第8回World KLEMSコンファレンス

グローバルサプライチェーンと生産性(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2025年3月28日(金)15:30-17:30(JST)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

地政学的緊張の高まり、サプライチェーンの混乱、自動化が加速する中、世界各国は、世界経済の統合が生産性および成長にどのような影響を及ぼすか再考を迫られている。製造業とグローバルバリューチェーン(GVC)への参画を通じた従来の経済発展モデルはますます多くの課題に直面しており、その一方でサービス経済とデジタル貿易の台頭が新たな機会と同時に不確実性をもたらしている。

本シンポジウムは第8回World KLEMSコンファレンスの一環として開催され、「グローバルサプライチェーンと生産性」というテーマのもと、グローバル化が先進国と新興国の生産性ダイナミクスにどのような影響を与え続けているのかを探る。技術的・地政学的ショックに各国がどのように適応できるのか、サービス産業は長期的成長を維持できるのか、また開かれた市場と競争力を維持しながらリスクを管理するにはどのような政策戦略が必要か、などを問いていく。また、マクロ経済分析や通商政策に関する議論、データに基づく知見を組み合わせ、進化しつつある、グローバルサプライチェーンと国の繁栄の関係を検証する。

開会挨拶

冨浦 英一(RIETI 所長・CRO・EBPMセンター長 / 大妻女子大学教授)

故デール・ジョルゲンソン教授が発足させたWorld KLEMSイニシアチブは、国際比較のための世界的な生産性データベースの構築を目指しています。2年ごとに国際コンファレンスを開催しており、RIETIは光栄にも2014年に続き、東京での第8回World KLEMSコンファレンスを主催することとなりました。学習院大学、一橋大学および日本生産性本部のご支援にも感謝申し上げます。

このパネルセッションはグローバルサプライチェーンと生産性に焦点を当て、一般公開されます。リチャード・ボールドウィン教授による基調講演の後、浦田秀次郎教授、深尾京司教授、および猪俣哲史博士にプレゼンテーションをしていただきます。改めまして、皆様のご参加に感謝申し上げます。

基調講演

リチャード・ボールドウィン(RIETIノンレジデントフェロー / 国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクール教授)

本講演では、サプライチェーンが地政学だけでなく主としてテクノロジーに起因し、いかに進化しつつあるかを解説したいと思います。経済学における貿易と生産性との基本的関係は、よく知られているように、GVCによって専門化、規模の活用、ノウハウの共有が可能になり、生産性を向上させるというものです。ですが今からお話しするのは、このGVCがいかに姿を変えつつあるかという点です。

分散立地から再集積へ:テクノロジーがもたらす真のインパクト

しかしながら、製造業貿易は2008年ごろにピークを迎えました。その理由として地政学を挙げる人が多いのですが、私はテクノロジーが主な要因だと考えています。当初は、情報通信技術(ICT)によって分散立地が可能になりました。調整コストが低下したことで、生産工程を多くの拠点に分散させることが合理的になったのです。しかし今日では、自動化によって分散立地のメリットが低下しています。複数のタスクを1台の機械でこなすようになり、生産段階が減少し、生産拠点を本国に戻すケースも少なくありません。そのため分散立地の巻き返しと再集積の両方が生じています。このサプライチェーンの縮小が始まったのは2012年ごろ、つまりブレグジットや第1次トランプ政権、米中間の緊張よりも前のことです。

再集積は単なるリショアリング(国内回帰)ではなく、地域化でもあります。データは明確なトレンドを示しており、ドイツや日本、米国などの国々は中間財のグローバルな調達を減らし、国内または近隣地域からの調達を増やしています。一方で、中国はサプライチェーンを大幅に国内に回帰させています。

サービス産業:貿易と発展の未来

製造業貿易が頭打ちとなったのとは反対に、サービス貿易は拡大しています。私が「国際的なリモートワーク」と呼ぶ、デジタルを活用したサービスは急速に成長しています。今やサービス業はG7諸国の輸出関連雇用の約半分を占めています。サービス輸出を阻んでいるのは規制ではなくテクノロジー面の障壁であり、それも急速に低下しつつあります。

私はこれを「グロボティクス(グローバル化+ロボット化)の激変」と呼んでいますが、新興国市場から多くの人材の波が押し寄せると予想しています。既に新興国のサービス輸出は急速に拡大しており、製造業主導の発展の時代が、サービス業主導の新たな構造変革へと移行しつつあります。

パネルディスカッション

パネリスト(登壇順)

リチャード・ボールドウィン(RIETIノンレジデントフェロー / 国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクール教授)

猪俣 哲史(日本貿易振興機構 アジア経済研究所 上席主任調査研究員)

浦田 秀次郎(RIETI名誉顧問・特別上席研究員(特任)/ 早稲田大学名誉教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・リサーチ・フェロー)

深尾 京司(RIETI理事長 / 一橋大学経済研究所特命教授)

モデレータ

乾 友彦(RIETIファカルティフェロー / 学習院大学国際社会科学部 教授)

プレゼンテーション1

猪俣 哲史(日本貿易振興機構 アジア経済研究所 上席主任調査研究員)

近年のグローバルサプライチェーンを取り巻く動向は、とりわけ特定地域に対するサプライチェーン集中度の高まりを背景に、「効率性」と「リスク」の相反を浮き彫りにしています。この生産集中は混乱時に生産システムのチョークポイント(急所)となるおそれがあります。たとえば、世界金融危機や東日本大震災など、サプライチェーンの一部に生じた問題が、産業間の相互依存関係を通してグローバルな危機を引き起こした事例が数多く見受けられます。

これらのリスクを評価するために、付加価値貿易(TiVA)と通過頻度(PTF)という2つの指標が導入されました。TiVAは特定の国を源泉とする価値が最終製品にどれほど組み込まれているかを示し、当該国へのサプライチェーン集中リスクを「量的に」測定します。一方、PTFは、サプライチェーンが生産工程上でハイリスク国を通過する回数を追跡し、「頻度」の側面からサプライチェーンの集中度を測定します。

米国と中国のサプライチェーン集中度をこれら2軸で分析したところ、1995年から2018年までの間に両国間の生産構造が劇的に変化したことが明らかになりました。1995年の時点では、中国への集中がみられる米国サプライチェーンは「繊維および革製品」部門に限られていました。しかし2018年までにはICTや自動車のような重要産業を含むほぼすべての部門で中国への集中度が高まった一方、米国に対する中国サプライチェーンの集中度はほとんど変化がありません。つまり、同期間において、米国の中国に対する一方的な依存が深まったことが示されています。

PTFという新しい指標は、最近、経済協力開発機構(OECD)の公式統計に採用され、現時点で77カ国、45業種の比較分析が可能となりました。これにより、グローバルサプライチェーンの脆弱性をより深く理解することが可能となりました。

PTFという新しい指標は最近、経済協力開発機構(OECD)の公的統計に採用され、26年間にわたる77カ国、45業種の比較分析が可能となりました。これにより、グローバルサプライチェーンの脆弱性をより深く理解することが可能となりました。

プレゼンテーション2

浦田 秀次郎(RIETI名誉顧問・特別上席研究員(特任)/ 早稲田大学名誉教授 / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・リサーチ・フェロー)

本日ご紹介する私の研究は、GVCに組み込まれた企業が生産性を向上させることは可能かどうかを日本の製造企業のデータを用いて検証したものです。親会社の売上高に占める海外子会社の売上高の割合は、1985年の8.7%から2019年には37.2%へと大幅に上昇しており、GVCに参加する日本企業の増加を示しています。輸出入の両方に従事する企業と定義されるGVC企業は、知識やテクノロジーの獲得、また質の高い中間投入財へのアクセスによって、生産性の向上につながる可能性があります。

研究では、傾向スコアマッチングと差分の差分法(DiD)を用い、GVCに関与している企業と非GVC企業を比較しました。その結果、全要素生産性(TFP)で測定した場合、GVC企業の方が非GVC企業より生産性が高いことが分かりました。さらに、GVCへの参加に伴う生産性の向上は時間と共に拡大する傾向があり、企業がGVCへの参加を通じて徐々に学び、利益を得ていることを示唆しています。

分析により、もともと生産性が高い企業の方がGVCに参加する可能性が高く、参加後は生産性が向上する傾向にあることが分かりました。この「GVCへの参加による学習」効果は、時間の経過と共に強くなります。ロバストネスチェックでも、5年間に渡りGVCを継続的に取り組んでいた企業において、これらの効果が確認されました。

この研究は、GVC非参加企業の生産性向上とGVCへの参入を支援する政策を実施することにより、GVCへの関与を通じてGVC非参加企業の生産性向上を後押しできる可能性を示唆しています。

プレゼンテーション3

深尾 京司(RIETI理事長 / 一橋大学経済研究所特命教授)

財務総合政策研究所で行ったわれわれの研究では、企業レベルの税関ミクロデータを用いて生産性評価におけるオフショアリングに関するバイアスを定量化しました。この研究はGVCへの参加に伴う影響、特に中間財の輸入関連に焦点を当て、従来のTFPの測定方法ではバイアスを与えるおそれのあった、輸入財価格の低下によって生産性が過大評価される可能性に対処するものです。

この研究は、オフショアリング・バイアスの問題に焦点を当てたディーワート氏とナカムラ氏、およびハウスマン氏らの先行研究に基づいています。とは言え、税関ミクロデータを適用してオフショアリング・バイアスを直接推定した初めての研究であり、投入財の価格低下を考慮しない場合、中国などから安価な中間財を輸入する企業の生産性が実際より高く見える可能性があることを明らかにしました。

この研究では、オフショアリング・バイアスを推定するため、中間財に関する2つのデフレーターを使用しました。1つは中間財全体に適用するデフレーター、もう1つは輸入財と国内調達した投入財を区別したデフレーターです。これらのデフレーターを用いて算出した2つの推定値におけるTFP成長率の差を、オフショアリング・バイアスと定義します。その結果、輸入投入財の割合が相対的に高い企業はオフショアリング・バイアスが大きくなる傾向にあるものの、関連会社から輸入する企業は、この影響がより小さくなることが分かりました。

このことは、オフショアリング・バイアスは中間財に占める輸入財とともに増加するものの、輸入元が関連会社の場合は減少することを示しています。さらに、中国からの輸入は、このバイアスをわずかに拡大させるようです。私たちが知る限り、これは企業レベルの税関データを用いてオフショアリング・バイアスを定量化した初めての研究です。

ディスカッション

ボールドウィン:
深尾教授、中国から安価な中間財を輸入することで日本の生産性が上昇するのであれば、TFPのバイアスは中国による日本のTFPへの寄与と解釈してできるのでしょうか。猪俣さん、あなたの手法で使用された産業連関表では、生産工程が定義されていません。そうした背景において、頻度や生産工程をどのように取り扱うことができるのでしょうか。

深尾:
企業レベルでは、中国のTFPの成長によって生産コストが低下し、それによって日本のTFPの成長と誤解される可能性があります。マクロレベルでは、投入財のデフレーターは、生産性の向上ではなく交易条件や経済厚生の向上という形で、価格変動を反映しています。

猪俣:
産業連関表から導出したレオンチェフ逆行列表は、テイラー展開を用いて分解することができ、それら分解された各行列のレイヤーは生産波及過程の異なる段階を表します。したがって、産業連関分析によって生産経路を追跡することは可能です。私からボールドウィン教授への質問なのですが、製造ラインのオートメーション化が進む今日、発展途上国が、かつての中国のように、安価な労働力に頼った輸出志向型の産業発展を目指すことはもはや難しいのでしょうか。

ボールドウィン:
労働集約的な製造業を通じて経済発展を遂げるという考えは、もはや有効ではありません。中国の支配的地位と最近の自動化によって、その道は閉ざされました。この変化により、各国が経済発展できる方法は根本的に変化しており、ハイテク分野に注力する以外の選択肢はありません。

浦田:
IT革命や、分散立地の巻き返しが2008年ごろに起こったのはなぜでしょうか。私は世界金融危機のころ、中国が外需依存戦略から内需主導戦略にシフトしたことと関係があると考えていますが、さらに詳しく説明いただけますか。またデータ保護政策や国家安全保障政策はデジタル貿易やサービス主導の経済成長の鈍化につながるとお考えですか。

ボールドウィン:
中国の戦略転換は極めて重要であり、GVCを一変させました。2008年の世界金融危機の際、世界貿易の対GDP比率はピークに達しましたが、状況は国や産業によって異なります。デジタル貿易に関しては、個人情報保護や安全保障に関する政策の影響を受ける可能性はあるものの、財の貿易と比べれば地政学的混乱の影響を受けにくいと言えます。米中摩擦のような戦略地政学的対立は、サービス業よりも製造業が焦点となっています。

深尾:
ボールドウィン教授はITが分散立地の巻き返しを引き起こすと言われましたが、なぜそのようなことが起きるのでしょうか。ChatGPTのようなテクノロジーによって、世界的な協働は以前よりも容易になりました。なぜITによって製造業の分散立地が巻き返されるのでしょうか。

次に猪俣さんとボールドウィン教授のお二人にお伺いしたいのですが、トランプ政権下で導入されている無差別な関税措置において、分散立地やオフショアリングは減少していくように思われます。猪俣さんは、先ほど述べられたPTFが低下するとお考えですか。ボールドウィン教授、これはご自身の見通しにどのように影響するのでしょうか。

猪俣:
業種によると思います。ICT機器産業などはサプライチェーンが非常に複雑で何度も国境を越えるため、関税の賦課によって累積的な影響を受けると考えられます。

ボールドウィン:
現在の通商政策はかつてないほど混沌としています。米国の政府当局でさえ、この先どうなるのかを把握していません。第1次トランプ政権が導入した関税はひっそりと終了し、忘れられましたが、今回は持続的な影響を及ぼす可能性があります。企業は既に関税だけでなく、コロナ禍や地政学その他のショックにも対応しています。リショアリングと地域化はその現れです。この状況が続けば、分散立地は巻き返され、製品の多様性は減少し、品質は低下し、価格は上昇することになるでしょう。

Q1:
ボールドウィン教授に質問です。仮にご自身が米国の大統領だったとして、資源が限られている場合、米国はサービスの開発と製造業のリショアリングのどちらに注力すべきとお考えですか。

ボールドウィン:
米国と中国をはじめほとんどの国は、製造業を過度に重視しています。雇用や付加価値という面で、製造業の重要性は長期的に低下傾向をたどっています。製造業は国家安全保障にとって非常に重要ではあるものの、特に米国のような先進国にとって、経済の未来を担う中核ではありません。発展途上国が製造業のためのインフラに注力するのは、既にGVCの不可欠な部分と化しているのでない限り、間違った方策かもしれません。米国は既にサービス産業における比較優位を確立しており、ほぼすべての国に対して収支が黒字であることから、米国が注力すべきは製造業のリショアリングではなくサービス産業であると私は考えます。

Q2:
それぞれの理論または前提に基づくと、トランプ大統領の関税政策はGVCの恩恵にどのような影響を及ぼすでしょうか。

猪俣:
この点については既に先にお答えしたとおりです。

浦田:
この点に関しては先ほどボールドウィン教授から、トランプ大統領の関税措置はリショアリングとオンショアリングを促進するとのご指摘がありました。私の観点から申し上げますと、この関税政策は極めて非効率的であり、現在も未来も、米国だけでなく全世界に悪影響を及ぼすと思われます。米国は投資の拡大を通じて一時的にある程度の利益を享受できる可能性があるものの、中長期的な影響は米国にとってもマイナスとなるでしょう。

深尾:
私も二人のご意見に完全に同意します。GVCは、製品価格の低下や交易条件の改善を通じて恩恵をもたらします。トランプ大統領の関税政策が続けられた場合、世界的に非効率性と生産価格が高まるでしょう。このままいけば、米国自身が深刻なインフレに陥る可能性もあります。

浦田:
欧州や中国はトランプ関税に報復措置をしましたが、日本もそうすべきでしょうか。

ボールドウィン:
世界貿易機関(WTO)のルールを厳守し、拡大を避けるためには、報復措置は重要です。しかし過度の混乱を回避するため、対応は慎重に行い、段階的に縮小する必要があります。第1次トランプ政権のとき、日本は報復措置を行いませんでした。可能であれば報復措置は避けるべきです。

浦田:
日本は外為法(外国為替及び外国貿易法)を改正しない限り、報復措置を行うことはできません。ただし報復措置を可能にするよう、改正を支持する声も一部ではあるようです。

ボールドウィン:
合法でないのなら、明らかに報復措置はすべきではないでしょうね。

猪俣:
報復措置はあくまでも一時的な対応です。長期的には日本経済の戦略的重要性を高め、集団的な経済安全保障体制のなかで抑止力の強化を進めるべきだと思います。

Q3:
自国での製造を促進する自動化やその他のIT技術を用いた生産に関して、生産者市場は米国の巨大IT企業に独占されるとお考えですか。それとも製造業のGVCと同じようにさまざまな国に分散すると思われますか。

ボールドウィン:
特定の製品において労働力が重要な要素である場合を除き、生産は複数の国に分散し、半導体などのサプライチェーンで見られるような極端な集中は減少すると思います。独占化よりも分散立地がトレンドだと見ています。

Q 4:
製造業と比べ、サービス業はスケールメリットが低いことを踏まえると、サービス輸出の拡大はどの程度まで生産性の向上につながるのでしょうか。

深尾:
デジタル技術やAIの進化によって、サービス産業の生産性の向上はかなり大きくなると考えています。それがサービス産業の中で生じるのか、それともICT関連のサプライヤー企業の中で生じるのかは予測が難しいところです。

乾:
これにて本セッションを終了とし、パネリストおよびご参加の皆様に感謝を申し上げたいと思います。主催委員会を代表いたしまして、皆様の積極的なご参加と、素晴らしい研究発表に御礼申し上げます。特に、力強いリーダーシップによって本コンファレンスを成功に導いてくださったバート・ヴァン・アーク教授に感謝申し上げます。