RIETI-JOGMEC-IDE-JETROシンポジウム

サプライチェーンの脆弱性に関する経済分析(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2025年12月16日(火)13:00-17:50(JST)
  • 会場:イイノホール&カンファレンスセンター + オンライン配信あり(ハイブリッド開催)
    (千代田区内幸町2-1-1 飯野ビルディング4階)
  • 共催:エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)/日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所

議事概要

地政学的な緊張が高まり、技術的な競争が激化し、経済的威圧が頻繁に見られる中、グローバルサプライチェーンは長期にわたる不安定な局面に入りつつある。各国政府と企業は、混乱や途絶がもはや例外ではなく、構造的な問題と化した世界でリスクを管理するという難題に直面している。各国はどうすれば成長を損なわずにレジリエンスを強化できるか。サプライチェーンの脆弱性を緩和する上で、データや官民協業、国際的パートナーシップはどのような役割を果たすべきか。そして大国間競争の時代に、政策立案者は多様性、代替可能性、戦略的自律のバランスをどう取ればよいのか。本シンポジウムでは、少数の限られたサプライヤーへの過度の依存、経済安全保障政策のツールキットの進化に特に重点を置きながら、粒度の高いデータ分析やシミュレーションモデリング、実例に基づくケーススタディを通じて、研究者や政策立案者、実務者がサプライチェーンの脆弱性について議論した。

開会挨拶

深尾 京司(RIETI 理事長 / 一橋大学経済研究所 特命教授)

このシンポジウム「サプライチェーンの脆弱性に関する経済分析」は、経済産業省「経済安全保障グローバルフォーラム・ウィークス」の関連イベントです。日本政府は経済安全保障に関する総合的なシンクタンクの設立を検討しており、RIETIにそれが設置される可能性があります。経済安全保障分析は、危機への対応と危機への準備という2つの柱を基本としています。危機への対応で重視するのは、供給途絶やサイバー攻撃などの衝撃によるダメージを最小化するための、主に政府による迅速なアクションです。危機への準備には、サプライチェーン分析、民間企業との情報共有、机上演習などが含まれ、RIETIのような経済研究所が大きく貢献できます。このシンポジウムでは、サプライチェーンの脆弱性、グローバルバリューチェーン、机上演習、中国経済について検討し、RIETI、JOGMEC、IDE-JETRO、海外の専門家による研究成果を示すことで、政策や研究、そして部門を超えた協業を促進します。

髙原 一郎(エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)理事長)

このシンポジウムでは、地政学的な緊張やパンデミック、自然災害によって浮き彫りになった、経済安全保障上の喫緊の課題、すなわちサプライチェーンの脆弱性に焦点を当てます。こうしたグローバルリスクが繰り返されたことで、現在のサプライチェーンがいかに脆弱であるかが明らかになり、国際協調の重要性がますます高まっています。JOGMECは持続可能なサプライチェーンの構築を目標に、調達や備蓄、技術イノベーションへの支援を通じて、エネルギーおよび鉱物資源の安定的な供給の確保を目指しています。このシンポジウムが、さまざまなトピックに関する専門知識を共有し、将来的なソリューションを見いだすための新たなアイデアを生み出す場になることを期待します。

今泉 慎也(日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所理事)

このシンポジウムでは、データ主導の視点から経済安全保障について検討します。これまでの議論では、国際的な不安定さの高まり、経済的相互依存、デジタル化により、商品や資金、情報がいかにして経済的威圧の手段に転換されているかということが浮き彫りになりました。こうした背景を踏まえ、このシンポジウムでは、現況リスクを明らかにし、対応策をテストするため、定量的分析・シミュレーションを用いてサプライチェーンの脆弱性を検討します。IDE-JETROはバリューチェーン分析やシミュレーションモデリングの専門知識を生かし、RIETIと協力しながら、安全保障研究に関わる知識の創出と協力体制の強化を図ります。

セッション1:サプライチェーンリスクの緩和に向けた取り組みについて

セッションチェア

橋本 諭(エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)金属企画部担当審議役)

プレゼンテーション1

ステファン・ブール(フランス地質・鉱山研究所 産業部門鉱物資調査所(OFREMi)ディレクター)

産業部門鉱物資源調査所(OFREMi)は、重要原材料政策を調整する省庁間の枠組みの中で活動しています。技術的中核として、重要原材料法やEU資源行動計画とリンクした国内および欧州の投資メカニズムとともに、幅広く具体的な重要性評価、脆弱性分析、意思決定支援を提供しています。

私たちの任務は、フランス経済の具体的なニーズを優先付けすることです。エネルギー転換や地政学的主権といった目的が、モビリティ、エネルギー、デジタルの各技術の要件につながっていきますが、その一方、特定の技術には、基本材料や特殊材料を含む特定の金属も必要になります。私たちはリスクを把握するため、重要性評価や企業別分析を行います。また脆弱性を把握するため、アラートシステムやインタラクティブダッシュボードの助けを借りて、バリューチェーンマッピング、インパクト分析、そして緩和計画に基づくストレステストを実行します。

ストレステストを行うには、業界との深い関わりが必要です。バリューチェーンはそれぞれ構造が異なるため、私たちは非公開の業界ワーキンググループを通じて、バリューチェーンの反復マップを作成し、インパクトを評価し、対応能力を見極めます。カギになるのは「不作為のコスト」という考え方です。産業全体が失われることに比べれば、サプライチェーンを確保するための適度な追加コストは一種の保険料と考えることができます。

私たちはまた机上演習を用いて、政府と業界全体の意識を高め、反応を試します。主な教訓は明らかです。すなわち業界を早めに巻き込み、官民協業を強化し、地政学的ドライバーを理解し、戦略的脆弱性を軽減するためのパートナーシップを構築する必要があります。

プレゼンテーション2

シヤメンド・アル=バラジ(ドイツ地質資源調査所 鉱物資源局 資源経済学ユニット長)

ドイツは輸入依存度の高い国であるため、日本と同様の課題に直面しています。ドイツにはJOGMECに相当する機関はありませんが、原材料ファンドが昨年創設され、10億ユーロ規模の資金を、バリューチェーン内の採掘、精製、リサイクルプロジェクトに投資することが可能です。

私はドイツ地質資源調査所鉱物資源局で働いています。連邦経済エネルギー省所管の連邦地球科学・天然資源研究所に属する組織です。私たちの役割は、モニタリング、データ収集、リスク評価を通じて産業界と政府を支援することです。近年は、繰り返される混乱や輸出規制により、従来のツールでは不十分だということが明らかになりました。

私たちは全世界の採鉱、精製、貿易に影響を与えるインシデントを追跡するためのパイロットシステムを立ち上げました。内製での開発が困難であったため、外部の専門家と連携し、現在はエバーストリーム・アナリティクスと協力しています。このシステムはサプライヤーリスク、気候リスク、環境リスクのほか、地政学的リスクや社会政治的リスクなどをモニターし、特に上流の生産途絶に焦点を当てています。現在、908の採掘・精製拠点の10品目の鉱物が対象で、その範囲は拡大しています。関連するインシデントを確認・評価した上で、業界・政府とアラートを共有します。ドイツ産業界では現在テスト段階にあります。

この取り組みで明らかになったのは、質が高く、かつ定期的に更新されるデータが不可欠だということです。価格を下げ、供給リスクを減らすためには、正確な位置データ、生産量、そして主要な市場プレーヤーに関する知識が極めて重要です。モニタリングだけでは十分でないものの、効果的なリスク軽減に必要な基盤となります。

プレゼンテーション3

サイモン・ヴァイマー(BMWグループ 原材料戦略・リスク管理担当シニアマネジャー)

BMWグループは、重要原材料法、先週発表された行動計画「リソースEU」など、最近のEUの取り組み(重要原材料法や、先週発表された「リソースEU」行動計画)に先立ち、かなり以前から、責任ある原材料管理やレジリエントな調達に長年取り組んできました。国際的な原材料市場での長年の経験をもとに、現状の課題に対するアプローチを最適化し、2年前には原材料戦略とリスク管理を専門とする部門を設置しました。

私たちの目標は、責任ある採掘・処理を徹底しながら、強靭(きょうじん)な原材料サプライチェーンを構築することです。多段階の原材料プロセスからスタートし、原材料ポートフォリオを定期的に分析し、リスクの可視化を図ります。この総合的評価は、原材料の入手可能性、ESG関連リスク、価格リスクをカバーしており、そこから的を絞った緩和策を導くことができます。

自動車のサプライチェーンは特にドイツでは非常に複雑なので、リスク緩和にはシンプルながら効果的な方法で臨みます。とりわけバッテリーの原材料に関しては、確実に入手できるよう、コバルトやリチウムなどの原材料を直接購入し、バリューチェーンに供給しています。価格リスク管理のため、特定の原材料を選び、金融市場でヘッジしています。こうして先手を打つことで、市場の変化に迅速に対応できるのです。

すべての対策は、強靭性、競争力、持続可能性のバランスを取らなければなりません。強靭性は安定供給の確保を意味し、競争力はコストと品質を重視します。また持続可能性は、環境への責任、二次原材料の使用を含みます。これら相反する優先事項に対応するには、多様化、グローバル市場での強力なプレゼンス、より広範な産業政策に組み込まれた欧州原材料政策が必要です。循環経済ソリューションとリサイクルを促進すれば依存度は減りますが、これには一貫した政策サポートが求められます。政府と産業界が密接に協力している日本は、欧州にとって優れたお手本になっています。

ディスカッション

橋本:
JOGMECは政策の意向を踏まえ、重要鉱物に関連したリスクを軽減するため、資金供給や備蓄など、独自の支援を提供しています。民間企業との協力の必要性は急速に高まっていますが、内部の対応力が限られているのが大きな課題です。
まず、皆さんの組織が直面している最大の課題は何でしょうか。

ブール:
第一の課題は、サプライチェーンが予見可能な安定した状態に戻ることはないと産業界に納得させることです。変動と混乱、価格の乱高下は今や恒常的な特徴となっています。最近の出来事を見れば、この現実がよく分かるでしょう。第二の課題は、下流の業界を促して上流に投資させることです。鉱物を採取、精製、加工するのは、製品が売れるようにするためではなく、自動車や飛行機をつくり、動かすためです。企業はこれらの原材料への確実なアクセスを必要としており、投資などを通じて直接参加しなければなりません。最終的には官民連携によるシステムが必要になります。サプライチェーンは社会全体に役立つからです。この変化を後押しするためには、人々の意識を高め、リアルタイムのバリューチェーン分析などのツールを活用し、混乱がいかに早く伝播するかを企業に示さなければなりません。そうすれば、しかるべき投資をもっと促せるかもしれません。多様化、技術的代替策、デリスキング戦略が必要不可欠です。

アル=バラジ:
ドイツも同じような課題に直面しています。ガリウム、ゲルマニウム、アンチモン、タングステンなどの輸出規制は業界全体、とりわけ永久磁石分野に大きな影響を与えました。ドイツは世界最大の磁石輸入国で、そのため輸入依存度が極めて高い状況にあります。サプライチェーンへのもっと積極的な投資を企業に促していますが、簡単ではありません。欧州で大規模な採掘拡大は望めず、エネルギーコストの高騰により、ドイツでは一定の活動が制限されます。従って、グローバルパートナーとの協業強化が必須です。これらの課題はこれからも続くでしょうが、産業界のエンゲージメントは徐々に増している状況です。日欧間をはじめとする協力が重要です。

ヴァイマー:
私たちの立場から言うと、企業はもはや限界に達しつつあります。サプライチェーンは中小企業が主流ですが、彼らは持続可能性、多様化、競争力の同時並行的なマネジメントに苦戦しています。業界横断的な協業、公的な分析ツールなどの支援メカニズムが必要です。採鉱やOEMの取り組みだけにフォーカスしていては不十分です。

橋本:
日本やJOGMECとの協業について、何を望みますか。

ヴァイマー:
協業は既に存在しますが、必要なのは行動を起こすことであり、書類や覚書を増やすことではありません。ドイツ、欧州は分析から実行へのスピードが遅すぎます。日本の商社や投資メカニズムはとても参考になります。ドイツには同様の構造がなく、日本とのパートナーシップやドイツ版JOGMECの創設を検討すべきです。

アル=バラジ:
協業を深める余地は間違いなくあります。政府資金が活用できる今、共同出資が可能です。日独の専門知識を特定の重要なサプライチェーンにいかに適合させるかがカギです。

ブール:
経済安全保障の実現は、官民のパートナーシップ、同志国間の協力にかかっています。JOGMECは重要なパートナーです。フランスのレアアースプロジェクトのような共同出資の事例が示しているのは、取り組みを共有することで、いずれの側も単独では達成できない成果が可能になるということです。また、機密データを保護しながら、リスク分析やバリューチェーン分析の方法や手段を共有することもできます。

橋本:
学術界はどうですか。

ブール:
私たちはトレーサビリティやライフサイクル分析、モニタリングツールなどの手法を研究機関に頼っています。主に必要なのは、原材料トレーサビリティの新技術、国内で統制可能なIT基盤などで、いずれも大学と産業界の密接な協力関係によって開発されるものです。

アル=バラジ:
ドイツは特定材料の加工ノウハウを失った結果、高い再参入コストに悩まされています。産業ノウハウ保護の重要性を改めて理解する必要があります。一度失われると、長い間戻らない可能性があるからです。学術界は重要ですが、投資と行動を加速させなければなりません。

ヴァイマー:
大学とは、欧州鉱業修士プログラム(サプライチェーンの将来的課題に対処するために必要な次世代エンジニアを養成)などの取り組みを通じ、緊密な協力関係があります。

セッション2:企業レベルのデータを用いたサプライチェーン脆弱性の分析

セッションチェア

伊藤 恵子(千葉大学大学院社会科学研究院 教授)

プレゼンテーション1

川窪 悦章(RIETI研究員(特任)/大阪大学大学院国際公共政策研究科 講師)

過去10年間、英国のEU離脱、コロナ禍、自然災害、貿易戦争、ウクライナでの戦争など、サプライチェーンは度重なる混乱に直面してきました。こうした衝撃は気候変動や地政学的緊張により、より頻繁に発生されると予想されています。同時に、経済安全保障は政策立案者にとって極めて重要な問題となり、それが日本の経済安全保障推進法改正などの施策に反映されています。

サプライチェーンをめぐる懸念は地政学的分断とあわせて急速に高まっています。脆弱性やその影響、考えられる対応策を理解するには、粒度の高いデータセットが必要不可欠です。例えば、通関データや付加価値税(VAT)データなどの行政データは、国内外の企業同士のつながりを明らかにします。また、東京商工リサーチなどの民間企業データ、船舶自動識別装置(AIS)の追跡記録や船荷証券記録などの物流データから企業・取引レベルでの分析が可能になり、研究者はサプライチェーンネットワークをマッピングできるようになります。

最近の研究では混乱を引き起こす主な要因として、自然災害、貿易戦争、紛争の3つを分析しています。地震や洪水、パンデミックによるロックダウンの研究によると、平均的な効果は企業間の異質性を見えなくすることが往々にしてあります。サプライヤーと長期的関係を結んでいる企業ほど多大な損害をこうむり、サプライヤーの変更に苦労しますが、代わりをすぐに見つけられる企業はそれよりはるかに強靭です。つまり、企業にとってサプライチェーンを再編できることが重要なのです。したがって、政策面から言えば、政府は代替サプライヤーに関する情報への企業のアクセスを向上させなければなりません。

貿易戦争に関する研究によれば、米中デカップリングを受けて、ベトナムでは米国への輸出および中国からの輸入が増えるなど、明らかな貿易転換効果が見られます。また、ロシアの天然ガス輸出削減に注目した研究からは、代替可能性によって損失を大幅に低減できることも示されています。つまり、投入財を置き換えることができれば、たとえ完全に置き換えることができなくても経済的損失は大幅に減少します。

AISデータを用いて現在行われている研究では、紅海でのフーシ派による攻撃など、海上航路に対する地政学的ショックによって喜望峰回りへの迂回を余儀なくされ、燃料コストや二酸化炭素排出量が大幅に増えたことが分かります。

こうした研究成果から明らかなのは、粒度の高いデータへの継続的アクセスに裏打ちされた、包括的な経済安全保障シンクタンクの必要性です。通関データ、VATデータ、民間企業データ、物流データを組み合わせることで、脆弱性を正しく把握でき、エビデンスに基づくタイムリーな政策対応をサポートします。不安定さを増し複雑化するグローバル環境の中で経済安全保障を強化するためには、RIETIなどの機関を通じた学術研究能力の調整が欠かせません。

プレゼンテーション2

シュテファン・ミュラー(ドイツ ハレ経済研究所 経済学教授/構造変革・生産性部門長)

天然ガスは発電や暖房、多くの製造工程に欠くことのできない原料です。2022年以前は、ドイツのガス輸入の約半分はロシアからで、深刻な経済的脆弱性やと政治的リスクを生んでいました。さまざまな業界団体が、ガスの輸入が止まれば化学産業はたちまち崩壊し、下流の幅広いセクターも破綻しかねないと警鐘を鳴らしましたが、政府にはこうした主張を検証するためのデータがありませんでした。

経済的な影響は2つの理由ではっきりしませんでした。第一に、既存のマクロモデルは集約度が高すぎ、特に短期的には代替性に関する強い仮説に依存していました。また、バリューチェーンに沿ったカスケード効果の把握にも苦戦していました。第二に、粒度が十分に高いデータがドイツにはありませんでした。産業連関表は大ざっぱで、ガス利用に関する詳細データが容易には入手できませんでした。

そこで私たちは、ドイツ連邦統計局の製品レベルのデータ2つを統合し、従業員20人以上の全メーカーをカバーできるようにしました。その結果、製品ごとのガス消費・販売に関する詳細データを入手し、ガス利用の比重が大きい製品、ガス集約度の高い製品(売上1ユーロ当たりのガス投入量で判断)を知ることができました。ガスの利用は一部の製品に集中していて、約1,600の製品のうち、300の製品でガス消費の89%を占め、わずか16の製品で25%を占めていたのです。つまり、これらの製品の分析は大きな効果を生むということです。

下流リスクに対応するため、私たちはエネルギー代替ではなく、輸入代替に着目しました。製品レベルのデータを国連貿易統計データベースのUN Comtradeのデータと組み合わせることにより、リスクの高い供給元を除外した上で、どのガス集約型製品が現実的に輸入可能かを評価しました。ここから、ガス集約度の高い多くの製品は輸入による代替性も高いことが分かったのです。ガス集約度が極めて高く、輸入可能な製品の生産を止めれば、経済コストを比較的抑えながら大量のガスを節減し、下流のカスケード効果を抑えることができます。

政策的なメッセージは次のようになります。粒度の高いデータを用いて少数の重要製品を特定すること、ガス1単位当たりの付加価値を評価すること、バリューチェーン各段階の代替可能性を見極めること、ターゲットを絞った緊急時対応計画を立案することです。こうしたアプローチは一律の供給制限よりはるかに効果的で、政府は最小限の経済的ダメージで脆弱性を軽減することができます。

コメント

チャド・P・バウン(ピーターソン国際経済研究所(PIIE)レジナルド・ジョーンズ・シニアフェロー)

ミュラー先生と川窪先生は、サプライチェーンの脆弱性を特定し、ショックへの対応策を評価する上で、粒度の高いミクロ経済データをとても効果的に利用されています。政策立案者はリスクを把握し、準備を整えるため、まさにこのような研究を必要としています。

さらなる貢献としてカギを握るのは方法論です。各国政府にとって、東日本大震災時やロシアのウクライナ侵攻直後に、こうした分析がリアルタイムでできていたら理想的だったでしょう。これらの論文は、危機の発生から何年も経過してからではなく、危機が生じた時に脆弱性を分析するためには、どのようなデータやツール、組織能力が必要かを示しています。政策立案者は、危機への対応と危機への準備の両方を支援するため、データアクセス、分析インフラ、研究能力に投資するよう暗黙裡に要求されていることを真剣に受け止めなければなりません。

しかし政策的な観点からは、もっと踏み込んだ分析が求められます。短期弾力性、長期弾力性などの考え方では不十分です。政策には具体的なスケジュールが必要です。代替が可能になるのは3カ月後か、6カ月後か。産業界は公的支援が提供される前に問題を解決できるか。優先順位をつけ、予算を編成するには、こうした細部が重要です。

同様に、政府が代替サプライヤーを探す企業の手助けをするという提言も、現実的な制約に直面せざるを得ません。企業は競争上の懸念から、サプライヤー情報の共有に二の足を踏むことが少なくありません。研究では、こうした制度的・戦略的障壁を説明しなければなりません。同じことが、ガス集約度の高いセクターに対する輸入代替や補助金などの提言にも当てはまります。施策は一時的なものか、構造的なものか、またどのように実行すべきかなど、政策立案者は具体的な選択肢を必要としています。

この研究は非常に有益ですが、そのインパクトは、研究成果を具体的・実践的な政策選択に転換できるかどうかにかかっています。それが次の重要なステップです。

川窪:
学術研究のスピードと、リアルタイムの政策決定の必要性の間には、しばしばギャップがあります。厳密な実証研究は、詳細な行政データや取引レベルのデータに依存していますが、これを入手して分析できるのは通常、注意深い処理と検証が終わってからだけです。その結果、研究者が通関記録など質の高いデータを扱うとしても、研究用に入手できる直近データはやはり現状から後れを取る可能性があります。粒度の高いデータへのタイムリーなアクセスを改善すれば、研究者は関税、輸出規制をはじめとする政策ショックなど、さまざまな問題に関する政策論議をもっと支援しやすくなります。

これらのデータを政策関連の分析に転換することができるしっかりとした研究環境の確立も重要です。また、学術研究を生み出しながら、政策分析を支援できる優れた研究者を惹きつけるため、政府はそうした研究環境で行われた分析に基づく学術発表を認めることが必要です。このようにデータアクセス、研究能力、政策分析の連携を強化する上で、包括的な経済安全保障シンクタンク設立の意義が大きいといえます。このシンクタンクは、強力な研究基盤を中心に据えながら、学問的知見や業界の知見、行政の政策経験を結集させ、エビデンスに基づく厳密な政策分析を支援することもできると考えられます。

ミュラー:
政府の介入を重視しすぎるのは注意が必要です。補助金や株式保有、直接介入を伴う提案は、中央集権的な計画に近づく恐れがあります。東ドイツで育った私は、何十年にも及ぶ中央集権的計画が経済パフォーマンスを損なう様子を目の当たりにしました。企業、特に民間企業こそが、自身のバリューチェーンを確保する最終責任を負うべきです。小規模または脆弱なサプライヤーによるリスクに直面した企業は、政府の支援に頼るのではなく、それらのサプライヤーの活動を自社内で処理することも可能です。

ミクロレベルのエビデンスによれば、企業は集約データが示すよりもはるかに柔軟です。政府が把握できない代替可能性はたくさんあります。政府が重要な投入財を調達に乗り出すと、歪んだインセンティブが生まれ、イノベーションが抑制され、権力が集中する結果、汚職などのリスクが高まります。

政府の適切な役割は、モニタリング、リスク評価、生産プロセスの把握であり、民間セクターのサプライチェーンを具体的に構築することではありません。RIETIなどの機関は、脆弱性を分析し、インフラや安全保障の決定に役立つ情報を提供することにより、企業の行動を縛ることなく政策立案をサポートできます。

伊藤:
輸入品自体、制裁を回避しながら、ロシアの天然ガスを使って生産できますか。

ミュラー:
この場合、答えは明白です。米国から輸入されるアンモニアなどの製品は、ロシア産天然ガスを使って生産されるわけではありません。希少原材料に関しては事情がもっと複雑ですが、サプライヤーの排除と注意深い調達によって対処可能になります。

セッション3:国際産業連関表と貿易データを用いたサプライチェーン脆弱性の分析

セッションチェア

田村 暁彦(RIETIシニアアドバイザー/日本貿易振興機構(ジェトロ)パリ事務所長)

プレゼンテーション1

リチャード・ボールドウィン(RIETIノンレジデントフェロー/国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクール 教授)

サプライチェーンの分析には、大まかに2つの方法があります。1つ目はマイケル・ポーター式のビジネスアプローチで、1つの会社を取り上げ、そのバリューチェーンをたどります。この手法は、先端半導体やレアアース磁石、ロシア産天然ガスなど、特異性の高い製品には必要不可欠です。つまり企業のアイデンティティ、オーナーシップ、製品の特異性が重要になる場合です。ただし規模が制約要因になります。層が広がるにつれてサプライヤーの数が急激に増え、相反するインセンティブによって情報の正確さが疑わしくなり、機密性の制約によって2~3層以上をカバーするのが難しくなります。

2つ目の手法は、産業連関表を用いた経済的な見方です。これは経済を単一のサプライチェーンではなく、サプライネットワークとして捉えます。これにより、すべての企業がお互いにどのように売買を行っているかが分析でき、直接のサプライヤーについて企業に尋ねただけでは見えてこない脆弱性が明らかになります。産業連関分析は付加価値ベースで実施し、その仕事がどこで行われているかを示すことができます。あるいは総生産ベースで実施し、物理的に生産がどこで行われているかを示します。サプライチェーンの混乱についての分析には、総生産ベースのやり方のほうがたいていは有効です。

産業連関表の主な制約要因は、データの遅延、集約性、そして代替可能性の前提が単純化されていることです。こうした制約があるにもかかわらず、産業連関表は、詳細なミクロ分析では大規模に提示できないシステミックエクスポージャーについて必要な初期把握ができます。通関データだけでは中間財と最終財の線引きが曖昧になり、本当の生産地を特定できないため不十分です。この点は医薬品のサプライチェーンで明らかです。表面的な貿易データからは、第三国を経由した中国産投入財への極度の依存が見えないのです。

産業連関表を用いたルックスルー・アプローチでは、中国へのエクスポージャーが額面通りの貿易データよりはるかに大きいことが分かります。米国の場合、中国へのルックスルー・エクスポージャーは直接のエクスポージャーの4倍近くに上ります。トランプ大統領の貿易戦争以降、中国への依存は額面では減っていますが、ルックスルー・アプローチで見ると、他国を経由した迂回によって依存度はむしろ増え続けています。

重要なメッセージは、完全なデカップリングは非現実的だということです。グローバルな生産構造を解きほぐすには莫大なコストを要します。効果的な経済安全保障に必要なのは、ネットワークベースのルックスルー分析を使って脆弱性の本当のありかを明らかにした上で、広範なディスエンゲージメントが進んでいると想定するのではなく、精選された戦略的な選択をすることです。

プレゼンテーション2

アンジェラ・グロワッキ(科学技術・民主主義・社会研究センター(DSET)政策アナリスト)

中国は長らく重要鉱物やレアアースに対する支配的地位を利用してきましたが、これは2014年から2015年にかけて産業戦略を計画的に転換させた結果です。「中国製造2025」とその後の5カ年計画により、中国はインフラ主導の成長から、半導体、電気自動車、太陽光パネルなどの先進技術へ移行し、鉱物サプライチェーンを国家安全保障上の問題として明確に位置づけました。

この変化は重要鉱物の需要を急増させました。中国は国内供給量が十分ではありませんが、特に電池材料の精製能力において群を抜いています。ニッケルが好例です。中国は国内でニッケルをほとんど産出しませんが、精製では世界の相当部分を支配しています。中国は一帯一路構想の立ち上げ後、投入財を確保するため、インドネシアをはじめとする資源富裕国への外国直接投資を拡大しました。

インドネシアは制限措置とインセンティブを活用し、輸出禁止や下流処理の義務付けを通じた独自の戦略を目指しました。中国企業はそれを受け、制約を回避するため、インドネシアの工業団地に直接投資し、採掘、製錬、電池材料生産に自ら関わりました。資金供給の役割は政策銀行から国有商業銀行へ移行し、電池・材料企業による参加の幅が広がりました。モロワリ工業団地がこのモデルの好例で、インドネシアの政策に合わせて加工処理が現地化される一方、中国の資本、技術、市場への構造的依存は維持されました。

国内での加工処理が増えたにもかかわらず、インドネシアは今なお中国と深いつながりを維持しています。中国企業は精製能力のおよそ75%を握っており、ニッケル製品の90%以上が中国へ輸出されています。こうして経済的・政治的影響を伴う非対称的な依存関係が生まれます。同志国による協調的行動の必要性が強調されるゆえんです。

下流の同じような脆弱性が、ドローンや防衛用のリチウムイオン電池で見られます。台湾は製造能力に秀でていますが、非中国産のバッテリーグレード材料の調達では厳しい制約に直面しています。代替品はあるものの、3~4倍のコストがかかり、国内需要が限られていることから、民間投資も低調です。

政策的な含意は明らかです。サプライチェーンを確保するには、上流への介入、国が後押しする資金供給、明確な重要鉱物戦略、国際的協調が必要です。JOGMECを通じた日本の経験によれば、的を絞った公的投資によって依存度は低下しますが、国が後ろ盾となったライバルとの競争の激しさは変わりません。効果的な経済安全保障は、業界標準の調整、上流への共同投資、リサイクル、備蓄などを、息の長い官民協業によって支えられるかどうかにかかっています。

プレゼンテーション3

磯野 生茂(日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 開発研究センター経済統合研究グループ長)

地政学的ショックは既に出荷の遅延、中間投入財の途絶、そして時にはサプライチェーンの再編を招いています。シミュレーション分析は3つの方法で役立ちます。第一に、理論的仮説を数値予測に変換します。第二に、ダメージの大きさや政策のインパクトを見積もり、さまざまな選択肢や優先事項の比較を可能にします。第三に、新しい貿易統計を待つことなく、ただちに適用できます。

私たちのツール、経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)は、一般均衡フレームワークを地理的データや輸送コストデータと組み合わせています。県レベルの分析結果を出し、構造的変化を組み込み、各種のショックによって調達・販売パターンがどう変化していくかを把握することができます。関税、輸送コスト、紛争に伴うあつれきをモデル化し、どこで混乱が生じるか、どのような代替ルートがあるかを明らかにします。このモデルは多くの地域をカバーしますが、データの制約があるため、8つの産業しかカバーできていません。他にも次のような限界があります。為替レートが固定されていること、二国間の投資パターンを把握しきれていないこと、期待効果や不確実性効果は除外されていること、中国の過剰生産のダイナミクスは部分的にしか反映されていないことです。

デカップリング、制裁、貿易戦争のこれまでのシミュレーションによると、制裁への参加国が一般的にコストを負担する一方、中立国は貿易転換によって利益を得る傾向にあります。制裁の強化はブロック諸国にはコスト増を、中立国には利益増をもたらし、完全な孤立を難しくします。

相互関税シナリオの場合、私たちの分析によると、GDPへの影響は、米国でマイナス3.0%、中国でマイナス0.7%、全世界でマイナス0.8%です。シンガポールなど関税が比較的低い国は、エレクトロニクスを中心に利益を得ます。米国の損失は、消費者にとっての輸入価格増、生産者にとっての投入財コスト増に加え、国内調達の増加による相殺が限られていることの表れです。その他の国々が受ける影響は、米国に対する輸出エクスポージャー、中国と比較した関税に左右されます。中間投入財や最終輸出品のルート変更によって利益を得る国もあります。

国境や輸送ルート混乱のシミュレーションによれば、依存度が高い地域に損失は集中し、代替策がある地域は利益を得る可能性があります。政策的含意は、調整コストを減らす枠組みや貿易合意などを通じて、必要な切り替え、輸送ルートや市場の多様化を支援することです。

コメント

キム・ビョンヨン(ソウル大学校経済学部 特別教授)

最初の資料の結論は明確です。米国にとって中国からの完全なデカップリングは不可能です。額面データではなくルックスルー・アプローチを用いると、米国は事実上、直接の貿易統計が示す3.8倍も中国産投入財へのエクスポージャーがあります。この依存は非常に非対称的で、米国の中国産工業製品への依存度は、中国の米国産投入財への依存度をはるかに上回っています。従って、広範な貿易デカップリングは非現実的です。

ここから2つの問いが生じます。まず、代替可能性を考慮に入れた時、この見立てはどう変わるのか。中国が物的生産で支配的立場になかった場合、他国からの調達で投入財を代替できるのでしょうか。次に、これは政策戦略にとって何を意味するのか。米国は「小さな庭、高いフェンス」というアプローチを採用し、戦略的に重要なセクターだけをターゲットにしています。新興産業に関するエビデンスによると、半導体や人工知能(AI)などの分野では、米国、日本、ドイツ、韓国の能力を合わせれば、中国のそれをしのぐ可能性があります。つまり、経済全般のデカップリングよりも的を絞った戦略のほうが、実現性が高いかもしれません。重要なのは、各国が覇権を競う中で、米国がどのような経済的影響力を現実的に行使できるのかということです。

2つ目の資料は、重要鉱物と電池のサプライチェーンにおける中国の支配的立場を取り上げています。課題となるのは、代替技術や異なる調達戦略によって電気自動車(EV)のバッテリーやドローンなどの分野でリスクを軽減できるのかどうかなど、非対称的な依存を同志国がどのように緩和できるのかということです。

3つ目の資料は、シミュレーション分析を使って経済安全保障リスクを定量化しています。関税は自殺行為だという分析結果は重要ですが、米国のGDP損失予測が3%というのはかなり大きな数字に思えます。このモデルは為替レートや金利、投資のレスポンスを除外しており、貿易転換や再配置のダイナミクスを限定することで影響を誇張する可能性があります。これら3つの資料は相互補完的であり、過去の依存度の診断、重要な制約の分析、将来的なリスクの予測を組み合わせています。

ボールドウィン:
中国は世界の製造業総生産の約35%を担っており、2位以下の8カ国を合わせてもこれに及びません。世界で唯一の製造業超大国であり、この独占的地位は中間財にも当てはまります。中国の輸出のおよそ半分は今や中間投入財であり、同国の投入財に頼らずに何かを製造するのは世界的にほぼ不可能になっています。中国のシェアを35%から25%に減らそうとしたら、短期間に想像を絶する経済的努力を必要とします。ですから完全なデカップリングは非現実的です。各国政府は長い間、農業・防衛分野を純粋な市場原理から守ってきました。それに加えて、半導体や医薬品などのごく限られたセクターがこの範疇に入るかもしれません。重要な産業に的を絞った依存度の低減は可能ですが、広範な貿易摩擦は非生産的で、同盟国との関係を悪化させる恐れもあります。

グロワッキ:
韓国と日本はNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)電池で強い地位を築いており、中国による投資の過剰な影響力が懸念材料になりつつあります。非対称的な依存を減らすには、特に外国直接投資を受け入れている国々において、中国以外の資金源からの投資を増やす必要があります。バッテリー技術は今なお進化中であり、固体電池や準固体電池などの代替品を排除するのは時期尚早です。大部分のバッテリーシステムは中国が支配する重要鉱物に頼っているという現状を認識しながら、投資の多様化と新技術の継続的探究を組み合わせる――そんな二層アプローチが求められます。

磯野:
米国のGDPが3%減少するとの予測は、実体経済の影響だけを反映しており、誇張された数字かもしれません。2018年の貿易戦争時に見られたように、為替レートや金融調整によってインパクトが部分的に相殺される可能性があります。このモデルは低関税の輸入や国内生産を目指す代替アプローチを含んでおり、経済規模の大きな米国の衝撃を和らげる効果があります。中国の影響がマイナスになったのは、米国の需要低下や貿易転換を反映しています。それ以外の要因としては、企業によるコスト吸収、ベースラインシナリオでは捉えられない、いつになく良好な投資環境などが挙げられます。

セッション4:中国と東アジア

セッションチェア

リチャード・ボールドウィン(RIETIノンレジデントフェロー/国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクール教授)

プレゼンテーション1

伊藤 亜聖(東京大学社会科学研究所 准教授)

中国のAI技術は急速に進歩しており、同国の大規模言語モデル(LLM)は国外でも幅広く利用されています。これらのモデルは性能がよく、米国で開発された最先端システムとの競争力も高まっています。

中国は今やAIモデル開発の二大先進国のひとつであり、アリババ、バイドゥ、テンセント、ファーウェイなどの中国企業、それに数社の同国スタートアップ企業がLLMを大規模にリリースしています。中でも突出しているのはアリババのQwenです。オープンソースモデルで、自由にダウンロードすることができます。年の半ばにはQwenのバリアントが300以上あり、ダウンロード数は4億を超えていました。また、微調整により生まれた派生モデルが5,000以上存在しました。このように中国のAI技術は全世界に広がっています。

同時に、中国のLLMは国家の厳しい規制を受けています。2023年8月施行の生成AIサービス管理暫定弁法では、モデルの出力は社会主義の中核的価値観に従わなければなりません。実際のところ、これは組織的検閲につながります。中国のモデルで試しにデリケートな質問をすると、回答拒否または回避率が約40%、先進モデルでは60%を超えることもあります。モデルがどのように訓練されているかが分かります。

重要な問題は、中国以外へのスピルオーバー効果です。中国のオープンソースモデルは日本を含む外国でも利用可能です。もっと重要なのは、外国で開発された派生モデルが検閲機能を引き継ぐ可能性があることです。日本では、中国を基盤とする一部の派生モデルで回答拒否率が最大30%に上り、政治的なフィルタリング機能が残存していることを示しています。現状はダウンロード数がまだ限られていますが、そうしたモデルの存在により、情報統制やナラティブの影響力をめぐる懸念が高まります。

これが問題なのは、実証研究によると、日本国民は非自由主義的ナラティブに影響を受ける可能性があるからです。LLMに政治的メッセージがわずかに埋め込まれている場合、それによって世論が徐々に形成されるかもしれません。こうしたダイナミクスは、AIによるデジタル一帯一路などの取り組みを通じて拡大する可能性もあります。

政策課題は中国に限ったものではありません。政治的価値観が人工知能を通してどう伝わるのかという懸念があります。日本はAIの安全ガイドライン、評価枠組み、研究活動を通じた対応が始まっています。しかし国内の対策だけでは不十分かもしれません。地政学的競争の時代にAIの普及が国境を越えてもたらす影響に対応するには、国際協調が必要です。

プレゼンテーション2

ジョリス・ティアー(欧州安全保障研究所(EUISS)経済安全保障・技術担当アソシエイトアナリスト/Chips Diplomacy Support Initiative(CHIPDIPLO)シニアアドバイザー)

グローバル化した世界で、私たちは環境コストや社会的コストを理由にレアアースの採掘・精錬をよしとしませんでした。しかし大国が競い合う今、このロジックはもはや通用しません。レアアース原材料に対する支配は、供給拒否という形で悪用されかねません。あるいは紛争によって完全に失われる可能性もあります。

重要原材料はグローバル経済の骨格です。それがなくなれば、ペースメーカーやドローン、戦闘機、風力タービン、エネルギーシステムは機能しません。半導体は中枢神経系、化学製品は結合組織です。各国は何十年もの間、経済的付加価値を重視し、設計を維持する一方で生産をアウトソースしてきました。台湾をめぐる軍事リスクが高まり、中国がサプライチェーンを武器化する今は、経済的付加価値よりも戦略的付加価値のほうが重要です。

重要な脅威が2つあります。1つ目は東アジアでの紛争です。中国の軍拡、特に海軍とミサイル戦力に、造船や製造業における同国の優位性が相まって、戦争や封鎖により日本、韓国、台湾、そして中国で生産活動が止まる恐れが高まります。この地域は世界の半導体の75~80%を生産し、多くの重要原材料を支配しています。台湾はエネルギーの95%以上を輸入しています。エネルギーの流れが止まったら、半導体工場が止まります。カスケード効果によって、防衛生産、医療、デジタルインフラ、エネルギー転換も全世界で停止しかねません。

2つ目の脅威は供給拒否です。中国は既に重要鉱物に対して巧妙な輸出規制を発動しています。欧州企業からは、軍事衝突がなくても生産の停滞が報告されています。こうした規制は、軍事的な最終用途をターゲットにし、防衛サプライチェーンへの原材料投入を拒み、機密情報を引き出すほか、政策上の譲歩を要求するための経済的手段となります。これは貿易ではなく威圧です。

中国は地経学的なエスカレーションラダーを支配しています。投入財をひとつ確保するだけで、鉱物から電池、製造業へという具合に、圧力は次へと移っていきます。デリスキングだけでは不十分です。同志国は供給サイドの多様化と、需要サイドの施策や経済的抑止とを組み合わせなければなりません。日本、オランダ、韓国、米国はいずれもチョークポイントを握っています。信頼できる対抗策を協力して打ち出さなければ、威圧は続くでしょう。

コメント

アレックス・ブリストウ(オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)サイバー・技術・安全保障プログラム シニアアナリスト)

伊藤先生の発表に関連して、AIは中国の幅広いデータ抽出およびプロパガンダシステムと切り離すことができないということを強調したいと思います。研究によれば、スマートシティやIoTデバイス、オンライン活動から得られたデータは、プロパガンダや威圧、場合によっては敵対的介入に再利用できることが分かっています。従ってAIの輸出は単なる技術的問題ではなく、戦略的問題なのです。AIで西欧がリーダーシップを執っているとの自己満足にも注意が必要です。米国が今なおリードしていることを示す指標もありますが、ASPIの「重要技術トラッカー」の研究動向データによると、ほとんどのAIサブ分野で中国が既に先んじており、欧米がまだ優位な領域も5~10年以内に追い越されると思われます。

台湾については、侵略シナリオから離れて、戦争まではいかない威圧のほうに重点を移したいところです。台湾は既に偽情報や経済的圧力、政治的介入を通じて、体制転覆を狙った圧力を継続的に受けています。ASPIの「プレッシャーポイント」プロジェクトなど、実地調査や机上演習に基づく研究によれば、中国は侵略なき適応を強いるために誤情報や社会的分断、標的破壊を優先すると考えられます。台湾の視点から見れば、これはもうある種の紛争です。

経済的抑止がここでは重要です。台湾の緊急時対応計画には、威圧が度を超えた際に半導体の生産を積極的に打ち切ることが含まれる可能性があります。これはレジリエンスが目的ではなく、早い段階で危機のグローバル化を図り、中国がタイミングを支配できないようにするためです。台湾に重要な能力を保持することで、この抑止効果が保たれるのです。

オーストラリアの事例は注意して見なければなりません。中国の経済的威圧に抵抗したとされることが多いのですが、本当の教訓はそれとは違います。圧力が和らいだのは、グローバルな貿易システムが機能しており、中国がオーストラリアの鉄鉱石に引き続き依存していたのが主な理由です。次回はそのギャップを中国は埋めてくるでしょう。ここから学ぶべきは、経済安全保障にとっては強靭性や多様化だけでなく、オープンな国際貿易システムの維持も重要だということです。それがないと、威圧への抵抗はずっと難しくなります。

伊藤:
中国のデジタルガバナンス・モデルは、当局がデータを供給し、プラットフォーム企業が国内でイノベーションを起こすというフィードバックループを生み出しますが、この同じシステムが中国企業のG7市場への進出を難しくしています。もっと大きな懸念は、グローバルサウスへのスピルオーバー効果です。途上国の政府関係者が中国の都市を訪れてテクノロジーやガバナンスのソリューションを学ぼうとする事例が増えていますが、そうすると中国のデジタルガバナンス・モデルが世界中に広がる恐れが高まります。技術的リーダーシップに関して言うなら、中国の強みは、高いスキルを備えた若手エンジニアが揃っていること、目標が明確なときには効率よく機能するシステムが存在していることにあります。デカップリングに関しては、これはどちらの側にとっても実現可能ではありません。中国の生産能力は優れていますが、国内消費は弱く、外需が引き続き不可欠です。不動産バブルがしぼむ中、完全なデカップリングは中国そのものに多大なマクロ経済的コストの負担を強いるでしょう。

ティアー:
関税や輸入禁止よりも重要投入財の支配による威圧のほうがより強い影響力を持つことが、最近の経験で分かっています。中国はレアアースや関連原材料へのアクセスを制限することができますが、これは貿易上のペナルティより強い破壊力を発揮しています。これによって「小さな庭、高いフェンス」戦略の限界が明らかになりました。企業は生産の停止やオフショアリング圧力に直面したのです。限定的とはいえ、重要原材料が少しずつ制約を受けることで、大きな混乱が既に生じています。中国は自国の製造基盤に対する世界的な依存度を高めようとしています。台湾危機などの極端なシナリオにおいては特に、これが経済的抑止になると考えているのです。中国は投入財の備蓄、エネルギーや港湾インフラの拡大を行い、自立性の強化を優先しています。われわれが何も行動を起こさなければ、製造能力は中国に集中したままです。部分的・断片的な対応でも効果はありますが、十分ではありません。必要なのは「同盟の規模」、つまり信頼できる国々の間で需要や政策行動を調整し、重要な領域における供給を再構築することです。第2次トランプ政権で見られるように、混乱や途絶は行動を促す触媒となりますが、持続的なソリューションに必要なのは一方的な圧力ではなく、協調です。

閉会挨拶

戸堂 康之(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/早稲田大学政治経済学術院経済学研究科 教授)

本日のディスカッションでは、地政学的リスクや保護主義によって生じるサプライチェーンの途絶は今や当たり前のものであり、継続的に対処しなければならないことが再確認されました。サプライチェーンの脆弱性について、次の3つの視点から検討を行いました。(1)粒度の高いデータ、ネットワーク、シミュレーションを用いた新しい分析手法、(2)中国への依存度の高さがもたらすリスクと、多様化・代替の必要性、(3)官民の協力と国際協力の重要性です。経済安全保障の強化には、継続的な分析、政策立案者に対する明確なメッセージ、政府・企業・研究者の持続的協力が必要です。

冨浦 英一(RIETI所長/大妻女子大学データサイエンス学部長)

RIETI・JOGMEC・IDE-JETRO共催のシンポジウムにご参加いただき、ありがとうございました。主催者を代表して、心より感謝いたします。本日のディスカッションでは、経済学と経済安全保障に共通の3つの基盤が浮き彫りになりました。(1)質の高いデータの中心的な重要性、(2)同志国間の国際協調の必要性、(3)官民協業の重要な役割です。サプライチェーンのレジリエンスと国家安全保障を強化するために、これらの要素は欠かせません。すべての発表者、参加者、運営者の方々に感謝申し上げるとともに、本日の対話が今後の政策立案や企業行動に寄与することを願っております。