国際カンファレンス

藤田昌久先生の空間経済学における貢献を讃える国際会議を振り返って(報告書)

森 知也(RIETIファカルティフェロー / 京都大学経済研究所教授/東京大学空間情報科学研究センター客員教授)

2024年10月25日、藤田昌久教授(京都大学名誉教授)の空間経済学における長年の貢献を讃える国際会議が開催されました。この会議は、Japanese Economic Review(JER)誌特集号の編集を担当するGilles Duranton氏(ペンシルバニア大学ウォートン校)と私が企画したもので、一般社団法人日本経済学会(JER誌)と経済産業研究所(RIETI)、独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の共催で行われ、ハイブリッド形式で実施されました。この国際会議は、藤田教授の空間経済学への多岐にわたる貢献を振り返るとともに、その影響力の広がりを示す重要な機会となりました。

藤田先生の功績

藤田先生は、1966年、京都大学工学部土木工学科の助手として研究者のキャリアを開始されました。その後、1968年から約4年間、ペンシルバニア大学大学院地域科学部に留学され、1972年に同大学院にて博士号を取得されました。このペンシルバニア大学での経験が、先生のその後の業績の基礎となります。共著も含めて4冊の英文著書が出版され、査読付き国際学術誌への論文掲載数は130本にも及びます。

藤田教授の一連の研究は、経済活動の空間的側面を包括的に分析する理論枠組みを提供し、都市・地域経済から国際経済学まで幅広い分野に革新的な視点をもたらしました。藤田教授の貢献は、以下の5つの主要な分野に分類できます。

  1. 都市経済理論の体系化
    藤田教授の著書Urban Economic Theory: Land Use and City Size (Cambridge University Press, 1986)は、1980年代までに確立された都市経済理論を体系的にまとめた画期的な業績です。この著作は、今日でも都市経済理論に関する最も優れた教科書として高く評価されています。
  2. 新しい経済地理学の創成
    1980年代以前の都市経済学が都市や都心の存在を所与のものとして扱っていたのに対し、藤田教授は1980年代から都市・都心形成を内生的に説明する理論の構築に着手しました。この取り組みは、都市内部の空間構造を捨象し都市間空間に焦点を当てることで、都市の人口規模と位置・産業構造の関係を明らかにする「新しい経済地理学」のモデル化へと発展しました。一方、当時、国際経済では経済統合が進み国境の重要性が低下していました。その中で、Paul Krugman氏(プリンストン大学)も国際貿易における都市間貿易に重要性に注目し、経済活動が自発的に集積する都市の空間分布を説明するため「新しい経済地理学」の構築を開始します。
    こうして同時期に異なる動機から同じアプローチを志向した二人が出会い、共同研究を通して「新しい経済地理学」という革新的な分野を構築しました。この画期的なアプローチは、都市経済学、地域経済学、国際貿易理論を統合し、グローバル化時代の経済分析に新たな視点をもたらしました。
  3. 空間経済学の構築
    「新しい経済地理学」は、都市・地域・国際経済と異なるスケールの地理空間を網羅する空間経済学として一般化されました。The Spatial Economy: Cities, Regions, and International Trade (The MIT Press, 1999, P. Krugman, A. Venablesと共著)は、その空間経済学の基礎を築いた重要な著作です。この本は、空間経済理論を体系的にまとめた最初の教科書として認識されており、引用件数は14,000件(Google Scholar)に及びます。共同研究者のPaul Krugman氏(プリンストン大学)の2008年のノーベル経済学賞受賞にも大きく貢献しました。
  4. 知識創造理論の構築
    近年、藤田教授は、Marcus Berliant氏(ワシントン大学セントルイス校)と共同で、知識創造・伝搬のメカニズムに関する研究を進めています。この研究は、経済集積の根本的な動機を解明し、藤田教授がこれまで構築してきた経済集積理論を完成させる重要な要素となっています。
  5. 空間経済学の政策への応用
    藤田教授の研究は理論的な貢献にとどまらず、実際の政策立案にも大きな影響を与えています。特に、2007年から約9年間RIETI所長として、地方創生と地方の経済成長に関する政策議論を積極的に行ってきました。とりわけ、2011年の東日本大震災復興に関して重要な貢献があります。著書『復興の空間経済学 – 人口減少時代の地域再生』(日本経済新聞出版社者, 2018年)では、空間経済学の知見を活用して東日本大震災からの復興と地方創生に関する包括的な分析と政策提言を行っています。特に、東京一極集中の問題点を指摘し、多様な地方からなる国土システムの重要性、被災地の人口流出を防ぐための固有の自然資源の活用と製品差別化の重要性などを、空間経済学の視点から論じています。新型コロナウイルス・パンデミックからの復興に関する論考などを加筆して、英語訳版Spatial Economics for Building Back Better (Springer, 2021)が出版されています。

会議の概要

会議は、JER誌の特集号編集を担当するGilles Duranton氏(ペンシルバニア大学ウォートン校)と森知也(FF/京都大学)が企画し以下の日程で行われました。都市経済理論、空間経済学、知識創造理論から地方創生に至るまで、藤田教授のさまざまな業績に関連するテーマが取り上げられました。

報告者の他、以下の方々が参加されました。

  • 大澤実(京都大学)
  • 金本義嗣(政策研究大学院大学)
  • 小西葉子(RIETI)
  • 後閑利隆(アジア経済研究所)
  • 田渕隆俊(中央大学)
  • 藤嶋翔太(一橋大学)
  • 文世一(同志社大学)
  • 町北朋洋(京都大学)
  • 坪田建明(東洋大学)

おわりに

Gilles Duranton氏と私は、「新しい経済地理学」が誕生する時期、すなわち「空間経済学」という用語が生まれる直前に、藤田教授に指導あるいは影響を受け、藤田教授とともに空間経済学を構築したPaul Krugman氏やAthony Venables氏らと研究交流を行いながら学びました。当時、この分野の研究者らが集う主要な機会は、Regional Science Association Internationalの北米大会で毎年開催される、わずか2つの都市経済学に関するパラレル・セッションからなる小規模な会議でした。現在では、Urban Economics Associationという国際学会として独立し、年に2回(欧州・北米)、10を超えるパラレル・セッションで200以上の論文が報告される、経済学の中でも大きなコミュニティーへと発展しています。空間経済学の形成過程を目撃してきた私たち二人が、その基礎を作った中心人物である藤田教授の功績を讃えるJER特集号の編集を担当できたこと、また、その会議を藤田教授の研究を政策に結び付ける橋渡し役となったRIETIで開催できたことを、大変光栄に思います。この機会を通じて、改めて藤田教授の功績の大きさを認識しました。