RIETI政策シンポジウム

日本の雇用システムの再構築―生産性向上を目指したAI時代の働き方・人事改革とは(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2018年4月10日(火)13:30-17:30(受付開始13:00)
  • 会場:全社協・灘尾ホール(〒100-8980 東京都 千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビル1F)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

働き方改革は政府主導から民主導のステージに移行した。長時間労働を抑制するだけでなく生産性や創造性を高める、日本の雇用システムそのものを見直すなど、大胆な改革が求められている。さらにAIのような新たな技術にどう立ち向かうのか、それを人事にどう生かしていくのかも大きな課題となっている。本シンポジウムでは、「日本の雇用システムの再構築」をテーマに、ヒューマンリソース(HR)テクノロジーの専門家、活用企業担当者、行政担当幹部が研究成果を報告するとともに、AI時代の働き方・人事改革の最前線について意見を交わした。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

昨今、わが国では非正規雇用の処遇や、正規雇用者の長時間労働の改善など、働き方改革が早急に求められている。改革を進めるには、労働時間削減だけでなく個々の従業員の時間当たりの生産性や創造性を高める視点が不可欠である。また、日本の雇用システムの根幹にある無限定正社員システムや後払い賃金システムを見直していく視点も重要だ。さらには、AIの進化によって人間の仕事が奪われるなどの懸念も浮上している。そんななか、雇用・人材教育・人事においてどのような対応がされるかという点は、非常に興味深い。

RIETIでは、「労働市場制度改革」をテーマに研究プロジェクトを進めている。本シンポジウムでは、(1)日本の人事システムの見直し、(2)AIを活用した働き方改革、(3)企業内データを活用した働き方と生産性の改善について、各専門家から研究成果を報告する。AI時代の働き方・人事改革について、皆さまのご認識を深めるとともに、働き方改革の一助になれば幸いである。

本日のシンポジウムが日本企業のクロスボーダーM&Aについての皆さまの認識を深めるものとなり、課題の改善につながれば幸いである。

第1部:報告「日本の雇用システムの再構築」

報告1 「日本の雇用システムの再構築―総論」

鶴 光太郎(RIETIプログラムディレクター/慶應義塾大学大学院商学研究科教授)

日本の雇用システムの特徴

日本では勤務地、職務、労働時間が限定されていないという無限定性が欧米諸国と比べて顕著である。この無限定正社員システムは日本の雇用システムに「柔軟性」を与え、企業側にとっては解雇回避、技術変化への対応に貢献したが、働き手側にとっては働き方の選択肢がないという欠点をもたらした。これが長時間労働や女性の就業・家庭の両立の困難などの問題を引き起こした。

そこで、「ジョブ型正社員+夫婦共働き」をデフォルト化するとともに、ICTを徹底的に活用するなど、雇用システムの根本を正していくことが必要だ。無限定正社員システムは法律で定められたものではないが、深く根ざしてしまっている。これを変えるには、法令で時間外労働を規制する、賃金システムを是正するなど、ビッグ・プッシュ・アプローチが必要である。

転勤に関する調査では、転勤経験者にはスキル(習熟度)が高い、昇進スピードが速いなどの特徴が見られた。スキルがあるから転勤させる、転勤することでスキルが向上するといった相互作用もある。「メリットが上回る」と答えた人が多い一方で、本意でない場合も多い。特に制度が整っていない組織では不満も多い。また、定年に関する調査では、賃金や仕事満足度の低下など、消極的な印象が強かった。

働き方改革と生産性向上の両立

労働時間を減らすだけで、働き方が変わらなければ、単にアウトプットが減ってしまう。そこで時間当たりの生産性・創造性を向上させることが必要となる。テレワークなど場所や時間にとらわれない働き方や、休息・休暇をしっかりとることが重要になってくる。

ICT・HRテクノロジーの活用によって、ホワイトカラーでもインプット・アウトプットの可視化ができるようになり、個々の成果を定量的に測れるようになった。無駄を省けるうえに、個々の従業員においてブラックボックス化されていた仕事が、誰にでもできるようになり、効率性が向上する。

AI時代の雇用システム構築に向けて

技術革新によって消滅する仕事もあるが、同時に新たな需要も創出される。そこでいかに働き手がAIと補完的な関係を築くかが大切となる。AIは答えを出せるが、そこに至る理屈を持っていない。AIは人間を代替するのではなく、人間が「AIと補完的になれるようなスキル」を伸ばすために利用する手段にもなる。

AIによって従業員の行動が丸裸になるという議論もある。プライバシー問題と生産性のバランスをどうとるかがこれからの課題となるだろう。

報告2 「AIを活用した補完的イノベーションとしての働き方改革」

山本 勲(RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

働き方改革の必要性と意義

長時間労働などに代表される、かつての日本的雇用慣行はもはや万能ではなくなり、ワークライフバランス施策の導入、女性活躍推進、健康経営、雇用の流動性向上など多様な改革が必要になってきている。実証研究の結果、新たな人材活用モデルへ転換した企業ほど生産性(TFP)や利益率が高くなっている傾向が明らかとなった。少子高齢化やグローバル化、急速な技術革新などの大きな環境変化が生じている中では、時代による環境変化への迅速な「対応」が重要であり、働き方改革・人事改革・AI利活用などの「対応」によって、生産性を高めていくことが重要といえる。

AI利活用による働き方改革の可能性

これまでのICT普及によって、雇用はルーティンタスク(単純作業・事務、中賃金)において減少し、ノンルーティンタスク(知的労働、高賃金/肉体労働、低賃金)で増加する二極化が起きたと指定されている。AI普及の影響を考える上でも、労働者が従事するタスクの種類に注目するといい。

科学技術振興機構・社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)での企画調査で実施した定量分析によると、情報技術の導入段階が進んでいるほど、また、ルーティンタスクの要素が小さいほど、賃金や仕事のやりがいなどでプラスの影響が出る一方で、ストレスの増加といったマイナスの影響も混在することがわかった。また、IT/AIのリテラシー・スキル、やり抜く力(性格特性)が高いほど、新しい情報技術の普及によるプラスの影響を受けやすいようだ。

さらに、インタビュー分析の結果、AIの活用・導入のうち、ルーティン的な要素の小さいタスクに労働者が特化して生産性を高めようとするものも多く、そうした事例は「人とAIの協働」を企図したものであり、雇用を奪うものではないこともわかった。しかし、導入には利用者・現場のニーズや納得感が不可欠であり、そのためにも、利用者・現場のリテラシーやスキルを高めることが必要で、働き方改革を推進する手段にもなることも明らかになった。

日本の労働市場の特性とAI普及の影響

日本において、ICT普及に伴う雇用の二極化の現象は欧米に比べて明確ではない。また、日本ではルーティンタスクが相対的に多く残っている可能性が指摘されている。日本的雇用慣行のもと、日本にはジェネラリストとして多様なタスクを担う正規雇用者が多く、また、雇用の調整費用も大きいため、短期的に見ればAI普及の影響は生じにくいと予想される。しかし、中長期的にはAI普及の影響が大きく生じることも危惧される。また、高いスキルを必要としないルーティンワークを多く担う非正規雇用については、AI普及によって、急激な雇用代替が生じるリスクが懸念される。

報告3 「企業内データを活用した働き方と生産性の改善」

大湾 秀雄(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学政治経済学術院教授)

中間管理職の評価

人事部門には、人材難、女性に対する統計的差別、遅い昇進制度などさまざまな課題がある。また働き方改革が進行するなかで、従業員は絶えず業務フローの変化に対応しなければならない。それらの課題を解決するため、個人ではなくチームで働き、業務の効率化を図ることが重要だ。

人事機能の分権化が進むにつれ、中間管理職に要求されるスキルは高度化してきている。中間管理職が部下の生産性に対して持つ影響についての研究では、個々の従業員の生産性は本人の能力だけでなく上司が大きく影響を与えていることがわかった。経験による学習効果が低く、悪い管理職をトレーニングするより、良い資質を持った管理職を選抜することが大事だという私達の研究もあるが、適切なトレーニングが提供されていない可能性もある。良いリーダーの行動特性には、計画性、フロントローディング(早めに調整を行い、方針を確立する)、コミュニケーションの3つの特徴が見られた。管理職の評価においては、部下による上司の多面評価、上司と部下の組み合わせが非常に大事であるということを強調しておきたい。

早期すり合わせの効果

多くのBtoB事業において、関係者間の認識のずれが無駄な業務を発生させ、長時間労働の原因となっている。ある自動車部品メーカーの研究では、早期すり合わせにより、残業が減り、業務の質が改善した。また情報共有を通じてチームでの問題解決を容易にすることで、属人的な経験への依存をなくした。

研修と育成

日本では、伝統的に年次ごと職種ごとに全員が受ける研修が多かった。しかし最近は、選抜型研修、自己研鑽型が増えている。選抜型研修は急速にグローバル化している企業、新規事業参入企業に多く、自己研鑽型はITなど急成長企業に多い。研修の効果を測定するためには、誰がどんな研修を受けたかをデータベース化することが大切である。また、参加したグループと参加していないグループで比較検証するなど、実験手法を用いることも効果的である。また事前に評価指標を定めておくことが重要だ。

これからの時代において、データ活用は不可欠だが、AIに過度の期待をすることは禁物である。AIに学ばせるデータは人間が判断しているため、間違いが起きないわけではない。時代や環境によって結果が異なることもあるため、定期的に見直す必要がある。現場を知る社員が関与し、目的を明確にすることが大切だ。また、AI活用の目的をよく考え、社員の不利益になるような利用は避けるべきである。

Q&A

Q1:働き方改革をしている企業と、していない企業の業績の違いについて、どのように評価したのか。

A1(山本):いくつかの計量経済学のツールを使って、可能な限り因果関係を特定している。

Q2:AI活用はルーティンワーク、非正規雇用に打撃というが、どんな対策をすればいいのか。

A2(山本):従業員の再教育が大切。分野によっては人手不足が進行しているため、転換を促すことも必要。

Q3:過剰なサービスによる長時間労働を見直すべきではないか。

A3(山本):重要な指摘だが、改善はなかなか難しい。サービスに対する対価が得られればいいが、同時に価格競争が足かせとなっている。労働問題に落とし込むことで、クライアントの理解を得られるといい。大手企業が主導すれば、中小企業にも普及する。

Q4:正社員の女性比率とROA(総資本利益率)の関係について、なぜ4割以上になると利益率が下がるのか。

A4(山本):女性が4割以上いる企業は少ないので、データが正確でない可能性もある。また比率を多くすればいいわけではなく、環境が整っていないのに数だけ増やすと色々な問題が生じる。

Q5:生産性が低い社員にルーティンワークをやらせる状況について、今後どうなるか?

A5(山本):解雇しにくいことを理由にルーティンワークを人が行うことを続けると、機械に代替して効率化を進める他国企業と比べて競争力が落ちてしまう。うまく再教育をするのが前向きな解決法だと思う。

Q6:人事部に統計リテラシーが必要というが、具体的にはどうしたらよいか?

A6(大湾):人事部にも、統計学の知識を持つ人を配置し、データ活用への意識を高めることが大切。

Q7:兼業・副業の自由がない。

A7(鶴):「働き方改革」には多様性が必要。労働時間を適切に管理するために、新しいテクノロジーを活用することが必要だが、兼業・副業が生産性の向上につながるデータもあり、単に管理するだけでなく、個人の能力を最大限に活用することに前向きになることも大切である。

Q8:中小企業ではジョブ型を導入することは難しい。また世代間でも考え方が違う。

A8(鶴):大企業と中小企業は分けて考えた方がいい。また若い世代から変えていくなど、それぞれに合わせて考える必要がある。

第2部:パネルディスカッション「HRテクノロジー・AI活用と働き方・人事改革」

パネリスト(ご登壇順)
  • 中尾 隆一郎(株式会社FIXER執行役員副社長/株式会社旅工房取締役/元リクルートワークス研究所副所長)
  • 福原 正大(Institution for a Global Society株式会社代表取締役社長/一橋大学大学院特任教授/慶應義塾大学経済学部特任教授)
  • 伊藤 禎則(経済産業省経済産業政策局産業人材政策担当参事官)
  • 山本 勲(RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)
  • 大湾 秀雄(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学政治経済学術院教授)
モデレータ
  • 鶴 光太郎(RIETIプログラムディレクター/慶應義塾大学大学院商学研究科教授)

プレゼンテーション1 「企業内外データを活用して生産性を高めた事例 スーモカウンター」

中尾 隆一郎(株式会社FIXER執行役員副社長/株式会社旅工房取締役/元リクルートワークス研究所副所長)

私が携わっていた不動産事業はいわゆる接客業であり、生産性が低いといわれる職業だが、ITを活用したナレッジマネジメントで生産性を大きく向上させることに成功した。全国に店舗があるため、いい例を他店舗に適用した。まずは対応件数、成約件数、顧客の声をデータベース化し、各アドバイザーのレポートを出力する。それを基に、店長と強化内容を確定し、テキストでなく映像とロールプレイによる反復学習を行った。またアドバイザーが毎月マニュアル改善のアイデアを提出して更新し続けた(完成しないマニュアル)。一部を流用するのではなく、「徹底的にパクる」という組織文化がある。これにより、新人育成期間は短縮した。新社員がデータから学べることで教育に割く時間が減った。またアドバイザーは女性が多いため、残業が減ったことで復帰率が高まった。さらには生産性を改善しながら経費は削減できた。

プレゼンテーション2 「AI×ビッグ・データ活用ツール GROW」

福原 正大(Institution for a Global Society株式会社代表取締役社長/一橋大学大学院特任教授/慶應義塾大学経済学部特任教授)

IGSはAI×ビッグ・データを生かした、産学連携で事業を進めるベンチャー企業。GROWは360度評価×AI×ビッグ5(特許取得)を活用した人材ツールで、人事採用、人事分析で活用されている。

AIとビッグ・データを利用すると新しい知見が得られる。ある企業の新卒採用において、経営陣のイノベーション人材を採用したいという意向に反し、1次面接者は学歴・論理性を理由に人選しており、逆に共感力や創造性を嫌う傾向が明らかとなった。こうした現状分析結果から、さまざまな企業に対し、人事採用や人材育成・研修についてアドバイスをしている。

現在は企業単位で人材研修の仕組みをつくっている。能力を可視化し、足りないスキルのみを研修することで費用対効果が上がる。これを国レベルでできれば、可能性はますます広がっていく。最終的には、国レベルのビッグ・プッシュで日本の労働需給ミスマッチを抑え、生産性を大きく高めてほしい。

プレゼンテーション3 「AI時代/人生100年時代の働き方改革・人事改革について」

伊藤 禎則(経済産業省経済産業政策局産業人材政策担当参事官)

現在の経済政策の最大の課題は、資金ではなく、人材をどう活用するか。我々は2つの大きな変化、つまり人口動態の変化、技術・産業構造の変化に直面している。まさに第4次産業革命である。AIにより失われる雇用もあれば、新たに生まれる雇用もある。AIと人間は対立するものではなく、AIを活用して付加価値を高められるかどうかで、個人と企業の明暗は分かれる。

これからの働き方改革では、生産性やエンゲージメント、モチベーションが注目される。ポイントは、(1)成果とスキルで評価すること、(2)働く人のニーズや価値観の多様化に対応して働き方も多様化(テレワーク、フリーランス、兼業・副業)すること、(3)生涯にわたる人材投資(「学び」の重要性)の3点。働きながら学ぶことの重要性が増しているなか、政府も「リカレント教育」に対し、職業訓練改革、大学改革の具体策を検討している。企業にとって社員は付加価値の源泉。社員と会社との「新しい関係」をどう築くかが問われている。「AI×データ」は企業の人事を大きく変えるポテンシャルを持っている。人事と経営が融合しテクノロジーを活用することで、働く1人1人の能力と喜びを解き放ち、企業を成長させることができるだろう。

パネルディスカッション

鶴:AIの普及で雇用は奪われるのか

大湾:AIを使える人をどれくらい増やしていけるかが重要。必要なスキルが変化するなかで、それに対応する柔軟性が求められる。また企業に関する知識を理解している人と、テクノロジーを理解している人との補完性が強まり、これまで以上に人材育成に投資されることが予想される。チームの活用も進むだろう。離職率への影響は判断が難しく、業務の可視化により高まる可能性もあるが、人的資本の重要性が高まることや採用のマッチング効率が向上することで下がる可能性もある。

中尾:AIは専門家だけのものでなく、一般的な人々も使えるものになった。使うか使わないかの問題であり、スキルは関係なくなってきた。そのため、失業率には影響がないと考えている。

鶴:どうすれば生産性が高まるか伺いたい。

福原:付加価値の向上と、労働時間と人件費の削減が重要。人事は人間がやらなければならないというのは思い込み。人間の暗黙知をビッグ・データとAIで形式知化することが大切だ。まずはそのベースを作ることが必要である。

伊藤:人口が減り、労働時間が制限されるなか、生産性の向上以外に解決方法はない。これまで以上に「得意なこと」にフォーカスさせることが大切。人間の苦手とすることをAIにやらせることもそうだが、人間同士でも同じことがいえる。また中小企業がAIやITに投資できるようにする政策も必要だ。個人において、得意分野を増やすことも必要。2月にモデル就業規則で解禁された兼業・副業にも注目している。また生産性の「測り方」にも工夫が必要である。

鶴:AI時代の人材育成の在り方についてどう思われるか。

中尾:データが簡単に手に入るからこそ、リテラシーが必要だ。やり抜く力も大切だが、まずは早く始めることが大切。日本はそこが弱い。せっかく手に入る技術があっても、導入するまでに時間がかかる。

福原:個人を客観視(データ化)することが大切。データ化した上でAIを使えば、個別にどのような教育が効果的かすぐにわかる。Eラーニングなど、無料で学べる機会が増えているからこそ、個別の教育や学び方が重要となる。

AI時代に生き残れるかという質問に対し、多くの学生(特に文系)が不安を覚えている。高等教育を見直す必要がある。

山本: AIに対するリテラシーが不足している。AIとは何かから学ぶことが必要と思われる。

大湾:非認知能力の認知が大切。スキルを定義することで、マッチングの効率性が高まる。タレントマネジメントのなかで、非認知能力も含めて評価することが肝要だ。

鶴:採用にAIを活用することについて、学生からの納得感が低いという人がいるが、非採用の理由や改善策が明確にできれば、逆に学生のためになる。

鶴:過去の結果をデータにまとめる際、人間のバイアスが入ってしまう危険性がある。また、あらゆるデータを取ることで、プライバシーの問題が発生し、従業員の不利益になる可能性もある。すると、モチベーションの低下が起こり、生産性を下げるかもしれない。AI時代の新たな課題について伺いたい。

山本:AIで大事なのは暗黙知を形式知に変えること。スキルの可視化によって、企業は全員をハイパフォーマーにしたがるが、もともと優秀な人材は自分の手の内を明かしたがらないかもしれない。また非認知能力など、訓練などで変えにくい能力までも可視化されてしまうと、人権問題につながる懸念もある。

福原:人権問題については気を付ける必要があるが、ビッグ・データとAIの利用で個人の可能性が広がるので、楽観視している。

中尾:バーチャルリアリティの推進で偏見、差別がなくなって、意味のない不利益がなくなればいい。

大湾:中尾氏に質問だが、徹底的にパクられた人はどのような褒美をもらえるのか?

中尾:徹底的にパクられた人は「感謝される」仕組みができている。誰の功績かが記録に残る。現在は企業間を超えて取り組んでいるが、現場は心配するほど抵抗はない。

伊藤:AIには莫大なデータが必要。データリテラシーを高めるため、2020年に学習指導要領が変わり、小学校でプログラミング教育が必修になる。人事においては、AIを活用するからこそ、これまで以上に社員の「思い」や「気持ち」に寄り添っていくことが必要となるだろう。

Q&A

Q1:中途採用におけるビッグ・データ導入の事例を教えてほしい。

A1(中尾):「パン田一郎」のLINE公式アカウントでは、莫大な量のデータが蓄積された。また、どんな職務経歴の人にどんな返信をすると返事が返ってくるかというデータ分析はかなり昔から取り組んでいる。アメリカではFacebookやLinkedInのデータベースから人材をソーシングしている。

Q2:業務の可視化について、現場でのハレーションはあったか。

A2(福原):人間の目で見落としてしまう個人の長所を評価するために利用されるケースがほとんどなので、現時点では問題になっていない。ただし、日本では若手専用にする傾向があり、社長を含む全社員の業務を可視化する海外の傾向とは大きく異なっている。

Q3:中堅人材のリカレント教育について、費用は誰が負担するのか。

A3(伊藤):個人、企業、国の3者すべてがこれまでより投資すべき。終身雇用の弊害か、個人ではまともな自己投資をしたことがない人がほとんどだが、複数の企業で働くようになれば、自己投資は不可欠になる。企業による人材投資に対する助成金など支援策も強化していく必要がある。人手不足が続くなか、人材への投資ができないと人は集まらない。国も大学改革など仕組み作りに取り組んでいくべき。

Q4:非認知能力について、不足を補うトレーニングはどのように行われるのか。

A4(大湾):メンター制度、コーチングビジネスに頼るのも1つの手。変えられないスキルはそのままでもいいので、自分の強みに合ったハイパフォーマーになればいい。

Q5:ISO9000とAIのディープラーニングは両立できるのか。

A5(鶴):最終的に結論づけるのは人間。責任を取るのも人間。それは、どの時代も変わらない。

鶴:本日のディスカッションはここまでとしたい。ありがとうございました。