RIETIイノベーションセミナー

研究室から市場にアイデアを移転する:大学からの技術移転の経済学が何を示唆するか

  • 開催案内・配付資料・議事概要

開催案内

大学から産業への技術移転は米国のイノベーションシステムにおいて重要な役割を果たしてきており、技術移転オフィス(Technology License Office: TLOあるいはTechnology Transfer Office: TTO)はその過程における重要なプレーヤーである。本セミナーは、イノベーションの経済学の指導的な学者であるマーク・シャンカーマン教授をお招きし、同教授の米国TLOの研究(参考論文を参照)に基づいて、大学から産業への技術移転の有効性の決定要因および米国の経験からの政策への含意について報告していただいた。

概要

日米共に基礎研究の約半分は大学が行っており、大学からの技術移転は重要である。米国では新規のライセンス件数は1991年の1278件から2012年の5130件へと大きく伸び、大学のライセンス収入も2億ドルから15億ドルへと増加した。その背景として、バイオテック革命が共に、1980年のバイドール法によって、連邦政府が資金を拠出した研究開発プロジェクトからの発明について大学がその特許権を所有することとなったことが重要である。

大学特許のライセンスは、大学発明の効率的な商業化を分権的に行う上で重要である。大学が基礎的な発明のライセンス先を探索する誘因を持つことになり、また移転先の企業が明確な特許権を持っていることが技術の商業化への投資意欲を高めることになる。

大学の研究者が商業化のポテンシャルが高いプロジェクトの研究を行うようになることが、マイナスの面を持っている危険性が指摘されているが、実証分析の結果はこれを支持しない。多くの領域で論文と特許は補完的であるからである。論文公刊から特許にシフトした傾向はない。

効果的な技術移転にはインセンティブと制度が重要である。米国においては、教員(発明者)が受け取るライセンス収入の割合は大学間で大きな差があるが(最小で21%、平均が41%、最大が65%)、この割合が10%ポイント高まると、大学のライセンス収入は平均で19%増加する。私立大学ではその効果は50%の増加となり、より高い。ライセンスの件数が増え、同時にライセンス当たりの収入も拡大する。研究能力が高い大学がより強いインセンティブを採用している傾向はなく、また、大学の質を考慮しても、大学教員が受け取るライセンス収入の割合がライセンス収入拡大に強い効果を示す結果には変わりが無い。

大学が特許権を保有している状況ではTLOは大学発明の商業化に独占力を持つことになり、TLOが効果的に機能をする必要がある。大学が私立の場合に教員へのインセンティブの効果が大きいのは、私立大学のTLOがより効果的であるからである。その原因は、(1)私立大学の方がTLOのスタッフにパフォーマンス・ベースの誘因を利用している可能性が高い(州立大学では49%であるのに対して私立大学では79%)、(2)私立大学のライセンス活動には政府の規制が少ないことである。

現在米国の全ての大学ではTLOが大学発明のライセンスの独占権を持っているが、専門スタッフの平均規模は5人を下回っている。このような産業組織が効率的であるかどうかは疑問である。ライセンス活動における規模や範囲の経済がどこに存在するのか、またライセンス活動にどのように競争を導入すべきかを今後研究していくことが重要である。競争の可能性としては、(1)TLOには一定期間に限定して発明のライセンスの独占権を与え、期間後は発明者に権利を戻す、(2)最初から発明者にTLOあるいは民間の技術移転企業に選ぶ権利を与えることが考えられる。 本講演の結論と政策へのメッセージは以下の通りである。

(1)科学者へのハイパワード・インセンティブと明確な財産権が大学からのライセンスとイノベーションを刺激するのに重要である。
(2)発明者への誘因とTLOが効果的であることは補完的であり、同時に強化していく必要がある。
(3)TLOへのハイパワード・インセンティブも重要であるが、あまり広く使われていない。
(4)技術移転活動の産業組織も重要であり、現状の構造は効率的ではない。政策を再設計し競争を導入していくことが今後非常に重要である。

東京大学ロバート・ケネラー教授のコメントと討論

1. 大学発明者への金銭的な誘因の効果
大学発明者が受け取るライセンス収入の割合を高めることが研究者への発明開示と技術移転活動への参加誘因を高めるという分析結果の頑健性について、ケネラー教授からの質問がなされた。パネルデータによる分析ではないが、大学の特性などはコントロールされた結果であることの説明がシャンカーマン教授からあった。

ケネラー教授からは、制限の無い発明者帰属には問題があるとの指摘があった。2004年より前の日本では、大学発明は主として本人帰属であったが、その結果企業に特許権が移転されても発明を開発する義務が無かったし、ロイヤルティーを支払う仕組みも無かった。

2. TLOへの誘因の効果について
ケネラー教授から、TLOのミッションを収入最大化とすることには疑問があると指摘があった。TLOには現状でも活動が遅い、状況の変化への対応が遅い、各発明から最大限の収入を得ようとしているとの批判があり、こうした問題が悪化するのではないか。ロイヤルティー収入最大化を目的とすることに、スタンフォード大学やMITでも合意しないであろう。

3. 技術移転の産業組織
ケネラー教授から、技術移転の産業組織のあり方も重要な課題であり、カリフォルニア大学システムが技術移転活動を各大学に委譲したことの効果の検証などが今後の研究素材となるのではないかとの指摘があった。

4. 共同研究開発の成果の技術移転
ケネラー教授から、企業がスポンサーとなった共同研究開発の成果の技術移転のあり方も重要な研究課題であるとの指摘があった。日本ではその結果、共同出願となる場合が多く、効果的に商業化されているかどうか、また論文公表への制限など懸念を持っているとの指摘があった。

イベント概要

  • 日時:8月28日(水) 午前10時00分~12時00分
  • 講師:マーク・シャンカーマン (ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授、セミナー当時一橋大学客員教授)
  • コメント:ロバート・ケネラー(東京大学教授)
  • 司会:長岡貞男(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/一橋大学イノベーション研究センター教授)

配付資料

Key References

マーク・シャンカーマン教授の論文
  • "University Knowledge Transfer: Private Ownership, Incentives and Local Development Objectives," with Sharon Belenzon, Journal of Law and Economics, vol.52 (2009): 111-144
  • "Incentives and Invention in Universities," with Saul Lach, RAND Journal of Economics, vol. 39, no.2 (2008): 403-433
  • "Spreading the Word: Geography, Policy, and Knowledge Spillovers," with Sharon Belenzon, The Review of Economics and Statistics, volume 95, no.3 (2013): 884-903
ロバート・ケネラー教授の本
  • Kneller, Robert. 2007. Bridging Islands: Venture Companies and the Future of Japanese and American Industry. Oxford University Press