RIETI-ANUシンポジウム

日本と豪州―不確実性の時代にアジア太平洋地域のリーダーを目指して(議事概要)

イベント概要

グローバルな経済システムが保護主義の脅威にさらされており、我々は現在、異例の事態に直面している。日本とオーストラリアは、グローバルな貿易体制の安定とアジア太平洋地域におけるパートナーとの協力によって、グローバルな経済システムを守る立場で利害が一致している。

APEC創設の要である両国がアジア太平洋地域でリーダーシップを取る機運が高まっており、2018年3月8日にTPP11の署名がなされた。これはオープンかつルールにもとづいた開かれた貿易体制への関心を明らかにする重要な宣言だが、ほんの第一歩に過ぎない。TPPとRCEP交渉の重要なメンバーである両国は、どのような戦略によって、オープンかつルールにもとづいた貿易体制を担保することができるか?

こうした問題認識の下、本シンポジウムでは、日豪関係の専門家としてオーストラリア国立大学の知日派の専門家とRIETI研究者に加え、日豪において通商政策を担う幹部等が一同に会し、アジア太平洋地域における質の高い貿易投資ルール策定に向けて、日豪がリーダーシップを取って戦略的に進める方法について議論した。

議事概要

開会挨拶

岸本 吉生(RIETI理事)

RIETIとANU主催のシンポジウムにご参加いただき感謝する。ちょうど1週間前の3月8日、11の参加国がチリでTPP11に署名した。この協定は、21世紀の新たなグローバル経済秩序の構築に向けてアジア太平洋地域に自由かつ公正でハイレベルな貿易ルールを確立し、自由貿易の旗手として日本の存在感を示すことを目指すものだ。米国の離脱を受け、日豪はグローバルな経済システムを守る責任を担っており、他国との協力により参加11カ国による署名が実現した。2018年1月、米国のドナルド・トランプ大統領はダボスで、TPP参加は重要であり、個別またはグループでの交渉を検討すると述べた。その一方で、米国に輸入される鉄鋼とアルミニウムへの関税適用を決めた。保護主義的な動きの高まりを背景に、日豪はアジア太平洋地域における質の高い貿易投資ルールの策定に向けてどのように協力すべきか? こうした質問を投げかけることに重要な意味がある。今回こうして、この分野の先駆者や専門家をゲスト講演者に迎えられたことは光栄である。このシンポジウムを通じ、域内での質の高い貿易投資ルール策定に向けた日豪の協力のあり方への理解が深まることを願う。みなさんの活発な議論を期待している。

特別講演

サイモン・ニューナム(オーストラリアAPEC大使(外交通商担当))

密接な絆の歴史

日本とオーストラリアは、アジア太平洋地域の経済発展の成功例である。1957年に日豪通商協定を締結し、わずか10年のうちに日本は英国を抜いて、オーストラリアにとって最大の輸出市場になった。日本はオーストラリアにとって2番目に大きな貿易相手国であり、両国間の双方向の貿易額は約700億ドルに達する。近年PwC社が実施した調査によると、オーストラリアの輸出業者による経済連携協定(EPA)利用率は約95%となっている。

だが、この成功と緊密な連携の歴史を、二国間関係あるいは1対1の国の関係が生んだ物語と考えるのは間違いだろう。日豪の地域機関・国際機関との密接な協力やリーダーシップが、このサクセスストーリーの大きな部分を占めている。我々の最大の目標は、開かれた経済と法の支配に支えられた、インド太平洋地域の繁栄と安定である。安倍晋三首相の「自由で開かれたインド太平洋戦略」と、オーストラリアの外交政策白書を比べると、インド太平洋地域の繁栄、開かれた経済による利益の追求、中核的な国家安全保障上の利益、グローバルな多国間協力、南太平洋の安定など、両国の利害が驚くほど一致していることがわかる。世界貿易機関(WTO)、APEC、G20、自由貿易協定(FTA)ネットワークを含む国際的な経済フォーラムでも、日豪は明らかに重要なプレイヤーであり、東アジアサミットやASEAN地域フォーラムといった地域フォーラムを支えている。

未来を見据えて

移民や投資、貿易フローなどの面で、現在グローバル化への反発が強まっているという意見が多い。だが、事実を正しく捉える必要がある。一見するほど事態は悲惨ではないことを裏づける、説得力ある主張がいくつも存在する。第1に、グローバルな経済環境は良好である。保護主義の広がりに対する危機感が、時に誇張されている。通商政策を含め、グローバル化の主な要因を市民は強く支持している。第2に、グローバルな保護主義への移行がもたらす悪影響に向き合うのは今回が初めてではなく、我々は準備ができている。第3に、後退した国もあるが日豪は前進している。米国のTPP離脱は、オーストラリアやTPP参加国に大きな失望をもたらしたが、志を同じくする諸国は地域統合の推進に踏みだしている。TPP 11は、その素晴らしい例といえる。

今後の課題

今後待ちうける主な課題を無視することはできない。第1に、いわゆる貿易自由化の機運を維持しなければならない。自由貿易協定の目標達成や、二国間投資協定、移民規制の自由化が終点ではなく、それらはさらに大きな目標の一部と考える必要がある。第2に、グローバル化の影響に対する市民の懸念を分析し、これに対応しなければならない。そのためにオーストラリアでは、FTA利用状況の調査、FTAポータル設置、擁護活動、啓蒙プログラム、政治レベルでのメッセージ発信、市民向け説明会、国内での移行支援策の必要性の把握といった措置が実施されている。第3に、強まる逆風の中での貿易協定の締結など、政府が経済改革を推進する能力がこれからは次第に重視されるだろう。TPP11の調印は、グローバルな貿易問題をめぐる潮の流れが一方向ではない証拠であり、日豪のような国に求められる今後のリーダーシップの青写真といえる。第4に、多国間貿易体制のいくつかの土台、わけても紛争解決が脅威にさらされている。ルールにもとづく国際秩序の防衛、推進、強化は、我々の最も重要な外交政策課題である。日豪などこれらの団体の主要な加盟国は、各国が力を合わせ苦労のすえ勝ち取った原則や規範を損なうのでなく、これを強化する形で、必要に応じて改革や見直しを提案しなければならない。最後になるが、第5に、貿易摩擦の増加に対応する必要がある。

田中 繁広(METI通商政策局長)

中国の台頭とその影響

いくつか基本的な動向がある。1つは、中国の圧倒的な大きさと同国がアジア太平洋地域に与える影響だ。多くの国にとって、中国は最大の輸出または輸入相手国であり、中国からの輸入率は多くの国で20%を超える。中国は、フローベースで米国に次ぐ世界第二の対外直接投資(FDI)の資金源となっている。中国国内では、劇的なイノベーションが経済を推進し、堅調な持続的成長に貢献している。「メイド・イン・チャイナ2025」「互聯網+(インターネットプラス)」といった中国政府の政策が、この成長を後押ししてきた。我々が直面する問題の1つとして、中央政府、地方政府の市場歪曲的な措置が生んだ、鉄鋼など金属部門の過剰生産があげられる。

21世紀型ルールが機能不全に陥る可能性

日本を含む多くの国にとってWTOは最も重要な機関だが、それでは不十分な場合もある。2017年12月にブエノスアイレスで開かれたWTO閣僚会合で、その問題点が明らかになった。知的財産、国営企業、産業界への補助金など、21世紀に相応しい新たなルールが求められている。1つには米国などで起きた政策転換の結果として、こうした動向が生まれた。米国はTPPから離脱しただけでなく、国際的なルールに反した措置も講じている。

経済のデジタルトランスフォーメーション

国内外で経済のデジタルトランスフォーメーションが起きており、これがもたらすデジタルイノベーションを通じて、一部の国で決済・配送サービスなどの分野が飛躍的に進歩している。先進国だけでなく、途上国にもユニコーン企業が生まれている。デジタル保護主義に基づいて障壁を作り、国境を越えたデータの流れの全部、あるいは一部を止めている国もある。これにより、デジタル経済の成長が妨げられるおそれがある。

3つの戦略的な柱

こうした動向に対処するための、3つの戦略的な柱を紹介したい。1つ目は、TPPや日EU経済連携協定などの、自由貿易協定ネットワークの推進である。現在、TPP11の参加国は批准手続きを進めている。TPPには、デジタル経済に関するルールなど、いくつかの新たなルールが盛り込まれている。ルールが実施されない限り、こうした協定は無意味だろう。質の高いルールに署名する国を増やすため、TPP加盟国を拡大していく必要がある。域内で質の高いルールを実現するには、オーストラリアをはじめ志を同じくする諸国との協力も欠かせない。

2つ目の柱は、21世紀型のルール作りの検討を始めることだ。公平性、予測可能性、包括性などの概念に加え、互恵性――経済の互恵的な開放性――を一層重視することもできる。法の支配を通じて、公平な競争の場を確保しなければならない。G7、G20、APECなどのフォーラムで、こうした議論を続けていきたい。日本、オーストラリア、シンガポールは2017年12月、WTO閣僚会合で「電子商取引に関する閣僚会議」の共同議長を務めた。日本は多国間チャネルを追求するとともに、より高度なルールを実現していきたい。

3つ目の柱は、法の支配、経済的繁栄、平和と安定などの原則を掲げた、日本の「自由で開かれたインド太平洋戦略」の推進である。同じ考えをもつ国とともに、この地域に繁栄を実現する新たな方法を実現したい。以上が、我々が決して見落としてはならない目標であり、今後も追求し続けていく。

基調講演

グローバル貿易への脅威とアジアの対応

ピーター・ドライスデール(ANU名誉教授(経済学))

もはや事態を静観している場合ではなく、特にアジア地域のパートナーによる戦略的な対応が求められる。

我々が今日直面している問題は、ドナルド・トランプの大統領就任とともに発生したという意見もある。これは問題をあまりに単純化している。現在の問題は、グローバルな金融危機が経済貿易体制に与えた大きな衝撃や、ここ最近の基本的な経済動向の結果として生まれたものだ。こうした問題は、中国の台頭やグローバルシステムへの中国の適応を含め、貿易システムを揺るがすグローバル経済の長期的な構造的変化がもたらした結果である。北米には、長期的な構造的問題も存在し、これが国際貿易から得た利益の偏在を生みだしている。これは根深い構造的問題であり、根本的な制度転換・政策転換、ならびに社会政策や国際通商政策への新たなアプローチが求められる。米国は、国際貿易から十分な利益と恩恵を得ていないという考え方は、ナンセンスだ。貿易による利益で、米国の所得の伸び率が急増している。だが国内の制度(医療・教育・調整政策)や政策を通じた、貿易から得た利益の分配に問題があるせいで、世帯所得は何十年も上昇していない。この状況が早急に、少なくとも1人の大統領の任期中に変わることはなく、是正には1世代ほどかかるだろう。

グローバルシステムの中で、アジア太平洋地域は世界のどの地域より大きな危険にさらされている。我々は経済的繁栄のみならず、政治的安全保障の面でも、オープンかつルールにもとづいた体制に依存しているからだ。ルールにもとづくシステムの魅力を訴えることが、経済安定に加え、広くは政治的安全保障を守る上でも非常に重要になる。グローバルな貿易体制への脅威を前に、我々はいま、断固たる態度で臨まねばならない。アジアの力強い成長は、改革政策を維持し――中国や東南アジア諸国、インドを含めて――オープンかつルールにもとづいた国際貿易体制の定着と深化を促せるかどうかにかかっている。

過去に日本が台頭した当時も、体制に対する脅威はあった。だが現在、グローバルシステムへの脅威が戦後もっとも強まっている。

次の3点に注目する必要がある。第1に、WTOを基盤とする多国間体制における我々の利益を守る必要がある。そのために、G20プロセスやAPECなどのグローバル志向のプロセスを含む、グローバルなプラットフォームが存在する。昨年のG20ハンブルグ・サミットで、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は保護主義と一線を画した。最終的にAPEC加盟国は、昨年11月にダナンで開かれた首脳会議で米国のロバート・ライトハイザー通商代表部代表らの猛攻に抵抗した。先日開催されたG20財相会合での成果は、目覚ましいものではなかった。来年日本で開催されるG20は、こうした利益を強調する重要な機会になるだろう。第2は、地域プロセスの利用である。TPP11交渉は、地域全体でルールにもとづくシステムを維持する重要な機会だった。TPP 11は、グローバルシステムへの我々の戦略的な利益を宣言する上で大きな意味をもつ取り組みだ。EUとの貿易協定を目指す日本の取り組みも、正しい方向への一歩である。

国家間の強力な連携とオープンなグローバルシステムへの各国の利害を活用して、戦略的な行動に向けた一貫性ある包括的な枠組みを整備する必要がある。アジア太平洋地域で我々の利益を守るシステムを維持すれば、デジタル貿易や外国人投資家の扱いに関する問題を交渉できる。中国や他の新興国が、これらの問題の解決に十分関与する必要がある。

RCEPは、米国以外の全ての重要なプレイヤーを含む、既存の交渉プラットフォームである。RCEPには国際的に違いを生み出す影響力があり、TPP 11と同様、将来的にも米国に対し開かれた存在でなければならない。RCEP交渉を成功させるため、グローバルな改革の手段としてだけでなく、グローバルシステムの在り方に影響をあたえる主体として、RCEPへの戦略的な関心を規定し直す必要があるだろう。この関心を明確に打ち出すため、多国間システムの目標に対する優先順位をはっきりさせねばならない。

その意味で、東アジアは他の地域以上に重要な役割を果たす。アジアは現在、グローバルな影響力が大きいからだ。今こそ、この関心を追求し明確に示すため集団的なリーダーシップが求められる。集団的なリーダーシップは、それを推進する具体的な主体がなければ効果をあげない。これがAPECにとってもう1つの機運となる。APECの設立により、日豪は、我々が大きく依存するルールにもとづくグローバルな貿易体制を守るため、域内パートナーと協力して米国の利益に合致する戦略を示すという重要な責任を負っている。

浦田 秀次郎(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科長・教授)

日本が経済再生と持続可能な成長を遂げる上での、地域的およびグローバルな枠組みの重要性について発表したい。日本経済は回復しつつあるが、非関税障壁や反ダンピング関税、相殺関税などの形で、世界的に保護主義的な政策が広がっている。好ましくない対外環境に加え、日本の人口減少と急速な高齢化により、経済成長が難しくなっている。さらに、日本政府の債務残高GDP比は他のOECD諸国を上回っているだけではなく、日本へのFDIが不足している。

東アジアは、対外貿易とFDIを一因として急速な経済成長を遂げている。サプライチェーンやグローバルバリューチェーンなどの生産ネットワークを通じて、企業は効率性を高められる。1980年代に急激な円高が進んだ際、日本企業は部品を含む製品全体を1つの国で生産する代わりに、東アジア全域に生産ブロックが拡大した。1990年代半ばから21世紀初めには、関税率が大幅に減少した。これが貿易と投資の急速な拡大に寄与し、生産ネットワークが形成された。貿易と投資の自由化に対するWTOの貢献は限定的で、多くの国は考え方が同じ国とのFTA締結を選んだ。FTA、特にメガFTAの推進をさらに促す必要がある。加えて日本は、農産物の輸出に関心を抱いている。日本の農産物には競争力がないという意見もあるが、そんなことはない。イチゴをはじめ、競争力ある農産物がある。日本の農産物輸出を推進するには、貿易相手国における農産物の自由化が必要になる。TPP11や他のFTAが、これに重要な役割を果たす。日本は数多くのFTAを締結しているが、FTAパートナーとの貿易の比率はオーストラリアなどの他国をいまだ大きく下回っている(23% vs. 70%)。日本は大規模な貿易相手国とFTAを結ぶ必要があり、TPP11を活用してその数を増やすことができる。

FTAをめぐり興味深い競争が起きている。日本がTPP加盟に関心を示した後、RCEPや日EU経済連携協定の交渉が始まった。米国抜きのTPP11には意味がないという人もいるが、私はそうは思わない。TPP 11は包括的なFTAであり、他のFTAのモデルになる。加えてTPP 11は、保護主義の高まりに抵抗する手段になるだけではなく、米国が考えを変えた場合、米国を受け入れるプラットフォームとして機能する。

より公正で透明な開かれた競争の場やビジネス環境の実現を願っている。それが包括的および先進的環太平洋連携協定(CPTPP)であり、おそらくはRCEPである。日豪はRCEP交渉の妥結に向け協力できる。ASEAN諸国への技術支援・教育支援でも協力できる。日本経済の復活は、日本のみならずオーストラリアを含む世界全体に恩恵をもたらすだろう。

特別講演・基調講演の質疑応答

質問:
ドライスデール教授に質問したい。スライドに「欧州統合問題の回避」とあるが、説明して頂けないか?

ドライスデール:
英国のEU離脱は、英国自身とグローバル経済に大きな代価をもたらす。試算によると、英国がEU離脱後にどんな選択肢をとろうと、EU統合市場からの離脱は英国とグローバル経済に損害をもたらす。たとえ最善のシナリオが実現し、世界各国と速やかに幅広い経済協定を締結できた場合であってもだ。EU離脱は、所得減少、成長の可能性の低下、グローバルな所得減少、成長鈍化をもたらす。東アジアはこのような状況に陥ってはならない。そうなったら、アジアは大きな代価を負うことになる。そのような事態に陥るべき理由もない。我々は異なる政策アプローチを軸として、東アジアに大きな恩恵をもたらそうとしている。だが、貿易問題での米国の脅迫に誤った対応をとり、うっかり正しい道をそれることがあってはならない。

質問:
デジタル経済の推進には、個人情報の保護が求められる。EUと米国のセーフハーバー協定に対抗できるか?

田中:
APECおよびEUと協力し、国境を越えて個人情報を保護するシステムの確立に取り組んでいる。こうしたグローバルな取り組みが、今後も続くと想定される。

パネルディスカッション―将来のアジア太平洋全体の質の高い貿易投資ルールを目指して―

モデレータ
  • 浦田 秀次郎(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科長・教授)
パネリスト(アルファベット順)
  • シロー・アームストロング(ANU豪日研究センター所長)
  • 福永 哲郎(経済産業省通商政策局サイバー国際経済統括官/通商戦略室長)
  • マイケル・マグリストン(ANU客員研究員)
  • 菅原 淳一(みずほ総合研究所株式会社調査本部政策調査部主席研究員)

プレゼンテーション1

菅原 淳一(みずほ総合研究所株式会社調査本部政策調査部主席研究員)

米国がTPPから離脱したため、アジア太平洋地域のルールづくりがマルチ・トラック化する可能性が生じている。トラック間で、ルールづくりとFTAAP構築に向けた競争と連携が起こると考えられる。他方で、アジア太平洋地域の共通のルールづくりに暗雲が立ち込めている。TPP11が署名された日に、トランプ米大統領が鉄鋼・アルミ製品への輸入制限措置を決定したのは象徴的な出来事だ。また米国は、1974年通商法301条に基づき中国に対し一方的な措置を発動しようとしている。保護主義を抑制し、域内に質の高いルールを普及させるため、日豪の協力を強め深化させねばならない。我々が地域の将来像を共有していることは、昨年オーストラリアが14年ぶりに公表した外交政策白書にあらわれている。日豪両国の間には、対米、対中戦略で違いが生じることもあるが、アジア太平洋の繁栄に向け域内に多層的なネットワークが整備されている。日豪両国の協力により、質の高いルールにもとづく域内の経済統合を推進できる。

プレゼンテーション2

シロー・アームストロング(ANU豪日研究センター所長)

トランプの「米国第一主義」に代表される保護主義の台頭は、始まったばかりだ。中間選挙が近づくにつれ、こうした動きが更に増えるだろう。アジアは後からこれに対応するのでなく、先手を打つ必要がある。TPP11はTPP12より優れた協定であり、インドネシア、韓国、フィリピンなどの国に拡大しやすい。TPPが、日米二国間の経済関係を進展させる隠れ蓑だったように、RCEPを、中印、日中の二国間関係を進展させる隠れ蓑にできる。RCEPは、中国、インド、インドネシアなどに自由化と改革を定着させる格好のチャンスでもある。

世界の関税が15%上がった場合のシナリオをモデル化した結果、グローバル経済が3%縮小することが分かった。RCEPが現状を維持すれば、日豪は成長するだろう。関税を撤廃し、さらに非関税障壁も撤廃すれば、日豪の利益はさらに大きくなる。このことから、これらの諸国が結集し前向きな政策を推進することが、体制的に重要であることが示される。

プレゼンテーション3

福永 哲郎(経済産業省通商政策局サイバー国際経済統括官/通商戦略室長)

アジア太平洋地域は3つのガバナンスギャップに直面。最大の課題は、デジタル変革に向けたグローバルガバナンス作り。急速に進むフィンテックなどのイノベーションに対する適切な規制が存在せず、我々には世界全体で共有できるデータプライバシー制度もない。第2に、21世紀型のルールが存在しないため、急速に成長するグローバル経済に対する大きなギャップに直面している。第3に、最近の地政学的情勢に対するガバナンスギャップが存在する。北朝鮮問題などに対する適切な紛争解決の仕組みがない結果、経済制裁が急増している。

こうした状況に対する日本政府の取り組みを紹介したい。デジタル変革とのギャップを埋めるべく、日本政府は「ソサエティ5.0」の実現に全力を挙げている。このイニシアティブのもと、業種や国境を越えた関連データやビジネス慣行の共有を目指しており、「WEF第4次産業革命日本センター」が設立されようとしている21世紀型のルールを作るため、日米経済対話を実施しており、米国には、アジア太平洋のルール作りに関与をしてもらいたいと思っている。EUとの間でも我々の間のFTA合意を超えて、欧州のアジア太平洋への関与を増加させる努力をしている。こうした米国やヨーロッパとの協働の結果、日本、EU、米国の、競争条件標準化を求める、三極間での貿易についての協力は拡大している。

さらに日本にとっての重要な課題は、サイバー空間をアクセス可能で、開かれた、かつ安全な状態に維持することだ。。そのためには、データフロー、プラットフォーム、サイバーセキュリティに関するルールや規範を、マルチステークホルダ―アプローチで構築する必要がある。さらに先を見越して、ブロックチェーン技術を活用して、データフローの問題を契約の自動化で、倫理や安全の問題をサーキットブレーカー機能で解決することもできる。

プレゼンテーション4

マイケル・マグリストン(ANU客員研究員)

APECは、原則にもとづく協力を重視しており、貿易協定に見られるような、法的な拘束力があるルールや市場アクセスへのコミットメントが存在しない有意義な地域協定または多国間協定を実現するには、リーダーシップが鍵となる。少なくとも主要国1カ国を含む、改革に意欲的な一定数の国が参加する必要がある。米国のTPP離脱後は、日本のリーダーシップでTPP11が実現した。RCEPに関しては、米国をはじめ他国がRCEPをどう受け止めるかに留意しなければならない。RCEPの交渉官らは、速やかなRCEP妥結への圧力を感じているが、同時に、RCEPの信頼性を確保するため相応の目標を掲げる必要もある。地域レベルでの交渉により有意義なコミットメントを得られることを示さねばならない。RCEPを活用して、インドやインドネシアなどの新興大国やASEAN全体に対し、持続的な経済成長を促すルールを承認して責任あるプレイヤーになるよう促す必要がある。同様に中国も巻き込まねばならない。RCEPの目指す目標水準が不十分な場合、集団全体の信頼性が失われる。RCEPの質が低ければ、この種の協定の交渉など時間の無駄という意見を裏づける結果になる。ルールと市場アクセスのコミットメントに対し、信頼性が求められる。これら両面の交渉を進める必要がある。

パネルディスカッション

浦田:
(菅原氏に)日豪の協力を阻む問題はあるのか?

(アームストロング氏に)グローバル化のメリットに対する両国民の理解を深め、グローバル化のコストやデメリットを抑制するため、日豪両国に何ができるか詳しく説明してほしい。

(福永氏に)デジタル経済などの新たな経済分野で影響力を高めている、同じ考えを持つ国々とどんな形で協力できるか?

(マグリストン氏に)RCEP主席担当官として、RCEPが締結に至らない理由はどこにあると思うか? 日豪などの国は何ができるか?

菅原:
日豪は、米国と中国に対し時に異なる戦略を採用している。日豪が、小さな違いを乗り越えて協力することを望んでいる。

アームストロング:
不充分な医療保障による社会的セーフティネットの欠如、都市部以外での教育制度への投資不足、貿易自由化・イノベーション・成長による恩恵が普及していないなど、米国の体験から学ぶことができる。選挙で選ばれた指導者が、貿易のメリットを伝えねばならない。政治家は、輸出業者にとっての貿易の重要性を説いているが、貿易は輸入業者にもメリットをもたらす。

福永:
21世紀型ルールは、より包括的かつ公正で世界から参加国を呼びこめるものでなければならない。過剰生産などの貿易問題では、既に前向きな動きがあり、G20の枠組みに基づき、鉄鋼メーカーが協力している。この取り組みは半導体などほかの問題にも展開可能だ。

マグリストン:
RCEPの課題の1つは、交渉に向けて指導理念を具体化し、法的な拘束力ある文書に変えることにある。RCEPが締結されない理由は、簡単にいえばこの課題の本質を軽視していたからだ。ASEANは1つの組織として交渉を進めており、現在交渉中のいくつかのASEAN+1 FTAは、その範囲、規模、深度、包括性に大きなばらつきがある。さらに事態を複雑にしている要因は、ASEANの主なFTAパートナー(例 中印、日中、日韓)間にFTAが締結されていないことだ。

浦田:
RCEP交渉を推進するため、日豪は何ができるか?

マグリストン:
ルール交渉の中で、豪州は日韓と協力していくつかの分野で共同案を出した。ルールや市場アクセスのコミットメントをめぐり信頼できる成果を出せるよう、他国と協力して、ASEANおよび他のRCEP参加国の目標レベルをあげていく必要がある。

アームストロング:
日豪の首相や域内の他の指導者は、TPPと比べRCEPにさほど政治資本を費やしていない。日本はTPPで行ったように、RCEPでも市場開放・市場アクセスを約束すべきだ。それにより、中国などの国にルール署名への圧力を与えられる。

浦田:
政治的緊張、特に日中および日韓の緊張が、RCEP交渉の進展を阻んでいるのか?

アームストロング:
政治的緊張はプラスに働かないが、交渉を阻んでいるとは思わない。経済関係によって、政治的緊張が大幅に抑制されている。目標がないことが障害だと思う。

菅原:
政治的緊張が高まったときも、FTA交渉のチャネルが閉ざされることはなかった。政治的緊張がRCEP交渉に与えている影響は大きくない。中国、韓国もRCEPの意味と重要性を理解している。

マグリストン:
私の経験上、自分が関わった貿易交渉では政治的問題は取り上げられなかった。とはいえ、背景にある政治的文脈は必然的に交渉に影響するため、対応する必要がある。各国の代表団には独自の交渉権限があり、その権限を越えた場合、次の会合ではもう交渉担当官でいられない。代表団から市場アクセスの修正案を提出できるようにするなど、交渉を進めるには権限を見直す必要がある。こうした提案の修正は、相手国も満足のいくコミットメントを行うことが条件になるだろう。

浦田:
太平洋同盟と協定を結ぶことのメリット、コストは何か?

菅原:
P4は注目を集めなかったが、TPPを経て現在のTPP 11に発展した。太平洋同盟にも同じことが言えるかもしれない。コロンビアはTPP11への参加を望むだろう。太平洋同盟がどんなルールを策定するかが注目される。

福永:
より高い基準のルール作りに向けて、既に二国間または多国間で、地域貿易協定を結んでいる国とも協力する必要がある。

アームストロング:
東アジア、それに次第に南アジアにもダイナミズムが生まれている。だからこそ、この地域を重視し資源を投入すべきだ。

浦田:
TPPのEコマースに関する規定は、時代遅れではないか。どう考えるか?

福永:
多くの国が、データ流出を禁止するためサイバーセキュリティ法の導入を始めている。データの貿易が禁止されれば、貿易戦争が起きうる。日豪はこのようなデジタル保護主義と戦う必要がある。我々にはデジタル貿易を確保する十分な規範がないので、二国間、多国間での取り組みを行い、民間部門と協力しなければならない。

浦田:
サイバー保護のため、日豪は何かできるか?

マグリストン:
WTOでの進展を実現するのは難しい。多様な関心を持つ164の加盟国のコンセンサスを得るのは、非常に困難だ。現在は、多国間方式に向かっている。私からの提案としては、出来る限りシンプルな枠組みを維持し、十分なサイバーセキュリティと消費者保護を確保しつつ、モノやデータ、資金フローの自由な流れを推進することに注力すべきだ。

菅原:
産業界のプレイヤーを招く必要がある。TPPの規定は時代遅れかもしれないが、次の交渉に向けた土台を提供してくれる。

浦田:
デジタル経済に対し、先進国は似通った意見を持っているように見える。どんな問題が議論を呼ぶ可能性があるか?

福永:
発展途上国は「蛙飛び」をするためのデジタルイノベーションに賭けている。たとえば、タイやインドネシアではリバース・イノベーションが起きており、たとえばサンドボックス制度やどんな規制体制が適切か真剣に検討している。

浦田:
このシンポジウムのようなフォーラムを通じて、グローバル化や地域協定のメリットとコストに関して市民の理解を促すことができると思う。