RIETI-ANU-ERIAシンポジウム

貿易緊張の緩和に向けて-アジア太平洋地域の連携(議事概要)

イベント概要

    • 日時:2018年12月6日(木)14:00-17:00(受付開始13:30)
    • 会場:鉃鋼エグゼクティブラウンジ&カンファレンスルーム(東京都千代田区丸の内1丁目8番2号 鉃鋼ビルディング 南館4階)
    • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、オーストラリア国立大学(ANU)、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)

保護貿易主義の高まりによる米国と中国の貿易紛争が一層拡大しつつある中、日本、オーストラリア、東南アジア各国が、ルールに基づく自由な貿易投資環境の重要性を発信することが求められている。こうした状況を受け、RIETI、ANU(オーストラリア国立大学)豪日研究センター、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)の共催によるシンポジウムを開催し、これらの地域の通商政策の専門家が一堂に会し、現下の国際環境の改善を図るための戦略について議論が行われた。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

今年になり、米中を中心に、世界的に貿易摩擦が深刻化している。自由な貿易投資環境を大いに享受しているアジア・太平洋地域にあって、世界経済にとってはルールに基づく自由な貿易投資環境の維持・拡大が不可欠との考え方を共有する日本、オーストラリア、東南アジアの各国が、その見方を強く発信することが重要な局面になっています。

こうした認識の下、本日はインドネシアの前商業大臣、オーストラリア政府のG20の代表、日本の通商政策担当幹部等のしかるべき皆様にもお集まりいただき、現下の国際環境の改善を図るための戦略的な進め方について議論します。なお、本シンポジウムはG20に対して政策提言を行うT20の公式イベントになっていることを申し添えたく存じます。

関係機関のご尽力で、本日のシンポジウムをタイムリーに開催できることは、私どもにとって大きな喜びです。本日のご報告と討議が、皆さまのご認識を深めるとともに、自由な貿易投資環境維持の一助となれば幸いです。

特別挨拶

松尾 剛彦(経済産業省通商政策局審議官)

現在、米中を中心に貿易制限的な措置が講じられており、その解決を図るには、そもそも現在の状況がなぜ生じたのかという根本問題にさかのぼって検討することが必要です。

われわれは、その1つは、一部の国による市場歪曲的な政策と、それによって生み出された膨大な過剰生産能力にあると考えています。また別の見方としては、特に途上国においては国内産業がなかなかグローバルバリューチェーンに加わることができず、より付加価値の高いビジネスに参入できないという問題があります。先進国内において見られる反グローバリゼーションのうねりは、国際的な貿易投資が全ての人に恩恵をもたらしているわけではないということの1つの表れでもあります。

私たちは、貿易・投資をより持続可能性で包摂的なものにしていく必要があるが、政府による支援には限りがあることも事実です。産業界がビジネスを通じて国際社会や国内社会の利益と自身の利益をともに実現し、それを円滑に行うための環境整備を政府がしていくという関係が構築されることが理想的です。このような考え方は、日本で「三方良し」といって、従来から商業者によって尊重されてきた考え方とも通ずるものと思います。

包括的な経済成長を促すもう1つの方途がデジタル貿易です。インターネット、電子商取引の普及は、途上国企業や中小企業が国際貿易に参加することを非常に容易にしました。しかし現在、電子商取引に対応した国際的なルールはなく、各国による独自の異なる制度の乱立が市場のフラグメンテーションをもたらし、電子商取引の拡大にはマイナスです。

こうした課題の中には世界貿易機関(WTO)を通じて取り組むべきものもありますが、この数十年、WTOの枠組みで新たに合意されたルールは限られた数しかありません。WTOのルールが適切に守られているか、その監視機能が十分働いていないとの指摘もあります。こうした問題についてひとつ一つ解決策を見いだし、できるものから順次実行に移していく必要があります。

根本原因を正しく理解し、それへの処方箋を考えることが重要であり、本シンポジウムを通じて、G20の検討に向けて有益なインプットをいただけることを期待しています。

特別講演

貿易戦争に対応する: ASEANの視点

Mari PANGESTU(前インドネシア商業大臣/インドネシア大学経済学部教授)

貿易戦争の現状

オープンかつルールベースの多国間の貿易制度はこれまで東アジアを筆頭に世界各国に対して有益でした。過去30年間、この制度によって競争力が高まり、資源配分の効率が向上し、大勢の人々が貧困を脱却しています。ところが現在、このオープンな制度に大きな問題が発生しており、保護主義や国家主義が台頭しつつあります。世界的な不平等の拡大、中国をはじめとする新興国の台頭、破壊的技術進歩等が原因に挙げられます。

貿易に起因する不平等の問題にも対応がなされておらず、これも一因です。しかしトランプ大統領の動機を推し量ることは無駄なようです。米国の貿易赤字、中国の市場原則を無視した行動への対応、あるいは本質的には単に交易条件改善を目指した交渉戦術であるのかもしれないからです。むしろアジアがどのように対応すべきかを中心に考えるべきです。この貿易戦争は中国をターゲットとしたものです。このことは、協定において他の協定国が市場原理に基づかない相手との取引を望む場合、協定国は当該協定から離脱することができるという具体的サンセット条項を含むことからも明らかです。国有企業や投資など、問題視されている中国の行動は世界貿易機関(WTO)のルールブックに未記載であり、WTOルールの改革が求められるゆえんです。中国は影響力拡大を図っており、こうした地政学的要因も問題を複雑にしています。

米中貿易紛争の意味合い

米中貿易紛争はまだ第一段階にあり、現在一時休戦中です。トランプ大統領は否定していますが、関税は輸出国のみならず米国消費者にも損害を与えます。この貿易戦争は、米国経済や米国消費者が打撃を被って初めて収束すると考える者もいます。しかし、貿易の流れや貿易の成長、投資決定等にも影響が出ており、世界の経済成長も下方修正されています。貧しい小国への影響がより大きく、産業への影響はまちまちであり、ブラジルなど一部の国は貿易の流れが変わったことでメリットを受けていますが、多くの国では関税障壁を回避する方向へと投資動向が変化しているます。

アジアはどのように対応すべきか

アジアは引き続きオープンかつルールベースの貿易・投資体制の維持を目指した努力を続けるべきでしょう。同時に、米国と中国を引き込むための手段を見つけることが必要であり、一方的改革、地域経済統合、および多国間貿易制度擁護を三本柱とするアプローチが求められています。

一方的改革は現在でも継続的発展や競争力強化の鍵です。東南アジアにとって一方的改革はその開発戦略の一環として重要であり、実施すべき施策です。地域協定は、市場拡大を継続し、一方的改革を実現し、さらに現時点でWTOが対策を取っていない問題に対処するために重要です。地域経済統合の方法は地域ごとに異なるものです。ASEAN経済共同体(AEC)の深化・拡大が大変重要であり、ASEAN10カ国に自由貿易協定参加6カ国を加えた東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を2019年末までに締結することが優先事項でしょう。アジア太平洋地域における経済連携協定(CPTPP)は大変野心的な協定であり、他の地域協定の基準ともなりうるものです。地域協力における能力構築の役割も重要です。

最後に、大取引が新たな多国間秩序となっています。米国は世界経済秩序の主たる支持者でしたが、現在では主たる脅威となっています。従って、アジアは地域統合を試みつつもルールを引き続き機能させるべきでしょう。2018年のG20サミットでは貿易戦争激化の小休止が実現しましたが、終結への道筋は見えていません。多国間枠組内で起きている米中貿易問題に答えを出すことができれば、これが貿易戦争終結につながる可能性もあります。

チャンスを生かすためには、G20諸国のリーダーがWTO改革の必要性を認識しなければなりません。多元的なアプローチが必要となることも考えられます。日本はCPTPPやRECP実現に向けてリーダーシップを発揮してきましたが、今回もEUや中堅国、オープンで考えを同じくする小国などとともに大役を果たしてもらいたいところです。最後に、前回のG20サミットを受け、米国と中国がこの取り組みに参加することを期待します。

講演

集団的敵意か協力か

David GRUEN(オーストラリア政府 首相・内閣省副次官(経済担当)/G20シェルパ)

なぜ貿易協力は難しいか:スタンダードな経済学的論拠は存在するのか

近年の貿易緊張の一部は、私たちの地域の持続的で力強い成長の結果でもある。経済成長の結果、地域の経済は先進国のより影響力が強い産業と競争するようになりました。ポール・サミュエルソンは生前最後に発表した論文で、ある国の一産業に起きたプラスのテクノロジーショックが、その産業で収入を得ている別の国に全面的な打撃を及ぼす場合があることを明らかにしています。しかし、最初の国で生産性ショックから生じたプラスの所得効果は他の国々の国民所得を上昇させもします。従って、飛躍めざましいアジア太平洋地域によって一部の先進国の産業が痛手をうけたことは疑えないとしても、アジア太平洋地域の成長は、先進国のその他の財・サービスに対する需要が増えることも意味します。

貿易とテクノロジーは、先進国の国民所得の全面的減少というよりは、所得配分の変化をもたらす可能性が高い。生産要素の相対的希少性から、資本家と高度熟練労働者への所得は増加するが、未熟練労働者の一部の実質所得は停滞もしくは減少しています。

Autor, Dorn and Hanson の論文は「チャイナ・ショック」が米国中西部で200万人を超す長期的な雇用が失われたことを明らかにしました。他方、同論文には中国の需要と供給が米国の他の場所で創出した雇用については言及していません。テクノロジーが国境を越えて貿易障壁を取り壊し、アジア太平洋地域の経済がさらに洗練されていく中で、このような混乱は今後も生じるでしょう。一方、自由かつオープン貿易に対する政治的に影響力のある反対意見もまた増すでしょう。

アジア太平洋地域の経済変革の影響

自由貿易では、各国は自由貿易を維持するための費用を他国に移転しようと考えます。米国は、世界最大の経済であった時にはその負担を担いましたが、現在では引き続き負担を担いつづけるべき理由は前ほど説得力を持ちません。

グローバル市場で限られた力しか持たない、中小規模のオープンな経済、例えばオーストラリアのような国は自由かつオープンの貿易から利益を得ます。反対に経済大国は時に関税を用いて輸入価格を引き下げ、交易条件を改善しようとすます。その結果、交渉力の弱いより小規模な国はマイナスの影響を受けます。世界経済全体も同様です。目下の懸念は世界がオープンの貿易から管理貿易のシステムに移行するかもしれない、ということなのです。G20首脳が最近のサミットにおいて、ルールに基づく国際秩序を改善し、WTO改革の必要性を認めるというコミットメントを表明したことが重要であるのは、この理由によります。

現在の貿易緊張の背後にあるずさんな経済学的論拠

現在の貿易緊張の一部は、正確でない経済学的論拠にも起因しています。第一に、貿易赤字は国の弱さや他国から不公平な扱いを受けていることを表す指標ではありません。経常収支の赤字は、その国の投資に要する額が国内貯蓄額よりも大きいことを示します。さらに、貿易収支全体の赤字は関税によって「解消」しません。二国間の貿易赤字は関税によって縮小するかもしれませんが、その代わり他国からの輸入のコスト上昇と他の国との二国間貿易赤字増加という代償を支払わなければなりません。

第二に、知的所有権保護は、知財所有者に独占権を与えることで投資を潜在的に促進するかもしれませんが、それ以外の人々に知的所有権の使用料支払いを義務付けることで投資や経済成長を減少させる可能性もあります。グローバルな経済成長を最大化するような知的所有権ルールは何かという問題を解くには、経済学者や知的所有権を専門とする弁護士の助けが必要です。

第三に、国有企業(SOE)についての適切なルールは複雑です。ある国が国有企業を通じて輸出補助金を供与している場合、他国の消費者は低価格の恩恵を受けますが、その他の国内産業は被害を受け得ます。補助金が引き起こす歪みは、非効率な産業の繁栄を通じて全世界に波及する恐れがあります。実際のところ、国による補助金を規制することで最も恩恵を受けるのは、補助金を供与している国自身かもしれません。同様に、WTOにおける発展途上国の特別措置や優遇措置を規制すれば、発展途上国はむしろ恩恵を受けるでしょう。高関税を持続することは経済的にメリットがあるという誤った考え方は新興国とWTO自身にダメージを与えています。

結論として、オーストラリアと日本は、自国内の多様な経済に対する見方の変化をうまく統御していくことへの関心を共有しています。従って、二国間協力を通じてオープンの多国間貿易システムを支援していくことは貿易緊張の緩和の一端を担う鍵となるかもしれません。

講演の全文は以下に掲載(英文):
https://www.pmc.gov.au/news-centre/pmc/keynote-speech-dr-david-gruen-collective-animosities-or-cooperation

ルールに則った貿易体制の促進:日本と東アジアの役割

木村 福成(ERIAチーフエコノミスト/RIETIコンサルティングフェロー/慶應義塾大学経済学部教授)

米国政権の貿易政策の問題

トランプ政権の現在の貿易政策には問題が多い。第一に、既存の自由貿易協定(FTA)の再交渉(新たな米韓自由貿易協定や米国・メキシコ・カナダ協定)において多くの疑わしい項目が合意に含まれています。第二に、WTOの政策規律と合致しない貿易措置を実施しています。米中間の関税戦争は1974年通商法301条に基づいており、米国は相手国が不公正な貿易慣行をとっている場合に制裁措置を発動できます。このような貿易措置の結果、貿易が縮小し直接的な損失が発生することが懸念されています。第三に相手国による報復またはリバランス措置もWTOのルールに合致しているか検証されなければなりません。両国の措置はともにルールに則った貿易を破壊するものかもしれません。

時代遅れの関税戦争

日米両国は1980年代と1990年代初頭に二国間貿易収支について何度も交渉を重ねました。しかしトランプ大統領の考え方はいまだに1980年代のまま刷新されていない。さまざまな対処すべき問題や考慮すべき要素がある中で、貿易戦争はグローバル・コミュニティが国際貿易システムに実際に必要な改革と改善を行う障害となります。1990年代以後、「第2のアンバンドリング」と呼ばれる生産工程・タスク主導型の国際分業が特に東アジアで支配的になってきました。このように現在のバリュー・チェーンはグローバルな性格を持っていて、価値連鎖の中断の影響は予想不能かつ広範囲に及ぶことが分かっています。さらに最近興隆してきたデジタル・エコノミーに対する新たな規制は決定的に欠けており、関税戦争に明け暮れるよりも中国を含む新興経済の台頭にかかわる問題(補助金、国有企業、知的財産権等)にこそ取り組むべきです。

日本のメガFTA戦略

日本は2013年から保護貿易主義の台頭に反攻すべくメガFTA交渉を開始した。アジア太平洋地域における経済連携協定(CPTPP)および日EU経済連携協定(EPA)は日本にとって画期的なメガFTAです。両協定とも「第2のアンバンドリング」、特に機械工業におけるバリュー・チェーンを促進し、また、デジタル・エコノミーのルール作成の開始点でもあります。新興国や途上国に対する基準も定めています。この動きはルールに則った貿易体制を支持するという強いメッセージを発するとともに、米国が従来の路線に戻るよう促す効果があるのです。

CPTPPは世界のGDPの13%を対象に含めています。タリフライン(関税品目)の数でいえば、関税の撤廃は全体の99-100%にも及びますが、日本は農産物保護のため95%に留まっています。CPTPPはサービスや投資についてもネガティブ・リスト方式によりこれらを含めており、投資家対国家の紛争解決(ISDS)条項も含んでいます。この2点については、EPAには含まれていません。EPAは世界のGDPの28%を対象に含め、高いレベルの市場アクセスを実現しますがISDS条項は含まれません。EU側が自動車と自動車部品、そして政府調達――特に鉄道――について「非関税障壁」を懸念したため、この部分に関し追加的協定も締結されました。

現在重要なのは東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を締結し、特に東アジアの生産ネットワークを支援することですが、交渉には時間を要しています。当初、日中韓(CJK)FTAがRCEPの交渉をタイミングと内容面で引っ張っていく構想でしたが、関税交渉の難航により進展はほとんど見られていません。

米国との交渉

日本はCPTPPおよびEPAの批准にも成功しました。前者の中で米国とも交渉しましたが、交渉の範囲を最小限に絞ろうとしています。農業と自動車が主要な課題です。米国での自動車生産コストは新北米自由貿易協定(新NAFTAまたは「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」)のために上昇しつつありますが、同協定はまだ批准されていません。新NAFTA(またはUSMCA)には非市場的経済について許容し難い見解も記されているのです。

結論を言うと、米国の貿易政策は直接的な経済的損失が生じる点と、ルールに則った貿易体制を後退させるという点の2点で危険と考えられます。一方、日本は保護主義の台頭を食い止めるためにメガFTA戦略をとっています。さらに、新興経済は貿易に関する多くの課題を抱えていますが、解決のためには関税を課すよりも国際ルールに加わるべきと考えています。

パネルディスカッション

モデレータ

Shiro ARMSTRONG(RIETIヴィジティングスカラー/オーストラリア国立大学豪日研究センター長)

貿易戦争にどう対処すべきか

戸堂 康之(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学政治経済学術院経済学研究科教授)

貿易戦争の原因

近年保護主義が台頭してきています。その背景には所得格差が考えられますが、それだけでこの現象のすべてを説明しきれない点を強調したい。グローバリゼーションの受け止め方についてのある調査によれば、国際貿易は雇用を創出するとした回答者は米国、欧州とオーストラリアで全体の30~40%だったのに対し、雇用を破壊すると見る回答者は約40%でした。韓国とインドネシアでは50%以上の回答者がグローバリゼーションを支持しましたが、日本では貿易が雇用を創出するという回答は20%にとどまり、35%以上が貿易は雇用を破壊すると回答しました。特に日本の回答に着目すると、20%以上の人々がグローバリゼーションによって利益を得ているにもかかわらず、グローバリゼーションには反対しているのです。

研究によれば、この一因は人類が本質的に閉鎖的な生き物だからかもしれません。1万年前、人類はせいぜい100人の小さな集団で暮らしていました。集団の内では人々は強い信頼の絆で結ばれ生き延びるために助け合って暮らしていました。しかし小集団の外では他の集団を含む他者に敵意を抱いてきました。これもまた生き延びるためです。このような過去の閉鎖的な行動様式が、ある程度人間の本質的な特徴となっているのかもしれず、これが経済的利益を別にして、人々がグローバリゼーションに否定的な反応を示す主因の一つかもしれません。

社会での経験が心を開く

西南学院大学の山村教授の最近の研究で、社会的な経験が人間の意識に非常に大きな影響を及ぼすことが明らかとなりました。その研究によると、幼少期にチームスポーツに参加した人間は非認知能力が発達している――すなわち人を信頼し競争に高い価値をおく傾向が強く、実際にグローバリゼーションと自由貿易の原則をより支持する結果となっています。この研究が示唆するのは、社会での経験によってグローバリゼーションの重要性の認識を高めうる、ということです。

貿易戦争にどう対抗するか

保護主義は悲惨な結果をもたらしかねません。1920年代の出来事を振り返ると、第一次世界大戦後に多くの国は関税を引き上げ、経済圏を作りました。これにより世界経済は分断され、悲惨な結果が生じ、やがて第二次世界大戦に至ったのです。このような悲惨な結果を軽減するために、いくつかの政策が実施されなければなりません。所得格差を緩和する政策は必須です。それは旧来の産業分野の労働者を再教育・訓練し、より時代に即した分野で働けるようにすることで達成できるのです。そのためには柔軟な労働市場も必要です。また、より開かれた考え方を普及させる政策も必要です。例えば、人々にグローバリゼーションのもたらす利益について教え、社会的な経験をもっと積むよう促さなければなりません。学生、社会人、研究者や政策担当者の交流プログラムにより経験を積むことで、グローバリゼーションへの支持を高めることができるのです。

ディスカッション

ARMSTRONG:
これまでのところ、日本は保護貿易主義の台頭とは無縁でしょうか。

戸堂:
日本でも、特に農業分野において強固な保護主義が見られます。日本が貿易交渉で真にリーダーシップを発揮するためには農業市場を開放しなければなりません。

ARMSTRONG:
日本は貿易とグローバリゼーションがもたらす利益を米国よりも適切に分配しているでしょうか。日本の方がより優れた社会的セーフティネットを構築しているでしょうか。

戸堂:
米国では中国からの輸入が付加価値生産と雇用に打撃を与えたのに対し、日本では中国からの輸入は生産と雇用を増やしました。違いは中国との貿易の構造にあります。日本は中国から部品やコンポーネントを輸入し、高付加価値製品に組み立て、他の国に輸出します。日本にとって中国からの輸入は多くの場合利益を生みますし、中国は経済面で大きな脅威ではありません。

ARMSTRONG:
米国の中国に対する貿易関連投資に係る苦情は正当でしょうか。

Lurong CHEN(ERIAエコノミスト):
個人的には、苦情を貿易戦争や緊張をエスカレートさせるための理由や口実に使うことは適切ではないと思います。中国は過去30年間に驚くべき経済成長を遂げ、極貧状態にある国民の比率を大幅に減らしてきました。一方で、知的所有権侵害や技術移転の強要がまったく起きていないという確信は持てません。いずれにせよ、経済市場の規制状況には改善の余地があり、中国は長期的経済成長を支えるためのイノベーション能力を向上する必要があります。

ARMSTRONG:
関税については、米国と中国の間の貿易だけの問題でしょうか。それとも私たちももっと関心を持つべきでしょうか。

小野寺 修(経済産業省通商政策局通商交渉官):
貿易措置の影響が及ぶのは米国と中国だけではなく、これはグローバルな問題です。国際通貨基金(IMF)は2018年10月の「世界経済見通し」において、経済協力開発機構(OECD)は2018年11月の「経済見通し」においてGDP成長率が低下するだろうと予測しましたが、その主因として掲げたのは貿易緊張の高まりと世界経済を取り巻く環境の変化です。

ARMSTRONG:
世界一位と二位の経済大国が繰り広げる貿易戦争が他に波及する恐れはあるでしょうか。

戸堂:
関税戦争や貿易戦争は伝播性があります。国際経済学では、ある国が関税を上げれば他の国々も自国の利益を向上させるために関税を上げようとする、とされています。現在の貿易戦争は非常に悪い結果をもたらす可能性があるため、私たちは米中を止めなければなりません。

小野寺:
現時点までの対抗措置は相対的に抑制的で、波及はほとんどしていませんが、一部の国々が障壁を導入しはじめれば、広がるリスクは高くなるでしょう。現時点までの貿易システムの信頼性や、各国がWTO改革について合意したことからは、全体として引き続き現行のシステムを信頼していくということが言えるでしょう。

CHEN:
米中の貿易緊張がどれだけ伝播するかは、両国がどのような動きに出るかだけではなく、世界の他の国々がどのような行動に出るかにかかっています。重要なことはWTO改革を推し進め、世界が一丸となってルールに則った貿易システムを改善することです。包括的でかつ正しく機能する貿易システムは、現在の貿易緊張を解消させるのに役立つでしょう。

ARMSTRONG:
貿易相手国に関税を引き上げられた国は何をすべきでしょうか。何もしない、何とか乗り切る、取引する、または報復する、どうでしょうか。

CHEN:
明らかに、何もしないという選択はできません。地域全体にとっての共通の利益を見極めたうえで、地域にとって最善の結果をもたらすような選択をすることが重要です。今やデジタル化の新しい時代を迎えています。米国は、雇用や利益に脅威をもたらすのは中国、日本または他の国ではなく、人工知能(AI)やロボットであることを理解すべきです。技術進歩のグローバルなトレンドは、国々が連携し協力し合う原動力となるべきです。

ARMSTRONG:
もし自動車の関税が引き上げられたら日本はどうするでしょうか。

小野寺:
まだそのような事態に直面していないので、直面したその時点で何をすべきか考えるべきでしょう。自動車に対する関税引き上げは鉄鋼やアルミニウムに対する関税と比べ桁違いに大きな影響を日本経済に与えます。日本は米国に働きかけ、関税引き上げを行わないよう話し合いを行ってきました。交渉は2019年1月から始まります。

CHEN:
私はそれについては楽観しています。過去に日本は関税対策として国際分業を行いました。自動車産業では現在、IoTとネットワーク接続型自動車を組み合わせて情報共有を行うなど、競争の性質が変化しています。そのため、たとえ関税が引き上げられたとしても近い将来、自動車の価格変動は今日試算しているよりも小さくなるでしょう。むしろ、より大きな脅威は非関税措置、例えば国家安全保障を理由にした措置などでしょう。

戸堂:
経済的な利益や損失の面では、自動車産業は農業より規模が大きいので、日本としては自動車に対する関税を避けるよう努めなければなりません。他方、農業市場を今より開放する手立てはまだありますし、開放によって経済全体の効率性が増して日本が利益を得る可能性もあります。

小野寺:
日本が輸入農産物に対して市場を開放していないというのは正確ではありません。事実、日本は世界でも最大の農産物輸入国の1つです。日本政府は地方経済の多機能性に農業が果たす役割という課題に関連し、補助金を出しています。TPPの交渉過程で日本は市場を段階的に開放してきていますし、今後も秩序ある変革の一環としてその動きを続けていく必要があります。その先には農産物輸出も視野に入れられます。

ARMSTRONG:
過去において、日本は農業セクターや保護主義のために、自由化を促進する国際的なFTAを締結しづらい状況に置かれていました。しかしTPP-11により日本は段階的に開放されていくでしょう。

CHEN:
自動車産業では、新たなテクノロジーが競争力を後押ししています。日本企業もイノベーションを加速させるべきです。日本は自動車において革新的な技術進化を達成しているので、米国はたとえ自動車関税を引き上げたとしても、むしろ自動車産業の技術の最先端から取り残されてしまうことになりかねません。他の途上国にも役立つ教訓です。すなわち、イノベーション能力は貿易緊張の局面において自国を守るのに役立ちます。

ARMSTRONG:
個々の国が協力し合うことで何か対策ができるでしょうか。数カ国で連携し現状を維持するために行動すべきでしょうか。

戸堂:
先に触れたFTAや多国間合意の努力に加えて、アジア太平洋諸国間での国際交流の重要性を強調したいです。学生の交換留学をもっと増やすことです。中国からの留学生がオーストラリアの大学にどのような影響を与えたかに、実は大変興味があります。

質疑応答

質問1:
もし米中の貿易関係が今後も悪化し続けた場合、東アジアの域内貿易・投資にどのような影響を与えると思いますか。

戸堂:
アジアの国々は貿易転換によって利益を得るかもしれません。同時に世界経済全体は貿易戦争によって縮小するかもしれません。

CHEN:
輸出が減る一方、貿易緊張によって生じた貿易の転換が他のアジア太平洋諸国のバランスシートにプラスの効果をもたらすかもしれません。しかし貿易緊張がより大きな影響を及ぼすのは投資です。不確実な環境下では公共セクター・民間セクターともに投資をためらい、結果として世界全体に長期に及ぶ損失が生じます。

小野寺:
貿易緊張によって、生産性は以前ほど高くならない可能性があります。他の地域に対するアジア諸国の生産性の比較優位性がいくらか低下するかもしれません。しかし投資に対して比較的寛容な環境を有するアジアの国は、貿易緊張から利益を得るだろうという見方もあります。

質問2:
アメリカの研究者はトランプ政権下の自由貿易をどう捉えていますか。日米の文化の違いは自由貿易に影響を与えるでしょうか。また、日中の接近は自由貿易に影響を与えるでしょうか。

小野寺:
高学歴層はトランプ大統領に反対する傾向が強いです。高学歴の人々の方が低学歴層よりグローバリゼーションを支持する傾向が強いということは世界的に証明されています。従ってほとんどのエコノミストはトランプ大統領の政策に賛意を示していません。しかし一般的な開放性については国によって文化的な違いが非常に大きく、米国内でも格差があります。従って一律にこうだとは言えず、より深く検証する必要があるでしょう。とはいえ、(後に)米国の著名な経済学者たちによる中国からの輸入に関する多くの論文が経済に対するマイナスの影響を認めており、実質的には保護主義的措置を支持しているように思えます。

ARMSTRONG:
米国政府では、トランプ大統領支持派で中国との経済的関係を擁護する人物が減少するという変化が起きています。貿易戦争がデカップリング(分断)にまでエスカレートする危険はあるでしょうか。

CHEN:
多くの中国人研究者は、米国政府の政策はトランプ大統領の後も少なくとも短期的には変わらないだろう、と見ています。米国の大統領はすべて選挙中に対中強硬姿勢をとっていましたが、現大統領はそれを極端まで推し進めてしまいました。確かに中国には解決・改善すべき問題が多くありますが、重要なのは中国が引き続き公正で開かれた市場を目指して変化していくことです。貿易戦争や貿易緊張は解決策にはなりません。

ARMSTRONG:
もし中国が知的財産権保護法を強化し、技術移転政策を廃止し、米国が憂慮している措置等をすべてやめたならば、米政府の緊張緩和や態度の軟化につながるでしょうか。それとも(現政権の政策は)世界一の経済大国の地位を追い抜かれる恐怖に起因しているのでしょうか。

小野寺:
中国と米国の貿易関係は非常に広い範囲にわたっているので、障壁が設けられたとしても、相当な取引が障壁にもかかわらず続けられるでしょう。また両国とも、米中を主要な貿易相手国としている他の国々とも貿易関係にあるので、デカップリングは容易ではありません。どんな形であれ、デカップリングは米中両国とビジネスをする企業に多大な負担をかけることになり、費用増加や投資への悪影響をもたらすでしょう。経済的には、米中は相互利害関係を有しているため、貿易緊張があったとしてもデカップリングにまでは至らないでしょう。

質問3:
日米両国がウィンウィン関係になるFTA交渉をすることは可能でしょうか。その場合日本はどのような利益を得るでしょうか。現在の関係は一方的で米国に利があります。

小野寺:
究極的には、どのような協定であっても最終的には双方にとってウィンウィンです。

ARMSTRONG:
合意が行き詰まった際のリスクとしては、日本の自動車に対する関税もあり得ますし、ほかにも現在は米国の傘に依存している日本の安全保障にも大きな影響があります。トランプ大統領は経済と安全保障を1つに考える傾向があり、経済交渉で使うツールを安全保障の手段として使います。例えば、自動車への関税を回避できたとしても、不公平な管理貿易を受け入れることになったとしたら、それでもすべての取引はウィンウィンと言えるでしょうか。

小野寺:
貿易協定の交渉に関しては、達成したい複数の目的を策定し、さまざまな問題について妥協点を見出し、結果を有権者に受け入れてもらうよう努力します。

質問4:
世界中が貿易戦争やWTO改革のような難しい問題に取り組むなか、日中の協力関係は活気づいているように見えますが、そこに何を期待しますか。

戸堂:
日中両国の協力は重要です。アジア開発銀行(ADB)とアジアインフラ投資銀行(AIIB)は複数のインフラ・プロジェクトで協力しています。こうした協力を通じて相互理解を促進することが出来ますし、ひいては二国間協力によい影響があるでしょう。

小野寺:
米国はこれからも日本にとって、経済と安全保障における随一のパートナーです。しかし巨大な隣国である中国とも良好な関係を保つ必要があります。過去に歴史問題が友好関係の妨げとなっていましたが、それでも経済関係は比較的良好でした。今では中国は全般的により前向きな関係を受け入れているように見えます。つまり、日本は米中双方と友好関係を保たねばならず、一方を選ぶという選択肢はありません。

ARMSTRONG:
日本と中国は驚くほど経済面で相互依存しています。

CHEN:
中国経済はまだ発展の途上にあり、国内の改革をさらに進めるためには日本やオーストラリアのような国々からの支援が必要です。二国間においても、地域の中での関係においても、そうした支援は長期的友好のためにとても重要です。

質問5:
アジア諸国の利益を考えた場合、WTO改革の優先事項は何でしょうか。

小野寺:
ドーハ・ラウンドからの教訓は、一度に全部の目的を達成しようとするのは不可能だということです。参加国が増えたこともあり、コンセンサスを得て合意に達することは難しく、貿易環境の大きな変化に対応することができなくなっています。今後はジュネーブでのWTO交渉に加えてG20やAPECのプロセスを用いて段階的な変更がタイミングよくできるよう十分な後押しをすることや、特定の分野について共通した考えを持つ国々で取り決めを進めることも必要でしょう。

CHEN:
包括合意を達成しようと野心的になりすぎるよりも、最も重要な目標に基づいた合意を達成するための優先分野を設定するべきでしょう。また、問題に関して公共の関心を喚起する、例えばソーシャルメディアへの書き込みや関与を強化することも、政治的な取り組みを進める上で有効かもしれません。

ARMSTRONG:
二国間や小規模な協定の交渉にかなりの政策処理能力が費やされてきました。国際貿易システムが大きな危機を迎えつつあるなか、G20サミットも控えています。貿易の透明性や貿易政策の見直しなど、容易で早期に解決する課題に政策手腕を集中し直し、その上でその他の必要な課題に引き続き取り組むべきです。

小野寺:
中国に対し、さらに大胆な内政改革を進めると同時に現行の貿易システムの維持により貢献することが最も国益にかなうと説得することこそ、WTO改革推進のカギになります。

質問6:
貿易戦争に対する多国間および一国単独での解決方法についての質問です。喫緊の問題についてその解決策を探る中で、多国間交渉は助けになるでしょうか、それとも妨げとなるでしょうか。また東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は、重要なのでしょうか。これにはどのような意義があるでしょうか。低い基準での合意となるのでしょうか。解決方法を模索する上で多国間交渉はプロセスを促進するでしょうか、それとも妨げとなるでしょうか。

小野寺:
WTO参加国全体に緊急性を認識してもらえれば、いくつかの国が小さなグループを作って協力することで進展が可能になり、その結果、小規模でも実施可能で比較的バランスのとれたルールを策定することが可能になります。それが主要国の小さなグループだけにしか適用されないとしても、他の国はそうしたルールが実際にどう適用されるかを確かめてから参加することが出来ます。その他の改革では、RCEPが今後高い基準での合意となり、自由で公平な貿易ルールに貢献するような枠組みになるよう期待しています。

CHEN:
RCEPは世界の貿易システムにとって重要ですし、とりわけASEANと東アジアにとっては大変重要です。交渉が長くかかったとしても、その分実施が円滑ならば辛抱強く待つだけの価値があります。WTOに関しては、複数国間的アプローチを用いた多国間主義だとよく言われます。自由化の推進や、新たな分野の自由化について一部のメンバー国が先に合意を調印し、後から他の国がそれぞれに適したタイミングで参加する余地を残すというやり方です。これは柔軟で現実的な代替案です。

質問7:
もし米国と中国が取引するとしたら、どのような取引が考えられますか。もし取引の中に重要な優遇措置が含まれるとしたら、国際的な貿易システムはどのようなダメージを受けるでしょうか。米中以外の私たちはそれにどのように対処し、米中の取り決めを多国間の枠組みでどのように展開すればよいのでしょうか。

小野寺:
もしもFTAを締結していれば、関税の割り当てをする場合があるでしょう。FTAを締結していない場合は、WTOの下では先ほど申し上げたような管理貿易は許されません。現状のWTOの紛争解決制度を用いるべきかどうかはその時点の政策担当者が決めねばならないでしょう。

ARMSTRONG:
日本やオーストラリアのような国々は、中国が多国間の解決方法を模索するよう促すべきでしょう。中国は、WTOに合致した最恵国(MFN)ベースで開放することにこれまで前向きな反応を示しています。

総括

ARMSTRONG:
台頭する保護主義の真の原因に対処するために私たちがそれぞれ自国ですべきことは何なのか、という視点を失ってはいけません。また、グローバリゼーションのもたらす利益が社会全体へ普及するよう目を光らせ、きちんと機能する社会的セーフティネットを構築し、教育を通じてグローバリゼーションが有益であることを国民に周知し、そして、恵まれない人々の再教育を行わなければなりません。国際社会において、日本はG20の議長国であり、米国と中国の一時休戦への道を模索し導かなければなりません。世界の他の中堅国、特にこの地域の国々が結集し、それぞれができる限り積極的に協力し合うことが肝要でしょう。