イベント概要
- 2025年7月3日(木)13:00-17:30(JST)
- 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
- 後援:内閣府男女共同参画局
議事概要
日本と韓国は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも男女間の経済格差が特に大きい国とされ、女性の経済状況は男性に比べて非常に不安定といえる。そのため両国ではウーマノミクス(女性の経済参加促進)が政府によって積極的に進められてきたが、男女間の経済格差是正は道半ばである。一方で、男女の経済格差解消は両国のさらなる成長・発展の可能性を秘めている。本シンポジウムでは、日韓両国における男女間の経済格差の実態とその要因をデータに基づいて深掘りするとともに、両国の共通点や相違点について実証的に検証した。加えて、この分野に取り組んできた行政官や研究者がそれぞれの立場からテーマを掘り下げ、今後の改善策について議論した。
開会挨拶
深尾 京司(RIETI理事長 / 一橋大学経済研究所特命教授)
日本と韓国は、経済協力開発機構(OECD)加盟国38カ国の中でも特に男女間の経済格差が大きく、世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数の「経済参加と機会」の項目も極めて低水準にあります。このため、両国では女性の経済参加促進が積極的に進められてきましたが、格差是正はまだ道半ばです。
本日のシンポジウムでは、日韓両国における男女間の経済格差の実態とその要因を明らかにするとともに、今後の改善策について議論します。本日は建設的な議論によって男女間の経済格差是正に向けた具体的な第一歩を踏み出すことができればと期待しております。
来賓挨拶
川本 裕子(人事院総裁)
日韓における男女の経済格差は長らく解決への努力が続けられ、改善も見られるものの、解決への壁としては性別役割意識が強いこと、アンコンシャスバイアスの存在、終身雇用・年功序列・長時間労働などが指摘されています。学校修了時点では能力的に男女差がない中、多大な教育的投資を受けて高度な知的能力を持つ女性たちが社会で価値を創出しなければ、損失そのものとなります。
裏を返せば両国がさらなる成長・発展の可能性を秘めているということでもあり、本日の報告やディスカッションを通じ、男女間の経済格差の真の解消につながる示唆が得られることと存じます。
キーノートスピーカー・セッション:男女平等推進行政
講演1:「経済政策と女性活躍・男女共同参画」
林 伴子(内閣府政策統括官(経済財政分析担当))
雇用機会均等法制定から40年
1985年は男女雇用機会均等法が制定され、日本の男女共同参画にとって非常に重要な年であります。しかし、制定から40年がたち、十分な成果が表れているとはいえず、日本の男女共同参画は国際的にも進捗(しんちょく)の速度が相当遅かったと言わざるを得ません。
その背景には意識(mindset)の問題と人事慣行などの慣習(practice)の問題があったと思います。例えば長時間労働や二重労働市場(正規・非正規)の問題がありますし、特に終身雇用、年功序列のシステムは女性活躍との相性が悪かったように思います。経済面においても、バブル崩壊とともに就職氷河期を迎え、女性活躍がなかなか進まなかったという背景があります。
欠かせない女性活躍推進
ジェンダーの問題は、経済社会全体に関わる大変大きな課題です。経済政策の観点からは、今後、日本の潜在成長率を高めていく上で、女性の活躍が欠かせません。この40年、女性の労働参加率は大幅に上昇し、量的には就業者数の増加として潜在成長率に寄与してきました。今後は、本来もっている能力の発揮を通じた労働の質の向上も、潜在成長率を高める上で重要な要素と考えます。また、国際機関では、女性活躍による多様性の効果を通じて全要素生産性(TFP)を押し上げるという効果も検証されています。ただし、多様性といっても、会議に座っている女性が単に増えただけでTFPが上昇するわけではありません。女性がきちんと発言し、異なった視点の意見による化学反応が起きてはじめてイノベーションが生まれ、生産性向上につながると考えられます。
また、二重労働市場の問題に加え、正社員の中でも男女間の賃金格差が残っているのが現実です。2022年に義務化された男女間賃金格差の開示により是正されることが期待されます。
非正規に関わる問題としては、社会保険料の「年収の壁」である「106万円の壁」が2025年6月に成立した年金制度改正法で3年以内に撤廃される見通しですが、3号被保険者制度は残っています。現在、夫の所得が高い世帯の方が専業主婦比率が高く、それは若い世代で顕著です。このため、専業主婦が年金保険料を払わずに基礎年金をもらう現行制度について、所得分配の観点からも疑問視する声があります。
女性活躍に関しては、日本の女子の数学のスコアは国際的にみても高く、OECD諸国でトップ、他の諸国の男子よりも高いのですが、大学のSTEM(科学・技術・工学・数学)分野における女性の割合はOECD諸国の中でも最低です。女性がもっと活躍し、本来の能力を発揮することが、日本全体の労働の質を高め、ひいては日本経済の成長を高めていく上でも重要です。
さらに、女性の経済的自立は、財政の観点からも重要です。日本の家族構成を見ると、単身世帯が約4割を占め、ひとり親世帯も増えていますが、ひとり親世帯の相対的貧困率は44%と国際的にみても高く、等価可処分所得(世帯人数を調整した所得)は夫婦と子どもの世帯よりも相当低くなっています。また、日本の女性の半分は90歳以上まで生きますが、高齢女性の貧困率はOECD諸国平均よりも高く、生活保護受給者が多くなっています。こうした変化の中、女性の経済的な自立は、日本の経済、財政、社会全体のレジリエンスを高める上で非常に重要な課題であり、今後は、政策の一貫性(policy cohesion)と的を絞った政策(targeted policy)が求められると考えます。
講演2:「Challenges for Equal Work and Work-Life Balancing in South Korea」
ホン・スンア(元韓国大統領補佐官 / 元韓国女性発達研究所センター長)
韓国でも男女賃金格差は大きい
韓国社会では1980年代以降、日本と同様に、女性の経済的活動を増大させ、女性の労働を支援するために法整備が行われ、さまざまな政策が導入されてきました。しかし、日本と同じく女性は低賃金の傾向が強く、性別の賃金格差は依然大きくなっています。
また韓国政府は仕事と家庭の両立を最重要視しており、歴代政権はワーク・ライフ・バランスに関する政策をずっと進めてきました。その結果、育休取得者は増加したものの、依然として取得率は低く、「3+3」「6+6」の制度など両親がともに育休を取得しやすくなる政策も進められています。
キャリア中断の防止と積極的雇用改善
出産・育児などに伴う女性のキャリア中断が、男女の賃金格差の要因になっています。韓国では、2008年にキャリア中断防止法が、2022年にはそれが拡大されて女性の経済活動を促進する法律が制定され、政府が積極的に事業を展開しています。
積極的な雇用改善措置であるアファーマティブアクション(積極的差別是正措置、AA)の政策も進められており、雇用におけるジェンダーギャップの解消を図っています。毎年4月に企業を対象に女性の雇用実態を調査し、女性の雇用や幹部職への登用が十分でなければ実行計画書を作成し、改善措置を取っていただきます。その結果、女性の雇用は増加しており、管理職への登用率も上昇しています。
女性科学者の育成にも取り組む
また韓国では、女性科学者の育成を目的としてWomen in Science, Engineering and Technology(WISET)という制度を導入しています。小中学生女子を対象に科学の魅力を伝えるためにSTEM Girl's Power Programというプログラムを実施しているほか、女性科学者の能力向上や研究開発への参加拡大支援、キャリア開発・拡大の支援、それから科学者のキャリアを中断させないためのBridgeプログラムを実施しています。またSTEM分野には男性が多いため、研究開発過程におけるジェンダーイノベーションの活性化や職場でのジェンダー平等の実現などに取り組んでいます。
韓国社会としてこうした取り組みを行ってきましたが、労働の質の課題は残っています。キャリア中断の解消や積極的な雇用改善措置などを通じ、労働の質も高められるような施策に今後も取り組んでいきます。
議論:「男女の不平等の日韓比較研究の意義について」
コメンテータ
山口 一男(RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)
ジェンダーギャップが大きい要因
2025年のジェンダーギャップ指数は日本が148カ国中118位、韓国が111位と非常に低位になっています。要因として両国とも女性管理職が非常に少ないのですが、韓国では2006年にAA法が制定されて女性登用が進み、日本との差が開いています。
職種別では、専門職における男女の職業分離が日韓ともに非常に進んでおり、女性が就く専門職は賃金が低い傾向が顕著です。そのため、高学歴化しても男女の賃金格差が縮まらない状況が生まれています。
その要因として、伝統的な男女役割分業や家父長制度的な価値観が非常に強いことが挙げられます。女性は家事・育児の役割が非常に大きいため、両立しやすいけれども賃金が安い職を、逆に男性にはキャリア優先の職を用意する伝統が日韓に共通してあります。
韓国の特徴
韓国では高学歴化が非常に進み、世代間の教育格差が非常に大きくなっています。またグローバリゼーションへの対応も進み、大学の国際競争力が上昇しています。一方、大卒率の上昇により、同じ大学出身なのに生まれた家庭によって成功のチャンスが異なる状況が若者の間で不満の種となっています。
また非正規雇用の割合は、日本では男女差が大きいのですが、韓国はそれほど大きくありません。日本では育児離職すると正規雇用の機会が狭まり、その分だけ人材活用ができなくなりますが、韓国ではそれほどではありません。
韓国では、女性は家事・育児、男性は家計を担うという伝統的分業の是非について、若者の間のジェンダーギャップが大きく、それが非婚化にもつながっています。また高齢者の貧困問題も深刻となっています。
日本と韓国は共通課題が非常に多く、問題意識をシェアし、計量研究でも連携しながら課題を解決していくことはとても大切だと考えます。
ホン先生に質問ですが、韓国のAA法は女性のマネジメントを伸ばす上で何が最も効いたのでしょうか。
林先生への質問は、非正規・正規の格差、なおかつ男女の賃金格差の拡大が女性活躍にとってハンディにならないために、政策的にできることは何があるのでしょうか。
ホン:
雇用労働部の傘下に労使発展財団という公的機関があり、企業が先頭に立ってAAの取り組みを進められるように後押しをしています。
林:
賃金格差は政府の力と市場の力の両方で変えられると思います。政府は同一労働同一賃金を貫徹することが非常に重要であり、さらに労働需要のより強いところで賃金が上がる状況を市場の力でつくり出すことが必要です。そのためにはリスキリングの政策も重要ですし、賃金状況の見える化も求められます。
セッション1:職場における男女不平等
モデレータ
中室 牧子(RIETI ファカルティフェロー / 慶應義塾大学総合政策学部教授)
講演1:「評価と仕事の配分と昇進におけるジェンダーバイアス」
朝井 友紀子(シカゴ大学ハリス行政大学院特任助教授)〈報告者〉
大湾 秀雄(RIETIファカルティフェロー / 早稲田大学政治経済学術院教授)〈共同研究者〉
私たちは企業の人事データを使って、男女の心理的特性の違いが仕事の配分や評価に与える影響を検証しました。
その結果、同じ能力、同じ職種で入った男女を比較すると、女性は男性よりも自己評価が低い傾向にあり、上司の評価も自己評価に影響を受けるため、女性の方が低い評価を受ける傾向があることが分かりました。この性差は男性優位の分野で非常に大きくなります。さらに、女性は男性よりも難易度の低い仕事を任せられる傾向が顕著に見られました。特に結婚している女性や子どものいる女性でその傾向が強まります。
従って、昇進の性差を生み出す要因として、自己評価の性差、仕事配分の性差といった無意識の性差(アンコンシャスバイアス)を生み出す要因を積極的になくす努力が求められると思います。女性は自分自身の評価を低く付ける傾向があることを認識すべきであり、職場の上司もそのことを意識し、仕事の配分に性差を設けないよう注意する必要があります。
労働時間の男女差も昇進の性差の要因となっています。子どもを持つ女性は長時間労働ができず、評価や昇進への影響が強まるので、長時間労働を前提とする職場の働き方を見直す必要があるでしょう。
講演2:「Firm Level Incentive Compatibility for Improving ESG and Gender Equality」
ジョン・ヒョク (ソウル大学国際研究大学院教授)
持続可能性の観点から、今後の経済成長に最も影響を与える2つのアジェンダは気候変動危機と人口危機であると私は認識しています。気候変動への対応やジェンダー平等の達成は、人と人、人と自然のつながりをより良くするとともに、企業への肯定的影響もありますが、実際ジェンダー平等は達成されず、ESG経営の採用を企業が拒むという現状があります。もしも企業としてそれらを自ら進められるインセンティブがあれば、より強力なきっかけになるでしょう。
実際、ジェンダー平等が企業の利益や市場価値に与える肯定的影響を分析すると、最高経営責任者(CEO)レベルの女性幹部を増やすことだけでなく、職場全体での女性の役割を増やすことが大きな影響を与えています。つまり、企業自体のインセンティブと非常に両立できるということが分かりました。ですから、政策の影響よりも企業の文化やマネジメントプロセスを変えることの影響の方が大きいと思います。
ではなぜジェンダー平等がなかなか達成されないかというと、利益にフォーカスしたdiscrimination(差別)があるからです。企業のインセンティブ・コンパティビリティを考慮し、まずは企業から改革を進めていくことが重要だと思います。
講演3:「人事データから解き明かす子育てペナルティ」
山口 慎太郎 (東京大学大学院経済学研究科教授)
子育てペナルティとは、子どもの誕生で労働所得が大幅に下がることをいいます。これまでは出産後の母親側の労働供給行動に注目した分析が多かったのですが、企業側の要因として昇進や評価の制度・慣行が影響している可能性については十分な研究がなされてきませんでした。
そこで大手製造業企業の人事データを基に、チャイルドペナルティが発生するときに組織内でどんな変化が起こっているのかを分析したところ、企業には長時間労働への依存という、男女間の賃金格差を結果的に大きくしてしまう慣行があったのです。たくさん働いた人に多くを報いることは正当なことだと思いますが、その方法として残業手当の上積みのように金銭的な形で即座に報酬を提供する必要があり、昇進の形で支払うべきではないと思います。
そうすることで平社員に優秀な女性が滞留してしまうのです。長時間働けないために役職に就けないことは、女性にとっても不幸なことであるし、会社にとっても優秀な人材の活用につながっていないという点で無駄が大きいと思います。
似たような課題を抱えている日本企業は多いと思うので、こうして企業内データを使って日本の経済をよくする知見が蓄積できればと思っています。
講演4:「South Korea’s Gender Divide: Within Occupations and Across Them」
ヨム・ユーシック (延世大学社会学科教授)
われわれはジェンダー不平等に関して、職種内(within occupation)と職種間(across occupation)に分けて見てみました。すると、職種間よりも職種内の不平等の方がはるかに大きく深刻であることが分かりました。
職業内の不平等が大きい理由としては、昇進における違いがあると思います。韓国ではこの30年、管理職への昇進における男女差のうち、人的資本では説明できない部分が80%ほどを占めています。日本と比較すると、係長や課長への昇進において人的資本で説明できない部分の割合は日本が韓国よりも非常に高く、日本は韓国に比べてかなり不公正な昇進があると疑わざるを得ません。
韓国は日本と異なりジェンダーの葛藤が非常に激しく、ジェンダー間の対立を悪化させないためには、エビデンスに基づいた研究が多く行われ、もう少し落ち着いて議論が交わされることが重要だと思います。男女平等は急務の課題ではあるのですが、相手を説得するために政策を急いでいる面があるように思います。
AAが非常に効果があったのは事実ですが、韓国における賃金格差はほとんどが同じ職種内における昇進の部分が占めているので、より強くて継続的なAAが必要と考えます。
ディスカッション
中室:
日韓の共通課題として男女賃金格差の他に少子化があると思います。男女賃金格差の解消が少子化の解消にもつながればよいと思うのですが、実際どうなのでしょうか。
山口慎太郎:
両方を一度に解決するためのカギは、男性を家庭に返すことだと思うのです。国際的には男性が家事・育児をしている割合が高い国ほど出生率が高い傾向にあります。また日本では、第1子誕生後、父親が育児に積極的に取り組んでいる家庭では第2子以降が生まれやすいという傾向も見られます。
男女の賃金格差を縮めるための施策がいろいろ提案されていますが、女性にスーパーウーマンになってもらうようなものが多かったのかもしれません。そうではなくて、男性が家庭で活躍できるようにすれば、女性の家庭での責任は軽くなり、男女間の賃金格差も縮小して、出生率にも好影響があると思います。
ヨム:
日韓両国は労働時間が長い国ですので、男性を家庭に戻すためにはフレックス制や時短など、より強い政策が求められます。
一方で、最近の韓国の少子化は非常に複雑な要素が絡んでいて、職場のワーク・ライフ・バランスや昇進が保障されていても子どもは産まないという考えを持つ女性が増えています。気候変動危機が叫ばれる中、子どもを産むことに何の意味があるのかという女性も増えているようです。ですので、単純に職場における男女の不平等が解消されても、少子化が解消するわけではないように思います。
セッション2:経済活動の男女不平等に関するその他の研究
モデレータ
鈴木 恭子(中央大学文学部准教授)
講演1:「Is Rest Capability More Critical for Dual-earner Women?: Gender Differences in the Impact of Work-Family Conflict on Rest Capability and Depressive Symptoms」
キム・ジュヨン(ソウル市立大学 都市社会学科教授)
私は仕事と家庭の葛藤が健康面にどう影響するのか、休息能力の側面から分析しました。健康の回復には休息活動や回復の過程が必要ですが、限界があります。休むためには時間を割かなければなりませんし、自分の業務を誰かが代わらないといけないという社会関係が必要です。
従って、休息活動にはリソースと時間を動員しなければならず、社会的・経済的な条件によって不平等が生じます。そこで新たに提示するのが休息能力というものです。
分析の結果、休息能力が高ければ高いほど健康と感じる割合が高く、うつ症状が出ることが少ないことが分かりました。そして、休息能力が高いほど仕事と家庭の葛藤が小さくなるという媒介効果が男女間で差別的に表れていることが分かりました。女性の場合、葛藤が増加しても休息能力には影響がありませんが、男性は葛藤が増加すると休息能力が急激に下がるのです。
共働きが増えている中、国の疾病負担を考えると、全般的に休息能力を高めることで仕事と家庭の葛藤を減らすことが求められます。人生100年時代といわれる中、共働き夫婦の仕事と家庭の両立を、賃金だけでなく健康の観点からも考え直す必要があるでしょう。
講演2:「Gender gap in labor supply in South Korea」
ハン・ユージン(延世大学経済学部教授)
韓国では労働供給において男女間で大きな格差があり、女性の経済参加率や出生率も低迷しています。ただ、未婚男女の労働参加率のギャップはそれほど大きくないのに対し既婚男女は非常に大きく、韓国の労働供給の男女差を理解するためには労働参加率が重要であるとわれわれは考えました。
女性の労働供給が個人の選択だけでなく家庭内における何らかの交渉の産物であると仮定すると、もしも配偶者の潜在的所得が上がれば世界内の所得やリソースが増え、女性が労働する必要性が下がることも考えられますが、必要とする育児サポートを受けられれば、女性の労働供給を増やすこともできるわけです。
実際に分析では、配偶者の潜在的賃金が上がったときに既婚女性の労働参加率は高まり、女性の労働時間短縮にもつながっていました。この結果は子どもがいる女性により顕著であり、配偶者の潜在的賃金が家庭内生産のアウトソーシングにも使われていることが分かっています。
韓国のように伝統的な性別役割が強く、ワーク・ライフ・バランスのサポートが足りない国では、この研究結果は、リソースを拡大していったときに既婚女性の労働力供給を増やせることを示唆していると考えます。
講演3:「小中学生の男女間文理意識ギャップに関する要素分解分析」
中室 牧子(RIETIファカルティフェロー / 慶應義塾大学総合政策学部教授)〈報告者〉
伊芸 研吾(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授)〈共同研究者〉
石倉 秀明(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 博士課程)〈共同研究者〉
日本では男女間で理数系の学力に差がないにもかかわらずSTEM分野に進学する女性が少ないことから、われわれ学力の差では説明できない何らかの要因があるのではないかと考え、分析を進めました。
先行研究では、高校時代に文理選択を行うタイミングで、学力が高いにもかかわらず理科の科目の履修を忌避するなど、自分が属する集団内で自分はどの位置にいるかという比較優位を判断の根拠にして進路を決めているのではないかということが指摘されています。またもう1つ重要な要素がconfidence(自信)であり、女性の方が自分に自信がないことがSTEM分野の選択にも影響を与えているという分析があります。
実際に高校12校のデータを分析するとそうした傾向が見られ、高校1~2年生の段階で理系を志望していたにもかかわらず脱落していくのを止めないと、STEM志望者を増やせないのではないかという問題意識を私たちは持っています。
また高校1~2年生の段階で理数系科目の成績が下がってしまったときに理系から離脱する確率は女性が極端に高く、ネガティブショックが起こったときに過剰反応を起こす女性が多いのかどうかというのは今後研究を進めていければと思っています。
講演4:「なぜ日本では理系女性がこれほど少ないのか?」
横山 広美 (東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)教授)
日本の理系分野の女性比率が非常に小さい要因として、日本では男女不平等の「社会風土」が影響すると考え、ジェンダー平等度と理系の男性イメージの測定を集中的に行いました。その結果、例えばジェンダー平等度の低い人ほど、機械工学分野は男性的であると答える傾向が強く、今まで別々に考えられがちだったジェンダー平等と学術専門領域のイメージが密接に結び付いていることが示唆されました。
日本では、男性の方が優秀だというイメージが理系の男性イメージに強く効いており、女性に伝統的な役割を求める効果が理系の男性イメージを強く促進していることもわかりました。世界の研究と比較しても、日本の男女平等度が上がれば、日本ではある程度、STEM分野への女子の進学が全体的に底上げされるのではないかと考えます。
日本のSTEM分野は男性だらけといっても、男性の進学先としてはわずか20%ですので、STEM分野における女子の比率を上げるとともに、男性のSTEM人材を増やす努力もますます必要です。平等情報は男子生徒にもよいとわかっています。そのため、社会全体の改善が非常に重要になるでしょう。
自由にSTEMを選べる環境づくりを進め、STEMの女性がますます力を発揮できる社会になればいいと考えています。
ディスカッション
鈴木:
セッション2は子どもを持つ女性が直面する困難についてと、中高生の理系志望についてのご報告が中心でしたが、この2つのテーマは深くつながっていると思います。私たちはつい目に見える財の不平等(男女賃金格差)に注目するのですが、その背後には女性の取りうる選択肢が構造的に制約されているという問題があります。それを改善するためにどのような政策的介入が求められるでしょうか。まずは女子校のSTEM教育についてお考えはありますか。
中室:
女子校はリアクションがかなり異なるので、どのような教育が望ましいのか、これから考えていきたいと思っています。
石倉:
女子校におけるSTEM教育については、産業界で女性管理職を増やすための施策に示唆があるかもしれません。メルカリでは女性管理職のオファーを3回行っているそうで、一度断られてもあなたは管理職の要件を満たしているということを丁寧に示しながらオファーした結果、女性管理職が増えています。自信や比較優位という点で女子校にも活用できる視点だと思います。
横山:
理系の女子というと、医師や看護師、薬剤師などの医療系のイメージがあります。これからは、ITをはじめ、人材ニーズが強くかつ女性率が低い機械をはじめ、工学分野にいかに女子を引っ張ってくるかがポイントになります。AI、ビッグデータ系への就職は親御さんが非常に応援している傾向があり、環境の整え方によって伸びが期待できる領域です。
鈴木:
キム先生からは女性が休息能力を持ちにくい状況にあるという説明がありましたが、政策的にはどう変えていけばよいのでしょうか。
キム:
育児との両立の負担を減らしていくことが休息能力の向上につながると思いますし、共働きが増えている中、男性に対する政策もないと健康問題が増加し、国の疾病負担も増すでしょう。
鈴木:
ハン先生のご研究では女性の労働供給と配偶者所得の関係が扱われていましたが、収入の高い配偶者を持っているかどうかで女性の労働参加の自由に不平等が生じると思います。政策的に気を付けるべき点は何でしょうか。
ハン:
女性の時間的制約を緩和し、負担を分担し合うインセンティブを提供することが求められます。韓国では最近、父親の育児休暇取得拡大の取り組みが行われており、そうして分担が進めばチャイルドペナルティも緩和するでしょう。
閉会挨拶
冨浦 英一(RIETI所長 / 大妻女子大学データサイエンス学部長)
日韓両国には共通課題が非常に多く、分析結果を共有することによる学びは多いと改めて思いました。また経済格差の要因として伝統的な規範意識にいきなり飛ぶのではなく、長時間労働などが結び付いているという指摘があり、データを用いた計量分析が特に重要だと感じました。
STEM教育は将来の経済格差に関わる大変重要な問題です。こうしたことも含めた議論は重要であり、今日の知見を政策に結び付けられればと思います。今日のシンポジウムを企画した山口一男先生をはじめ参加者の皆さまに感謝申し上げるとともに、RIETIとしてこうした議論の場を今後も提供できればと考えています。