イベント概要
- 日時:2016年6月10日(金)13:00-18:00(受付開始12:30)
- 会場:イイノホール&カンファレンスセンター Room A
(東京都 千代田区内幸町2丁目1-1)
日本企業の統治構造改革は、アベノミクスの成長戦略の一環として推進され、新たな段階に入っている。RIETIの「企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治」プロジェクトでは、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードに焦点を合わせて分析を進め、『企業統治改革と日本企業の成長(仮題)』を公刊予定である。シンポジウムでは、第1部「新たな所有構造に向けて」、第2部「企業統治の実態」、第3部「企業統治改革の行方」に分け、日本企業の実証分析などを交えながら研究成果を報告した後、機関投資家の役割や独立取締役の選任、経営者交代など日本企業の統治制度の変化と影響を検証するとともに、今後の企業統治構造改革の課題を探った。
議事概要
開会挨拶
中島 厚志(RIETI理事長)
どの企業も意識してコーポレートガバナンスの一層の充実に努力しているが、まだ不十分なところがあり、問題も起きている。また、日本経済は低調に推移しているが、その一因として企業活力が十分に発揮されていないことも指摘されている。足元の企業業績は史上最高水準だが、設備投資などはそれに見合っていない。結果として、企業に内部留保される資金が史上最高を更新し続けている。
このような状況の中、アベノミクスの成長戦略では、コーポレートガバナンスの一層の強化、企業活力の増進などを狙ってスチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードが示され、企業統治改革が推進されつつある。
RIETIでは、こうした企業の問題に焦点を当て、RIETIファカルティフェローで早稲田大学商学学術院教授の宮島英昭先生を中心に、「企業統治分析のフロンティア:リスクテイクと企業統治」プロジェクトを実施してきた。本シンポジウムでは、その研究成果を報告し、日本企業の統治構造とその改革についての焦点・課題などを示す。皆さまの知見にプラスになるものと確信している。
問題提議:コーポレートガバナンス改革と日本企業の成長
宮島 英昭(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授・早稲田大学高等研究所所長)
企業統治構造改革の新たな側面
昨年は企業統治改革元年といわれ、その前年に策定されたスチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードによって、日本企業の統治構造改革は新たな段階に入った。われわれは「企業統治分析のフロンティア」という研究チームで、5年間にわたり実証分析を進めてきた。本シンポジウムでは、その分析成果を紹介する。
スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは、車の両輪に例えられている。前者は金融機関のエンゲージメントを、後者は企業の統治構造改革を積極的に進めようとするものである。弱過ぎる株主の影響力強化を明確な目的とする点、統治制度改革に成長の促進という攻めの課題を担わせる点、さらに、コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守するか、しない場合は理由を説明せよ)・ルール導入した点の3点に近年の改革の新しさが見出される。
企業統治制度の問題
日本経済は、GDPレベルでしばしば「失われた20年」といわれるが、日本の大企業の統治構造は大きく進化している。ただし、それは全ての企業で同時同質的ではなく、変化のスピードは二極分化している。
企業統治制度の問題として、1)統治制度が日本企業の株主資本利益率(ROE)の低下をもたらしていること、2)統治制度が企業経営を保守的にし、リスクテイクを妨げていること、3)配当が十分に株主に還元されていないこと、逆に4)機関投資家が増加し、近視眼的な経営圧力を加えている可能性のあることが挙げられる。総じて日本企業は統治制度改革が遅れ、一部企業で企業統治の空白が生じることで低パフォーマンスを生み、さらにそれがある種の不祥事を生んでいる。
統治制度改革の現状と望ましい改革方向を、エビィデンスに基づき解明するために、、株式所有構造を出発点とし、それが取締役会制度や報酬など企業統治の仕組みに影響を与え、企業行動やパフォーマンスにも波及するという分析枠組みを考えている。以下、第1部では所有構造の問題、第2部では企業統治の実態、第3部では不祥事の問題と統治制度改革の今後の展望について、研究会メンバーが報告する。
第1部 新たな所有構造に向けて
報告 「機関投資家の役割:スチュワードシップ・コーポレートガバナンス・コード」
保田 隆明(神戸大学大学院経営学研究科准教授)
日本企業の株式所有構造は、過去20年間で大きく変化した。一番の特徴は海外機関投資家の保有割合の上昇である。
実証分析の結果、海外機関投資家は、形式基準で銘柄を選択する。その形式基準にはガバナンスへの積極性も含まれる。また、各企業に応じた合理的な取締役会構成を実現させ、成長企業には投資を促進し、成熟企業には株主還元を求める。これがガバナンス上プラスに働き、企業の収益性と株価を向上させる効果をもたらすことが明らかとなった。
海外機関投資家の株式保有比率は、時価総額が大きい銘柄ほど高い。大企業では、コーポレートガバナンスの実効性は機関投資家のVoice(発言・圧力)とExit(株式売却)に依拠する。よって、機関投資家の関与は重要であり、スチュワードシップ・コードの意義が認められる。
海外機関投資家の株式保有比率が上昇すれば、その企業に適合した統治制度の整備や経営政策が選択され、結果として業績も株価も向上する。
この機能が期待されるのは大企業に限定されるが、中小企業でも、経営者が先駆的にガバナンス改革を行えば機関投資家に好まれる。それで保有してもらえれば、大企業同様、株価上昇、業績向上につながり得る。したがって、中小企業ほどコーポレートガバナンス・コードは重要な役目を担うといえる。
報告 「長期保有のコストとベネフィット:種類株をめぐって」
小佐野 広(京都大学経済研究所教授)
米国の株式市場では経営者に対する近視眼的圧力が増しており、日本も同様の傾向にある。そのため、種類株やロイヤリティ株式を導入し、普通株を修正して、投資家が長期的視点から購入するメリットを与えることが考えられている。
静学的な理論モデルを使った分析では、1株1投票権の普通株のみの証券―投票権構造が最適とされた。ただし、オーナー系企業や政府系企業における経営権争いといった例外的な状況下では、何らかの種類株を導入した方がよい。
一方、時間構造を入れた動学的な理論モデルによる分析では、ロイヤリティ株式のような時間とともに証券構造が変化する種類株を発行することで、既存経営者の近視眼的な行動を抑制する可能性があるとされた。しかし、その効果が生じる状況は限定的である。
大株主のモニタリング活動の促進は、割と直接的に働いてモニタリング活動の際に生じるフリー・ライダー問題(大株主しかモニタリング・コストを負担しないこと)を緩和する役割を果たし得る。
実証研究は主に米国のデータを使っているため、1株1投票権の普通株のみの証券―投票権構造の優位性を支持するものが多い。今後、各国のデータを使ってさらに研究を進める必要がある。
コメント
江口 高顯(投資家フォーラム運営委員)
保田報告に対して、国内機関投資家と海外機関投資家で実証結果に違いはないのか。
機関投資家のガバナンス効果のうちexitを重視しているようだが、具体的にどのようなメカニズムを想定しているか。銘柄の流動性と関係しているか。
海外機関投資家の保有比率が低い比較的小規模の企業ほどコーポレートガバナンス・コードのような一律規制が重要とのことだが、こうした企業はそもそも改革への意欲に欠ける。その尻を叩くことにどのような意味があるのか。
小佐野報告に対して、日本では、新興企業が上場するとき支配権の拡散を過度に回避しようとする傾向が報告されている。支配権の拡散を恐れるために外部資金の調達が抑制され成長制約となっている懸念がある。複数議決権株の是非はこうした問題との関連で考えるべきではないか。
TPVの効果は長期保有の投資家の影響力を強めることだ。しかし重要なのは、企業のファンダメンタルを評価することだ。長期保有とファンダメンタル評価の関係をどう整理するか。
ディスカッション&質疑応答
司会:牛島 辰男(慶應義塾大学商学部教授)
保田准教授(神戸大):分析の結果、国内機関投資家と海外機関投資家で、ガバナンスへの働きかけや業績・株価へのインパクトにほぼ差はないとの認識に至っている。
海外機関投資家がMSCI銘柄を選択すると、売却されたくはないのだが、売られないと流動性が枯渇して株価が下がるという議論に発展していくと想定した。ただ、流動性ディスカウントが問題になるほどインパクトは大きくないと個人的には考えている。
また、私は、中小企業の経営者ほど、実は外部の投資家から経営改善のアドバイスをもらいたいと考えているのではないかと感じている。両者の接点を作ることができればと思う。
小佐野教授(京都大):複数議決権株が日本では種類株の発行につながり、資金調達に制約が生じる懸念があるというのはそのとおりだと思うが、今回はロイヤリティ株式に焦点を絞って分析している。
ロイヤリティ株式は長期保有により収益を受け取る権利が増えるもので、長期保有により議決権が増える複数議決権株式やTPVよりも、長期的観点に立って経営しようというインセンティブを高めるという点ではいいと思う。その意味で、TPVはあまり評価できない。
牛島教授(慶應大):機関投資家の保有比率が高いほど株価が上がり、超過リターンが高くなっているという資料があったが、因果関係がむしろ逆ではないか。
保田准教授(神戸大):機関投資家の持分割合が上昇し、株価が上がった理由は3つある。1つ目は需要ショック。2つ目は、株を買い、モニタリングしてガバナンスを働きかけ、業績が上がって株価が上がったというストーリー。3つ目は、スマート・インベスター仮説である。
このうち、今回の分析で明らかになったのは、スマート・インベスター仮説である。2つ目の理由は検証するすべがないが、可能性はあり得る。需要ショックについては追加の分析をしているが、影響はそれほど大きくないと考える。
牛島教授(慶應大):長期保有株主の増加は外部からのプレッシャーに対する塹壕効果を生み、長期的には株式価値の最大化よりもプライベートベネフィットを追求する構造になってしまうのではないかとの懸念もある。その点についてコメントを頂きたい。
小佐野教授:ロイヤリティ株よりも複数議決権株の方がその懸念は大きいと思われる。レバレッジが掛かってしまっているため、経営者と談合すれば経営陣の意見は何でも通ってしまう。
江口運営委員(投資家フォーラム):ポイントは、売らないで長く持っていることがよい、という訳ではないことだ。重要なのは、企業のファンダメンタルを投資家がきちんと評価していることだ。評価に照らして経営者の取り組みが十分でなければ投資家が売却する、という恐れが経営者に対して牽制として働く。
第2部 企業統治の実態
報告 「企業統治制度の変容と経営者の交代」
齋藤 卓爾(慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授)
経営者の解任はコーポレートガバナンスを有効に機能させる上で欠かせないものであると同時に経営を刷新する非常に重要なチャンスでもある。そこで、本研究では、経営者交代の業績に対する感応度を分析することにより、コーポレートガバナンスの変容に追った。
経営者交代の決定要因を分析すると、近年はROEや株価収益率が悪化すると経営者が解任される確率が高まっている。その変化を引き起こしたのは主に海外機関投資家であると考えられる。とくに3%以上保有するブロックホルダーの存在が経営者交代に非常に強い影響を与えている。
また、業績悪化時の経営者の解任確率は、独立社外取締役の人数が0人の企業よりも1〜2人の企業の方が低いが、3人以上では圧倒的に高くなる。独立社外取締役はガバナンス機能を果たしているといえるが、機能を果たすためにはある程度の人数が必要なのかもしれない。
さらに、メインバンクと強い関係を持つ企業では、業績悪化時に経営者が解任される確率が高い。とくに地方の上場企業など海外機関投資家の持ち分が小さい企業では、依然としてメインバンクがガバナンスの役割を果たしていると考えられる。
以上から、経営者交代の側面から見ても、日本企業のコーポレートガバナンスの中心は、以前よりも株主に移りつつあると結論付けた。
報告 「日本企業の低パフォーマンスの要因:国際比較による検証」
井上 光太郎(東京工業大学工学院経営工学系教授)
日本企業の長期にわたる株価や収益性の低迷は、低収益事業に見切りをつけ、強みのある分野に集中して投資できていない経営姿勢に問題があるとされている。この指摘が正しければ、問題の所在は日本固有のコーポレートガバナンスの弱さとリストラクチャリングの実施に伴う障害にあると考えられる。
世界の主要企業の財務と経営指標に関するデータベースを構築し、日本企業の低収益性・低株価の要因をコーポレートガバナンスに関する要因と雇用制度に関する要因に注目して国際比較分析すると、機関投資家比率はそれほど他国と差はないが、社外取締役比率は平均50%に対して日本は19%と非常に低く、雇用調整の柔軟度も低い。
この両要因で日本企業の国際比較でみた低収益性・低株価が部分的に説明できることを確認した。したがって、社外取締役の強化をもう一段進めた方が好ましく、また雇用調整の柔軟度を世界平均レベルに高めることは、企業収益および株価にプラスの効果があるといえる。
一方で、依然としてそれらの要因では説明できない部分も多く残り、日本企業に固有の課題点が他にも存在することを示唆する。たとえば、国際比較でみた経営幹部の悲観度や高いリスク回避度といった基本的態度が影響しているという分析結果も得られた。これに政策的示唆を与えるのは難しいが、他国以上に経営幹部にリスクテイクを促す仕組みや、長期的には学校教育プログラムを見直して、日本人全体のリスクテイク姿勢を変化させていくことが有効かもしれない。
コメント
クリスティーナ・アメージャン(一橋大学大学院商学研究科教授)
海外機関投資家と独立社外取締役がガバナンスに貢献しているのは、非常に良いことである。欧米のマーケットプレッシャーと日本企業の経営手法には矛盾があるので、そういう研究をすると面白いと思う。
齋藤報告に関して、海外機関投資家はまだ日本のガバナンスに不満があるように思うが、本当にガバナンスは良くなったのだろうか。
井上報告に関して、独立社外取締役と業績との因果関係が分からなかったので、もう少し分析が必要だと思う。楽観度と業績の関係についても、もっと研究を深めてほしい。
2つの研究はどちらも非常に面白いが、もっとグローバルで議論してほしい。日本の学者もグローバルのガバナンス研究にもっと貢献できると思う。
ディスカッション&質疑応答
司会:胥 鵬(法政大学経済学部教授)
齋藤准教授(慶應大):ご指摘のとおり、今回の実証研究にはさまざまな問題があり、いろいろなストーリーが考えられる。社外取締役に関しても、経営者交代の業績に対する感応度との相関があることは分かったが、そのメカニズムについては明らかにできていない。
井上教授(東京工業大):分析手法については指摘されたとおりの改善すべき課題もあるが、結果はかなり頑健である。因果関係に関してはこれまで重要な根源要因と考えられてきた法制度などは有意な説明力をもたず、むしろ社外取締役比率が世界全体で有意に効果をもち、それが日本企業の低収益性や低株価に対しても整合的な効果を持つことは重要な示唆を持つと考えている。ただし、社外取締役比率は短期間においては大きく変動しないことから、因果関係の特定が難しいという課題は残る。
胥教授(法政大):日本は解任のスピードが遅過ぎるのではないか。
齋藤准教授:そのとおりである。だから日本では株価が反応しない。逆に、最近株価に効くようになったのは、解任が少し早まる傾向にあるからだという解釈も成り立つ。
胥教授:社外取締役は、その会社が気に食わなければ辞めてしまう。だから、よほど物好きでなければ解任に首を突っ込まない。社外取締役はどのようなインセンティブによってCEOを解任するのか。
齋藤准教授:社外取締役制度に限界があることは明らかで、金銭的インセンティブなどではなかなか説明がつかない。アメージャン教授に教えてもらえると勉強になる。
アメージャン教授(一橋大):CEOが企業価値のために働いていなければ、解任したり、アドバイスしたりするのが社外取締役の義務だからである。
逆に私から質問だが、日本のコーポレートガバナンスはどこがどのぐらい良くなったのか。
齋藤准教授:確かにガバナンスは良くなっていると思うが、実態はpressures are new, but process is oldである。強くなったプレッシャーを古いプロセスが受け止めていろいろな形でガバナンスが改善されている状態で、プロセスが本質的に変わったようには見えない。平均値を捉えるのは難しいが、ものすごく進んだ企業とそうでない企業に分散化している。
胥教授:日本企業は、ROEが若干悪化しても雇用を重視するためあまり従業員を首にせず、それが社会的なコストを下げている側面がある。ステークホルダーを考えれば、ROEだけでなく他の側面からも企業を見る必要がある。
井上教授:指摘の通り、企業の活力を高めることの便益と、労働市場の流動性を高めることに伴う社会的コストのトレードオフの問題は重要だ。国際比較分析による実証研究は複数でてきているが、国際比較の平均的傾向を示すにとどまるので、日本社会においてどのような副次的な効果が発生するかの分析を蓄積していくことは非常に重要だと考えている。
第3部 企業統治改革の行方
報告 「コーポレートガバナンスと企業不祥事」
青木 英孝(中央大学総合政策学部准教授)
日本では近年、企業不祥事の続発を背景にガバナンス改革が進んでいるが、それで企業不祥事を防止できるのかとの問題意識から、会計不正に焦点を当てて実証分析を行った。
その結果、会計不正の発生確率は会計専門の社外取締役が多いほど低く、経営者の持株比率が大きいほど高くなる。また、安定株主の持株比率が大きいほど低くなることがわかった。会計不祥事には、利益等を実際よりも多く見せるいわゆる粉飾決算と、申告漏れや所得隠しなど実際よりも少なく見せるケースがある。粉飾決算は、執行役員制度を導入している企業ほど発生確率が低い一方、ストックオプションの導入や経営者持株比率が高い企業、すなわち経営者インセンティブが強い企業で発生確率が高かった。また、安定株主の持株比率が高いほど粉飾の発生確率は低かった。外国人株主も粉飾決算を抑制する方向に効いていた。他方、申告漏れ等の会計不祥事の発生確率は、会計専門の社外取締役が多いほど低い一方、外国人株主の持株比率が大きいほど高くなることが確認できた。
以上から、ガバナンスは企業不祥事(会計不正)に影響するといえる。まず、経営に対するモニタリング機能の強化は改革として正しい方向である。また、経営者のインセンティブ強化については、単にストックオプションや持株を増やして強化するだけでは、会計不正を誘発する可能性がある。さらに、安定株主は会計不正を抑制する方向に作用するが、もの言う株主は、不正の抑止力として機能する面もあるが、利益圧力を与えて会計不正を誘発するという負の効果も持つとの結論を得た。
報告 「企業統治制度改革の現状と課題」
田中 亘(東京大学社会科学研究所教授)
取締役会に関する制度改革の特徴は、伝統的な日本企業の特性や各社の自主性に配慮しつつ、モニタリング・モデル志向を鮮明に打ち出したことと、その実現手段として強行法規ではなく、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールを採用したことである。
公に承認された企業統治の規範を実施しないと、ネガティブパブリシティによって株価が下がる。また、企業統治の構造にはある種のネットワーク外部性があり、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールは人々の行動をコーディネートする役割を果たしていることから、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールは望ましい企業統治を採用する推進力を与える可能性がある。
コーポレートガバナンス・コードでは、上場会社は独立社外取締役を2名以上選任することとされ、コンプライ・オア・エクスプレイン・ルールが適用されている。これにより、独立社外取締役は顕著に増加したが、依然として大部分の会社で少数派である。
日本のコーポレートガバナンス・コードの実施率は9割以上と非常に高い。しかし、多くの原則は割と簡単に実施できるため、それだけでモニタリング・モデルに近い統治構造を多くの企業が採用しているとは判定できない。もう少し立ち入って検討する必要がある。
コメント
武井 一浩(西村あさひ法律事務所パートナー)
コーポレートガバナンス・コードは、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために自ら律する仕組みを書いたものである。形式的にコンプライしているかどうかよりも、各コードに書かれている原則についてなぜそういう原則が書かれているのかの趣旨を理解し、それが自社の成長にどうつながるのかを解きほぐす社内での個別作業が重要である。
コードは、株主の権利・平等性の確保、株主以外のステークホルダーとの適切な協働、適切な情報開示と透明性の確保、取締役会などの責務、株主との対話の5章で構成されている。
コードの中で例を挙げると、原則2-3でESG課題を含めたサステナビリティ課題について触れている。また原則2-4と5-11①でこれらに対応した多様性のありかたに触れている。企業の持続的な成長には外部のステークホルダーとの利害調整やチューニングをいかに柔軟に行えるのかが重要である。不祥事にしても、ステークホルダーの利害との重大な乖離が起きたから不祥事となる。マネジメント・ボードにおける各種の利益相反を防止する仕組みとして世界中の上場株式会社にはザ・ボードが置かれており、コードでも第4章の取締役会等として言及されている。自らの経営環境やステークホルダーを念頭に、取締役会をどう仕組むかを考える際、その論点をまとめたものがコーポレートガバナンス・コードであり、その趣旨を活かすことでガバナンス改革も成果を上げていくと理解している。
ディスカッション&質疑応答
司会:宮島 英昭(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授・早稲田大学高等研究所所長)
宮島ファカルティフェロー(RIETI):国際的に見て、日本企業の不祥事にはどんな特徴があるのか。
青木准教授(中央大):粉飾決算よりも申告漏れ等の会計不正が多いこと、安定株主がいた方が会計不正は少ない傾向にあることが日本の特徴かもしれない。安定株主がいれば単純に、無理をして盛る必要がないことに加え、不正を行うと支持してくれる株主に多大な迷惑をかけてしまうという良心的な理由もあるかもしれない。
宮島ファカルティフェロー:会計知識を持った社外取締役は有効に機能するのか。
青木准教授:会計不正、特に申告漏れ等の会計不正を抑制する方向に強く効いている。会計知識を持った社外取締役がきちんとチェックをして事前に不正を防いでいる可能性もあるが、知識を持った人がそこにいること自体が、不正をしても見抜かれてしまうといったプレッシャーや規律になっている感じはする。
宮島ファカルティフェロー:社外取締役が当該企業の株式を保有することはポジティブな効果を持つのか。
青木准教授:社外取締役の株式保有は、会計不正を抑止する方向ではあるものの統計的に十分有意ではなかった。
宮島ファカルティフェロー:なぜ強行法規ではなくコンプライ・オア・エクスプレインの原則をとったのか。経営者が最適なものを選択できるようにする実効性はどう担保するのか。
田中教授(東京大):強行法規は経済界の反対があって通らなかった。恐らく多くの国でも、妥協してコンプライ・オア・エクスプレイン・ルールが入っている。ルールのベネフィットとコストの意味を、もう少し厳密に考えた方がよいということで報告した。
宮島ファカルティフェロー:実効性がなかったり、投資家の立場からは満足できないような回答しか出なかったりした場合、どういう行動が想定されるか。
武井弁護士(西村あさひ法律事務所):強行法規とコンプライ・オア・エクスプレイン・ルールの二項対立の前に、その役割分担が重要だと思う。まず考えなければならないのは、企業が中長期的な成長を得るためにはどのようなガバナンスの仕組みがよいのか。強行法規化するまでの社会的なコンセンサスを得るに至っていない事項が多い。強行法規となると、いろいろな業種、業態、上場のステージがある中でワンサイズというのは、弊害が大きい。
宮島FF:コーポレートガバナンス・コードでとくに強調されている攻めのガバナンスのポイントと、その実現を担保する仕組みには、どういうものが想定されるか。
武井弁護士:中長期の成長ができる企業の体制をつくることを考えるという目線をとってくれというのが、コーポレートガバナンス・コードである。各社がその観点からコードを読むことに意味がある。
まとめ
司会:宮島 英昭(RIETIファカルティフェロー/早稲田大学商学学術院教授・早稲田大学高等研究所所長)
企業統治制度の改革・革新は、投資や資金調達手段などの財務政策や、配当政策等の経営施策に実質的な影響を与えている。経営者を交代させるメカニズムや企業が不正行為を行う確率にも影響し、最終的には企業のパフォーマンスにもポジティブな影響を及ぼしている。各企業がその企業特性に即した統治構造改革を行うことが、長期的に日本企業の成長につながる。
コーポレートガバナンス・コードへのコンプライが不十分で企業が納得できるビジョンを提示できなかったときには、投資家はExitやVoiceで反応するが、そもそも統治構造改革を促進したい企業はそういう投資家に株を持たれていない点にコーポレートガバナンス・コードやコンプライ・オア・エクスプレイン・ル-ルのジレンマがある。
しかし、決して悲観的になることはない。社外取締役市場が形成されることで企業がハードルを下げることも考えられるし、機関投資家が取締役改革に対してプレミアを付けていることが知られるようになれば、先駆的企業がコードの導入を契機に政策保有を見直して、自社の財務施策を変えるかもしれない。
こうした動きを促進するブロックホルダーの候補としては、生命保険会社や銀行など、今まで安定株主と考えられていた投資家群が想定され、現在既に変化の兆しが見られている。