コラム

多角化と組織構造は企業価値にどう影響するか

牛島 辰男
青山学院大学国際マネジメント研究科教授

米国の企業価値研究において長く注目を集めてきた概念に、多角化(コングロマリット)ディスカウントというものがある。Berger and Ofek (1995)をはじめとする研究者達は、多角化企業の企業価値(=株式時価総額+負債簿価)と、それら企業の事業セグメントで活動する代表的な専業企業のポートフォリオの価値を比較し、平均的に前者が10~20%ほど低く評価されている(ディスカウントされている)ことを見出した。多角化の経済合理性は、いわゆるシナジーにある。すなわち、複数の事業を同じ企業の中に束ねることで、それら事業が独立に活動した時に生み出すだろうよりも大きな価値を、企業全体が生み出すということである。多角化ディスカウントは、シナジーが本来期待されるプラスではなく、マイナスに働きがちであることを示唆している。そうであれば、「選択と集中(事業分野の絞り込み)」により企業価値を高めることができるはずである。

日本においても、1990年代末からの企業リストラクチャリングの増加の中で、「選択と集中」の必要性が叫ばれたのは記憶に新しい。今日でも、一部の総合エレクトロニクス企業の業績不振が多角化との関連で議論されるなど、多角化が企業価値の向上に結び付いていないのではという問題意識は広く持たれている。はたして多角化ディスカウントは、日本企業においても観察されるのだろうか。この問題に関する研究は、日本における連結事業セグメントデータの蓄積が2000年代に入ってようやく始まったこともあり、十分になされてこなかった。だが、この制約は現在ではほぼ解消されている。そこで筆者は、2001~2012年の全株式公開企業(金融機関を除く)のデータとBerger and Ofek (1995)の手法を用いて、日本における多角化ディスカウントの有無と程度を検証した。

検証においては、以下の2点に留意した。第1に事業の多角化は、企業の意思決定の結果であり、意思決定に影響したさまざまな要因が背景に存在しているということである。すなわち、多角化企業と専業企業の価値の差は、多角化そのものだけではなく、背景要因の違いを反映している可能性がある。仮にプラスのシナジーが存在し、多角化自体の価値がプラスであったとしても、背景要因の違いが「見せかけの」多角化ディスカウントを生み出す懸念があるのである。こうした内生性の問題に対処するために、通常用いられる回帰分析に加えて、傾向スコアマッチング(propensity-score matching)という手法をディスカウントの推計に用いた。この方法では、企業が多角化する確率をあらかじめ推計し、実際に多角化した企業の価値を、それら企業と同等の多角化確率を持つ専業企業の価値と比べることで、背景要因の影響をコントロールする。

第2は、企業の多角化戦略は、組織構造の変化を伴うことが多いことである。一般に、多角化企業は専業企業に比べ、複雑な組織構造を持つことが多い。だが組織の複雑化は、事業の多角化においてのみ発生するわけではない。Klein and Saidenberg (2010)やSanzhar (2006)が指摘するように、多角化ディスカウントは多角化そのものよりも、組織の複雑さというより一般的な要因の反映である可能性がある。この問題に対処するために、連結と単独の財務諸表から各社の分社化度合いを計測し、組織構造のコントロールに用いた。分社化は多角化の中で推進されることが多いものの、多角化に固有な現象ではない。このため、分社化をコントロールすることは、組織構造が多角化ディスカウントにもたらす交絡効果を低減させる働きを持つものと考えられる。分社化の企業価値への影響は、それ自体として興味深い問題でもある。分析期間は、純粋持株会社という分社化を極限まで進めた組織形態が、日本企業の間で普及した時期でもあるからである。

分析の結果、以下の諸点が明らかとなった。第1に、多角化ディスカウントは日本企業にも存在する。すなわち、多角化した企業は同じような特徴を持つ専業企業に比べ、一般に市場から低く評価されている。推計されたディスカウントは、米国企業についての典型的な推計値よりも小さいが、高い水準で統計的に有意であり、内生性の問題についてはより頑健である。たとえば、傾向スコアマッチング推計によると、今まで多角化していなかった企業が多角化すると、同様な多角化確率を持つ専業企業に比べ、6%程度の企業価値の低下が生じる。逆に、今まで多角化していた企業が多角化を止め、専業企業へと回帰すると、同様な回帰確率を持つ多角化企業に比べ、6%程度の企業価値の上昇が生じる。

第2に、分社化は企業価値の低下をもたらす。傾向スコアマッチング推計によると、組織再編のために純粋持株会社へと移行した企業の価値は、同様な移行確率を持つ非持株会社に比べて、9%程度低下する。非持株会社においても、子会社での活動のウェイトを上げること(分社化を進めること)が企業価値の低下をもたらす強い傾向が見出される。こうした分社化の効果を考慮すると、多角化ディスカウントの大きさは若干小さくなる。だが、ディスカウント自体が消えることはない。このことは、多角化と組織構造の双方が、企業価値の基本的な規定要因であることを示唆している。

今回紹介した研究は、あくまで1つの推計であり、データや手法を変えた追試が必要であることはいうまでもない。だが、多角化と分社化ディスカウントの存在をひとまず受け入れるならば、今後明らかに重要となる研究課題は、それらが生じるメカニズムの解明である。特に持株会社化の効果については、国内外で先行研究がほとんどなく、精査に値する興味深い問題であるといえる。

2014年5月16日
文献
  • Berger, P. G., Ofek, E., 1995. Diversification's effect on firm value, Journal of Financial Economics 37, 39-65.
  • Klein, P. G., Saidenberg, M. R., 2010. Organizational structure and the diversification discount: evidence from commercial banking, Journal of Industrial Economics 58, 127-158.
  • Sanzhar, S.V., 2006. Discounted but not diversified: Organizational structure and conglomerate discount, Working Paper, University of North Carolina at Chapel Hill.

2014年5月16日掲載

この著者の記事