コラム

コーポレートガバナンス・コード――コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールによる企業統治改革の意義と課題――

田中 亘
東京大学社会科学研究所教授

初めに

2015年3月5日、金融庁と東京証券取引所(東証)を共同事務局とする「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が、「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」を策定・公表し、これを受けて東証は、同年6月1日、同原案をそのまま採り入れる形で「コーポレートガバナンス・コード」(以下、CGコードという)を制定した。CGコードは、同年4月1日に施行された平成26年会社法改正(坂本 (2014))と並び、企業統治に関する本年(2015年)の代表的な制度改革といえる。本稿は、CGコードの基本的な特徴を説明した上で、CGコードの採用するコンプライ・オア・エクスプレインというアプローチが持ちうる社会的な意義(機能)について考えてみたい。

CGコードの概要

同種のコードを有する英国その他の多くの国々と同様(Aguilera and Cuervo-Cazurra (2009))、CGコードは、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールを採用している。すなわち、東証上場会社は、CGコードに定められた諸原則を実施するか、もし実施しない場合には、その理由を十分に説明することを求められる。ただし、CGコードの諸原則(基本原則・原則・補充原則の合計で73個)の全部について、実施または実施しない理由の説明を求められるのは、東証市場第一部・第二部上場会社のみである。新興市場(JASDAQ およびマザーズ)上場会社は、CGコードのうち、5個の基本原則についてのみ、実施するかまたは実施しない理由の説明をすればよいものとされている(佐藤 (2015))。

CGコードの基本的な特徴――モニタリング・モデル指向

CGコードの基本的な特徴として、わが国の伝統的な企業統治の慣行に一定の配慮をしつつも、かなり明確に、モニタリング・モデルを企業統治の理想的なモデルとみなして、上場会社にその採用を促す方向性を打ち出していることが挙げられよう。モニタリング・モデルとは、経営陣から独立した社外取締役(independent outside directors)を主要な構成員とする取締役会が、経営の基本方針を定め、その方針のもとでの企業経営は、最高経営責任者(CEO)を頂点とする経営陣に基本的に委ねることとし、取締役会は、経営陣の選定・解職や報酬決定を初めとする経営の監督(monitoring)を主要な任務とするという、企業統治のモデルのことである。米国において1970年頃に提唱され(Eisenberg (1976))、世界各国に広まった。

CGコードでは、上場会社に対し、(1)独立社外取締役を2名以上選任することを求めるほか(原則4-8)、(2)経営者・取締役の人事・報酬について取締役会が適切に監督することを求め(原則4-2、補充原則4-2(1)、原則4-3、補充原則4-3(1)など)、さらに(3)そうした監督について独立社外取締役が重要な役割を果たすことを求めるという形で、モニタリング・モデル指向を鮮明にしている。(3)の具体例としては、次のような原則が挙げられる。

  • 独立社外取締役を主要な構成員とする諮問委員会を設置することなど、経営陣幹部・取締役の指名・報酬の検討に当たり、独立社外取締役の適切な関与・助言を得ること(補充原則4-10(1))。
  • 独立社外者のみの会合を定期的に開催するなど、独立した客観的立場に基づく情報交換・認識共有を図ること(補充原則4-8(1))。
  • 筆頭独立社外取締役を決定することなど、独立社外取締役と経営陣との連絡・調整、監査役会との連携に係る体制整備を図ること(補充原則4-8(2))
  • 社外取締役に会社の情報を適確に提供できるよう社内との調整・連絡にあたる者の選任など、社外取締役に必要な情報を適確に提供するための工夫を行うこと(補充原則4-13(3))。

CGコードの嚆矢として各国により参照されることの多い、英国のCGコードでは、上記の諸原則中、太字にした部分の対応が、必要的なものとして求められている(Financial Reporting Council (2014), B.2.1, D.2.1, A.4.2, A.4.1., B.5 Supporting Principles, B.5.2)。CGコードは、モニタリング・モデルの実効性を高めるこれらの措置を上場会社が実施することを期待しつつも、それらを必要的なものとはせず、例示にとどめることにより、各社がその実情に応じた対応をとる余地を認めているといえる。

コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールにどういう意義があるのか

CGコードが、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールという形で、モニタリング・モデルのような特定の企業統治の構造を採用するように上場会社に促すことには、どのような意義(機能)があるのであろうか。

この点につき、CGコードの先達である英国の標準的な会社法の体系書は、次のような説明をしている。すなわち、全ての会社に適合的な企業統治を設計することができるか、規制担当者が躊躇を覚える(feel hesitate)場合に、規範を完全に遵守しなくてもよいものとすることにより、具体的な状況下で、会社が規範をどこまで採用するかについて柔軟性(flexibility)を持たせることができる。それと同時に、規範を遵守しない会社にはその理由の説明を要求することにより、単なる勧告の場合と比べて、会社が規範を採用するためのより強い推進力(force)を与えることができる(Davies and Worthington (2012), p.431)。

もっとも、どういう企業統治の構造をとるかについて「柔軟性」を持たせることが本当に望ましいとすれば、そのために規制担当者がとるべき最善の策は、何も規制をしないことであるように思われる。それにも関わらず、CGコードが、特定の企業統治を採用しない会社にその理由の説明を義務づけるという規制を課して、会社がそうした企業統治を採用する「推進力」を与えようとするのは、なぜなのであろうか。また、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールは、どのような経路を通じて、そうした「推進力」を与えることができるのであろうか。

この点についての、標準的な説明は次のようなものであると思われる。すなわち、所有と経営が分離し、株主が合理的無関心に陥りやすい上場会社では、企業統治の構造の決定には、経営者が強い影響力を持つことになりがちである(Bebchuk (1989))。経営者は、自分を効果的に監督するような企業統治を必ずしも好まないため、企業統治の選択を各会社の完全な自治に任せた場合、採用される企業統治の構造は、経営者を監督する機能が過小になる可能性が高い。そこで、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールにより、企業統治の選択を市場の評価に晒すことが、メリットを持ちうる。正当な理由の説明なくCGコードの原則を実施しない会社には、株価の下落というペナルティが課される(MacNeil and Li (2006), p.487; Aguilera and Cuervo-Cazurra (2009), p.383)。それにより、監督機能の高い企業統治を採用する推進力を会社に与えることができる――、ということである。

しかし、このような説明には次のような疑問がある。もし仮に、経営者が本当に企業統治の選択に強い影響力を持っており、そして経営者は、強い監督機能を持つ企業統治の採用を(たとえそれが株主の利益になるとしても)望まないとすれば、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールによって株価下落というペナルティを課したところで、経営者は、そのような企業統治を採用しようとはしないのではないか。株価の下落は、直接的には株主の不利益になっても経営者の不利益になるわけではなく、そして経営者は、仮定により、強い監督を受けたくないという自己の利益を株主の利益に優先させるからである。

このように、標準的な説明は、必ずしも満足の行くものではないように思われる。このルールの意義(仮にそれがあるとして)を解明するには、別の角度からの分析が必要ではなかろうか。

コーディネーションの媒介としてのコンプライ・オア・エクスプレイン・ルール

1つの考えうる仮説は、ある企業統治(たとえば、モニタリング・モデル)が効果を挙げるには、十分多くの会社が似たような企業統治を採用している必要があるため、企業統治の改革が成果を挙げるためには、十分多くの会社が一緒にそれを行う(コーディネートする)必要があるところ(Aoki (2001), pp.240-242)、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールが、そうしたコーディネーションの助けになる、というものである。

たとえば、モニタリング・モデルが有効に機能するには、十分多くの有能な人材が、独立社外取締役の候補者になる必要がある。ところが、独立社外取締役の候補者として最も有望なのは他社の経営者であるところ、その経営者が、社長から会長、そして相談役といったポストに就き、会社における影響力を保持し続けるという、日本企業における伝統的なキャリア・パスに代えて、他社の独立社外取締役になるというキャリア・パスを指向するようになるためには、十分多くの会社が、独立社外取締役を採用している(それにより、会社との関係を絶った元経営者が職に就けなくなるという心配をなくす)必要があるだろう。そうだとすれば、独立社外取締役を中心とするモニタリング・モデルを実現するためには、ある程度の数の会社および潜在的な社外取締役候補者が、一斉に自分の行動を変える必要があるように思われる。

このように、人々が行動を一斉に変えることが有益である場合に、法制度が、そうした一斉行動(コーディネーション)の媒介として機能しうるということが、法と経済学の研究者により主張されている(McAdams (2015))。法がコーディネーションの媒介となるためには、多くの人が法に従って行動するだろうという信念を多数の人が抱けば足り、必ずしも、法の違反に対して罰則を科すなどの強制力が存在する必要はない。CGコードが、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールの形で特定の企業統治の採用を強く促すこともまた、コーディネーションの媒介としての機能を果たしうるかもしれない。

終わりに――企業統治改革の現状と課題

2015年7月14日現在、東証市場第一部上場会社中、2名以上の独立社外取締役を選任した会社の比率は、48.4% となり、前年の比率(21.5%)から倍以上の増加となった(東京証券取引所 (2015)4頁)。独立社外取締役を1人でも選任した会社の比率も、前年の61.4% から87.0% に増加している(同3頁)。CGコードの機能が、モニタリング・モデルの採用に向けて上場会社の行動をコーディネートすることにあるとすれば、ひとまずはその機能を果たしていると評価することができそうである。

とはいえ、もとより企業統治改革の成否は、特定の企業統治の構造をどれほど多くの会社が採用したかではなく、それが会社の収益性・生産力の向上に結びついたかによって決せられる。独立社外取締役も、単にそれを置くだけで会社の業績が高まるわけもなく、各会社が、独立性とともに高い見識をも備えた人材を独立社外取締役に登用し、かつ、その者が適切に職務を遂行できるための体制を整えることが必要である。

この点に関し、取締役は、取締役会の一員として決議に参加することのほかは、会社法上、固有の権限をほとんど持っていないことに注意すべきである。監査役は、単独で会社の業務や財産を調査したり(会社法381条)、違法行為の差止め訴訟を裁判所に提起する(同法385条)といった法定の権限を持つが、独立社外取締役は、会社から別途権限を与えられない限り、会社業務の監督のために単独でできることはほとんどない(独立社外取締役が取締役会の多数派となれば、取締役会の決議を通じて経営を監督することができよう。しかし、企業統治改革が進んだといっても、独立社外取締役が取締役の1/2 以上を占める会社は、東証第一部上場会社のうち51社(2.7%)と、依然として極少である。東京証券取引所 (2015)6頁)。

このように、CGコードを通じて会社やその関係者の行動をコーディネートすることは、企業統治の改善のために有用でありうるものの、もとよりそれだけでは十分でない。コーディネーションが実際に成果をもたらすためには、各会社の努力が極めて重要である。

2015年9月15日
文献
  • Aguilera, Ruth V., and Cuervo-Cazurra, Alvaro, 2009, Codes of Good Governance, Corporate Governance: An International Review 17(3), 376-387.
  • Aoki, Masahiko, 2001. Toward A Comparative Institutional Analysis (MIT Press).
  • Bebchuk, Lucian Arye, 1989, Limiting Contractual Freedom in Corporate Law: The Desirable Constraints on Charter Amendments, Harvard Law Review 102, 1820-1860.
  • Davies, Paul L., and Worthington, Sarah, 2012. Gower and Davies' Principles of Modern Company Law (9th ed, Sweet & Maxwell).
  • Eisenberg, Melvin A., 1976. The Structre of the Corporation: A Legal Aanalysis (Beard Books).
  • Financial Reporting Council, 2014, The UK Corporate Governance Code September 2014, https://www.frc.org.uk/Our-Work/Codes-Standards/Corporate-governance/UK-Corporate-Governance-Code.aspx
  • MacNeil, Iain, and Li, Xiao, 2006, "Comply or Explain": Market Discipline and Non-compliance with the Combined Code, Corporate Governance: An International Review 14(5), 486-496.
  • McAdams, Richard H., 2015. The Expressive Powers of Law: Theories and Limits (Harvard University Press ).
  • 佐藤寿彦, 2015, コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う上場制度の整備の概要, 旬刊商事法務 2065号, 57-67.
  • 坂本三郎, 2014,『一問一答・平成26年改正会社法(第2版)』 (商事法務).
  • 東京証券取引所, 2015, 「東証上場会社における社外取締役の選任状況<確報>」(2015年7月29日)http://www.jpx.co.jp/listing/stocks/ind-executive/

2015年9月15日掲載

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