RIETI国際シンポジウム

情報技術と新しいグローバル化:アジア経済の現在と未来(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2017年8月1日(火)14:00-18:00(受付開始13:30)
  • 会場:イイノホール&カンファレンスセンター Room A(東京都千代田区内幸町2丁目1-1)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)
  • 共催:公益財団法人日本生産性本部、一橋大学社会科学高等研究院(HIAS)、文部科学省科学研究費基盤研究 (S)16H06322「サービス産業の生産性:決定要因と向上策」

アジア主要国で少子高齢化が加速する中、経済成長率の向上に有効な政策を立案するに当たって、データベースの構築とその分析を通じて産業、企業の生産性の実態を正確に把握するとともに、情報技術(IT)活用、イノベーション、グローバル化などが生産性に及ぼす効果を解明することが必要となる。本シンポジウムでは、7月31日と8月1日午前に一橋大学とRIETIで開催された第4回Asia KLEMS コンファレンスの成果を取り込む形で、前半ではハーバード大学のデール・ジョルゲンソン(Dale Jorgenson)教授と欧州経済政策研究センター(CEPR)のリチャード・ボールドウイン(Richard Baldwin)所長が、アベノミクス第2弾を中心とする日本の成長戦略およびITと新しいグローバル化がもたらす経済格差の世界的な大収斂(Great Convergence)について、それぞれ講演した。後半のパネルディスカッションでは、7名の参加者が、グローバル化と生産性の観点からアジア経済の現状を分析し、その未来について議論を交わした。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

本日のRIETIシンポジウム「情報技術と新しいグローバル化:アジア経済の現在と未来」は、今般、東京で開催された第4回Asia KLEMS コンファレンスと合わせて、RIETI主催、公益財団法人日本生産性本部および一橋大学社会科学高等研究院の共催により開催するものである。

Asia KLEMSは、生産性を国際比較できる国際的なデータベースを構築するための世界的な取り組みであるWorld KLEMSと平仄を合わせた枠組みである。World KLEMSには、本日のシンポジウムで基調講演をしていただくハーバード大学のDale Jorgenson教授を中心にして世界各国の経済学者が参画しており、その枠組みの中にあるAsia KLEMSでは、日本からは当研究所、および本日のシンポジウムでご登壇されるRIETIのファカルティフェロー・プログラムディレクターで一橋大学経済研究所教授の深尾京司先生が中心的な役割を果たしていらっしゃる。

生産性向上は、申し上げるまでもなく経済成長の主要な源泉である。特に日本のみならず中国や韓国などアジア主要国においても少子高齢化が速い速度で進んでいるので、持続的な成長を維持する上で生産性向上は最重要課題となっている。

その中で、経済成長率を高めるのに有効な政策を立案するには、ただ今申し上げたKLEMSのようなデータベースの構築とその分析などを通じて、産業、企業の生産性の実態を正確に把握するとともに、ITの活用、イノベーション、グローバル化などが生産性に及ぼす効果を解明することが必要となる。

本シンポジウムは、アジアでの情報技術と新しいグローバル化をテーマとして、Asia KLEMS コンファレンスの成果を取り込む形で進めていく。生産性の視点を1つの軸に据えつつ、海外からは、国際貿易や国際経済などについての研究の世界的権威であり、ITと新しいグローバル化が世界の経済あるいは貿易にもたらした変化などについて議論を先導していらっしゃる、欧州経済政策研究センター (CEPR) 所長でジュネーブ高等国際問題・開発研究所教授のリチャード・ボールドウイン先生、そして、中国経済の計量モデルを初めて開発し、中国を含む東アジア経済に高い知見をお持ちの、香港中文大学のローレンス・ラウ教授にご参加いただく。

日本からは、日本銀行の関根敏隆調査統計局長、また、RIETIのリサーチアソシエイトで慶應義塾大学産業研究所教授の清田耕造先生に加わっていただき、パネルディスカッションで、より幅広い観点からアジア経済の現状と将来を見ていく。

世界的権威の研究者による最先端のご報告とパネルディスカッションは、必ずや皆さまの知見を広げるものになると確信している。

基調講演1:アベノミクス第2弾

デール・W・ジョルゲンソン(ハーバード大学サミュエル・W・モリス記念講座教授)

日本の「失われた20年」は、広く知られるところである。90年代初頭から、日本経済はほぼ成長しておらず、生産性の向上もみられない。この「失われた20年」に対して、日本政府が打ち出した政策について本日は講義する。安倍首相は長期の問題や新しいグローバル化における機会の獲得、情報技術 (IT) の役割などに関する試みとして、アベノミクス第2弾を発表した。特に、世界経済において、ITはイノベーションを喚起する主要な原動力であるが、日本はITの採用に遅れをとっており、またIT投資も十分ではない。

過去20年における世界の経済活動やバリューチェーンの拡大には目を見張るものがある。1991年に日本でバブルが崩壊し、インドと中国が日本を上回る経済大国となり、新たな世界秩序(world order)が形成された。実際、中国は2014年に世界第1位の経済大国となった。

新世界秩序への日本の対応:アベノミクス

この世界秩序の変化を受け、安部総理はアベノミクスと称する政策を打ち出した。アベノミクス第1弾は、大胆な金融政策、機動的な財政政策、および成長戦略という3本の矢を特徴としている。2016年前半、安倍総理は、アベノミクス第1弾の成功を受け、新たな経済政策を模索し始めた。

私はアベノミクスの次の段階に関するアドバイスを求められ、生産性向上の喚起による日本経済の再生を提案し、主な焦点として、国際競争から保護されている非製造業部門の生産性向上が重要であることを指摘した。その後、アベノミクスは再構築され、「未来投資戦略2017」として公表されたが、これをアベノミクス第2弾と呼ぶことにする。

日本経済が直面する諸問題

第1に、経済史上かつてない速さで技術が進化している時代にあって、日本の生産性向上は停滞しているということ。第2に、日本は労働力低下と人口減少という深刻な少子高齢化に直面しているという事実。第3に、高齢化を支える上で必要な支出を賄うため、政府歳入の対GDP比が上昇するという問題である。

アベノミクス第1弾

これまで日本では成長のためのアプローチとして伝統的に、特定の産業を優遇し、それにより競争を阻害する大企業が形成されてきた。アベノミクスは、カルテルを維持し、競争を抑制し、新規技術に対する投資意欲を減退させている政策を撤廃することを目指している。第1は農業改革で、農協の影響力を削ぎ、貿易協定に加入することを目指している。第2に、厳しい規制下にある電力・ガス部門の競争促進に向けた取り組みは現在進行中だが、福島第一原子力発電所の事故により、状況が複雑化している。第3に、さまざまな業界の岩盤規制の排除により、競争を刺激することである。

日米間の生産性格差は、経済全体で15%であった。日本の産業において特に顕著に日米で生産性格差が見られるのは、農業、エネルギー、金融・保険、その他サービス、卸売・小売業である。この5つの業種が日米間の生産性格差すべてを占めている。競争を刺激し、イノベーションとIT投資を促すためには、この分野の規制緩和が必要である。また、減少しつつある労働力の配分が非効率的であるという問題を解決するためには、労働法の改正が必要である。貿易協定も成長戦略において重要な役割を果たすだろう。

アベノミクス 2.0:未来投資戦略2017

総理や閣僚にお会いした際に私が示した提案は、単純である。すなわち、日本は競争の促進によって生産性革命を起こし、生産性の停滞に終止符を打たねばならないということである。その後、新たなアベノミクスは、次の3つの原則に基づいて策定された。第1に、生産性の向上、第2に、イノベーション・貿易の促進、第3に、企業活動の活性化である。

生産性の向上については、まずこれまでの働き方を改革する、すなわち労働市場改革が必要である。次に、人的資源への投資。第3に、高齢者・女性の活用により、労働力の多様性を受け入れる。しかし、アベノミクス第1弾におけるカルテル化した業種において競争を刺激し、生産性を向上させるために、規制を撤廃していくという取り組みは、どこに示されているのであろうか。

次に、イノベーションと貿易の促進政策に関する第1の目標は、オーダーメード医療の提供である。第2に、アマゾンやアリババと比肩するよりよい流通サービスの構築である。第3に、インフラ部門における生産性の向上である。第4は、フィンテック開発の促進である。しかし、貿易やサービス、生産性が低いと言われる業種に関する具体的な話は、一切行われていない。

第3の原則は、法人税の引き下げおよび投資家の信頼強化により、企業活動を活性化すること、さらに技術移転促進のため、海外からの対内投資を呼び込むことである。

結論

日本経済が目覚ましい発展を遂げているIT(情報技術)の流れに乗るためには、投資とイノベーションを促す競争環境を整備することが必要である。アベノミクス2.0において決定的に欠けている要素は、この部分だと考えられる。アベノミクス第1弾の第2の矢は断念し、精力的に改革を推進し、投資ではなく消費に対する課税に税制を移行することにより、財政収支のバランスを取り戻す必要がある。成長戦略については、変化する世界経済と発展を遂げるグローバルバリューチェーンへの適応に焦点を当てるべきである。日本は生産性向上のための具体的な取り組みを示すことが必要とされている。アベノミクス第1弾が広く支持を獲得できたのはこのためである。

基調講演2:大収斂: 情報技術と新しいグローバル化

リチャード・E・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授 / CEPR所長)

本日は、皆様にグローバル化に対しての理解を深めていただきたいと考えている。まず、グローバル化の定義とは、モノ、アイデア、人、サービス、資本が、ある国から別の国に移動する際に生じることである。これらの国際的な流れの原動力となっているのは裁定である。モノ、サービス、アイデア、人、資本のいずれも、豊富なために安価で手に入る場所から、稀少なため、値段が高い場所へと移動する傾向にある。モノの取引について考える際、この裁定は「比較優位」と呼ばれる。

私は、2016年に出版した『The Great Convergence』という本において、グローバル化における「グローバル」の性質がこの数十年間で変化してきていると述べた。1990年当時、G7各国は、製造業生産全体の約70%を占めていた。しかし、中国、韓国、インド、ポーランド、インドネシア、タイが占める割合が上昇し、50%を下回るまでに低下した。同様に、G7各国が世界のGDPに占める割合も劇的に変化し、1993年には67%だったが、2014年には46%となった。

グローバル化の再考

グローバル化について考えるとき、これまでメンタルモデルとなってきたのは貿易論、特にデヴィッド・リカードの比較優位論を基礎とした諸理論である。グローバル化が始まった1820年頃から1990年に至るまでの間、グローバル化がいかに機能してきたかを説明するという点では、この理論は優れていると思う。比較優位性は今でも重要ではあるが、新たな形態のグローバル化も進行中である。

このことを理解するために、仮定の世界におつきあいいただき、「グローバル化の原動力は貿易の流れではなく、知識の流れだとしたらどうだろうか」と自問してみてほしい。あらゆるものがノウハウと労働から作られ、貿易コストや貿易障壁は1990年当時のままであり、その年に開通した「パイプライン」によって、企業は国境を越えてノウハウを移転することができるようになったと仮定してみてほしい。このパイプラインは、米国からメキシコと中国へ、ドイツから中国とポーランドへ、そして日本から中国に伸びているとする。20世紀においては、ハイテク高賃金か、ローテク低賃金のいずれかでの競争だった。しかし、パイプラインが開通すれば、G7各国の企業はそのノウハウと海外の低賃金労働力と組み合わせることができる。高賃金に優る技術力の高さでかつて競争力を維持していたG7諸国の製造業は、ハイテク低賃金の国へと移動するだろう。これによって、G7諸国からパイプラインで接続された工場のある国に、知識 (これに伴い製造業そのもの) が急速にシフトするだろう。知識のパイプラインが情報通信技術 (ICT) 革命をもたらしたのである。

グローバル化と大収斂を抑制する3つの費用

より幅広い視点でグローバル化を捉えるため、知識としてのグローバル化の考え方と、グローバル化に関する従来の視点とを組みあわせたいと思う。グローバル化を抑制する3つの要素は、3つの費用から構成されている。すなわち、貿易コスト、通信コスト、そして対面コストである。蒸気機関の発明とパックスブリタニカにより、貿易コストは低下したが、これ以外の2つのコストにはあまり影響がなかった。貿易コストの低下によって貿易量の大幅な増加が可能になり、比較優位性によって採算性が確保された。蒸気機関の発明によって生産と消費が切り離され、同時に分業化が始まった。市場が世界全体に拡大するにつれ、貿易コストではなく、通信コストを削減するため、生産はそれぞれの地域で1カ所に集められた。ごく小規模な集合体を形成することによって、イノベーションが醸成され、やがて実際に大規模なイノベーションが起こるとともに、近代におけるG7諸国の成長をもたらした。

しかし、通信コストの高さにより、G7諸国のイノベーションはG7域内にとどまり、ノウハウの不均衡が生じた。グローバル化以前に裕福な国と貧しい国の知識量は、ほぼ均等だった。その後、裕福な国が知識のほとんどを保有するようになった。その結果、貧しい国は貧困のままとどまり、中国やインドのようにかつて豊かだった国も貧しくなるという格差の拡大をもたらした。これは、取引コストは低下したが、通信コストは低下しなかったことによる。ICT革命によってアイデアを移動するコストが下がり、海外生産が可能になったが、大幅な賃金格差によって収益性が実現化した。「新しいグローバル化」とは、情報が国境を越えて移動することであり、G7各国のGDPシェアが下落するのと同時に、中国やインドなどの国がGDPシェアを回復するという「大収斂」をもたらした要因である。

反グローバル化の台頭を説明する

反グローバル化の第1の原因は、新しいグローバル化によって、G7諸国の労働力がG7諸国内のノウハウを独占していた状態が崩壊したことによる。G7各国で開発された技術は海外に移転し、労使間の社会契約が崩壊した。第2に、新しいグローバル化は、分業制が進んでいる国ほど大きな影響を与える。たとえば、新しいグローバル化以前には、米国市場に入る日本車のように、完成品のレベルで国際競争が発生していた。しかし、新しいグローバル化の下では、国際競争は個人の仕事レベルで発生する。もはや日本チーム対米国チームの競争ではなく、むしろ米国と日本が入り混じった状態になっており、何が起きているのか理解しにくい。この2つの要因が組み合わさった結果、G7諸国の経済的不安や脆弱性をもたらし、それまでの特権が奪われることになった。新しいグローバル化の影響は、より突発的で、より個人的であり、より予測・制御が難しいといえる。どんなスキルを持った労働者も常に仕事を失うリスクにさらされている。

グローバル化の未来

グローバル化のマイナス面の話から始めたが、これらの変化のおかげで、それぞれ個人が持っているノウハウをよりよく活用できるようになるだろう。ここで未来について、つまり今後5年間でグローバル化がさらに進むのか、あるいは後退するのかについて考えてみたい。グローバル化の次の段階はさらに破壊的になると思う。対面コストは依然として高く、富裕国のサービス部門の労働者の3分の2はいまだにグローバル化や自動化を経験していない。

しかし、今後5年間で技術が進歩し、出張ではなく、高度な通信システムによって、あたかも外国人が実際に自分のオフィスで働いているかのように、仕事をする日が来るかもしれない。話し言葉を瞬時に翻訳する機械が当たり前になり、言葉の壁が取り払われたと想像してみてほしい。皆が同じ部屋にいるように感じられるテレプレゼンスシステムは、すでに存在している。高賃金の専門職も、テレプレゼンスや瞬時翻訳機があれば、海外への転職ができる。テレロボットにより、単なる手作業だけでなく、外科手術さえも海外で行える。フィリピンのメイドはロボットを操作してロンドンのホテルの部屋を清掃できるようになるだろう。また、医師はテレメディスン (遠隔治療) を使って、世界中の患者を治療できる。現在のところ、これらの技術はまだ高額で荒削りだが、飛躍的な技術の発展により、短期間のうちに手頃な価格で使い勝手も良くなるだろう。未来は速いスピードで近づいてきており、空想科学 (SF) は、もはや空想というより科学に近づきつつある。

パネルディスカッション

チェア

深尾 京司(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 一橋大学経済研究所教授 / Asia KLEMS コンファレンス議長)

パネリスト(五十音順)

清田 耕造(RIETIリサーチアソシエイト/慶應義塾大学産業研究所教授)

デール・W・ジョルゲンソン(ハーバード大学サミュエル・W・モリス記念講座教授)

関根 敏隆(日本銀行調査統計局長)

リチャード・E・ボールドウィン(高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授 / CEPR所長)

森川 正之(RIETI理事・副所長)

ローレンス・J・ラウ(香港中文大学教授)

プレゼンテーション1 「情報技術と新しいグローバル化」

ローレンス・J・ラウ(香港中文大学教授)

長期的には、経済が成長しているのか、停滞しているのかは、供給ではなく、総需要の伸びに左右される。多くの国で経済飽和の兆しはほとんどみられない。公共財への需要は依然として非常に高いが、現在の状況下では十分供給されているとはいえない。日本経済にとって資本と労働の代替可能性の向上は好都合であり、労働を資本で代替するのは正しい方向である。ITはきわめて急速に進歩しており、「それぞれの能力に応じて」ではなく、「それぞれの必要性に応じて」働くことができる日も近いだろう。

プレゼンテーション2 「アジアにおけるグローバルバリューチェーンと日本への影響」

清田 耕造(RIETIリサーチアソシエイト/慶應義塾大学産業研究所教授)

グローバルバリューチェーン(GVC)インカムは、アジアでは日本と台湾において下がる一方で、中国、インド、インドネシアの製造業ではその拡大は顕著である。日本国内では資本と労働の代替により製造業で雇用が減少している。オフショアリングの国内雇用に対する負の影響は必ずしも大きくないが、国内の工場の閉鎖により日本の製造業全体の生産性の低下が懸念される。新技術導入により働き方が変わるという側面も注目するべきである。

プレゼンテーション3 「生産性と価格ダイナミクス:日銀エコノミストの視点」

関根 敏隆(日本銀行調査統計局長)

人手不足にもかかわらず賃金・物価が上昇しない中、企業は自主的な取り組みを通じて生産性の引き上げを図っている。これは今、政府が進めている労働市場改革を後押しするものではあるが、実質賃金ギャップの低下を通じて一時的に物価に下押し圧力が働いてしまう。ただ、これは未来永劫続くものではなく、2%の目標インフレ率達成に向けてのメカニズムが崩れているわけではない。こうした考察をする中では生産性の正確な計測が非常に重要である。

プレゼンテーション4 「グローバル化、AI、および生産性:サービス経済の視点から」

森川 正之(RIETI理事・副所長)

過去6年間、日本は財の輸出が伸びない一方でサービス輸出が大きく拡大した。これは資源再配分効果を通じて日本経済全体の生産性を高める効果を持った。工場を持たない製造企業、本社機能が大きい企業、ITを活用している企業は生産性が高い。アベノミクスの未来投資戦略の柱は第四次産業革命だが、製造業よりサービス産業の方がビッグデータの活用に積極的であり、世界あるいはアジアを市場とする企業は人工知能(AI)が事業に与える影響を積極的に捉えている。また、AIとスキルの高い労働力とは代替というよりも補完的な関係を持つ可能性が高い。

パネルディスカッション

深尾:
知識と資本が国境を越えて自由に流れているとして、日本がより豊かになるにはどうすればよいか。国境を越えた移動が比較的難しい人材・資源・制度などが今後の国の豊かさを決めていくとして,いかに教育制度を改革すべきか、あるいはどのような知識の蓄積が重要であるか。また、サイバーセキュリティや、観光資源を含めた経済システムなどの問題もある。より豊かな社会にするために何ができるか。同時にパネルメンバー4名のプレゼンについてもコメントしていただきたい。

ボールドウィン:
日本では、すべてにおいて質が重要視される。これは日本式のやり方の強みだが、製造業に限られている。なぜなら国境を越えられるのはモノだけだったからだ。しかし、サービス業を通じてこの強みを輸出する動きが拡大するだろうし、考慮すべきチャンスだと思う。

ラウ教授は資本と労働の代替可能性についてコメントされた。AIは全従業員に取って代わることはできない。従業員を監督する人間が必要だからだ。そして監督係の生産性が上がらなければ、彼の賃金も上がらない。したがって、全体的に急速に元に戻るかはわからないが、全部を資本または労働のいずれかにした場合、それはたとえば資本への一時的な偏りであり、すぐに元に戻るだろう。AIは無限に再生可能であるので、AIを制御し、最も有効に利用した者がすべてを勝ち得るだろう。この技術は、本質的に格差を拡大する性質を持っていると思う。

深尾:
先ほどジョルゲンソン教授は、日本の労働の質は高いが、必ずしも効果的に利用されていないと述べられた。日本の賃金水準を全体的に押し上げるにはどうしたらよいだろうか。また、アベノミクスの下で労働改革を実施する場合、具体的にどのような方向を目指すべきか。

ジョルゲンソン:
生産性の観点から見ると、日本の製造業はきわめて健全であるが、問題はサービス業である。国際貿易上重要な特定の主要セクターに参入しようとしても、妨げとなる政府の不適切な政策がある。これが生産性への重荷となっており、軽くすることが重要である。

必要なのは、この問題がどの業界で起きているのかについて、焦点を明確にし、特定し、ターゲットを絞るとともに、生産性向上を妨げている岩盤規制を崩すことである。そうすれば、たとえばアップル社がスマートフォン業界で果たしてきたリーダー的役割を、日本も担うことができるだろう。ボールドウィン教授が述べられた急速なグローバル化の過程を通じて、日本は所得水準を引き上げ、チャンスを活かせるようになるだろう。

ラウ:
AIやロボットは資本と労働の代替可能性を高める。資本と労働の等産出量曲線もよりフラットに変化する。代替性や実質賃金率だけではなく、賃金率と比較した場合のコンピュータやAIのコストにも着目すべきである。コンピュータやAIのコストは低下したため、賃金率が上昇することはないだろう。日本のサービス部門の生産性が向上すれば素晴らしいが、日本は失われることのない仕事を創造する必要がある。ポール・サミュエルソンの予測したとおり、要素価格の均等化が実際に起きている。

森川:
大学院生が新たな技術に容易に置き換えられることがない理由は、専門性の高い仕事をしているからではなく、むしろ汎用性のあるスキルを持っているからである。政策の面では、教育投資は重要であり、特に教師の質の向上が不可欠である。新任教師の給与を上げれば、より賃金の高い職を求めて転職するのを抑えられだろう。ベーシックインカムという議論があったが、セーフティーネットの確立は重要であり、負の所得税についても考える必要がある。

関根:
日本は、生産性向上によってのみ、豊かさを維持できる。当然のことながら、政府は労働市場に関する成長戦略を推進しなければならない。また、規制緩和を行い、今まで以上に競争を導入することも重要である。さらに、労働力不足に対する企業の対応についても軽視できない。労働需給の逼迫が、企業を生産性向上へと促してきた。高圧経済を維持する場合、生産性の向上によって日本経済の潜在的成長力は押し上げられ、企業の対応がその原動力となるだろう。

清田:
AIやロボットが従来の資本とは異なるのであれば、この代替について慎重に考えなければならない。しかし、AIやロボットと労働の代替の弾力性を推定するには、それらの価格データが必要である。グローバル化が日本の雇用に及ぼす影響についてだが、これまでの研究によれば、対外直接投資の負の影響はほとんど確認されていない。貿易や技術の変化は、どちらも賃金格差の拡大に影響を与えるといわれるが、技術の変化による影響は貿易による影響よりも大きいという意見もある。今のところ、グローバル化が日本の賃金格差に及ぼす影響は必ずしも大きくない。しかし米国では、グローバル化が役員給与の上昇に大きな影響を与えているとの研究結果がある。グローバル化の恩恵を受けているごく少数の人々にもっと注目する必要があるかもしれない。

深尾:
次に議題を企業に移したいと思う。日本の企業を活性化するためにはどのような政策が必要だろうか。たとえば、法人税の引き下げはどうか。

ジョルゲンソン:
日銀の積極的な金融政策の結果、円の切り下げがようやく成功し、グローバル化の恩恵やグローバルバリューチェーンへの参加など、日本が世界市場にアクセスする上できわめて重要なマクロ経済的障壁が取り除かれた。その結果、製造業と比較してサービス業が貿易に占める割合が増加した。また、労働市場の改善についても考慮する必要がある。効率化を図り、日本の高スキル労働力をさらに活用する絶好の機会である。これまで日本は人的資本に多大な投資をしてきたからこそ、現在、非常に質の高い労働力に恵まれているのである。

森川:
注目すべき規制として、サービス産業における職業資格制度がある。この制度は、たとえば歯科衛生士に歯科医師の仕事の一部を、あるいは看護師に医師の仕事の一部を行うことを認めるなど、資格から認証、あるいは段階的な資格制度への移行といった緩和が望ましい。サービス業界の生産性を向上させる上で、職業資格制度の規制緩和は重要である。

関根:
為替レートは機微に触れる問題である。日銀は特定の水準を目指しているわけではない。ただし、為替レートは金融政策の重要な波及経路の1つであると認識はしている。金融政策は、あくまでも国民経済を支え、物価の安定を確保するといった国内のニーズに基づいて行なわれるべきである。ここで森川氏にビックデータの利用についてご意見を伺いたい。ビックデータの重要性、特にブルーカラーの管理におけるビッグデータの重要性を認識している米国企業の経営者と違い、日本の経営者はビッグデータの利用に消極的であるように見える。これは対処すべき問題だと考えるが。

森川:
米国では、多くの企業がIT革命を利用してビジネスの変革を行っているが、日本の企業はコンプライアンス違反を過度に警戒する傾向があり、リスクテイクができていない可能性がある。

清田:
2015年のRIETIシンポジウムで紹介されたデータによると、日本はGDPに占める対内直接投資のストックの割合が、199カ国中196位だった。規制や言葉の壁だけではその理由を説明できない。問題は日本の特殊性にある。また、労働力不足でありながら賃金は顕著に上昇していない。日本の対外直接投資は増加しているが、日本企業は2015年末の時点で海外の子会社に32兆円の内部留保を有している。なぜそれが日本の労働者に還元されないのか。

深尾:
まず森川氏のご発言についてもう一度考えてみたい。ICTの進歩と新しいグローバル化の恩恵を最も受けているのは中国であり、インドがそれに続いている。アジアがさらに発展するためには、どのような政策が必要だろうか。

ボールドウィン:
1985年から1986年にかけてアウトソーシングが始まったとき、日本と中国の賃金格差は40対1だった。特に製造業におけるアジアの成功は、このハイテクと低賃金という組み合わせによるものだった。1985年から2000年までは、東アジアでは自由貿易協定 (FTA) は一切締結されなかったが、中国が東南アジア諸国連合 (ASEAN) にFTAを呼び掛けたことで、アジアでドミノ効果が起きた。残念ながら、環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) は現在交渉が中断している。現在、TPPを推進しているのは、日本だと思う。東アジア地域包括的経済連携 (RCEP) も有用である。TPPを維持していくだけでも価値があるだろう。こうしたことが、アジアが今後も成功し続けるためにできることである。

ラウ:
東アジアの産業化は日本で始まったが、日本の賃金率が上昇すると同時に、労働集約型産業は、香港、台湾、韓国、東南アジア、そして1978年に世界に門戸を開いてからは中国と、より低賃金の地域へと次々に移動していった。これらの国々はいずれも、輸入代替政策ではなく、何らかの輸出奨励政策を採用した。日本では、有利な為替相場がこれを後押しした。同様に、台湾や中国も大幅な通貨切り下げを行った。また、サミュエルソンの要素価格均等化論についても、もっと注意深く検証する必要がある。グローバル化における要素価格の均等化もその検証方法の1つである。

ジョルゲンソン:
私は、FTAとその拡散の重要性に関するボールドウィン教授の意見に賛成である。東アジアでは、すべてのIT製品がFTAに基づいてグループ化されてきた。それがITを最も生産コストの安い国、つまり多くの場合、中国に移動する上で、最も重要な影響を及ぼしてきたのだが、今は東アジアの他の地域に移行しつつある。ITに関する情報は制約するのが難しいため、国境を超えて流れていく。それが生産や貿易に関するFTAにつながり、バリューチェーンを通じて国際的な統合が促進される。

物品を対象としたFTAでは、TPPや国家間の合意事項などに配慮する必要はなく、もっと創造性が発揮されるべきであるが、日本はその点で非常に洗練されたアプローチができるのではないかと思う。それは、今日ここで話し合われたロボットやAIの進化を利用する上で、非常に重要で前向きな力となるだろう。

ボールドウィン:
モノは思考しないのだから、「人工知能 (Artificial Intelligence)」ではなく、「知能に近い (Almost Intelligent)」の略語とすべきだと思う。アルファ碁に関する記事を読んだが、アルファ碁に3000万局分の棋譜を与えることから研究が始められたという。アルファ碁は自分自身を半分に分け、過ちから学びながら、コンピュータの速度で6カ月間、自己対局を行った。アルファ碁は非常に優秀で、世界最強の棋士に対しても勝利をおさめた。しかし、もし盤面が19路盤から20路盤に変更されれば、戦略的な打ち手を見出すことができず、完全に敗北していただろう。日本の特殊性に関してだが、一群の移民が密かに日本に入国し、サービス部門の仕事を乗っ取ったと仮定する。生産量は増加するが、生産性はさほど向上せず、賃金は絶対に上昇しないだろう。これは推測に過ぎないが、パターン認識だけがAIの本質であれば、そういったことを理解できないのではないかと思う。

ジョルゲンソン:
グローバルバリューチェーンが発展してきた経緯を見ると、北米、アジア、そして欧州の3つの地域的な中心が存在する現在、米国は、北米内の統合に向けて政策を再検討している。アジアは、北米におけるリーダー不在を利用しているが、欧州についても同じことがいえる。現政府が政権を握る前に行われたドイツの大改革では、欧州内のグローバルバリューチェーンの発展が大いに奨励・推進され、大成功を収めた。しかし、結果的に、グローバルバリューチェーンの発展を通じて比較優位を得たのはアジアであった。

深尾:
今回の議論はここまでとしたい。ありがとうございました。