RIETI政策セミナー

標準と知的財産:最新動向と戦略ー世界の動きをにらみ日本がとるべき戦略を考える(議事概要)

イベント概要

情報通信技術の発展やIoTの普及により、社会・経済における標準の重要性が高まっている中、標準と知的財産(特許)との調整が重要な問題となっている。標準化団体(SDO)は知的財産権(IPR)ポリシーを策定し、その中で標準に織り込まれる特許の権利者に対してFRAND(公正、合理的かつ非差別的)条件でライセンスをする旨の宣言を求めることにより、標準と特許の調整に努めている。本セミナーでは、知的財産がイノベーションを創出し、標準がイノベーションの成果を普及させるという好循環を実現するために何が必要かについて、各機関の専門家が報告・討議を行った。第1部では、標準必須特許を巡る紛争を解決するアプローチの比較、ライセンス交渉やFRAND実施料の算定手法などの実情と分析に関し、実証研究と理論的な見地から経済学と法学の研究者が報告を行った。第2部では、標準化活動に積極的な内外の企業担当者および政策を熟知した専門家が参加し、国と企業がとるべき戦略の方向性について議論した。

議事概要

開会挨拶

矢野 誠(RIETI所長・CRO/京都大学経済研究所教授)

標準や規格は、古くは度量衡やメートル法など、国家権力を通じて作られるものであったが、現在は知的財産権が確立し、民間組織を通じて分権的に形成されるものとなりつつある。

IT技術の進歩とともに、複数の企業や機関が関連する特許を持ち寄って、プールを形成し、その中で標準や規格が設定されることも少なくない。それを通じて、知的財産権を守りながら、新技術を共同利用することが可能になる。

所有する特許をどのようにプールに入れていくかは、企業にとって、開発戦略や活用戦略に関わる重大な問題である。また、これにどう対応していくかは、日本のこれからの大きな政策的問題となるだろう。

本日のセミナーでは、名古屋大学の鈴木將文先生からRIETIの標準化と知財化プロジェクトの研究成果をご報告いただくとともに、アメリカからお迎えしたチャールス・リバー・アソシエーツのAnne Layne-Farrar氏、ユタ S.J. クイニー・カレッジ・オブ・ロー大学のJorge L. Contreras先生、エリクソンのDina Kallay氏より、世界での最新の動きをご紹介いただく。また、日本企業を代表してNTTドコモの三村哲也氏とパナソニックIPマネジメントの福岡則子氏、元経済産業省国際標準化戦略官の長野寿一先生を迎え、政策とビジネスの双方における今後の取るべき戦略を議論していただく。

本日のセミナーが、標準化と知財化について、皆さまのご認識を深め、共通理解が深まるものとなれば幸いである。

講演1:標準と知的財産―経済学の視点から―

Anne LAYNE-FARRAR(Charles River Associates副理事長)

独立企業間の交渉と訴訟

標準必須特許のライセンスを巡る独立企業間の交渉では、特許が製品にもたらす価値に基づく実施料の交渉に焦点が当たる傾向がある。そこで問題とされるのは、標準が実施者に帰する価値であり、その特許が標準に必須であるか否かはほとんど問題とされない。このような価値に関する交渉では、管理可能な交渉とするため、一部の代表的な特許に焦点を当てることが多い。一般的な契約条件として、ライセンスは標準必須特許(SEP)と非SEPを含むポートフォリオ全体の特許を網羅する。一般に特許ポートフォリオを世界中で使用するための単一料金と、ボリューム・ディスカウントが設定されるのが通例である。

一方、訴訟はまったく異なる。訴訟の枠組みが仮想交渉の枠組みに依存する場合でさえ、裁判所は実社会で見られる状況を再現しない。一括払いや実施料といった金銭的条件ばかりが考慮され、非金銭的条件は無視されがちである。裁判所に課される法的制約により、独立企業間の交渉と訴訟とが整合しない状況がもたらされる。特許は属地的な権利であることから、裁判所は、FRANDの問題を効率的かつ公正に扱うには、特許の属地性とポートフォリオのグローバルな性質をバランスよく調整する必要がある。また、SEPポートフォリオは大規模になりがちである。裁判所は少数の特許を詳細に検討するという通常の作業を超えて、FRAND訴訟において起こる特殊な状況についてもっと広い視野で考える必要がある。

価値の割当ては、独立企業間の交渉と訴訟とで同じように問題となる。FRAND実施料は、特定の特許のセットがライセンシーおよび標準を採用している製品にもたらす価値のみをカバーすべきものである。そうは言っても、標準の策定とは、標準化団体(SDO)の参加者とメンバー全員が、製品やサービスを向上させる価値を創出して利益を得ることに貢献している、合弁事業のようなものである。アンワイヤード・プラネット対ファーウェイ(英国)の訴訟で認められたように、SEP保有者は価値の創出を助けているのであるから、標準化を通じて何の価値も実現できないと考えるのは誤りである。

特許カウント

SEPポートフォリオの価値を、特に他のSEPとの関係や時間とコストの制約の中で評価する難しさから、何らかの方法で特許数を計算することが避けられない。特許数の計算は通常、割当てのプロセスに使われる。しかし、ロイヤルティ・スタックを推計するために、特許数の計算を使うのは良い方法ではない。

共同で協力して行う標準策定のための作業において、バランス、新技術に投資するインセンティブ、および参加を継続するインセンティブを維持するうえで、SEP保有者と実施者のバランスを取ることが決定的に重要である。つまり、FRANDの要件は双方の当事者に義務を課すということである。SEP保有者はどの特許が重要だと思うか説明するとともに、他の法的措置を取る前にFRANDに即したオファーを行う必要がある。実施者は先延ばし戦術を取るのではなくそれらオファーに書面で誠実に応える義務がある。

FRAND実施料決定方法

私がよいと思う方法は、同等のライセンスを使うことである。同等のライセンスは両当事者が特許技術に認める市場価値を反映することから、最も効率的でありFRAND条件に整合的である。ただし、非金銭的条件が実際に支払われる金銭に多大な影響を及ぼしうるため、契約から実施料だけを取り出すことはできない。継続的に実施料を払い続けるのではなく一括で支払う場合、一括払いを月々の実施料に換算することは、バイアスがかかることから難しい。

パテントプールライセンスは、幅広い採用を奨励するため低い実施料でもよしとされることから、FRAND領域の下端に位置する傾向がある。プールがFRAND実施料を抑制するために使われていることを知らせるSEP貢献者はほとんど皆無に等しい。また、実施料がFRANDレベルを超えていると知らせるライセンシーもほとんどいない。

インクリメンタルな価値に基づく算定方式は実践するのが難しい。十分な情報がある場合は、少なくとも思考実験としての意味は持つ。

「ボトムアップ」方式は、標準が採用されたときにどのような技術が存在していたかを見るという考え方である。なぜ別の選択肢が選ばれなかったのかに注意を払う必要がある。しかし、多くの場合、選択肢に順位を付けることはできず、代わりにトレードオフの関係に立つ。

「トップダウン」方式は、あるべき総額から始まり、その額を該当するSEP保有者間で分割する。詳細がすべてはわからない場合、不明部分は上位レベルに渡される。総額の基準として価格や価格差を使う場合も、過小な算定額につながりかねない。

これらの方式はどれも、訴訟において両当事者間の公平な報酬だけでなく、将来の訴訟を思いとどまらせようというメッセージをも実現しようとするものである。バランス良くルールを設定すれば、ライセンサーとライセンシーに対し、誠実な交渉に入ろうというインセンティブを高められる。

現在、1)グローバル・ポートフォリオは、特許の属地性に関わらず、FRAND条件と最も整合的であり、2)ライセンサーとライセンシーは誠実さを義務付けられ、3)裁判所と規制当局は両者の間でバランスを維持するインセンティブを保ち、訴訟に対するインセンティブを減らし、誠実な交渉とFRAND条件を充たす結果を生じさせることへのインセンティブを高める必要があるという点について、ある程度の合意が見られている。

講演2:パテントプールのダイナミックな効果:光ディスク産業の世代間競争からのエビデンス

真保 智行(関東学院大学准教授)

テクノロジーを組み合わせることに対するニーズが増し、また特許保有の分散化が進んでいる。これにより、テクノロジーを集約するための効率的な制度的仕組みを開発する必要性が高まった。その1つの候補がパテントプールである。DVDパテントプールの場合、2つのプール(3C、6C)が世界中の主要特許のほぼすべてのバンドルを網羅している。つまり、グローバルなオペレーションを2ストップ・ショッピングで行うことになる。ライセンサーは公表されている価格リストに基づいてRANDライセンスにコミットし、実施料は6Cにおけるライセンサーにより特許の数に基づいて配分される。理論調査の結果、適切にデザインされたプールは標準の普及にプラスの経済的寄与を与えることが示されている。その一方で、実証論文は、プールがライセンサーによるさらなるイノベーションにマイナスの影響を及ぼすエビデンスを示唆している。

世代間競争

競争当局が主導している近代のプールは特定の標準に対する補完的特許の統合に焦点を当てている。標準は一般に時間とともに進化するため、世代間競争が重要になる。パテントプールは現世代だけでなく次世代の研究開発にも影響を与えることがある。Joshi and Nerkar (2011)は、ライセンサーとライセンシーが研究開発に及ぼすプールの負の影響を発見した重要な研究である。しかし、これには2つの問題がある。1つは世代間競争を無視していたこと。もう1つはプール結成前の標準合意の効果を無視したためプールの効果を過小評価し、必須特許を持つ企業は標準合意の時点でプール結成を期待していたことである。そこで、我々の研究では光ディスク技術における特許をより正確に割り出した。我々は特許をCD、DVD、BD/HDDVDに分類した。

DVDの標準化は1995年に起こり、DVDのプール結成は1998年に行われた。プール結成後、BD/HDDVDのファミリー数が増加し始めている。我々の調査では、現世代の標準(CGS)での合意とプール結成が次世代の標準(NGS)に対する研究開発にどう影響するかを検討した。我々はライセンサー、ライセンシー、非参加者の3タイプの企業、および標準合意後とプール結成後の2つにイベントに焦点を当てた。

次世代標準(NGS)に向けた研究開発の機会

イノベーションが累積的で複数の世代を含む場合、次世代標準に向けた研究開発は現世代標準の技術に基づく。たとえば、DVD SEPには75ファミリー、BD SEPには239のファミリーがある。次世代標準で技術開発している企業が、現世代標準におけるSEPは事後にRAND条件下でライセンス供与されると予想している場合、それらの企業はホールドアップ問題が回避されると予測できる。RANDライセンシング・コミットメントによりサポートされる標準は次世代標準に向けた研究開発にプラスの効果を与えるはずである。

イノベーションが累積的で複数世代を含んでいる場合、ライセンサーは次世代標準に対してより高い研究開発能力を持つ。現世代標準における両イベントが次世代標準に対する研究開発にプラスの効果を持つのはライセンサーだけである。ライセンサーは現世代標準における研究開発に巨額の埋没投資をしているので、既存の補完的資産を活用する次世代標準に向けたプロジェクトを選択していたはずである。また、現世代標準から見込める利益はライセンサーに次世代標準に投資することを躊躇させる。こうした効果により、現世代標準における両イベントは、次世代標準に向けた研究開発に、ライセンサーに限り負の効果を及ぼす。我々は、現世代標準における経験の影響が埋没コストと代替効果より大きい場合、現世代標準での合意とプール結成は非参加者と比較してライセンサーによる次世代標準に向けた研究開発を高めるという仮説を提示できる(仮説1)。

この調査は標準戦争についても焦点を当てている。次のCDとして、東芝とパナソニックはSDフォーマットを開発し、ソニーとフィリップスはMMCDフォーマットを開発した。DVDの標準は1995年にSDフォーマットをベースに発表された。ただし、各フォーマットに基づき2つのDVDプールが確立された。次のDVDとして、東芝がHDDVDフォーマット、ソニー、フィリップス、パナソニックがBDフォーマットを開発した。東芝は2008年にHDDVDから撤退し、DVDなど、2つのパテントプールが確立された。こうして、東芝とパナソニックを含む6CライセンサーのほとんどがDVDの標準争いで勝者となった。DVD規格における彼らの埋没投資はソニーやフィリップスなどの3Cライセンサーよりも多い。

以上の結果を考慮し、我々はこうした研究開発促進効果は、現世代標準に比較的多くの埋没投資をした6Cライセンサーの方が3Cライセンサーよりも小さいという仮説を提示できる(仮説2)。

主な発見は2つある。1つは、現世代標準での標準合意とプール結成がライセンサーに次世代標準に向けた研究開発に投資するよう促したことである。ただし、研究開発促進効果は3Cライセンサーより現世代標準に大きな埋没投資をした6Cライセンサーの方が小さかった。我々の調査から次のような政策インプリケーションを導くことができる。競争政策とRANDコミットメントはDVDプールの研究開発に対するプラス効果に寄与した。プールの範囲は狭く指定され、現世代標準に対するRANDライセンシングへの明確なコミットメントが存在し、これは次世代標準に向けた競争力ある研究開発に必須である。

講演3:私法および公法としてのFRAND

Jorge L. CONTRERAS(ユタ大学ロースクール教授)

FRAND実施料について、公法と私法の視点からお話させていただきたい。一般に西側の経済圏では、標準の策定は公的機関ではなく民間の組織で行われている。私人による秩序形成(プライベート・オーダーリング)は競合企業間のコラボレーションを許容し、専門的な面に焦点を当て、ソリューションの最適化を優先する。

民間の組織はポリシー(準則)を策定する。これらのポリシーには、デュープロセス(適正な手続き)、オープンさ、利害の調整、および不服申立て手続きに関する多くの種類の条項が盛り込まれ、また、参加者による特許の開示や特許のライセンシングについても規定することにより、特許にも関係している。

まだあまり標準化が進んでいなかった20世紀初頭、どの市も消火栓を別々の会社から購入していた。ボルチモアで大規模火災が発生したとき、各消防署のホースが消火栓に接続できず、市の大部分が焼失した。この例からわかるとおり、相互運用性は公共の性格を持ち、市場の効率性などさまざまなメリットをもたらす。

これはFRANDとどう関係するか。多くの標準化団体は、特許保有者が特許を他者に合理的かつ非差別的条件でライセンス供与することと定めている。これは特許による価値の交換とも考えられるが、我々はすべての市場参加者を平等に扱いたいという点で公的な性格もある。これは新たな参入者にオープンで、高い障壁がなく、過度な実施料を避ける市場を創設できるようにするためである。FRAND実施料がかかる標準の場合、その利用範囲を拡大し、標準を広く採用させることで社会福祉を最大化することは、公益および私益の双方にとって有利である。

ボトムアップのFRAND実施料計算

FRAND実施料を決める1つの方法は両者による交渉である。交渉は頻繁に行われているが、情報にあまり透明性がない。これらが秘密保持の規則の下で行われることは、民間企業の取引としては妥当である。ただし、FRANDの公的性格を加味した場合、必ずしも妥当とは言い切れない。交渉はペア対ペア、1対1でばらばらに行われる。当事者がFRAND実施料に合意しない場合、仲裁を求めることができる。一般にこれは両当事者にとって悪いことではないが、2者による交渉と同じ秘密保持の問題が生じる。仲裁の結果は秘密扱いとなるため、同じ特許と標準をめぐって交渉する次の当事者らは過去の経緯を知りえない。仲裁も同様にばらばらに行われる。一方、訴訟になることもある。訴訟の結果は公に知らされるが、拘束されるのは当事者だけである。訴訟は金銭的にも高くつく。これら3つの方法が実施料を計算するためのボトムアップ方式である。

ボトムアップ方式はあまりうまくいかない。トップダウン方式は特定の標準をカバーする特許全体に対して価値を算出し、その価値はのちに特許保有者の間で分配される。日本におけるアップル対サムスンの裁判や(英国の)アンワイヤード・プラネットの裁判では、裁判所はプレスリリースや特許保有者の公式声明をもとに不正確な総実施料を算定した。トップダウン方式をさらに改善する方法として、1つの訴訟に両当事者だけでなく特許保有者全員を参加させることがある。しかし、この方法はコストと時間がかかる。別の解決策としては、標準が採用される前に特許保有者と実施者に実施料を交渉させることがあり得る。しかし、独占禁止法上の法的責任や特許保有者の対立への不安から、このアプローチもまだ始まっていない。そこで、国や実施料を設定する何らかの機関が、一定の役割を果たせるかもしれない。法律でそうした実施料に拘束力を持たせることも可能だろう。問題は、どの国が実施料の設定を行うかである。アンワイヤード・プラネットの訴訟では、ファーウェイは英国でのライセンスだけを望んでいたが、裁判官は、FRANDライセンスは世界的なライセンスだと述べた。英国の裁判所がファーウェイとアンワイヤード・プラネット間の世界的な契約を強要できるとしたら、他のすべての国でもそれが可能となり、(自己に都合のよい)裁判所への競争、つまりボトムへの競争をもたらすことになる。FRANDでこうした事態が起こるのを避けるにはどうすればいいのか。

国際的なFRAND裁判外紛争解決手続き(ADR)審理体?

FRAND実施料の合計額を決定し、ニューヨーク条約に参加調印したすべての国でその判断を承認される国際的な法廷があると想定してほしい。国にこれを実現するよう促すには2つの方法しかない。1つは条約だが、条約は交渉に長い時間がかかり、また交渉後に各国が必ずしもその条約を順守するとは限らない。もう1つの方法は標準化団体(SDO)のポリシーを通す方法である。SDOは参加者に、特定の標準に対してFRAND実施料を決定するよう要求することができる。

実施料をグローバルに決定することとすれば、(自己に都合のよい)裁判所への殺到を避けられる。1つの標準について1つの審理手続きで終了とすれば手続きの重複は回避される。少なくともロイヤリティ・スタッキングの脅威は取り除けるはずだ。実施料がいくらになるか事前にわかる。このことは競争法の順守、さらにはホールドアップとホールドアウトの問題解消にもなる。

FRAND実施料の決定は単なる私人間の合意ではない。二者間でボトムアップで決める方式は、最適ではない。この方式は多くの非効率性をもたらし、関わる国が増えることから世界中で(自己に都合のよい)裁判所への殺到を招く恐れがある。実施料の決定にはもっと包括的な制度が必要とされる。皆さんとその点について考えていきたい。

講演4:標準必須特許権の行使に関する法的課題―国際比較を踏まえた日本の対応

鈴木 將文(RIETIファカルティフェロー/名古屋大学大学院法学研究科教授)

SEPには、基本的に次の3つのカテゴリーにおいて多くの法的問題がある。1)特許侵害紛争、2)競争法における紛争、3)契約上の紛争。

施行の制限に対する法的根拠

1番目のカテゴリーでは、国(裁判所)がSEPの権利行使を制限する法的根拠として、契約上の根拠、権利濫用の原則、特許救済措置の理論、および反競争的慣行の4つがある。契約上の根拠のアプローチでは、裁判所はSSOとSEP保有者間のFRAND宣言に基づき、SEP保有者は潜在的な実施者に対し契約上の義務を持ち、この義務は純粋な侵害訴訟とは別に処理されるものと認識する。

権利濫用は日本の知財高裁がアップル対サムスンの裁判で取ったアプローチである。裁判所はFRAND宣言に第三者(標準実施者)に対する契約としての効果(契約上の根拠)は認めなかった。しかし、裁判所は権利濫用の原則に基づき差し止め請求を否定した。SEP保有者はすでにFRAND宣言を行っており、かつ、実施者であるアップルはライセンスを受ける意思のある者(willing licensee)としてFRAND条件でライセンスを受ける意思を示していた。これら2つの事実に基づき、差し止め命令は権利の濫用とみなされた。なお、裁判所は、両当事者間に直接的な契約関係を認めなかったが、サムスンに対しSEP保有者として誠実に交渉する義務を認めた。権利濫用のアプローチで問題なのは、基準が曖昧で予測可能性に欠ける点である。そこで、知財高裁は法律上の予測可能性を高めようとした。しかし、この訴訟においては、裁判所は侵害者側のFRAND条件でライセンスを受ける意志に関する判断基準を提示しなかった。

米国では、差止め措置自体に関する法理論として、侵害があっても差止め命令を制限する考え方がある。イーベイ事件において、連邦最高裁は、たとえ特許侵害が確認されたとしても差止めは当然には許容されないと述べた。日本とドイツでは、このような考え方は採用されておらず、おそらく近い将来に採用されることもないと思われる。

競争法のアプローチは主にドイツの裁判所で発達してきた。特許権者が市場支配的地位を濫用した場合、彼らの権利行使は競争法に基づいて制限できる。特許法は国レベルで運用されるが、競争法はEU条約に基づいているため、その管理と運用はEU内で統一されている。2015年、欧州連合司法裁判所(CJEU)がファーウェイ対ZTEの事件において出した判決により、SEP保有者が標準実施者に対してSEPの権利行使として差止め命令を得られるかに関し、一般的な枠組みを提示した。なお、日本でのアップルとサムスンの訴訟では、裁判所は競争法について形式的に触れただけであった。すなわち、アップルがFRAND実施料を超える損害に対しては賠償する義務がないことを前提として、権利者側の損害賠償請求の行為が独占禁止法に違反しない旨が述べられたにとどまった。

特許訴訟でのもう1つの問題はFRAND実施料の決定である。特定のSEPへの割当ての問題について、知財高裁は必須特許の数で割り、製品当たりの実施料を算出している。理想としては、その特許の価値を反映すべきであるが、アップル対サムスンの事案では、当事者の主張および証拠の限界から、そのような判断がなされたのはやむをえないと思われる。裁判所によって実施料の決定に対する見方は異なる。アンワイヤード・プラネットとファーウェイ間の訴訟(2017年)では、英国裁判所は、SEP関連の問題の詳細にまで立ち入り、世界的な実施料を決定すべきだという重要なポイントを提起している。

日本における競争法との関係については、独占禁止法の下での不公正な取引方法と私的独占が問題となる。公正取引委員会(JFTC)は2016年に知的財産の使用に関するガイドラインを改定した。注目点は、FRAND義務を負うSEP保有者によるライセンスの拒否または差止請求訴訟の提起に関し明確に述べていることである。ただし、同ガイドラインは、標準実施者がFRAND条件でライセンスを受ける意思があるかどうかを判断するためのさまざまな基準を示してはいるが、ヨーロッパでは欧州連合司法裁判所とドイツの裁判所が交渉における具体的手順について検討しているのに対し、日本ではそこまでの具体的指針は示されていない。

最近の進展

米国の司法次官補デラヒム氏が、11月に行った講演において、反トラスト法の運用に関し、標準特許権者に有利な方向での考え方を示した。特許権者よりもむしろ標準実施者側の反競争的行為への懸念に言及しており、一時の競争当局の動きとかなり異なる姿勢を示したものと受け取られている。

また、11月29日、欧州委員会はSEPの問題について通達を出した。通達はパテントプールの使用を奨励している。また、差止命令救済の許可に対する比例原則について触れ、差止め命令に係る裁判所の裁量的判断を奨励している。この比例原則の考え方が欧州の運用にどのような影響を及ぼすかを注視していく必要がある。

日本における競争法の位置付けを監視・確認する必要もあるだろう。ヨーロッパでは、競争法の違反が、特許権者の権利行使の直接的根拠となり得る。他方、日本では、知財高裁が権利濫用のアプローチを採用し、また、ライセンス拒絶と差止請求に関して独占禁止法の適用に関するガイドラインが発行されただけである。また、現在、特許庁(JPO)はSEPに関わるライセンス交渉についてガイドラインを検討中である。これについては、どのような観点からのガイドラインであるかが明確にされることが望まれる。

今後の課題として、日本では、権利濫用の原則の適用基準と独占禁止法に基づく取扱いの一層の明確化が求められる。第2に、FRAND条件でのライセンス契約に係る意思の存在を認定する基準も確立する必要がある。第3に、日本法の下での、SEPの移転とFRAND宣言の効果の法的関係を確認する必要がある。さらに、IoTの発展、および標準化とオープンソース・プロジェクト間の関係という観点から、SEPに関わる政策上の問題を検討する必要もある。

パネルディスカッション

プレゼンテーション

長野 寿一(名古屋大学教授/元経済産業省国際標準化戦略官)

2012年の国際電気通信連合(ITU)特許円卓会議は、RANDの脈絡における差止救済請求の是非、およびRANDにおける「合理的(Reasonable)」とはどのような意味かという2つの問題についての議論を活発化させた。ITUにおいてだけでなく、欧州電気通信標準化機構(ETSI)と米電気電子技術者協会(IEEE)でも同様である。私はITUのそうした議論に長く参加してきた。

差止請求、合理的、非差別的、ポートフォリオ・ライセンシング、および透明性(宣言の質)の脈絡で4つの抗弁が見受けられる。これらは具体的には(1)必須性、(2)侵害、(3)有効性、(4)権利行使可能性である。

ITUやETSIの議論に参加しなかった一部の新興国の競争法当局は、SEPをSDOでの定義とは異なった意味に定義し始め、それぞれの国の競争政策を実施するための政策ツールとして使用し始めた。この定義はRANDの義務を課することを目的としたもので、プロプライエタリな技術にまで対象を拡大し、一部の民間企業で強い不安が広がった。

オープンソースソフトウェア(OSS)の新たなムーブメントが起きている。ハードウェアがソフトウェアにますます置き換わっていく中、標準化団体が、標準策定手続きにOSSのプロセスやOSSに似たプロセスを採用する傾向が強まっている。ここで、RANDまたはロイヤリティフリーとして扱われる特許がより大きな問題になる可能性がある。

SEP保有者と実施者の間でどのように衝突が起こるかを記述したグローバルな俯瞰図、そして(1)裁判所、(2)競争法当局、(3)SDO、(4)特許庁という4種類の「トラブルシューター(紛争解決者)」が、米国、ヨーロッパ、日本、新興国地域に対し、全体的なマトリックスとして提示された。このチャートには、マトリックスの関連するセルに連邦取引委員会(FTC)/司法省(DOJ)と日本の特許庁(JPO)の最新の動向、OSS、5G、透明性およびEC Communicationが記されている。

Dina KALLAY(Ericsson(IPR, Americas & Asia-Pacific)競争法担当部長)

私のプレゼンテーションでは独占禁止法の執行のタイプIの認り(「過度な介入」)についてお話しする。

2012年から2015年にかけて、米国司法省(DOJ)の反トラスト局は継続的な競争唱道の活動において、裏付けとなる実証的エビデンスが無いにもかかわらずホールドアップはシステム全体の問題になっていると指摘してきた。司法省はこれら反復的な声明に実証的な根拠を提供する意図はなく、ホールドアップ理論で十分、もしくは「ホールドアップはエボラのようなもの」という見解を持っていた。さらに、当時の司法省の唱道はSDOに特許政策を変更するよう強く迫った。

司法省の唱道の結果、IEEEは特許ポリシーの変更を決定し、侵害者の行為がいかに酷かろうと、特許保有者が差止命令を使うのを効果的に防いだ。非公開の場で何度も議論を繰り返しながら策定した新たな政策には、標準の基本特許の価値を切り下げる他の多くの要素が盛り込まれた。この政策は2015年2月に発行された司法省の書簡により称賛された(標準作成過程における手続き上の誤りは認識されているが)。

新たな特許ポリシーが発効して以来、WiFi標準に対して提出された特許声明書の約4分の3はネガティブな声明書だった。つまり、IEEEでFRANDアクセスにより保障されたオープンスタンタード化が、司法省の介入的唱道の結果、破たんしたのである。

今、司法省は正常な状態に戻り、競争制限効果をもたらした3年間に及ぶ一方的な介入を後悔している。2017年11月に司法次官補のデラヒム氏は、ホールドアウトはホールドアップより深刻な独禁法リスクだと指摘し、この期間にタイプIの誤り(反トラスト法機関による過度な施行または過度な介入)があったことを認めた。デラヒム氏は講演で買い手カルテルの問題、つまり標準化機関において実施料を低く抑えるようライセンシーが共謀行動に出ることを警告している(IEEEの行為がそのような買い手カルテルにつながったことを示唆)。

FTCも同様の立場を取っており、SEPの分野で反トラストの誤った適用があったことを認めたうえで、この分野において何らかの唱道や介入を行う場合は実証的根拠を持つよう求めている。IEEEの事例は単に個人的見解に基づいて介入することの反競争的影響を警告する自然実験としての意義があり、政策立案者には介入を単なる個人的見解でなく実証的知見に基づいて判断するよう求めたい。

三村 哲也(株式会社NTTドコモ知的財産部渉外担当部長)

まず、私のプレゼンテーションでお話しする見解はほとんど私の個人的見解だということを申し上げておく。

実施者とSEP保有者の立場にはギャップがある。実施者にとっては、SEPとSEP保有者の数が多いため、妥当な実施料を明確化するのが難しい。また、払わなくて済むなら、とりわけ競合他社が払っていないのであれば、彼らも払いたくないという本音もある。一方で、SEP保有者は実施者に正当なライセンス料を請求していると考えている。双方のギャップを埋めるため、標準化機関、業界団体、政府機関などが議論を重ねてきた。議論の主な論点は差止救済措置、FRANDの定義、および透明性だが、これらは実施者の課題をどう解決するかが焦点になっており、現在の環境はやや実施者に有利なようだ。

5Gに向けては、パテントプールは有効な解決策と思うが、3Gと4Gのプールは必ずしもうまく機能していない。

5GネットワークにはおそらくOSSを積極的に使うことになるだろう。FRANDかロイヤリティフリーとすべきか、SEPライセンスの条件が議論されており、これを解決する必要がある。

福岡 則子(パナソニックIPマネジメント株式会社ライセンス部担当部長)

2010年から2011年のマイクロソフト、アップル、サムスン/グーグル間のスマートフォン戦争において、FRANDの仕組みが非難され、問題点が指摘された。2012年にはITU特許円卓会議がこの議論を取り上げた。その後、ITU IPR Adhocがこの議論を行う場としての役割を引き受けた。主にヨーロッパの一部のメンバーはセーフハーバー(免責)アプローチを提案し、また主に米国の他のメンバーは差止命令の禁止を主張した。半導体やハンドセットのメーカー、基地局の運営会社、チップメーカー、通信キャリアなど全てのレイヤーで両陣営に分かれた。ITU IPR Adhocでは、マイクロソフト、アップル、サムスンは同じ陣営に属していた。このことは、市場競争からビジネスモデルに関する戦争への移行を示唆しているのかもしれない。

FRANDライセンシングを行う場合、頭に入れておかなければならない要因がいくつかある。イノベーションにより産業を促進し、権利の保有者と実施者のメリットをバランスさせ、誠実な交渉を守り、公平な競争の場を確立し、交渉の自由を確保すべきである。また、世界全体を視野に入れなくてはならず、行動は迅速であるべきだ。長期的な視点と持続可能なルールが必要である。

長岡 貞男(RIETIファカルティフェロー/東京経済大学教授)

パネルディスカッションは、SEPに対する合理的な実施料を算定する際のトップダウンvsボトムアップ方式の比較から始めたい。標準全体の合理的な価格から考えて過度な料金を求める個別の動機があること、また、個別の技術の増分価値を評価することの難しさが存在することが、各ライセンサーとライセンシーとの対立につながり得ることを考えると、私は合理的な実施料を求めるにはボトムアップ方式よりもトップダウン方式が適切かもしれないとするContreras教授の意見に賛同したいと考えるが、パネリストの意見は如何か?

LAYNE-FARRAR:
どのアプローチを取るにせよ、できるだけ訴訟におけるエビデンスを裏付けとすべきである。両アプローチとも、特許の価値を計るうえで現実の実証的裏付けを見つけるという点で重大な問題を抱えている。私としては、マーケットデータである比較可能なライセンス契約を支持したい。これはすでにロイヤルティ・スタッキングなどを考慮に入れている。しかし、比較可能なライセンスが存在するとは限らない。代替技術に関して良い情報があるなら、ボトムアップ方式が有効な可能性がある。この2つをどう選ぶかは取り組んでいる訴訟と手持ちのデータで決めるべきである。

長岡:
DVDやブルーレイの場合、標準のための必須特許全体の料金を設定し価格を配分できる。三村さん、料金は全体として決めるのと各部分で決めるのとどちらが簡単か?

三村:
どちらが簡単かを言うのは難しい。トップダウンの方が一般的なアプローチだと思うが、トップダウンでライセンサーとライセンシーの交渉が成功してきたとは言い難い。

CONTRERAS:
部分毎に価値を探して選ぶのは科学ではなく、恣意性が入ってくる。消費者がDVDにいくら払うかを決め、逆向きに個別特許の価値を決めるのが合理的だ。

長岡:
2番目の問題、RANDライセンシングを実施するためのメカニズムに移りたい。Kallay博士はRANDの義務を明確化、厳格化するためのIEEEの試みが失敗したようだとする非常に興味深い経験を報告したが、IEEEはどこで失敗したのか?

福岡:
IEEEで合意に達することもできたはずだが、我々はその機会を逃してしまった。標準化団体のメンバーは、特許保有者よりも実施者の方が多い。つまり特許保有者の意見よりも実施者の意見が優先されやすい。

KALLAY:
合意なしで進めると、バランスの取れたエコシステムが崩壊する。将来にわたって標準必須特許へのFRANDアクセスを確保する必要があり、そのためにはすべてのステークホルダーの合意が鍵である。

長岡:
Contreras教授から国際的なADRについてのお話があった。この点で合意があればパテントプールの組成に役立つことは間違いない。標準化機関がそうした提案を受け入れるかどうかについてはどうだろうか。

長野:
世界知的所有権機関(WIPO)には既に、RANDの紛争を目的とした仲裁メカニズムが存在するものの、一度も使われたことがない。日本の知財仲裁センターもあるが、このセンターも滅多に使われていないと聞いている。まずはこれらのメカニズムがなぜ使われていないのかについて検討すべきではないか。

知的財産権(IPR)についてはWIPO、パリ条約、WTO知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)があるため、IPRシステム内での国際的調和が図られている。標準については、関係するすべての標準化機関の調和を図る国際的な仕組みはない。影響を受けるのは比較的少数の国際的標準化機関だが、法的地位は民間もしくは政府系と異なるうえ、他にも標準化団体として数百ものフォーラムとコンソーシアムがある。一部の団体は影響力を持っているため、標準化機関にこのような世界規模の調和に参加するよう説得するのは難しいかもしれない。

鈴木:
国際的なADRは有効だと思う。範囲は狭くし、実施料だけに特化すべきだろう。範囲が広いと特許紛争の仲裁能力という問題が生じるからだ。

長岡:
標準化機関はADRが設定した実施料に従うことを強要できるのか?

長野:
そのような議論がある場合、たとえば国際標準化機構(ISO)では私が8年在籍していた技術管理評議会(TMB)で行うべきである。しかし、私はこうした議論を聞いたことがない。一度だけ、標準策定の参加者のために彼らが価格設定や生産といった違法な問題を話し合わないように、反トラスト法のガイドラインを検討したときにそれに近い議論があっただけだ。他の標準化機関についても状況は同じだろう。

CONTRERAS:
ADRの対象範囲には特許の有効性と競争法の問題は含まれず、ライセンス契約上の金額に限定されるべきだという点では、私も同じ意見である。WIPOや他の仲裁機関が使われないのは、弁護士は自分たちが知っている仲裁機関に固執したがるためだ。

LAYNE-FARRAR:
SEP保有者は仲裁を要求し実施者はそれに抵抗しがちだ。両当事者とも仲裁に入ることで合意しなくてはならない。

KALLAY:
最近、2017年11月29日にEUが発行した新たなFRANDの関するコンサルテーション文書は称賛に値する。理由は、もし当事者がFRAND条件に合意できない場合、FRAND条件を決定するサードパーティの裁定に合意することが誠意ある行為とみなされるからである。逆に言えば、紛争中のすべての特許に対しFRAND条件を決定するそうした裁定を拒否した場合、誠実に交渉する意志はないとみなされるべきである。

LAYNE-FARRAR:
パテントプールに関する私の実証調査はそれが成功するための2つのシナリオを示唆している。第1は、主要特許を保有する複数の当事者間に非常に対称性がある場合、そのプールの、対価ライセンスやその他の条件について合意を形成することが可能である。もう1つの条件は、標準化機関のメンバーのうち十分な数が、プールが無ければ標準は商業的に失敗すると危惧していることである。

KALLAY:
私はクリティカル・マスを達成できればプールは成功する見込みが高いと考えている。私はパナソニック、ソニー、シャープを含む、IoT向けに発表された最近のAvanciライセンスプールをある程度楽観視している。大手特許保有者の大多数がAvanciのメンバーだからだ。12月1日(金)、AvanciはBMWとのライセンスを発表した。

福岡:
プールライセンスの取得を促すには、最初のライセンシーにはできれば大手が参加することが重要である。もう1つの成功のポイントは大手の特許保有者を参入させることである。

長岡:
最後に、オープンソースソフトウェアとSEPの新たな問題について議論したい。OSSとSEPの間に根本的な衝突はあるか、また、この問題をどう解決できるのか?

CONTRERAS:
インターネット・エンジニアリング・タスク・フォース(IETF)は、同団体の標準をオープンソースで実装するのが望ましいと判断した。IETFの標準をライセンスするシステムには文書に対するトラックとソフトウェアコードに対するトラックがある。FRANDライセンスは、定義した形のオープンソースコード・ライセンスであるオープンソースイニシアティブ(OSI)とは互換性がない。単に支払条件だけではない。相互主義などの条件もOSIとの関係で問題となり得る。

長野:
OSIのオープンソース定義No.7は、プログラムに付随する権利はそのプログラムが再配布された者全員に提供されなくてはならず、追加のライセンスの締結を必要としてはならないと定めている。この追加ライセンスには特許ライセンスが含まれる。実施者の側は、彼らのビジネスモデルはRANDビジネスモデルではなく「オープン&クローズド」モデルであり、極力フリーのテクノロジーと自らのプロプライエタリなテクノロジーを組み合わせることから、この方向に進む傾向がある。当事者はOSI/OSSサイドと非OSI/OSSサイドの2つに分かれ、「実施者」対「権利者」という、我々が既に見た対立構造となる。

ところで、KALLAY氏から言及のあったIoT関連のSEP問題は非常に不安視されているが、BMW-Avanciの合意は自動車分野における最初の有望なステップになり得るかも知れない。

質問:
標準を策定するための水平協力と標準を実施するための水平協力があり、競争はない。何か不安は?

長岡:
ソフトウェアディベロッパーの間では競争があると思う。

質問:
電気通信の分野では、ソフトウェアだけでなくオープンソース・ハードウェアを作っているオープンソース・コミュニティがある。

KALLAY:
もう1つ競争に関わる問題がある。ベストなテクノロジーを選ぶためのオープンなピアレビュープロセスのような標準策定と異なり、オープンソースには一般に2、3のメンテナンス業者がいる。何を取り入れ何を除外するかは彼らが決め、除外の可能性は非常に大きい。

CONTRERAS:
これについても聞いたことがない。誰かが組んでオープンソースバージョンを作ることで小さなプロプライエタリソフトウェアのベンダーが排除されるようなことがあれば、それはリスクである。

質問:
SEPライセンシングに詳しくない新たなIoT実施者が多数いる。ヨーロッパではCEN-CENELECプロセスが実施者とSEP保有者のためのIoTライセンシングポータルを作ろうとしている。日本でも検討できるだろう。

福岡:
特許庁の意見書は、情報共有データベースで共通の認識を持つべきだと述べている。FRAND実施料など、定量的情報を持つそうしたデータベースはより円滑な二者間交渉を促すだろう。

長岡:
活発な議論、ありがとうございました。