RIETI出版記念ウェビナー「コロナ危機の経済学:提言と分析」シリーズ:第1回

コロナ危機の経済政策(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2020年7月29日
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

現在、世界的に新型コロナウイルスの危機に直面している中、RIETIでは経済学の立場から何か提言ができないかと、ウェブサイト上で「新型コロナウイルス―課題と分析」という特集企画を立ち上げ、情報を発信してきた。先日、その成果を基にRIETIのフェローが中心になって執筆した『コロナ危機の経済学 提言と分析』を日本経済新聞出版社から刊行し、全3回のウェビナーを開催する運びとなった。

第1回は、「コロナ危機の経済政策」と題し、小林慶一郎RIETIプログラムディレクターと佐藤主光RIETIファカルティフェローが、コロナ危機における経済政策についてそれぞれの立場から議論した。

議事概要

イントロダクション

森川 正之(RIETI所長・CRO / 一橋大学教授)

今回出版された『コロナ危機の経済学』は、第1章から第10章までの第1部が政策について、第11章から第20章の第2部が分析、終章が全体のまとめで構成されています。小林先生には第1章と終章、佐藤先生には第4章と終章の執筆をご担当いただきました。小林先生と佐藤先生からコロナ危機における経済政策についてお話しいただきます。

最近私が行ったアンケート結果によると、日本国民は平均的に見るとコロナ危機がこれから2年近く続くと予想し、自分が感染し、さらに重症化するリスクをかなり高く見込んでいることが分かりました。こうした事実も前提にのちほど議論を進めていきたいと思います。

講演1「コロナ危機の経済政策―経済社会を止めないために『検査・追跡・待機』の増強を」

小林 慶一郎(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京財団政策研究所研究主幹)

積極的感染防止戦略 - 検査・調査・待機療養によって感染拡大防止

SIR(感受性保持者・感染者・免疫保持者)モデルという感染症の伝播を表す標準的なモデルがあります。このモデルから分かることは、経済行動を制限する政策は時間稼ぎでしかないということです。制限解除後は感染が拡大する経路に戻るのです。行動制限の政策をオン・オフのサイクルで繰り返して感染を抑える必要があるが、それを続けると膨大な経済コストがかかります。このような行動制限政策だけに頼る感染症対策は、経済社会という意味で持続性がなく、むしろ「積極的感染防止戦略」と私たちが呼んでいるような政策に転換すべきではないかと。

「積極的感染防止戦略」とはどういうことかというと、検査を広げ陽性接触者を調査し、感染者は経済社会から隔離し感染拡大を防止する方針です。感染リスクを低減させることが最大の経済効果があることはEichenbaumやHoltemoellerの研究からも明らかです。

具体的な検査イメージとしてカテゴリーを4つに分け、優先順位を付けて幅広く検査を行う。9月末までに10万件、11月末までに20万件の検査能力の構築が必要と7月に提言しました。政策コストは行動制限の政策よりも桁違いに安く、検査、隔離の積極的な感染防止戦略を進めていくべきと思います。

社会・産業構造の変化

人間が移動し、接触する飲食や観光、宿泊業界は、ビジネスモデルを接触型から非接触型、あるいはオンラインによるサービスへの転換が長期的な課題です。社会保障もコロナ危機により格差が顕在化し、政府が事前に所得を把握するシステムが必要です。また働き方の形態によらない社会保障の仕組みも必要で、ベーシックインカムが望ましい。零細・小規模企業の資本枯渇の解決は重要な政策課題であり、考えなければいけない問題でしょう。

コロナ危機により、各国で巨大な政府債務が発生すると予測されます。各国政府が協力し、財政政策が協調してトービン税などで税収を得て債務を償還していくことが考えられます。そのためには世界財政機関などをつくり財政政策の調整を行といたことが考えられます。

講演2「経済対策の財源と新たなセーフティネット」

佐藤 主光(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学国際・公共政策研究部教授)

膨張する財政

現在、政府は積極的な財政出動を続けております。政府の積極的な財政出動は感染拡大を防ぎながら経済を底支える意図は見えますが、政策効果を精査するよりは規模ありきのように思えます。マクロやミクロで見ても規模ありきの財政出動には財政規律を感じない、というのが私の所見です。

やはりここで気になるのは、非常時の財政出動の恒常化です。国の歳出と税収のギャップは閉まらず、財政の膨張に歯止めがかからない。マクロの財政規律が効きにくいのが実態です。もちろん借金の全てが悪いわけではありません。今は非常時で借金はやむを得ないかもしれない。でも世の中には良い借金と悪い借金があります。

良い借金は、借金することを未来につなげていくことです。具体的には、借金をして、それが将来の生産性の向上につながるような、つまり将来世代の受益になるような投資に回すのがおそらく良い借金になります。一番イメージに近いのは建設国債かもしれません。赤字国債であったとしても、それを教育投資や将来の感染症対策に回したり、デジタル化や経済のグリーン化といったところに充てることができれば将来につながると思います。

しかし悪い借金とは何かというと、場当たり的、その場のためだけの借金になります。これは将来の世代に対してツケを残すだけになっているわけです。

財政規律を取り戻す

コロナ禍が長引けば財政悪化・拡大が続きます。どうやって財政規律を取り戻せばよいのでしょうか。1つはコロナの特別会計をつくり、社会保障を含めた平時の財政支出と分けることです。コロナにかかる財政支出は、今は積極的に行うべきだとしても時限措置でなければならない。この2つが今、政府の会計の中で一緒になっているわけです。コロナの名を借りて平時の財政支出が増えることはあってはならないわけです。

現況では増税はさらに経済を悪化させるという懸念があります。われわれが追求するべきは二重の配当です。1つは償還財源を確保する。もう1つは経済にとって良いことがあるようにする。経済に良い効果をもたらすような税金を探したらどうでしょうか。金融資産課税や金融所得課税は、格差の是正という意味で良いことを経済にもたらします。トービン税は投機を抑える。そういった意味で経済にとって良いことをもたらします。

今回のコロナ禍は新しい危機をもたらしたというよりは、日本が抱えた構造問題を露呈させました。具体的には平時からリアルタイムに所得を捕捉する体制を整えること、非常時の所得急減には給付し税と一体化させ、リアルタイムにひも付く体制づくりの必要性が見えてきました。終息後は元通りというわけにはいきません。経済の回復成長を確実にし、財政を健全化・効率化させるためにも、問題を対処し克服していく必要があるだろうと思います。

トークセッション

森川:感染経路不明者が多く、濃厚接触者が特定できなくなっています。どうすればよいのでしょうか。また、海外の経済学者の中にはランダム検査の必要性を指摘する方がいますが、これについても何かお考えがあればお聞かせください。

小林:特定地域の面的な検査は感染者の囲い込みはできますが、保健所の能力が足りず、地域も広がり、行動制限と面的検査を組み合わせる状況です。行動制限の条件設定が必要です。ランダム検査について、3割ぐらいの感染者を検査すれば感染は抑えられると思います。

佐藤:バイアスのある感染者数に基づいて政策を決めるのは危険です。国民全員に検査ができないならランダム検査を実態把握のためにやるべきでしょう。

森川:コロナ対策の財源として実物資産を含む資産課税は考えないでよいでしょうか。

佐藤:固定資産税強化は1つの選択肢です。所得課税の強化は一律ではなく、金融所得課税の強化になります。また金融資産に対する課税があってもよい。払える方に応分の負担を求めるということです。

森川:企業への資本注入の議論が必要という意見がありました。企業への支援は時限的で恒久化しないならば、ゾンビ企業の延命にはならないと思われます。新たに雇った側の企業に支援の軸足を移す、短期的なひどい状況が一段落したら政策を切り替えるなど、産業構造を転換する方向に切り替えることが大事でしょう。

小林:業種転換を条件に補助金を与える、あるいはM&Aのための補助金や資本注入、何らかの構造調整とセットにした企業支援が望ましい。資本注入とセットで債務削減があり、いかに早くゾンビ化しないように事業再生や廃業の形に持っていくのかが重要と思います。

森川:佐藤先生、資本注入あるいは一般的に企業に対する支援策についてご意見はありますか。

佐藤:廃業支援がもう1つの軸としてあってよいと思います。

森川:これまでの政府のコロナ対応の中でポジティブに評価できる政策はありますか。

佐藤:自治体の取り組みの違いが見えました。特別定額給付金は若い人の支持率が高い。

小林:感染症対策の法令改正も課題。金融政策の運営はうまくやられたのではないでしょうか。

質疑応答

Q:インフルエンザに比べてコロナは多くのコストをかけるほど脅威なのでしょうか。入国者全員の検査は必要でしょうか。

小林:政府は医療崩壊を懸念しています。病気の再評価が必要でしょう。入国者の管理は病気の評価とセットで議論。感染がある程度広がっても許容できる病気だと認識されれば、入国者の検査も症状がある人だけに限ることでよいと思います。

Q:3号被保険者の廃止は重要でしょうか。ベーシックインカムは1人当たり・全体でいくらかかるのでしょうか。既存の社会保障制度との関係、平時の負の所得税、ユニバーサルベーシックインカムについてどうでしょうか。

佐藤:個人単位なら3号はいないと思います。負の所得税については、緊急時や非常時には保険としての役割を果たしますが、平時は格差是正です。基本的に生活保護は働けない人たちに対する支援ですから、ワーキングプアに対する支援になります。英国のユニバーサルクレジットなどはそういう仕組みになっていると思います。

小林:私も佐藤先生のご意見に同意です。べーシックインカムは生活保護の金額を最低限保障という制度にそろえたら良いのではないでしょうか。

Q:7割の出勤自粛は不要ですか。

小林:外出5割削減はすれば接触は8割下がるという研究もあり、今は仕方がないと思われます。民間企業を中心に検査システムを作り、行動制限・アプリ等と組み合わせ、十分効果のある政策を考えられるのではないかと思います。

佐藤:年齢別の外出自粛、営業自粛を求めるための2つの前提条件があり、1つは院内感染の防止で、もう1つはオンライン診療のインフラ整備です。

Q:コロナ対策の償還財源として増税は必要なのでしょうか。増税の場合、国民の理解をどう得ればよいでしょうか。

佐藤:特例定額給付金は非課税ですが、休業協力金と持続化給付金は課税対象になります。たぶん受け取っている企業の多くは、2020年は赤字ですし、個人事業主の方々も2020年はほとんど課税所得のない人たちになると思うので、おそらく回収はできないと思います。

確かに増税は基本的に嫌なものなので、だから私は「二重の配当」と表現しました。この機に二重の配当の追求はあってしかるべきでしょう。何らかの経済、社会にとっての受益があれば、そこに対してコンセンサスは取れるのではないでしょうか。