RIETI政策シンポジウム

正社員改革と多様な働き方実現を目指して(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2015年7月2日(木)13:30~17:35
  • 会場:東海大学校友会館
    (東京都 千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル35階)
  • 議事概要

    経済産業研究所(RIETI)における研究テーマの1つである「人的資本プログラム」では、「労働者のインセンティブや能力を高めるような労働市場制度の設計」、「ライフ・サイクル全体からみた人的資本、人材力強化の方策」という2つの視点を重視している。高齢化社会の急速な進展、グローバル競争の激化、東日本大震災からの復興の中で、わが国が経済活力を維持・強化し、成長力を高めていくためには、人的資源の活用が大きなカギとなる。本シンポジウムでは、RIETIの「労働市場制度改革」プロジェクトの成果実現の場でもあった規制改革会議が提言してきた「正社員改革」の意義を総括し、残された課題について提示・議論し、多面的な視点から議論する。

    開会挨拶

    中島 厚志 (RIETI理事長)

    2013年以降、アベノミクス第3の矢である成長戦略の一環として、雇用分野における規制改革が検討・実施されてきている。6月30日には、新たな雇用規制改革が盛り込まれた規制改革実施計画が閣議決定されたところである。

    この実施計画においては、「国民1人1人が自らの能力を発揮できる多様な働き方の選択が可能となることに加え、働き手のニーズ、産業構造の変化や技術革新などの環境変化に即した円滑な労働移動を支えるシステムの整備をさらに進めるため、多様な働き方の実現や円滑な労働移動を支えるシステムの整備、それぞれについて重点的に取り組む」ことが明記されている。従来、岩盤規制といわれてきた雇用制度もいよいよ節目のときを迎えつつある。

    雇用制度改革の実施計画が発表された直後、時宜を得て開催する本シンポジウムにおける講演および議論が、雇用制度改革だけでなく多様な働き方の実現に関する認識や問題意識を深め、制度改革を推進する一助となることを願うものである。

    第1部:報告「正社員改革」

    報告(総論)

    鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶応義塾大学大学院商学研究科教授)

    経済産業研究所における「労働市場制度改革」プロジェクトは、2007年1月プロジェクト(研究会)開始から9年目を迎える。日本の労働市場制度の新たな「かたち」、改革のあり方を考えるため、経済学のみならず、法学、経営学など多面的、学際的な立場から理論・実証的な研究を進めてきた。

    雇用分野における規制改革会議のアプローチとして、第二次答申(2015年6月)では、多様な働き方の拡大、円滑な労働移動を支えるシステムの整備という雇用制度改革の2本柱を受け継ぐも、そこから内容を更に進化させている。

    日本的雇用システムは、無期雇用、フルタイム勤務、直接雇用という通常の正社員に加え、無限定正社員(正社員の「無限定性」)の傾向が欧米に比べて顕著と思われる。将来の職務、勤務地、労働時間(残業)が特定されておらず、使用者が広範な指揮命令権を持つ。

    平成24年度「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識」RIETI Web調査における分析結果のインプリケーションとして、限定正社員の普及には、同時にスキルを高める機会拡大が重要といえる。そして女性の方が限定正社員のメリットをより享受するため、女性への普及が政策的課題として重要となる。

    労働紛争解決システムの在り方については、『労使双方が納得する雇用終了の在り方』に関する意見(平成27年3月25日規制改革会議)に掲げられた意見などについて検討を進めることが閣議決定された。

    平成24年度「多様化する正規・非正規労働者の就業行動と意識」RIETI Web調査の結果、金銭解決制度を導入する際、日本の場合も欧州諸国のように現在の賃金や勤続年数が解雇補償金水準の重要な決定要因になることに一定の合理性が示された。

    今後の課題として、解決金制度導入に反対する中小企業使用者側や労働者側の納得感をさらに作る必要があること、また解決金を一律に決めることは難しいことが挙げられる。私は、労働者側からの申し立てのみを認めるとともに、労使協定を活用することが1つのヒントになると考えている。制度適用の要件や解決金の水準決定(国による最低基準の提示と労使協定による上乗せ)に労使協定を前提とすることによって、当事者の実情や多様性を反映した柔軟性の確保、さまざまなニーズヘの対応が可能となるであろう。

    報告

    島田 陽一 (早稲田大学副総長・法学学術院教授)

    わが国では、1987年の労働基準法改正以降、正社員の労働時間法制改革に取り組んできた。現在、年間実総労働時間は1800時間を切っているが、それは非正社員比率の拡大に伴う「労働時間分布の長短2極化」によるものであり、正社員の長時間労働に変化はない。法定時間外労働が月80時間を超える層も多く、精神疾患の発病や過労死の危険水域にあることが報告されている。

    変形労働時間制、裁量労働制などはあるが、裁量制の高いホワイトカラーに適合的な労働時間法制は未整備である。また、監理監督者に対する労働時間法制の適用除外が、実態として本来の管理監督者を大幅に超えて適用されている。時間外割増賃金制度があることで、労働時間と賃金が分離できないことも問題となっている。

    具体的な提案として、総実労働時間制限の目安は、法定時間外労働該当時間が月100時間を超えず、3カ月以上にわたり月80時間を超えない範囲とし、休息時間を保障すべきである。また、欧州にみられる長期休暇の保障(年休の完全消化を使用者に義務付ける)、年間104日の休日の保障、労働時間制度と賃金の完全分離に基づいた柔軟な労働時間制度が求められる。そもそも時間外割増賃金は、時間外労働を抑制するために導入された制度であるが、その目的をどこまで果たしてきたのかを議論すべきであろう。

    総実労働時間の統制、長期休暇・休日の保障を前提に、一定範囲のホワイトカラーは現行の労働時間規制(深夜業も含む)の適用除外とするが、導入にあたっては、過半数労働組合(それがないときには、新たに創設される常設的な労働者代表)と使用者との労使協定の締結、当該労使協定の行政庁(労働基準監督署)に対する届出を手続き要件とすべきである。対象者の範囲は、労使で決定することが適切と考えている。

    現在の労基法改正案に対し「残業代ゼロ法案」といった批判が出ているが、労働者の健康確保、ワークライフバランスの実現、生産性の向上をバランスよく図るためには、労働時間制度と賃金制度の法的な分離が不可欠である。総労働時間、長期休暇の確保などの健康確保措置も不十分である。適用除外を考えるためにも、労働時間法制全体の見直しが今後の課題といえる。

    報告

    水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所教授)

    今、なぜ「失業なき労働移動」政策が必要なのか。その背景には、グローバル化に伴う市場と技術革新の変化の高速化がある。その中で、企業組織も労働者の技能も迅速かつ柔軟な変化への対応が求められるようになり、従来の企業や企業グループ内における異動・調整が困難な状況もみられる。高年齢者の雇用継続・延長の要請もこれに拍車をかけている。そこで、1つの企業・企業グループだけでなく労働市場全体を通し、技能の育成や雇用の安定を図ることが世界的な課題となっている。法政策としては、市場と技術の変化に対応した教育訓練を積極的に行いつつ、必要とされる労働移動(適正配置)を円滑に行うことをサポートする制度的基盤を作り上げることが求められている。

    規制改革会議第3次答申(2016年6月17日)では、次の3点を提案している。ただし、いずれの政策についても、安易な解雇(失業拡大)につなげないこと、労働者の意思・利益に配慮したバランスのとれた(持続可能な)制度にすることが、重要な前提となる。

    第1は、「労働移動支援助成金」などの拡充である。労使双方が納得する雇用終了(調整)のあり方の1つとして、労使合意に基づく計画的な教育訓練を伴う労働移動に対して「労働移動支援助成金」制度を拡充するとともに、この制度によって訓練を受け移動する労働者に対し直接支援を行うことを制度化すべきと考えている。課題として、「失業」を経なくても支援できる仕組みの検討が求められる。そして、企業を移動(転籍)する労働者の同意を得ることを本制度の前提としなければならない。

    第2は、雇用仲介事業に関する法規制の見直しである。閣議決定には、事業者間の連携・協業を促進し、利用者の立場に立ったマッチングを実現する規制改革、時代の変化に即した規制体系への抜本的改革、縦割りとなっているサービス法制の垣根の解消が盛り込まれている。

    第3は、解雇をめぐるルールと紛争解決制度の整備である。今後、解雇の金銭解決については、交渉力格差や安易な解雇の拡大防止の観点から、労働者側からの申立のみ認めること、また、その金銭の水準については、法律で目安(最低基準)を定め、各企業・事業場の労使協定によってそれぞれの実態にあった解決金の水準を定めることが課題となる。

    質疑応答

    鶴:会場参加者より、「36(サブロク)協定の現状をみると、労働時間の減少はなかなか見込めないため、インターバル制度の方が効果的ではないか」という意見が寄せられた。また「法定時間外労働が月100時間を超えないことと規定すれば、100時間以内ならば容認と受け取られ、かえって長時間労働を助長する懸念はないのか」「日本は金銭的な解決が困難であることが、解雇ルールが厳しいと感じる原因ではないか」「満足度を損なう所得補償額は男女別に分析されているが、管理職か否か、キャリア志向か否かを考慮した場合でも男女差は顕著なのか」といった質問をいただいている。

    私は、日本の解雇ルールが欧米に比べて厳しすぎると判断するのは問題だと考えている。また所得補償額について、キャリア志向かどうかを区別した分析は行っていないが、重要な視点だと思う。

    島田:総労働時間の目安として、月45時間以内の時間外労働は健康確保の面で問題ないと考えられている。企業の現実を踏まえ、最長時間の規制を考えておくという意味で「月100時間を超えず、3カ月以上にわたり80時間を超えない」としている。

    鶴:続いて、「解雇の金銭解決、使用者側からの申立を認めた場合の問題点をもう少し詳しくうかがいたい」というご質問にお答えいただきたい。

    水町:解雇の金銭解決については、「裁判で解雇無効が確定した場合」という前提が、実際にブレーキとして機能しない。金でクビを切るという安易な解雇が広がらないようにするために、まずは労働者が申し立てた場合のみこの制度を利用できるようにしておく必要がある。

    鶴:これまでの「時間を意識しない働き方」から「時間を意識する働き方」へ変えることによる生産性の向上が、今後の限定正社員の活用に向けたポイントになると思う。女性の労働力率向上の効果も見込まれるが、限定正社員に誘導して女性の登用を阻むことがあってはならない。限定正社員と無限定正社員のバランスをどう考えるかが課題といえる。

    第2部:パネルディスカッション「多様な働き方を実現するための働き方改革」

    モデレータ

    鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶応義塾大学大学院商学研究科教授)

    樋口 美雄 (RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

    「失われた20年」に日本の労働市場は需給が緩んでいたということもあって、働き方の改革はなかなか進まず、たとえば一方で長時間労働や頻繁な転勤を求められる拘束の強い正規労働者と、賃金が安く、雇用が不安定な非正規労働者が増えるなど、労働市場の二極化が進んだ。労働力人口が減少する中、だれもが意欲と能力を発揮できる状況を作っていくためには、働き方の柔軟性を高め、多様な働き方の選択ができるワークライフバランスの実現を推進していくべきである。こうした状況を作り、ダイバーシティ経営を進めていくことは、働く労働者にとって必要な改革であるのはもちろんのこと、企業にとっても、生産性の向上、利益率の上昇、そして企業の持続可能性を高めるため重要な「投資」となることをこれまでの分析結果は示している。

    同じ人であっても、ライフステージによって、耐えられる企業の拘束は異なってくる。これまでは、採用の段階で、総合職とか一般職、パート・アルバイトというレッテル貼りをすることで多様化を図ってきた。しかし今後は拘束を弱めるのと同時に、途中で乗り換えられるように転換のしやすい制度に変えていくことも求められる。このためには、雇用形態によって賃金の決め方を予め決めてしまうのではなく、共通の物差しで決めていくように変えていく必要がある。長時間労働についても、法律により対応していくのか、企業の自主的な判断に任せて解決していくのか、議論していく必要がある。

    白波瀬 佐和子 (東京大学大学院人文社会系研究科教授)

    多様な働き方といっても、同程度の選択肢を選択することが万人に保障されているわけではない。正社員改革は、正規・非正規雇用の格差の障壁を引き下げる突破口になり得るかもしれないという観点からも重要である。正社員・正職員との賃金格差は特に男性の40歳代後半~50歳代後半で大きく、正規職は、女性の間で家事・育児・介護などと両立できないとみなされている。正社員改革は限定的な場面を想定した議論であり、それを突破口として、いかに発展させるかが重要な論点となる。

    限定正社員構想への期待と疑間として、多様な正社員、ジョブ型正社員を創設することと、非正規社員の存在はどうなるのか。正社員/非正規社員というカテゴリーの区別は撤廃されるのか。また、正社員に特定ジョブの限定がかかることにより、正社員内格差へと結びつくことがないような工夫はあるのか。ジョブ型正社員/多様な正社員という枠組みには、限定性と連動した専門性が強調されるが、管理職の位置づけはいかなるものか。

    中野 円佳 (女性活用ジャーナリスト/研究者(ChangeWAVE))

    2000年前後の法改正などを経て育休を取るのが「当たり前」になってから総合職正社員として就職した「育休世代」の女性総合職は、教育段階の男女平等な「自己実現プレッシャー」、結婚・出産後の「産め働け育てろプレッシャー」に直面している。介護や男性の育児参加も加わり、企業は「育休世代のジレンマ」に対応しなければ人材の確保が難しくなる。

    傾向として、バリバリ仕事をする気満々だった女性ほど辞める。そして就活で「やりがい」よりも「働きやすさ」を重視する、管理職には「なりたくない」と言うなど、どこかの段階で上昇意欲を調整(冷却)したり、何かを諦めたりできた人が残る。

    すると、公的領域では意思決定層に女性が増えず、私的領域では家事育児分担が女性に偏り続ける。とくに「夫婦間の所得格差」は家事育児分担の女性への偏りをもたらしている。長時間労働が是正され、仕事が質で評価されるようになれば、働き続ける意欲が高まり、女性の登用も進んでいくものと考えられる。

    小林 浩史 (経済産業省経済産業政策局産業人材政策担当参事官室長)

    企業による働き方改革などの取組事例(ダイバーシティ経営企業100選)を紹介すると、SCSKでは「残業時間削減目標」と「有給休暇取得目標」の達成度合によってボーナス増額の報奨制度を設け、約4割の残業削減を達成。2年で1.5倍の労働生産性向上を果たしている。サイボウズでは「選択制人事制度」(ワーク重視、ワークライフバランス、ライフ重視の3パターンから各自が選択)と「ウルトラワーク」(在宅勤務制度)により、時間と場所の制約を超えて働く環境を整備。離職率が28%から4%に低下した。

    カルビーでは、育休中に課長試験に合格した女性社員が時短勤務のままで部長職に昇格。その後本部長に登用され、現在も毎日16時に帰宅しているという。中小企業や役所でも有給取得の取り組みや朝型勤務(ゆう活)などが進められているが、どれだけ労働時間を効率的なものとし、生産性を重視できるかが成功の鍵だと思う。新たな人材の流れを促すための「人活」支援サービス創出事業では、試行的就業の実施などを行っている。

    ディスカッション

    鶴:入口としての働き方の選択が、格差の固定化、マミートラックへの塩漬けにつながるという問題意識が示された。そこでまず、働き方の選択における障害について議論していきたい。

    白波瀬:さまざまな事が重なって障害となっている。法律の議論では労使合意など自立した個人・組織が想定されているが、中立的対等を前提とするには現実的に難しい状況がある。その意味において、たとえば女性にとっても継続的な勤務や無制限社員の選択が優位なのだという「お膳立て」が時限的にも必要だと思う。

    中野:正社員での転職や再就職をしようとすると、前提として無限定性が求められるのが現状。子どもを保育園に迎えに行き、子どもとの時間をとれる働き方を望めば、多くの場合非正規で責任の限定された仕事になってしまう。限定正社員も、2割程度賃金が下がることは仕方がないとしてもスキルを高める機会がなくなれば、長期的な賃金上昇が見込めず、やりがいも感じられない。女性ばかりが限定正社員を選ぶことになれば、結局男女間、夫婦間の分担は変わらず、女性の登用は増えていかない。スキルを高める機会などを含めた均等待遇の実現が求められる。

    樋口:OECDのEmployment Outlookによると、日本の恒常的貧困(一旦低賃金に陥った場合、そこから抜け出せるかどうか)はもっとも高い水準にある。それは、働き方の選択が自由にできていないことを示唆している。社内では、正規・非正規などのレッテル貼りを超えた共通の評価制度が重要だと思う。

    鶴:多様な働き方と処遇、キャリア形成、評価の関連として、働き方を選択できたとしても処遇に対し不満の多い状況がある。その現状と解決の方法について、議論していきたい。

    島田:日本において、職務に応じた待遇を考えるのは難しいといわれる。他方で最近、労働関係の法律の動きには「均衡処遇」というキーワードがみられる。労働契約法の改正によって、有期雇用と無期雇用に不合理な処遇格差があってはならない。あるいは、今般のパート法改正では、短時間労働者と通常労働者の不合理な処遇格差も認められていない。法律は、緩やかながらも職務と賃金あるいはその他の労働条件との関連を結びつけ始めたといえる。

    白波瀬:何を基準に設定するのか。限定正社員のまま労働を移動しないという選択をどのように保障するかといった問題を常に念頭に置く必要がある。正規・非正規にかかわらず労働を評価しそれ相応の報酬を与えることは、多様なキャリアを形成する上で重要。改正労働契約法の5年に限らず、各自の選択を見直す機会を設定できるといい。

    樋口:働き方を途中で乗り換えられるかどうかが、女性の活躍において重要な問題になってくる。それは会社の問題である以上に、夫婦間での家庭における性別役割分担などを変えていく必要がある。

    白波瀬:女性の問題は男性の問題。総合職の基準が、家庭で専業主婦に世話をしてもらっていることを前提とした働き方のため、サステナブルではなかったということである。我々の子どもの世代に「男の子だから」「女の子だから」と気にすることのない社会を作るために、今、少し無理をしてでもバトンを次につなげていくべきである。

    中野:従来の育児や介護といったケア責任を担わなくて済む人たちを前提とした評価制度や働き方では、これからの企業は回っていかない。生産性向上を前提とした上で、全員が子どものお迎えや夕飯を食べる時間に帰宅できれば問題ない。長時間勤務できないというだけで評価されない現状から、より仕事の質や効率の観点を盛り込んだ評価の枠組みが求められる。

    鶴:企業における成功事例のポイントをうかがいたい。

    小林:制度をどう活用できるかは、企業間で違う。裁量労働やフレックスはうまく使えば短い時間で成果を上げられるが、むしろ労働時間が増えてしまうとの懸念もよく指摘される。事例には、経営者のトップダウンで成功している企業が多い。ビジネスの視点で、時間を減らし生産性を上げることを真剣にとらえるかどうかがポイントだと思う。省エネの取り組みと同様に、徹底的に「見える化」していくことが1つの方策である。経営者に、各部署の状況がいかに上がっていくか。経営会議などでの「見える化」も重要な要素となっているようだ。

    鶴:働き方改革においては、制度改革が大事なのか、それとも企業の取り組みが大事なのか。お考えをうかがいたい。

    樋口教授:人口減少によって時間の価値は高まっている。生産現場はともかくサービス産業やホワイトカラーについては、時間と生産性の関係を再検証すべきであろう。フランスの時間当たり生産性は高いが、フランスに住んでみても、サービス産業あるいは労働者の質がとくに高いとは思えない。宗教的な理由から日曜日は休業する協定が産業界で結ばれており、買い物が平日に集中する傾向があるようだ。

    日本でも百貨店の元旦営業にみられるように、個別企業だけで時間の問題を考えるのは限界がある。個人はなおさら上司が帰らなければ帰りづらく、他社が営業するならば自社も休むわけにいかない。その意味では、カルテルを結ぶことも必要になってくると思う。消費者が24時間営業の利便性に対するコストを負担していないのが日本の現状ともいえる。下請と元請を含め、互いの理解が求められる。

    小林室長:制度を細かくすると、真面目にやっている人たちが不都合を被ることになりがちである。メッシュを粗くしながら、自主性を促すうまい制度をいかにつくるかが基本的な考え方ではないか。また、経営者をはじめ一丸となって頑張っている企業へのインセンティブなど、アメとムチをうまく使っていく必要がある。

    鶴:人材の流れを促す政策について、どのように評価されているか。

    島田:ミドル層の転職支援策に焦点を当てて考えていく必要がある。

    小林:キャリア形成や生涯賃金の考え方、住宅ローンや教育費を含め、社会政策的にも考えていくべきだと思う。

    樋口:求人があることを大前提とした上で、中途採用において人材の能力を適切に評価し、活用していく必要がある。

    鶴:会場参加者から「AI(人工知能)などの進展による人材余剰の発生をどう考えるべきか」という質問が寄せられている。

    樋口:AIによって、個人の生産性格差が拡大すると思われる。それが日本全体の労働力余剰につながるかどうかは別の議論である。1980年代からのグローバル化で格差は拡大したが、その一方で、ITを生産する側、利用する側に回ることで格差が縮小し、賃金や生産性の低い層が減少した流れもある。