RIETI T20-G20シンポジウム

信頼ある自由なデータ流通と自由貿易:日本がとるべき戦略と課題(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2019年7月5日(金)13:30-16:30(受付開始13:00)
  • 会場:全社協・灘尾ホール
    (東京都千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビル1F)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

G20各国のシンクタンク関係者等で構成する「T20(Think20)」の本会合が2019年5月に東京で開かれ、G20に向けた政策提言を盛り込んだコミュニケを発表した。T20は10のタスクフォースからなり、RIETIが主体的な役割を担った「貿易・投資とグローバル化」タスクフォースでは、本会合に先立ち、持続可能かつ包摂的な世界経済の成長のために何が必要かを論じ、4月9日に提言書を提出した。本シンポジウムでは、経済産業省の松尾剛彦審議官と、貿易投資タスクフォースの筆頭共同議長を務めた木村福成RIETIコンサルティングフェローが「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」構築の重要性を論じ、パネルディスカッションではデジタル化と通商摩擦の時代を生き抜くために日本がとるべき戦略について参加者と意見を交わした。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

T20(Think20)は、G20の公式関連会合の1つと位置付けられており、各国の有識者や研究者が1年にわたり、政治・外交とは一線を画する形で議論し、G20に政策提言を行っています。2019年は日本がG20ホスト国になった関係で、T20でも日本の研究機関が全体の議論をリードし、私どもRIETIも貿易投資と中小企業政策の部分を担いました。

本日のシンポジウムでは、経済産業省の松尾剛彦審議官にお越しいただき、G20の成果とWTO改革の必要性について、それから政策の第一線の立場から今後の国際経済の見方についてお話しいただきます。続いて、T20で「貿易・投資とグローバル化タスクフォース」の筆頭共同議長を務めた木村福成先生から、T20での議論の内容について、信頼ある自由なデータ流通を支える政策体系の構築について、ご意見を頂戴します。パネルディスカッションでは、デジタル貿易やデータ流通に対する見方や日本の対応などについて議論を進めます。本日のシンポジウムが中身の濃い知見をお伝えできることを祈念します。

講演1「G20貿易・デジタル経済大臣会合及びサミットについて」

松尾 剛彦(経済産業省通商政策局審議官)

直面する貿易上の課題

2018年来、G20各国の貿易担当者の間では、米中貿易摩擦が激化する中、その根本原因に取り組むことが重要と考えてきました。根本原因への取り組みとしては、①市場歪曲的な措置とそれにより生じている過剰供給問題と、②貿易によって得られた利益が途上国側に巡っていないという問題の2つの問題への対処が課題として挙がりました。また、急速なデジタル化への対応も喫緊の課題です。これらの課題に対処するため、WTOをしっかり機能させていこうというのが2018年末のブエノスアイレス首脳会合の結論でした。こうした問題認識のもと、今回G20として議論を進めてきたわけですが、4月9日に提出されたT20貿易投資タスクフォースの提言は、私たちが議論していく上で大いに参考になりました。

現下の経済情勢を見ても、米中貿易摩擦が経済成長の下押しリスクになっており、この圧力を回避することが大きな課題として認知されています。

同時に、摩擦の解消方法として米中がどのような合意をするか、それが他の国に迷惑がかかるようになっては困るといった懸念が多くの国から示されました。そこで、G20貿易・デジタル経済大臣会合では、貿易上の緊張に対応し、互恵的な貿易関係を醸成する必要性を確認するとともに、自由、公平かつ無差別で、透明性、予測可能性がある貿易・投資環境の実現に向けて努力することで合意しました。

米中摩擦の根本原因への対応

市場歪曲の問題に関し、大臣会合では世界経済に否定的な影響を及ぼしていることを再確認し、公平な競争条件の確保で合意するとともに、多くの国は産業補助金に関する国際的な規律を強化する必要性を確認しました。

一方、貿易による利益の均霑については、これという解があるわけではないのですが、大臣会合では全ての国・社会の構成員、特に脆弱な人々に利益が共有されていないという認識を共有し、女性、若者、中小企業などが国際貿易の機会をうまくとらえるのを支援するため、グローバル・バリュー・チェーンへの参加を一層促すことで合意しました。そして、B20(Business 20)でもビジネス自主行動計画が採択されたことをしっかり受け止めるとともに、日本の考え方である、売り手・買い手・社会に利益がある「三方よし」の理念に留意することが盛り込まれました。

デジタル化に関しては、各国によって規制・制度が異なり、その対応にも非常にコストがかかっています。そこで、大臣会合では「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT:Data Free Flow with Trust)」、すなわち、プライバシーやデータの保護にしっかり対応することで、データの自由な流通を促進していこうということで合意しました。その際には、各国の制度がばらばらなのは問題なので、各国の制度の相互運用性を取っていくことも確認しました。

WTO改革に向けて

世界貿易機関(WTO)は、加盟国数が164カ国に増加した現在も全会一致の原則を維持している結果、新たなルールがなかなか作れない等の課題に直面しています。

大臣会合では、WTO改革を進めるとともに、既存の通報義務を果たすこと、透明性を高めること、WTOの通常委員会などの活動を活性化していくことを確認しました。ルール作りに関しても、電子商取引のルール作りなどの有志国の取り組みを進めていくこと、紛争解決機能についても取り組むことで合意しました。

G20大阪サミットにおいて

G20大阪サミットにおいても以上のエッセンスについて合意するとともに、サイドイベントとして「デジタル経済に関する首脳特別イベント」が行われ、「デジタル経済に関する大阪宣言」が発出されました。

このように、G20として、世界経済が直面する課題について一定の方向性は出せたのではないかと思います。これらをどう実現していくのかが重要であり、シッカリと取り組んでいきたいと思います。

講演2「自由なデータフローを支える政策体系の構築:T20の提言」

木村 福成(T20「貿易・投資とグローバル化タスクフォース」筆頭共同議長 / RIETIコンサルティングフェロー / 慶應義塾大学教授 / ERIAチーフエコノミスト)

デジタル経済をめぐる諸政策の混乱

現在、デジタル経済のいろいろな政策が深刻な混乱状態にあると思います。例えばプライバシーやサイバーセキュリティに関して、経済効率との調和が考慮されていない政策がとられています。

それから、諸政策に複数の政策目標が盛り込まれてしまっています。そうなると、隠れた自国企業優先や保護主義が混在している可能性もあるでしょう。こうした産業政策は必ずしも駄目ではないのですが、きちんと正当化できるロジックを組み立てるべきであり、他の経済政策と混在させるのは危険です。デジタル経済に関しては、米欧中などでかなり異なる政策体系ができつつあり、その背景にあるロジックも異なるので、国際間の政策調和の実現は大きな課題です。

経済政策としての位置付けの確立

そうした政策を経済政策として位置付けるには、モノ・サービス貿易の世界とデータフローが深く関係していると考えることが必要です。特に先進国では、データによって国際競争力を付ける議論がなされています。データを使う側の観点が抜けており、その観点は特に途上国において重要です。ほとんどの途上国はIT開発で競うことはできませんが、データを使っていろいろなビジネス・マッチングできるようになっていますから、データフローが生み出す価値は、ユーザーの立場になったとき、特に大きいと思います。

自由なデータフローを論理的出発点とし、経済的・社会的な心配を一度洗い出してみて、政策を仕分けていく必要があります。それから、データフローに関する政策とデータ関連ビジネスに関する政策はなかなか切り離せませんし、国内政策と国際政策のリンクも重要です。

自由なデータフローをアンカーとする政策体系の構築

そこで、T20としては、自由なデータフローをまずベースに考え、その経済効率性を評価することから始めた結果、5つのカテゴリーの政策を整備していくことを提言しました。

1つ目は、データの自由な移動を助けるような自由化・円滑化政策です。例えばデジタル・コンテントの無差別原則や電子取引の関税非賦課、小額小包の関税免除、電子認証・署名などです。2つ目は、経済的懸念を和らげる政策です。典型的なものとしては競争政策、消費者保護、知財保護などが必要となります。3つ目は、価値観や社会的な懸念と経済政策の折り合いを付ける政策です。プライバシー保護の問題やサイバーセキュリティ、健康や文化の問題が含まれます。4つ目は、データ移動と関連ビジネスを規制体系に取り入れる政策です。租税政策や電子決済・フィンテックその他産業の規制、人工知能、企業の情報開示や統計、政府が個人・企業データにアクセスする際の司法プロセスなどが挙げられます。5つ目は、産業政策あるいは幼稚産業保護政策です。自国産業を育てるのはいいことなのですが、政策としてコストとベネフィットが合っているかという評価が必要であり、どういったタイプ・レベルの保護なら許されるかという話を本来しなければなりません。

「信頼性のある自由なデータ流通」の意義

今回、「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」がG20貿易・デジタル経済大臣会合の文書にも記載されました。異なる政策体系を構築しつつある米欧中の分断を回避するためにも、自由なデータフローを論理的アンカーに据えた枠組みに合意できたことは非常に意義があると思います。

そうすることで国際的調和が比較的容易な政策と難しい政策を仕分けられるし、ルール作りの話も始められます。そのときには当然、非効率な産業政策や保護主義を洗い出して、ゆっくりでもいいから対処していくことが必要です。これはWTOベースの議論だけでは解決しないので、さまざまなフォーラムを用いて、できるところから進めていくことが重要です。

パネルディスカッション「デジタル時代・通商摩擦を生き抜く日本の戦略」

パネリスト(ご登壇順)
  • 横澤 誠(野村総合研究所上席研究員 / 京都大学大学院情報学研究科客員教授)
  • 鈴木 英夫(日本製鉄株式会社常務執行役員)
  • 小野寺 修(経済産業省通商政策局通商交渉官)
  • 木村 福成(T20「貿易・投資とグローバル化タスクフォース」筆頭共同議長 / RIETIコンサルティングフェロー / 慶應義塾大学教授 / ERIAチーフエコノミスト)
モデレータ
  • 関口 博之(NHK解説主幹)

プレゼンテーション1

横澤 誠(野村総合研究所上席研究員 / 京都大学大学院情報学研究科客員教授)

データ通商に関する考え方は多様化しており、これまで中心的な役割を果たしてきたWTOによる調整が難しくなっています。中でも米欧中の間に広がるインターネットの分断化が懸念、「蛇口をひねれば世界中のデータとつながる」というのは幻想となりつつあります。

そこで、日米欧間だけでもデータフローを確保しようという動きが、DFFTの少し前の段階から日本主導で提案されております。ここで忘れられがちですが、重要なのは、自由なデータ流通を日本の産業に生かすための議論です。

その点で日本は経験がないわけではなく、遠隔監視や遠隔制御の製品で独自に成功しており、ものづくりと連動するデータビジネスが進んでいます。このことは、データのフリーフローを産業界としても支援する理由にもなっています。日本も重要な役割を期待されていますが、これからはEnhanced Access to Data、データの利活用促進が経済協力開発機構(OECD)でも新たな政策議論のポイントになるでしょう。

その際に考慮すべき条件として、プライバシー保護に関して、極めて強力な人権意識に基づくEU一般データ保護規則(GDPR)と、アジア的な調和視点のAPEC越境プライバシー規則(CBPR)の相互運用性をリードすることが日本に期待されます。中国はそこから少し離れたところにいますが、中国にも民間認証的なアプローチを模索する草の根的動きがあり、そうした部分をすくい取ることが課題だと思います。

論点としては、デジタルを日本の競争力に結び付けるにはどうしたらいいか、世界の情勢をどう理解するかということを挙げたいと思います。

プレゼンテーション2

鈴木 英夫(日本製鉄株式会社常務執行役員)

世界はBig ChinaとBig Techという2つのスーパーパワーの覇権争いになると思います。米国は2017年12月のナショナル・セキュリティ・ストラテジーで、安全保障で優位性を保つために経済的圧力を使うと宣言しています。デジタルに関しても、中国は独自技術開発を進めているので、ICTで世界が分断される恐れも出てきています。その狭間にいる日本はどういう戦略をとるのかが大きな課題です。

中国も中国製造2025や中国インターネットプラスなどで世界最強国になろうとしています。こうした政策を米国の対中規制が逆に後押しし、中国の競争力を強める可能性もあるし、一帯一路(BRI)戦略によって新たな経済秩序をつくる動きもありますから、中国を巻き込んだルールはそう簡単にはできないでしょう。

それに対し日本は、国際ルールを再生することが重要だと思います。米国の一方的措置に歯止めをかけ、二国間ルールへ回帰するという点では、中国と協調できるかもしれないし、特にEUとは協調できると思います。それから、新しいルール作りも重要です。しかし、多くの国の意向を一致させるのは難しく、有志国会合で新たな道を探るしかないと思います。

特に対中戦略は、日米安全保障関係の強化、新たな国際ルール作り、日中経済協力の深化という3つの戦略の組み合わせが重要です。中国が今後直面する高齢化や社会保障問題について協力を推進し、中国が国際社会に関与する形で協力するような戦略が日本には求められます。

ディスカッション

関口:
今回のG20サミットは、対立を際立たせるのではなく、共通点を探るという意味では成果が上がったと思いますが、自由貿易の確保という点ではあまり踏み込めませんでした。

木村:
米中に話を聞いてもらえないという問題がありますし、新興国・途上国が本当に保護主義と闘うのか、WTOを救わないといけないと思っているのかが重要だと思います。

関口:
米中の覇権争いで、日本はどういう立場を取ればいいのでしょうか。

横澤:
日中間には産業界で歴史上も極めて強い依存関係があります。個人情報保護に関して中国も認証制度を持っているので、日本もそうした動きを歓迎し、相互運用性を高めることが必要です。

関口:
自由なデータの流通もG20では大きなポイントになりました。大阪トラックの立ち上げ宣言は100点満点と言っていいのですか。

小野寺:
デジタルについて各国の立場が大きく異なる中、首脳レベルでメッセージを発信できたことは非常に重要と考えており、産業補助金のルールや競争条件のことをしっかりと入れ込むなど十分踏み込めたと考えています。

関口:
日本はデータを資源として、どうやって発展産業をつくり出していけばいいのでしょうか。

横澤:
日本のものづくりは、品質で国際競争力を得てきました。ですから、データについても品質の高いものは高い価値を持つといえます。もちろん瑕疵がないことも1つの品質ですし、信頼に基づいて自由に流通できたり、必要に応じて匿名化処理したり、自由に加工処理できることも重要です。

鈴木:
グローバルに新たなプラットフォームをつくるのは難しいので、日本が世界の最先端を走っている高齢化や医療サービスなどの分野でデータをしっかり活用できれば、日本の産業は世界のリーダーとして競争力を持つと期待しています。

木村:
フリーフローのデータは大いに使っていかなければなりません。必ずしもビッグデータで勝負できなくても、ローカルで細かいデータを集めてAIやIoTを使う方法はいろいろあります。そういうものをうまく導入すれば生産性が上がる部分は随分残っていると思います。

関口:
Big Chinaとどう向き合っていけばいいでしょうか。

鈴木:
中国は一帯一路で国際的な批判があるので、国際ルールに乗っかって発展することも考え始めています。中国は米国が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を抜けた途端、「TPPは検討に値する」と言っており、状況の変化を見ながら戦略を大きく変えているのでTPPに入れることも選択肢として考えたらいいと思います。

木村:
CPTPP(新TPP)に中国が入るのは大変結構なことだと思いますが、その代わり彼らもたくさんの課題を解決しなければなりません。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)でも日中間の関税は下がるのですから、やらないよりは断然いいし、自由な貿易投資が重要だというフォーラムを地道に行っていくことは重要なメッセージだと思っています。

関口:
日米交渉などがありますが、トランプ大統領とはどう付き合っていけばいいのでしょうか。

鈴木:
トランプ大統領は次の選挙戦までに農業ディールをしないと選挙に勝てないと考えているでしょう。逆に日本はその分、自動車でどこまで米国の譲歩を引き出せるのかという交渉になると思います。日本としては自由貿易の原則の範囲内でディールをしたいと言っていますから、筋を通して合意をしっかりまとめてほしいと思います。

小野寺:
日米交渉については、日EUとCPTTPがあることで、米国も前のめりになっているので、攻めるべきところは攻めて、ウィンウィンの合意をすることが必要です。そういう中で、米国がTPPに戻ってくることも含めて考えていく必要があると考えています。

関口:
まとめのコメントを一言ずつ頂きます。

木村:
データの話は実社会の方が先に動いてしまっているので、政策がどうやってキャッチアップしていくのか、難しいところですけれど、いろいろなフォーラムを使って話をしていくことは極めて重要だと思っています。

小野寺:
G20での合意を実際のルールに反映していくことがこれから重要となります。今回合意できたということは、日本が米国、EU、中国とそれぞれ良い関係をつくった賜物ですので、ルールの橋渡しをしっかりとしていきたいと思います。

鈴木:
日本は自由貿易の下で発展しなければならないという大原則を堅持し、WTO改革も地域統合も含めてリーダーシップを取っていくことが非常に重要です。その中で国内デジタル産業の育成や、ビジネス主導のデジタルルールを考えていかなければなりません。

横澤:
民の観点からすると、対中戦略の話でも申し上げたように、民は官と違う原理で動くことができるので、お互いの動きを理解しつつも、連携プレーを目指してやっていくことが今後必要だと思います。