わが国の株主構造とコーポレート・ガバナンスの背景
以下は、わが国の株主分布状況を比較したものである。
単位・年度 | 1960 | 1980 | 2002 | |
政府・地方公共団体 | % | 0.2 | 0.4 | 0.2 |
---|---|---|---|---|
銀行・信託 | % | 30.6 | 19.9 | 29.1 |
(うち年金信託) | (%) | (0.0) | (0.4) | (5.8) |
(うち投資信託) | (%) | (0.0) | (1.9) | (4.0) |
生損保 | % | 上記に含む | 16.1 | 9.3 |
その他事業法人 | % | 21.6 | 30.0 | 21.5 |
外国人 | % | 1.3 | 5.8 | 17.7 |
個人・その他 | % | 46.3 | 27.9 | 20.6 |
合計 | % | 100.0 | 100.0 | 100.0 |
わが国のコーポレート・ガバナンスは、銀行と取引先企業、あるいはグループを形成する企業間の株式相互持合い体制に特徴づけられてきた。ガバナンスは、その枠内で実践され、系列の上位に位置する会社や銀行が、さまざまな形で影響力を行使する慣行であった。しかし、その影響力は株主としてというよりも、取引先あるいは債権者として行使されたものであったといえよう。また、わが国では株主の力よりも従業員や取引先といった関係者の利益が優先される傾向が強かった。
ガバナンスで重要な位置付けにある取締役会の構成も、伝統的な終身雇用制度のもと、ほぼ全員が従業員出身者で構成されていた。そして相互持合い制度のもと、取締役の決定は株主よりも、従業員や取引先、あるいは監督当局の意向を反映するものではないかと考えられていた。
しかしながら、バブル経済の崩壊、これに伴う銀行の相対的な地位低下や、より効率的な資金運用を求める傾向、それに資本市場の国際化による海外機関投資家の対日投資の拡大、そしてわが国における機関投資家の影響力の拡大といった要因からみられる株主構成の変化に伴い、このような体制に変化が見られるようになった。
また、複雑化するコーポレート・ファイナンスおよび国際競争力を高める目的でコーポレート・リストラクチャリングに対応する形で相次いで商法が改正され、コーポレート・ガバナンスに対しても広く関心が持たれるようになった。取締役会の監督と執行機能をより明確にする執行役員制度の導入も進み、数年前と比べるとわが国の取締役会の規模は縮小され、社外取締役の任命も珍しくなくなった。平成15年6月の株主総会が終了した時点での、わが国の取締役会の状況は次のように要約され、多くの企業が積極的にコーポレート・ガバナンスに取り組んでいる姿勢が明らかになっている。
東証1部上場中1516社 | 日経225 | ||
取締役会の平均員数 | 名 | 11.7 | 15.5 |
---|---|---|---|
社外取締役の比率(商法188条) | 名 | 0.8 | 1 |
執行役員制度を導入している会社の数 | 社 | 530 | 113 |
委員会等設置会社の数 | 社 | 29 | 7 |
あわせて、究極的な所有者を持つ機関投資家の資産運用に伴う受託者責任に関する研究調査も進められるようになった。わが国の企業年金の連合体である厚生年金基金連合会は、1999年に運用基本方針を改定、「受託機関は、専ら投資家たる連合会の利益増大の為に株主議決権を行使するものとする」旨を明記し、以降これに沿って、国内株式の運用を委託している各運用機関の株主議決権行使状況等の把握に努めてきた。同会はさらに、インハウス国内株式運用の開始に伴い2003年2月に定めた「厚生年金基金連合会株主議決権行使基準」をもとに2003年6月株主総会では1264社7035議案に対して、4043票の賛成 2992票の反対票を投じたと公表した。
機関投資家による受託者責任の考え方は、投資先企業のコーポレート・ガバナンスに対する意思表明という形で明らかになり、企業の間にも大きな波紋となって表れている。
新たな会社と機関投資家の関係構築のために
厚生年金基金連合会の議決権行使は、改めてわが国のコーポレート・ガバナンスの変化を実感させたが、わが国の議決権行使制度に存在するさまざまな問題点を克服したその迅速な手続きも評価される。現在の議決権行使にかかる制度は、従来の持合いを中心とした株主構成では機能しているが、機関投資家にとっては、必ずしも使いやすいものではない。
わが国において会社と機関投資家が実りある対話関係を構築するためには、有効な議決権行使が必要であるが、現制度には、少なくとも次のような問題点が認められる。
1. 決算スケジューリングおよび総会の開催日程
2. 議案との関連付け
3. ディスクロージャーに関する問題
1 日程に関する問題
以下は東証1部の決算および株主総会の運営に関する日程である。
東証1部上場(注3) | 日経225 | |||
株主総会開催日の集中度合い | 社 | 集中日(02年6月27日)開催 | 906 | 143 |
---|---|---|---|---|
招集通知の平均発送日は総会開催日の何日前か | 日 | (注1) | 17.2 | 19.8 |
決算期から決算発表までの平均日数 | 日 | (注2) | 46.3 | 43.9 |
わが国の株主総会の特徴は、諸外国の制度と比べると、いくつか際立った特徴があるが、多くの会社に投資する機関投資家にとって最も障害となるのが、投資先の決算が3月に集中し、株主総会が6月下旬に集中的に開催される点である。これは、複数の株式を保有する株主が出席できる株主総会の数を制限するだけではなく、受託者責任を負う株主が大量の招集通知を、ほぼ同時に設定される議決権行使期限までに検討しなければならないという問題を生む。
また、わが国では招集通知の発送から株主総会の期日までが短い点も問題となっている。上記のとおり、現在、総会のほぼ2週間前に発送されるスケジュールは、国内の名義上の株主を前提としたもので、グローバル・カストディアンを利用する海外の機関投資家や、証券保管の合理化を進める国内の機関投資家にとっては極めて厳しいスケジュールである。こういった事態に配慮して招集通知の発送を3週間より前へ早めた企業もすでに東証1部上場会社で100社以上にのぼるが、まだ一般的とはいえない。
もちろん、わが国の場合は、財務諸表の開示制度にかかる問題や、株主総会に関連する商法の規制なども絡み、単純に比較ができないことはいうまでもないが、この点については、株主総会のIT化が進んでも、引き続き大きな障害として立ちはだかろう。
2 議案
コーポレート・ガバナンスを重視するようになった機関投資家は、投資先に求める望ましい経営体制あるいは、企業運営のあり方といった考えを示すようになった。その考え方は、第1に株主総会における権利行使、すなわち議決権の投票というかたちで現れる。
わが国の株主総会に提出される議案には利益処分案、取締役選任、監査役選任、新株予約権(おもにストックオプションのための)発行、定款一部変更、退職慰労金支給、会社の再構築に関するものなどに分類される。機関投資家は、株主を代表すべき取締役が、より株主の利害を考慮する人員であふれ、経営に対して厳しい監視の目をもち、そして取締役会がそのような構成とされることを求めるようになっている。このような発想は、取締役会のアカウンタビリティーに関わるものであるため、取締役選任あるいは定款一部変更に対する目が一層、厳しくなるものと想定される。アカウンタビリティーの明確化が進めば機関投資家が求めるコーポレート・ガバナンスに対する考え方は、すべて取締役に対する信任として示されることになる。
今後、取締役会選任議案において考慮されるべき項目には、業績に対する評価に加え、少なくとも次のような点が含まれよう。
- 経営形態の選択(委員会等設置会社、重要財産委員会設置、執行役員採用)
- 取締役会の規模、構成、社外取締役の独立性の実態
- 同上の傾向(昨年比)
- 監査役会の規模、構成
- 取締役の任期
- 取締役会の運営実態
- 株主総会の運営(決算発表の時期、招集通知の発送、株主総会開催日など)
- 資本効率性(ROE、配当性向、自己資本比率など)
- 社会的責任を果たしているか
3
さらなる情報開示および総会運営 わが国の取締役会がここ数年間、大きく変貌していることは明らかである。株主に対するアカウンタビリティーを確実に果たすためには、取締役会の員数の減少や、社外取締役の増員といった目に見えるものだけではなく、
- 取締役の独立性を明記するような記述
- 内部統制システムの構築および運営に関する記述
- 取締役の責任の明確化
- 取締役および役員の報酬制度および支給額
といった情報開示が求められる。これらはすでに、海外の企業では実施されている項目であるが、わが国ではまだ一般的ではない。こういった開示が進めば、機関投資家にとっては前向きに評価できるものであるため、好意的な反応となって表れよう。 また、機関投資家は、リスク回避のため多くの銘柄に分散して投資するので、個々の会社に対する影響力は限定される。このため、他の株主との協調も重要になるが、それには、株主総会の運営においては、バランスよく株主の意向を聞き、その意思が反映されるよう集計されることが望ましい。日本企業の取締役会は、従業員出身者によるピラミッド体制を維持するところが多いうえ、持合い制度のもと、多くの主要取引先は株主でもある。このような場合、たとえ株主であっても、自らの行使結果を知られることで不都合が発生しうる。また、機関投資家の場合も、親会社の意向を気にしなければならないような事態もありえよう。このため、アメリカでは一般的となっている無記名式の投票制度といった制度は、議決権行使プロセスにおける民主化に向けて重要であろう。
わが国の株主総会にかかる問題点をいくつか指摘したが、いずれも、企業と投資家の関係をスムーズにするために改善が求められるものである。企業と投資家の関係強化は、IR活動でも可能であるが、このような制度面での改革を進めることも、より重要であろう。