RIETI-CEPRシンポジウム

新しい資本主義を探る(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2022年3月23日(水)17:00-18:30(東京)/ 9:00-10:30(ジュネーブ)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / 英国経済政策研究センター(CEPR)

議事概要

日本政府は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義の実現を目指している。新しい資本主義では、日本経済の生産性の低下や国際競争力の低下などの問題に加え、気候変動や技術をめぐる国際競争の激化などが取り組むべき課題として挙げられている。

RIETIと欧州における経済政策立案の質の向上を目的として設立されたシンクタンク英国経済政策研究センター(CEPR)の共催による今回のシンポジウムでは、この新しい資本主義について、「気候変動と経済のダイナミズム」「地経学的ショックに対するグローバルバリューチェーン(GVC)の回復力」をテーマに、世界と日本の課題を解決する方法について欧州と日本の有識者が議論した。

基調講演:新しい資本主義を探る

矢野 誠(RIETI理事長/京都大学経済研究所 特任教授/上智大学 特任教授)

新しい資本主義とは、岸田文雄首相の政策理念であり、成長と分配の良いループを作ることが提唱されています。岸田首相の考え方は、私がこれまで研究してきた「市場の質理論」と非常に似ていまして、健全な経済成長の実現には質の高い市場が必要だという考え方です。市場の質とは、配分の効率性だけでなく、取引の公平性も実現し得るような市場の性能の指標という意味です。

岸田首相の提案は、イノベーティブな社会をつくるということです。この目標に向かって、新しいタイプの産業政策が必要になります。かつての産業政策は、海外の先端技術に追い付くための幼稚産業保護を目的としており、そうした産業政策によって日本は発展を遂げましたし、現在は中国が同様に発展しています。しかし、そうした産業政策はもう役目を終えました。現代の産業政策はキャッチアップが目的ではなく、基盤的技術の創造が目的です。これは第二次世界大戦後の米国経済で最も重要な政策であり、質の高い市場の存在によって米国は他国の経済を凌駕することができたのです。われわれは、新しい産業政策で目指すべきは何かを考えなければなりません。経済理論や過去の経験から、大きく一般的な目標を掲げるべきでしょう。グリーンエネルギー、ゼロエミッション車、そして現在の地政学上の状況においては、安定的なGVCの構築など、大きな目標を追求すべきです。

パネルディスカッション1:気候変動と経済のダイナミズム

モデレータ:リチャード・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

発表1:気候変動と経済ダイナミクス:経済・地球規模の安全保障のためのイノベーション

リック・ヴァン・デル・プローグ(CEPRリサーチフェロー/オックスフォード大学経済学部 教授、オックスフォード・リソース・リッチ経済分析センター(OxCarre)研究ディレクター)

カーボンプライシングは望ましい政策ですが、世界的にほとんど実施されていません。2050年までにゼロエミッションを実現することは合意されていても、世界の温室効果ガスの排出量は年率約2.6%のペースで現在も増え続けています。その理由は、カーボンプライシングの適用範囲が非常に狭く、鉄鋼、アルミニウム、セメントなど、最大の温室効果ガス排出産業の多くがカーボンプライシングの対象外になっているからです。一方で、世界のGDPの6〜7%に相当する補助金が化石燃料のために支払われています。化石燃料への補助金を直ちに廃止してカーボンプライシングを導入し、年率3.5%程度その価格を上昇させていくことが必要です。

グリーンエネルギーに補助金を出し、技術革新の方向を変える必要があります。ワクチンの開発競争が行われ1年以内に大量のワクチンが手に入るようになりましたが、同じようなモデルでグリーン技術の開発競争を行えば、数年以内に大きな進歩を得られるのではないのでしょうか。

発表2:持続可能な社会の構築

小野 悠希(株式会社ボーダレス・ジャパン ハチドリ電力 代表)

2030年までに温室効果ガスの排出量を2010年比で50%以上削減する必要があり、2050年には温室効果ガスの排出量ゼロを実現しなければなりません。これは後戻りできません。地球温暖化対策には、さまざまな方法がありますが、最もインパクトのある方法は、火力発電から再生可能エネルギーへ転換することです。ハチドリ電力には「CO2を排出せず、実質再生可能エネルギーを100%使用する」「電気代の1%を再生可能エネルギー発電所の新設に充てる」「電気代の1%を社会活動の支援に充てる」という3つの原則があります。

地球温暖化対策になっても、料金が高いと選んでもらえませんので、地域の大手電力会社の標準プランより低い金額に設定しています。電力をわが社に切り替えることで、地球温暖化にどれだけの影響があるのかを実感していただきたく、毎月の請求書に、請求額と合わせて地球温暖化防止への貢献度もお伝えするようにしています。

Q&A

ボールドウィン:
気候変動は、温暖化、海水温の上昇、淡水の減少が問題だと言うと単純化し過ぎでしょうか。

ヴァン・デル・プローグ:
単純化し過ぎですね。それだけではなく、地球温暖化は特に発展途上国に影響を及ぼします。対策はコストを伴うので大きな道徳的ジレンマがあります。

ボールドウィン:
ハチドリ電力は、大地震のような状況でも安定的にエネルギーを供給できるのですか。

小野:
今はまだエネルギーの安定供給はできませんが、再生可能エネルギーにはその可能性があると思います。

ボールドウィン:
ウクライナでの戦争は、気候変動との闘いにとってプラスでしょうか、マイナスでしょうか。

ヴァン・デル・プローグ:
多くの国がガス料金を引き下げましたが、これはプーチン政権を支持することになり、気候変動面でも誤った対応です。私たちは、この危機的状況を踏まえグリーンエネルギーへの移行を加速させるべきです。カーボンプライシングは歳入を増や手段ではなく、グリーンエネルギーをより魅力的にする価格政策です。

ボールドウィン:
世代間で気候変動に対する考え方に大きな違いはありますか。

小野:
若い世代は学校で温暖化を勉強して対策の必要性を理解していますし、年配の方も少しずつ変わってきています。

ヴァン・デル・プローグ:
世代間でウインウインの状況を作ることが必要で、これから生まれてくる世代が現在生きている世代にお金を払うことでグリーン経済へ移行すべきではないかという議論もあります。

パネルディスカッション2:地経学ショックに対するグローバルバリューチェーン(GVC)の回復力

モデレータ:渡辺 哲也(RIETI副所長/東京大学公共政策大学院 客員教授)

発表1:地経学的ショックに対するGVCの回復力

リチャード・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

グローバルサプライチェーン(GSC)は一律ではなく、単純なものと複雑なものがあります。複雑なGSCにおけるリスクや対応は、単純なケースとはまったく異なります。また、供給ショック、需要ショック、輸送ショックの3つのショック要因があり、これらを理解することが非常に重要です。

いま私たちが目の当たりにしているのは、システミック・ショックなのです。「システミック」とは、多くの産業分野や多くの国に同時に影響を与えるという意味です。

リスクを考える上で重要なのは、頑健性とレジリエンスという2つの回復の概念です。頑健性とはショックを受けても業務を継続できる能力で、レジリエンスはショック後に素早く回復できる能力です。

政策については、具体的なショックを想定した具体的な政策が必要であり、「後悔しない」政策が必要です。シナリオを作ってストレステストも実施すべきでしょう。

中国と米国だけが世界中の主要なサプライヤーであり、 GSCはすでにかなり統合されているため、中国を排除することは非常にコストがかかり現実的に困難だと思います。

発表2:レジリエントでイノベーティブなサプライチェーンのための産業政策

戸堂 康之(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学政治経済学術院経済学研究科 教授)

地理的に分散されているサプライチェーンは、より回復力が高いといえます。地理的に多様化したサプライチェーンは、イノベーティブでもあります。また、国際的な研究協力は、企業のイノベーションの質を大幅に向上させます。

サプライチェーンは安全保障上の懸念のない国同士の間で多様化させるべきでしょう。G7、QUAD、自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP:Free and Open Indo- Pacific)、日米・日欧FTAなど国際的な枠組みを活用し、安全保障上の懸念のない国同士の国際的な知識ネットワークを拡大すべきです。規制は必要ですが、最小限にとどめるべきでしょう。政策は半導体産業に集中しすぎず、幅広い産業や企業を対象とすべきです。限られた産業を対象とする産業政策は中国でも必ずしも成功していません。効果的な産業政策を実施するためには、企業間、産業間の競争を促進するよう、競争政策と組み合わせることが必要です。

Q&A

渡辺:
新しい資本主義とサプライチェーンの議論にはどのような関連があるのでしょうか。

ボールドウィン:
私たちは、経済ブロックが重要な意味を持ち、地政学と経済とがより頑健に、よりスピーディーに相互作用する世界にいることを理解する必要があります。回復力や持続可能性だけでなく、国際的なパートナーの安定性や信頼性も重要です。

渡辺:
地政学と経済の相互依存のギャップを埋めるためのルールに基づいたシステムとはどのようなものでしょうか。

ボールドウィン:
相互依存の状態は有益であり、紛争の削減に役割を果たしてきたと思いますが、大きな影響を与える非常に突発的な行動を起こすかもしれない国が存在することを認識する必要があるでしょう。

戸堂:
アジア諸国は中国への依存度を高めすぎており、下げるべきでしょう。日米はそれが可能であることを示しました。経済的な相互依存は紛争を回避する力になりますが、依存しすぎると逆に危険です。技術面での相互依存は、紛争を回避するための重要な要素といえるでしょう。

クロージングセッション

ボールドウィン:
新しい資本主義において地経学とリスクがどのように作用しているのか、たくさんのアイデアが出ました。 CEPRとRIETIが長期にわたって実りある相互依存関係を築いてきたことに感謝し、今後も平和で調和した関係が保たれることを望みます。