるか」では、成長率や貯蓄率に対する高齢化の影響をアジアとサブサハラ・アフリカ途上国のサンプルでパネル推定するとともに、高齢化が金融資産価格・収益率に与える影響を実証する。その上で、高齢化する東アジアのマクロ・社会保障・金融面での課題と政策対応、地域協力の可能性について検討する。

(7) 世界開発センター(CGD)が公表する開発コミットメント指標(CDI)では、わが国は最低にランクされている。「我が国の援助の質は最低である」との評価は妥当か。終章の「持続的で説得的な援助を目指して」では、第5章までのまとめを示した上で、インフラ支援等の「短期成長促進援助」(Short Impact Aid)の成長促進・開発効果がその他の一般的な援助よりも高いことを確認した実証結果を示す。我が国は短期成長促進援助をODAの太宗として供与し続けてきており、わが国援助は途上国の成長や所得増大を下支えし、他のドナーと比べても途上国に利益を与える援助政策だったのではないかとの指摘を行う。最後に、これまでの分析を踏まえて,CDIの問題点を指摘し、各地域特有の援助需要に対応した「効果的援助」のあり方について総括する。

本書は、これまでの類書とはいくつかの点で異なる視点から開発援助分析を試みている。

(1) まず開発援助の目的の捉え方の違いである。前述のように開発援助が持続的であるためには、受益国の厚生改善を通じてドナー国民が納得する長期的利益(広義の国益)の実現(「情けはひとのためならず」)が必要となる。開発援助を、受益国・ドナー国双方の厚生改善に資する国際(準)公共財(結合生産財)と捉えることにより、現実の各ドナーの援助行動や援助協調が理解し易くなる。本書では、援助や地域協力がどのように受益国・ドナー国双方の厚生を改善するかの視点を念頭に置いて、理論モデル、実証分析、ケース・スタディを活用しながら近年の援助・協力のトレンドを明らかにしていきたい。

(2) 第2に地域による援助効果と援助需要の差異の視点である。本書は受益地域(アジアとサブサハラ・アフリカ、東アジア・熱帯地方・内戦国など)による援助効果や援助需要の違いを実証分析等により明らかにしている。援助効果や援助需要が違えば援助方式や援助協調手法も異なるべきであり、本書の分析が、さまざまな援助方式(モダリティー)(技術支援・無償支援・有償支援、緊急援助・教育等の長期成長促進援助・インフラ等の短期成長促進援助など)の適用地域・分野や支援の時期を検討する際の1つの指針となることが期待される。

(3) 第3に我が国援助の援助効果とその妥当性の視点である。我が国は各受益地域の援助需要に応じ、ドナー国・受益国の広義の国益に資する援助を継続してきたと考えられる。たとえば、援助効果に配慮したカンボジア等への紛争後支援(第4章)、大規模な有償支援を必要とするベトナム等での援助協調(第2章)、東アジアの高齢化支援(第5章)などは、我が国が行ってきた「受益国・地域に応じた支援」の例である。また、我が国は保健・医療、環境、知識、紛争予防の分野で「国際公共財援助」を増額させ(第3章)、受益国の良好な政策に感応的な「選択的援助」を行うことにより援助効果を発揮しているとの実証結果も示している(第1章)。更にわが国援助の7割以上を占めるインフラ支援等の「短期成長促進援助」は、4年程度の短期間でも成長促進効果があり成長を下支えすることが実証分析で明らかにされる(終章)。これはわが国の援助パフォーマンスが悪いとする一部の批判とは一線を画するものである。

(4) 第4に援助や地域協力の利益と効果を関係国民・政府・国際機関などのStakeholder(主要な関係者)に提示し協力を促す視点である。わが国のみならず財政状況の悪化した主要ドナー国で、今後、援助継続、援助量増大のインセンティブを高めていくには、援助のもたらす「広義の国益」をドナー国民に明確に示す必要がある。本書の分析が、「援助の利益と効果」をドナー国民と国際社会に訴え、援助効果を高めるための国際機関の役割を検討する一助となることを期待している。

本書が分析の焦点としている東アジアでは、現在、「東アジア共同体構想」等の協力関係強化が求められている。経済連携協定(EPA)による貿易等の連携強化、通貨協力のほか、本書の分析対象である環境分野等を含む援助や金融面の地域協力が提唱されており、本書は、我が国東アジア協力の方向性を検討する際の理論的・実証的基礎を提供する試みでもある。特に本書の分析は我が国の援助・協力手法が受益国の所得増大・広域的な経済厚生の増大に有効であったことを示しており、我が国との協力強化に意義があることの証左としても活用できよう。

このように本書は、結合生産財としての開発援助の経済的特性、選択的援助などの効果的援助の議論を踏まえ、新古典派成長理論・公共財の理論・ゲーム理論等の理論モデル、実証手法としてのパネル分析の活用など、欧米ではオーソドックスな手法で近年の開発援助潮流を分析し、新たに、援助効果・援助需要の地域特性、我が国援助の有効性等を実証分析により明らかにしたものである。 本書が開発援助・協力に対する我が国内外の関心の増大に少しでも資するものとなれば望外の喜びである。

脚注
  1. IDA(2007a)pp.27-41参照
  2. Dang, Knack and Rogers(2009)によれば、1977~2007年までに金融危機に陥った24カ国のパネル分析では金融危機に陥った国は10年後でも危機がなかった場合より20-25%少ない援助しか供与していない。
  3. OECD/DACウェッブサイトより。

著者(編著者)紹介