コラム

機関投資家の株式保有比率がペイアウト政策に与える影響

保田 隆明
小樽商科大学大学院 准教授

企業業績はリーマン前を回復し、日本企業の保有現金額と海外機関投資家保有比率は過去最高水準

2013年9月22日の日本経済新聞では、3月期決算の上場企業の手元資金が3月末時点で過去最高の約66兆円に積み上がっていると伝え、また、同新聞の2013年11月19日記事では、2013年度の経常利益がリーマン前の水準を超す企業が半数を超える見込みと報じた(集計対象は3月期決算の上場企業1647社。新興・金融・電力など除く)。そして、東京証券取引所等が発表した2012年度の株式分布状況調査では、外国法人等の株式保有比率は28.0%であり、これは過去最高水準を更新している。外国法人等には法人と海外機関投資家の両方が含まれてはいるものの、このデータからは海外機関投資家の保有割合も相応に高まっていると類推してよいであろう。

これら状況を踏まえて日本企業の財務戦略に思いを巡らせると、海外機関投資家の保有割合が日本企業の保有する現金の活用に対してどういう影響を与えているかは実務的にもアカデミック的にも非常に興味深い。現金の活用方法としては成長投資、株主還元、そして内部留保とが考えられるが、本コラムでは機関投資家の保有割合が日本企業のペイアウト政策に対してどういう影響を与えるかを分析する。

日本企業は配当がお好き

ペイアウトには配当と自社株買いの2つの手段がある。日本企業(東証1部上場企業)のこれらの活用状況を確認したものが図表1である。

図表1 日本企業の株主還元の実施状況
図表1 日本企業の株主還元の実施状況
出所:Quick Astra Managerのデータをもとに筆者作成。対象は東証1部上場銘柄(金融、REIT銘柄は除く)。数値は各年(暦年ベース)での配当金額および自社株買い金額であり、サンプル企業の中央値ベース。配当性向は有配当企業のみを対象として配当を純利益を除して求めたもの。
注1:自社株買い、配当共に総資産に対して0.1%以上を行っているサンプルに限定した場合。

これを見ると、無配企業は10%を切っており、ほとんどの企業において配当が支払われていることが分かる。一方で、自社株買いを実施している企業は約半数となっている。ただし中にはストックオプションの行使に対応するために小規模な自社株買いを実施するなどの企業も存在するため、自社株買いの規模が総資産の0.1%以上を占める企業に絞ってみると、その割合は全体の2割にも満たない(配当の場合は、配当総資産割合の数値を見ても類推できるように、ほとんどの企業でその規模は総資産の0.1%を上回っている)。つまり、日本のペイアウトは配当を基本として、自社株買いはまるでアイスクリームのトッピングのように上乗せ的に用いられている様子が見てとれる。

なぜ日本企業がこのような配当中心主義的なペイアウト政策を採用しているかは、実務面でもアカデミック面でも興味深い論点である。米国では配当と自社株買いが代替的に活用されており、実際、ペイアウトに占める割合は半々、あるいは、近年では自社株買いが凌駕してきたことが報告されている。日米のこれら差異の要因の1つは、日本においては自社株買いが解禁されてまだ15年程度しか経っていないため、自社株買いが十分に日本企業に浸透していない可能性が考えられる。あるいは米国の場合の自社株買い比率が増えた要因としては、配当を支払わないものの自社株買いは実施するamazon.comのような新興企業の存在が考えられる。日本ではベンチャー企業でも上場後比較的早い時期に配当を実施するケースが多いが、米国のベンチャー企業では利益はすべて内部留保として成長投資に充て、株主には配当ではなく株価の上昇で報いる方針の企業が少なくない。では、なぜそのような企業で自社株買いは実施されるのかと言えば、従業員や経営陣によるストックオプションの行使により発行済株数の増加に伴う一株当たり利益の希薄化を防止するために、オプション行使に見合う自社株買いを実施しているのである。こういうamazon.comのような企業が上場企業に占める割合が高まれば、配当と自社株買いの割合は全体として自社株買い寄りになっていく。

機関投資家が好むペイアウト政策は?

一方、株主はどのようなペイアウト政策を好むのであろうか? 近年存在感を増しつつある機関投資家のペイアウトに対する考えを、青山学院大学の芹田敏夫氏らがアンケート調査している。そこから判明したことの1つは、機関投資家はペイアウトの規律付けとしての役割を重視している、ということである。これは、ペイアウトを通じて余剰キャッシュを経営陣に保有させないことで経営陣による現金の無駄使い(不必要な投資の実行)を防止するというガバナンス面での効果を狙ったものである。日本企業がこのアンケート結果で見られるような機関投資家のペイアウトに対する意図を汲み取っていれば、あるいは、機関投資家の企業に対するペイアウトを通じたガバナンス的な働きかけが有効に機能していれば、機関投資家の持分割合が高い企業はペイアウトに積極的になることが想像される。

次に、同アンケートにおいて、現金配当と自社株買いのどちらが好ましいかという設問に対しては、機関投資家全体で見た場合は48.6%が現金配当を好むと回答している一方、自社株買いが好ましいという回答も30.8%あり、配当と自社株買いへの嗜好度合いはある程度拮抗しているといえよう。ただ、機関投資家とひとくちに言っても、その種別や経済合理性はやや異なる。国内機関投資家と海外機関投資家で分けて考えた場合、海外機関投資家は銘柄選択においてホームバイアス傾向があることが知られている。これは、海外機関投資家は他国の企業に関する十分な情報を保有していないため、分かりやすいまたは投資しやすい企業(規模が大きく、流動性が高く、高収益)に投資する傾向を意味する。情報の非対称性による情報コストが海外機関投資家にとっては大きいため、比較的情報コストの低い銘柄に投資が集中するわけだ。この情報の非対称性をペイアウトのコンテクストで考えると、自社株買いにおける逆選択問題が発生する。すなわち、自社株買いに応じるか応じないかの判断には情報が必要なため、情報を持つ投資家は自社株買いを好み、逆に情報を持たない投資家は自社株買いより配当を好む。これを海外機関投資家が直面する情報の非対称性と組み合せて考えると、海外機関投資家は配当を好み、一方で、情報取得に優位性がある国内機関投資家は自社株買いを好むと考えられる。

そこで、以上2つのことを確認するため、実際のデータで統計的に分析をしてみた。分析で使用するデータは、決算期が3月末のもののみを対象とした(金融、REITは除かれている)。分析期間は2004年3月期~2012年3月期の9カ年である。サンプル数は累計で10816となった。各社の支払った配当金額、自社株買い金額、財務データはQuick Astra Managerから、株式の保有データはFactSet LionSharesより取得した。その結果はどうなったかというと、機関投資家の保有割合が高い企業はペイアウトに積極的であり、機関投資家を国内系、海外系に分けてみた場合は、海外機関投資家の保有割合が高い企業では配当に積極的で、国内機関投資家の保有割合が高い企業では自社株買いに積極的であることが判明した。まさに先のアンケートを裏付ける結果となり、ペイアウトを通じたガバナンス効果と情報の非対称性に起因するであろう海外機関投資家の配当選好が確認された。

冒頭で見たように、海外機関投資家の持ち分割合が高い水準に達している現在の日本企業に照らして分析結果を考えてみると、ガバナンス手段の1つとしてのペイアウトの重要性は不変であろう。また、海外機関投資家の配当選好が存在するならば、日本市場における配当中心型のペイアウト政策は今後も継続される可能性が高いと考えられる。自社株買いが浸透しつつある中にもかかわらず、日本企業が配当中心型のペイアウト政策を採用してきた要因として、海外機関投資家の保有割合の増加という原因があるのかもしれない。

2013年12月13日
文献
  • 宮島英昭・新田敬祐[2011]「株式所有構造の多様化とその帰結」、『日本の企業統治 第2章』、宮島英昭編、東洋経済新報社、105-149ページ.
  • 芹田敏夫・花枝英樹・佐々木隆文[2011]「日本企業のペイアウト政策と株式分割 -機関投資家へのサーベイ調査による実証分析-」、『経営財務研究』31.1、2-25ページ.
  • Ahearne, A.G., Griever, W.L., Warnock, F.E., 2004. Information Costs and Home Bias: an Analysis of US Holdings of Foreign Equities. Journal of International Economics 62, 2.
  • Fama, E., French, K., 2001. Disappearing Dividends: Changing Firm Characteristics or Lower Propensity to Pay. J.Financ.Econ. 60.

2013年12月13日掲載

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