著者からひとこと

労働市場設計の経済分析

労働市場設計の経済分析

経済政策分析シリーズ14
労働市場設計の経済分析

  • 編著:樋口 美雄、児玉 俊洋、阿部 正浩

編著者による紹介文(本書「はしがき」より)

高質な労働市場をいかにして形成するか?

本書は、企業組織の外部において人々の適職選択や能力開発を支援する外部労働市場の機能強化を中心として、「高質な労働市場」を形成するための課題を検討した研究書である。

日本は2006年をピークに人口減少社会に突入する。そうなると、これまで以上に貴重な存在になるのが労働力である。個々の企業において、社員を大切に育成し、その能力を十分発揮できる環境を整えていかなければならないのはもちろんのこと、社会全体としても人材を有効に活用していかなければならない。

適材適所での人材の有効活用ができないと、国際的な市場動向や技術革新動向に対する産業構造変化の対応も遅れることになる。また、多くの労働者の能力開発機会の喪失や技術進歩の吸収の遅れなどを通じて、わが国の人的資本蓄積に大きな支障を生じ、労働生産性の停滞にもつながる。これは、各国間で知識経済化と技術革新への取組みへの競争が激化しつつあることを踏まえれば、なおさら重大な問題である。

それにもかかわらず、わが国では適材適所の労働資源配分を低いコストで可能にする「高質な労働市場」が形成されていない。「高質な労働市場」は自由放任の名のもと、政府が何もやらなくても自動発生的に生まれてくるものではない。というのも、労働は、他の財やサービスと違って、いくつかの特性を持つからである。労働サービスの売り手である労働者は、買い手である企業に比べて資産が乏しい。それゆえ生活費を稼ぐため労働力の売り急ぎをしなければならず、企業が労働者を採用する段階では買い叩きが起こりやすい。

さらには、売り手と買い手の間に情報の非対称性が発生するという問題もある。労働力の売り手である求職者は、職場における自分への扱いや社内における人間関係を知らないまま、就職を決断しなければならない。他方、買い手である求人企業は、労働者の能力や特性を十分把握しないまま、採用を決定しなければならない。

ましてや労働サービスの場合、人間である労働者から、労働力のみを切り離して売買することはできない。他の商品と違って労働者には、契約成立後の企業の扱いによって、就業意欲や技能習熟に大きな差が生まれ、企業とのマッチングの良し悪しがその人の生産性に大きく影響するという特性もあるのである。

こうした特性を持ち合わせた労働資源の売買を買い手と売り手の自由な取引に任せたら、どうなるだろうか。弱肉強食の世界になり、労働者にとって不利になるばかりか、社会全体にとっても労働資源の最適配分・有効活用ができないといった問題が発生する危険性が高い。それゆえ労働市場では、公正かつ効率的な競争を実施するために、これまで失業給付により所得が保障される一方で、国による職業紹介、能力開発支援が行われてきた。

だが経済が発展するにつれ、労働者の中にも資産を蓄え、高度で専門的な能力を身につけた人が出てきた。また産業が高度化するにつれ、これまで以上に、労働力の量的調整よりも人材の質的マッチングが強く求められるようになってくる。こうした時代の変遷により、公正かつ効率的な「高質な労働市場」を形成するための公的部門と民間部門の役割分担や、政府の果たすべき役割について、さまざまな議論が行われるようになってきた。

「高質な労働市場」をつくるには、人々が就職したいと思う良好な雇用機会を拡大し、企業が採用したいと思う人材を増やし、両者の橋渡しを円滑に行う情報提供・相談機能を強化し、誰もがいつからでも意欲と能力を発揮できるよう、公正競争のできる基盤を用意していく必要がある。そして、そのための具体的施策を考えていく必要がある。

本書の目的は、これらの問題について、統計分析やヒアリング調査に基づき、日本の現状を把握するとともに、諸外国における経験を参考にして、高質な労働市場を形成するための雇用創出、職業紹介、能力開発のあり方について検討し、政策提言することにある。

2005年9月
編著者

著者(編著者)紹介

樋口 美雄顔写真

樋口 美雄

経済産業研究所ファカルティフェロー、慶應義塾大学商学部教授。1975年慶應義塾大学商学部卒業、1980年同大学大学院博士課程修了。博士(商学)。コロンビア大学経済学部客員研究員、スタンフォード大学経済政策研究所研究員、オハイオ州立大学経済学部客員教授などを経て現職。主な著書に『日本経済と就業行動』、『雇用と失業の経済学』等。

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児玉 俊洋

経済産業研究所ファカルティフェロー(前上席研究員)、京都大学経済研究所教授。1979年東京大学経済学部卒業。通商産業省入省。埼玉大学大学院政策科学研究科助教授、関東通商産業局産業企画部長、経済企画庁調査局内国調査第二課長などを経て現職。主な著作に「TAMA企業の技術革新力とクラスター形成状況」等。

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阿部 正浩

獨協大学経済学部助教授。経済産業研究所前ファカルティフェロー。1990年慶應義塾大学商学部卒業。1995年同大学大学院博士課程単位取得退学。博士(商学)。一橋大学経済研究所助教授などを経て現職。主な著書に『日本経済の環境変化と労働市場』、『日本企業の人事改革-人事データによる成果主義』(共著)等。