3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第5回「援助・直接投資・経済成長」

オススメの1本 (+α)
Borensztein, Eduardo and Jose De Gregorio, and Jong-Wha Lee (1998), "How does Foreign Direct Investment Affect Economic Growth?," Journal of International Economics. 45(1), pp. 115-135.

Harms, Philipp and Matthias Lutz (2006), "Aid, Governance, and Private Foreign Investment," Economic Journal, 116(513), pp. 773-790.

第3回のオススメの1本(木村秀美「援助の成長促進効果と援助評価のあり方を再考する」)には、開発援助と途上国の経済成長の相関関係は必ずしも明確ではないという実証研究の結果が紹介されている。これを読まれた読者は「援助は結局役に立っていないのか」と思われたかもしれない。しかし、そう結論づけるのは早計である。なぜなら、第3回の「オススメ」で紹介した研究は援助と成長との関係を推計したものだが、援助がなんらかのチャンネルを通して間接的に成長に影響を与える場合には、そのような推計方法では明確な結果が出ない可能性があるからだ。

今回の「オススメ」では、援助と成長を結びつけるチャンネルの1つとして外国直接投資に注目し、2本の論文を紹介したい。1つは直接投資と経済成長の関係の実証論文であり、もう1つは援助と直接投資の関係の実証論文である。これら2本の論文の結果を結びつければ、直接投資を通じて援助が途上国の経済成長に貢献しているかどうかのヒントが得られよう。日本政府は経済産業省を中心として、援助が直接投資を促進し、直接投資が成長を促進するという「ジャパンODAモデル」を提唱している。援助の間接的な成長効果の定量的な分析は、本当に「ジャパンODAモデル」が成り立っているのかを明らかにしてくれるはずである。

直接投資の経済成長促進効果

途上国に流入する直接投資は1990年にはGDPの1%程度であったが、2000年前後には3~4%と急増している。このように直接投資が急増した背景の1つは、直接投資による先進国の技術の流入や国内産業に対する需要の増加を期待し、途上国が直接投資を誘致するための優遇政策を採用していることである。では、このような直接投資は途上国の成長に貢献しているのだろうか。この問いを実証的に分析した研究は数多くあるが、ここでは特に影響力のあったBorensztein et al. (1998) を取り上げよう。

Borensztein et al. (1998) は、いわゆる成長回帰分析の枠組みで国レベルのデータを利用して、直接投資流入額のGDP比が一人当たりGDP成長率を上昇させるかを検証した。さらに、直接投資の効果が途上国の教育レベルの違いによっても異なるかどうかを分析した。その結果、教育レベルが高い国では直接投資は成長促進効果を持つが、教育レベルが低い国では効果がないことを見出した。彼らの推計によると、その境界となるのは労働者の平均的教育レベルが中学1年程度である。1999年にそれに満たない教育レベルにとどまる国は世界で30カ国程度ある(Barro and Lee (2001) のデータによる)。それらの国の多くはサハラ以南アフリカ諸国であるが、アジアではミャンマー、バングラデシュなども含まれる。Borensztein et al. (1998) の結果は、残念ながらこれらの途上国では直接投資の誘致は成長に寄与しないことを示している。これは、おそらく教育レベルの低い国では技術吸収力が弱く、直接投資を通じて先進国の技術を学ぶことができないためであろうと思われる。逆に、境界値以上の教育レベルを持つのは、たとえばタイやインドなどのアジア諸国、コロンビア、パラグアイなどのラテンアメリカ諸国、アフリカではモーリシャスなどであり、これらの途上国では直接投資は成長に寄与していると考えられる。

Borensztein et al. (1998) 以降も直接投資と経済成長の関係についての研究は進んでいる。実は、Carkovic and Levine (2005) はより信頼できる推計方法を利用してBorensztein et al. (1998) の結果が必ずしも成立しないことを示した。しかし、企業レベルのミクロデータを利用した研究成果は、直接投資が途上国企業の技術進歩を促進することを見出している。たとえば、Javorcik (2004) はリトアニアのデータで、Blalock and Gertler (2007) はインドネシアのデータで、直接投資がその川上産業(部品産業)の生産性を上昇させていることを示した。これは、多国籍企業は往々にしてその下請企業に対して技術指導をするためと考えられる。さらに、Todo and Miyamoto (2006) はインドネシアにおいて投資相手国での研究開発を伴う直接投資から地場企業に技術が伝播して行くことを見出した。したがって、これらのマクロ的・ミクロ的実証研究の成果は直接投資が条件付きながら途上国の成長に寄与していることを示唆しているように思われる。

援助の直接投資誘引効果

条件付きではあっても直接投資が成長効果を持ち、さらに援助が直接投資を促進するのならば、援助は経済成長に対して間接的に影響を与えていることになる。援助の直接投資に対する効果の実証分析の嚆矢となったのは、Harms and Lutz (2006) である。彼らは、援助が社会的インフラを整備することで直接投資を誘引する効果がある反面、援助によって腐敗的な行動が誘発されるのであれば、直接投資に負の影響を及ぼすと考えた。さらに、援助が直接投資に対して与える効果は途上国のガバナンスのレベルによって異なると推測し、それを検証するために世界銀行のDaniel KaufmannとAart Kraayらが作成したガバナンス指標を利用して分析したが、その結果はやや驚くべきものであった。ガバナンスの指標として、市場に対する不適切な規制の程度(価格規制、新規参入や直接投資の制限など)を利用すると、規制が強い途上国では援助が直接投資を促進する効果を持つが、規制が弱い国では援助の効果は見られなかったのだ(ただし、規制そのものは直接投資を減少させる効果を持つので、規制を強化することで直接投資がより誘引されるわけではない)。

このやや不思議な結果は次のように解釈することができる(これは論文の著者らによるものではなく、本稿の筆者による解釈である)。通常は援助がもたらす正のインフラ効果と負の腐敗行動誘発効果がバランスして、直接投資には大きな影響がない。しかし、規制が強くガバナンスが貧弱な途上国では直接投資のリスクは高いが、政府による援助が行われていることで進出企業は安心感を持つために心理的な投資リスクが低くなり、援助とともに直接投資も増えるのかもしれない。

しかし、援助が直接投資に与える効果については、援助や直接投資の経済成長促進効果にくらべるとそれほど研究が行われていない。したがって、援助が直接投資を通じて経済成長に効果があるのかどうかについてはまだまだはっきりしたことは言えない。そのために、「開発援助の経済学研究会」でもHarms and Lutz (2006) を発展させた分析を行ったが、その結果は日本の援助が直接投資を介して成長を促進したとする「ジャパンODAモデル」が成立している可能性が大きいことを示唆するものであった(木村秀美、戸堂康之「開発援助は直接投資の先兵か?重力モデルによる推計」)。ご興味のある方々にはぜひお読みいただければ幸いである。

紹介者:戸堂 康之(東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻准教授)
2008年5月2日掲載
文献
  • Barro, Robert J. and Lee, Jong-Wha, 2001. "International Data on Educational Attainment: Updates and Implications." Oxford Economic Papers, 53(3), 541-563.
  • Blalock, Garrick and Gertler, Paul, 2008. "Welfare Gains from Foreign Direct Investment through Technology Transfer to Local Suppliers." Journal of International Economics. 74(2), 402-421.
  • Carkovic, Maria and Levine, Ross, 2005, Does Foreign Direct Investment Accelerate Economic Growth? In: Theodore Moran (Ed.), The Impact of Foreign Direct Investment on Development: New Measurements, New Outcomes, New Policy Approaches. Institute of International Economics, Washington D.C.
  • Javorcik, Beata Smarzynska, 2004. "Does Foreign Direct Investment Increase the Productivity of Domestic Firms? In Search of Spillovers Through Backward Linkages." American Economic Review, 94(3), 605-627.
  • Todo, Yasuyuki and Miyamoto, Koji, 2006. "Knowledge Spillovers from Foreign Direct Investment and the Role of R&D Activities: Evidence from Indonesia." Economic Development and Cultural Change, 55(1), 173-200.

2008年5月2日掲載