METI-RIETIシンポジウム

「成熟」と「多様性」を力に―価格競争から価値創造経済へ― (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2012年7月20日(金)17:30-19:30
  • 会場:イイノホール (東京都千代田区内幸町2-1-1)
  • 議事概要

    近年の日本経済は、少子高齢化で潜在成長率が低下する中で、縮小の連鎖が継続する「やせ我慢」の経済に陥っている。高度成長期以来の「企業戦略・産業構造」と「就業構造」の行き詰まりを、打開するためには、「成長のための成長」ではなく「豊かさを実感できる成長」へ、経済産業政策を転換する必要がある。

    こうした背景の下、今後の経済産業政策の方針として2012年6月にとりまとめられた「経済社会ビジョン『成熟』と『多様性』を力に―価格競争から価値創造経済へ―」。そのビジョンの実現に向け、産官学を含む多様な観点から議論が行われた。

    大臣挨拶

    枝野 幸男 (経済産業大臣)

    「我が国が今後、何で稼ぎ、何で雇用するのか」を明らかにした上で、新産業構造部会は「新たな産業を創出するための仕組み」について報告書をとりまとめた。東日本大震災以降の経済環境の変化、近年の我が国経済を取り巻く大きな環境や状況の変化を踏まえた内容となっている。

    報告書には2つのキーワードがある。1つは「成熟を力に」である。日本人には成熟に裏打ちされた感性や技術力がある。これを潜在的な内需の掘り起こしや、グローバル市場の獲得へとつなげていきたい。

    もう1つは「多様な人的資本による価値創造」である。女性、若者、高齢者などの多様な人材が価値創造に参加し、成長を分配する。そのことで多くの人々がいきいきと働くことのできる社会にしていきたい。

    基調講演

    伊藤 元重 (新産業構造部会部会長 / 東京大学大学院経済学研究科教授)

    IMF専務理事のラガルド氏が来日した際「日本は職場での女性の活躍を高めれば、もっと元気になる」と発言された。それに対し、私が出演した日本のテレビ番組には視聴者から「ただでさえ厳しい雇用状況なのに、女性がどんどん職場に進出してきたら、仕事はさらに少なくなるのでは」との質問が寄せられた。つまり、いわゆるゼロサム的な発想で、1つのパイを皆でどう分け合うかという視点に立てば、働く人が増えれば仕事は少なくなるという議論になる。しかし、雇用とはゼロサムではなく、社会を変えていくことによって新しい活力や豊かさを確保することができる。そのキーワードの1つが「ダイバーシティ」で、新産業構造部会では、特に女性がどのように活躍するかということについて議論が行われた。

    マクロ的な視点について。日本を代表する家電メーカーの社長から3年以上前に聞いた話だが、サムスンの強さを徹底的に調べようと、日本のメーカーとの違いをあらゆる側面から比較した結果、1つだけ埋めようのない大きな差があった。それは、サムスンの人件費が日本の家電メーカーの人件費の半分だということだった。したがって韓国や台湾の企業、場合によっては中国の企業の生産性が、日本の企業の7、8割のところまで上がってくると、価格競争ではもう勝負にならない。これまでのような価格競争やコスト競争という世界とはまったく違ったことを考える時代にきている。

    もう1つは、日本はいま、1人当たりGDPが4万6000ドル程度だが、世界には6万ドル、7万ドルを稼いでいる国がいくつかある。なぜ、彼らはそんなに高い所得を得られるのか、我々が学ぶべき点はたくさんある。たとえばデンマークやスウェーデンは豊かな社会を築き上げ、国民が安心して生活し、同時に市場のメカニズムを十分に活用している。スイスは少し違った視点があり、グローバル化に非常にうまくフィットした形になっている。日本は人口が減少していくので大変だろうという悲観論があるが、他方、人口減少については、日本よりドイツの方が人口減少率が激しいが、ドイツには日本のような悲観論は無い。経済学的に見ても、人口成長率と経済成長率には相関が見られない。したがって、より明るい社会をつくるために、我々がどのような見方をしていくのかということが非常に重要。そのための視点を2つ挙げたい。

    グローバル化にチャンスがある

    まず1つは、日本には、グローバル化に関わる部分には間違いなく大きなチャンスがあるということだ。近接するアジアが、将来的にも世界でも極めて高い成長を遂げていくことは、日本にとって極めて恵まれた幸運といえる。こうしたアジアの成長の流れを契機に、すでに日本の産業構造には大きな転換が起きている。特に自動車やエレクトロニクスなど、これまで日本の経済を支えてきた企業が次々と海外へ展開しようとしている。これを空洞化とだけみる議論は、あまりにも短絡的だ。企業が出て行った後に、国内に新たな産業が拡大すれば、それは単なる産業構造の転換にすぎない。

    1973年に石油ショックが起きた際、新聞の見出しには「これで日本は終わりだ」と書かれた。しかし、日本はこれを転機に鉄鋼・造船など重厚長大を中心とした経済から、精密機械・エレクトロニクスといった軽薄短小の経済、そして自動車産業と、転換を成し遂げてきた。日本の国内産業の中には、将来に対して希望を持てる分野が少なくとも3つある。1つ目は素材、2つ目は高度なデバイス、そして3つ目はロボットや半導体製造装置に象徴される製造機械である。

    「海外移転が進み空洞化が起きると、日本からの輸出が減少して、日本は厳しくなるのではないのか」と予測する人もいるが、日本は、バブルが崩壊後20年間厳しかったが、輸出はずっと増え続けている。経済学にグラビティ(引力)という言葉がある。距離が近いほど貿易額は大きくなり、さらに大国同士のほうが貿易額は大きくなる。つまり、中国や東南アジアといった近隣、近隣国の経済規模が大きくなれば、日本の輸出が増えていくことは間違いないわけだ。その距離に深くかかわるのが消費財だといわれている。日本の目薬、洗剤、ラーメンなどは、米国や欧州の人はあまり買ってくれない。しかし日本の消費財の中には、洗剤をはじめアジアナンバーワンのものがたくさんある。これは距離が近いからだと思う。

    このように日本はグローバル化において、アジアを含む大きな産業構造の中で素材、デバイス、製造機械といった日本の得意なものを徹底的に磨いていくこと、そしてアジアの中間所得層が増える中で、距離の近い日本だからこそ優位性を発揮できる消費財やサービスを磨いていくことにチャンスを見出すことができる。

    国内問題へのチャレンジをオポチュニティに

    もう1つは、高齢化やエネルギー危機などといった、日本が直面している国内問題へのチャレンジは、我々にとって色々な可能性を生み出すオポチュニティでもあるかもしれないということだ。

    先日、イノベーションには2種類あるという話を聞いた。1つはGoogleやFacebookのように、突然出てきて、突然変異的に社会を変えてしまうもの。そのようなクォンタムジャンプ(quantum jump)を可能とするイノベーションを日本もぜひ目指すべきであると。もう1つの種類は、じわじわと少しずつ生産性を高めたり、世の中を良くしたりしていくタイプのイノベーションである。たとえば、GEはクォンタム型の技術革新は10年以上前にあきらめて関連する分野を早々に売却する一方で、徐々に着実に生産性を高める分野、たとえば飛行機のジェットエンジンや火力発電関連に絞って事業を展開している。このように地道な技術革新によって社会の問題を解決していく分野について日本にあてはめて考えると、エネルギー・環境分野、医療・健康や介護といった高齢社会に対応する分野に関して、大きな技術革新の芽があると思う。

    このようなイノベーションでは、既に存在する物をいかに安くつくるかということではなく、皆が求めているものをいかに見極め解決するかということが求められる。アルビン・トフラーは「プロシューマー」という概念、すなわち国民が「コンシューマー」でもあり「プロデューサー」でもあるという考え方を提唱している。たとえば、審議会の中で「ダブルインカム・ツーキッズ」という議論があったが、豊かな生活を求め、子どもを育てながら同時に仕事もするような人から、次の社会を切り拓くような新しい商品やサービスが生まれてくるかもしれない。

    日本経済は今、マクロ的にも大きなチャレンジの時期にあると同時に、いろいろなところに変化の芽がある。私たちは過去だけをみて悲観的な気持ちになるのではなく、この先にどういう明るい未来があるのかを考えていきたいと思う。

    パネルディスカッション

    経済社会ビジョン~「成熟と『成熟』と『多様性』を力に―価格競争から価値創造経済へ

    枝野 幸男 (経済産業大臣)

    現在の日本経済は、いわば「やせ我慢」の経済だ。価格競争に勝つべく、コストカットした結果、労働所得は低下、消費も低迷し、デフレがさらに進んでいくという悪循環になっている。要因としては、大量生産価格競争という日本の高度成長時代のモデルの限界と、この大量生産体制を支えてきた終身雇用、正社員、男性中心という就労モデルの限界が挙げられる。

    このため企業戦略産業構造と就業構造の双方を転換し、行き詰まりを打開し、国家としての成長と、個人の豊かさをもう一度結びつけ、成長のための成長ではなく、豊かさを実感できる成長へと転換していく。

    国内は成熟した豊かさを追求する市場環境にあり、アジアなどの新興国においては、富裕層の増加とともに爆発的な購買力をもつ中間層が誕生している。成熟した豊かさへのニーズに対応することで潜在的な内需を掘り起こし、日本人の感性や技術力を発揮し、大量生産価格競争モデルから価値創造モデルへ企業戦略を転換していく必要がある。

    潜在内需の掘り起こしにおける第1の柱は、少子高齢社会の克服である。既存の公的保険や公的扶助によるサービスを核としつつも、その外側に新しいサービスが生まれてきている。そして介護現場へのロボットの導入、高度な画像処理技術を活用した病理診断の導入など、画期的な機器の開発と医療サービスが一体的に進展している。日本の優れた製造技術と日本人が得意なきめ細かいサービスによるシステム化は、価値創造力が高いと考えている。その基盤を成熟した市場がある日本国内に置くことで、分厚い産業集積に発展する可能性がある。

    潜在内需の掘り起こしの第2の柱は、新たなエネルギー産業である。たとえばエナリスのようなビルの節電を支援するBEMSアグリケーターが生まれつつある。またトヨタ自動車は、スマートコミュニティ実証事業において車載電池を核としたHEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)を構築している。製造業もエネルギー関連システムに組み込まれることで一大産業群の創出が見込まれる。エネルギー制約の克服は世界共通の課題であり、大きなビジネスチャンスである。

    海外需要の獲得については、伝統を活かして海外展開に取り組んでいる中小企業もすでに存在する。また、海外でも高い人気を誇る我が国のコンテンツやファッション等の魅力を産業化し、稼げる仕組みを構築していくことが可能。海外市場で大きく稼ぐことに加え、外国人を国内に呼び込んで、地域活性化につなげていける可能性もある。

    こうした新産業の担い手としては、大企業だけでなく、"ちいさな企業"の活躍も期待される。"ちいさな企業"未来会議等の議論を通じて、小規模企業の実情に合ったきめの細やかな支援を実施していく。

    新産業創出による産業構造の転換が進めば、たとえばヘルスケア、クリエイティブ産業等のサービス業、それから医療介護等の分野で、1000万人規模の就業者が必要となる。職種についても生産労務工程から専門技術職、事務職、サービス提供職へと、200万人規模の職種転換が必要となる。このため、300万人の女性、150万人の高齢者、若者が新たに加わる必要がある。

    そのためには人材育成や社会人の学び直しが不可欠な課題となる。人々が働きやすい環境を整備するためにダイバーシティマネジメントを推進し、さらにスキルや経験を持つ社会人に対し、学び直しと成長分野へのマッチングを一体的に行う、「人を活かす産業」を創出・振興し、雇用機会を拡大していきたいと考えている。

    こうした働き方の面、産業・企業の構造の面の両面において、日本の置かれている時代状況、国際社会における立ち位置を踏まえた産業構造に転換をしていくことにより、私たちの国は成熟した、そして豊かさを実感できる日本になっていけると確信している。この報告書をスタートに多くの皆さんのさらなる知恵をお貸しいただき、こうした社会を実現していきたい。

    イノベーションの創出 経営資源の最適配置と価値創造人材創出に向けて

    柏木 斉 (新産業構造部会委員 / 株式会社リクルート取締役相談役)

    ビジネス環境の変化として、これまでサービスを提供する側にあったさまざまな決定権が顧客側に移っているため、「顧客目線」を大切にして事業を組み立てる必要がある。顧客がサービスに対して発言力を持つ中で、機能だけではなくトータルな形で利用者のソリューションに答えていく付加価値型モデルへの「サービス化」とともに、競争社会の中では「スピード」も求められる。

    一方で、効率化を進めるだけでは価格競争から脱することはできない。そこを乗り越えるためには、製造とサービスの融合を進め、サービスが提供できる価値を高め、差別化された価値を生み出すことに、企業は取り組んでいく必要がある。

    新しい価値創造型の事業を生み出し、成功するためには人材の力が必要である。商品を提供したら終わりではなく、市場と対話し、よりよい商品につくり上げ、磨いていく力が求められる。その価値の源泉が企業の中にいる人材であり、その人材をいかに今の変化に合わせて活用していくかということに、企業は取り組んでいくべきである。

    変化に対応していくために、多様な人材をいかに活用していくか。それが1つのテーマとなる。さらに異なる価値観、異質な文化を受け入れても機能し、進化し続ける組織でなければならない。そのためには、これまでの日本企業の国内に閉じたモノカルチャーを再び壊し、新たな組織づくりに対応していかなければならない。

    多様性を活かした経済社会への転換

    宮島 香澄 (新産業構造部会委員 / 日本テレビ放送網株式会社報道局解説委員)

    新産業構造部会の議論は、「多様性」がキーワードとなっているが、この多様性について3つの観点から考えることが重要。第1は、サービスの多様性で、社会保障、医療、介護、教育、保育といったサービスの分野には多くの潜在的ニーズがある。特に公的サービスには、国や行政が予算の問題で対応しきれない部分を、民間と連携すればサービスが拡大するような周辺分野がある。

    第2は、外国人、女性、高齢者といった人材の多様性である。今の女性は男性と同じように教育を受けており、その能力を活かさないのはもったいない。教育、医療、介護、観光など、これから伸びる産業は女性に向いている仕事が多く、またダブルインカムによって家庭の経済力に余裕が生まれれば、日本の需要は増大し、経済の活性化につながる。さらに、女性の管理職が多い会社は元気だというデータもある。

    第3は、多様性を育てる教育である。イノベーションを起こす次の世代を育てるためには、小学校や中学校の教育が極めて重要である。子どものとがった部分を削らずに、どう伸ばしていくか。教育の現場に、たとえば一度企業で働いた人が参加し、社会に必要な多様性やイノベーションの力を育む環境を整えるべきである。

    ダイバーシティ経営を成功させる条件と時代の変化が求める人材像とは

    鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター / 慶應義塾大学大学院商学研究科教授)

    今回の報告書は、ダイバーシティ経営、多様性がキーワードになっている。人材を量的に確保するためには、女性、高齢者、外国人を積極的に活用する必要に迫られていることを認識しなければならない。また多様な人材を活用することによって、画一的・同質的な現在の企業社会にイノベーションを起こすという視点も強調される。

    一方、日本企業における戦後の典型的な雇用システムには陰りが出てきている。年功型の賃金制度は弱まり、成果主義の導入、非正規雇用の活用、コンプライアンスの強化が進み、長期雇用関係が弱まっている側面もみられる。こうした状況の中でダイバーシティ経営を推進し、信頼関係を取り戻していくためには、2つの方策が考えられる。

    1つは、ミッション志向型雇用システムである。従業員が多様化する中で過去・現在・未来へと続いていく企業のミッションを末端まで浸透させることは、経営者の重要な任務といえる。よく企業文化、企業ミッション、企業理念といわれるが、その重要性が非常に高まっている。多様な働き手の立場を思い、気持ちを理解し、愛情を持って接する。それが徹底的にできれば、従業員に対する動機づけや細かい雇用管理は不要になるとさえ思われる。

    もう1つは、未来に開かれた働き方である。つまり、組織での自分の役割は何か。どうすれば貢献できるか。その結果、どのような未来が待っているのか。こうした問いに明確に答えられるような働き方を企業の中で実現していくことである。そのためには、従業員の長期的な能力開発へのコミットメントが特に重要である。

    ディスカッション(敬称略)

    成熟を力にした市場開拓

    中島: 潜在需要の掘り起こしという視点から、日本経済全体をどのように見ればよいか。

    枝野: まず高齢者の欲しいものを、きちんと売るところから始めるべきである。介護や医療といった高齢者がお金を出してでも欲しい部分の供給をいかに増やすかということがスタートラインになる。コアになる、いわばエコノミークラスのサービスは、公的に確保することが一番大事。経済産業省としてできることは、規制をできるだけ少なくし、エコノミークラスの公的部分の周辺で、ビジネスクラスのいろいろなサービスが入りやすくすることである。

    こうしたサービスが増えると、必然的に女性の労働力が必要となり、そこに子育て支援のサービスが生まれざるを得なくなっていく。女性が社会参画し、若い世代の所得が増えれば消費も増える。このようないい循環が回っていく。このような循環を軸にして、介護のロボットや医療機器など、日本の持っているさまざまな技術力を活かし製造業等を含めた需要を掘り起こしていくことにつながっていく。

    中島: サービス業が潜在需要を掘り起こし、新たな課題解決型のサービスをつくり出していく上で、どのような課題やポイントがあるか。

    柏木: 利用者が感じる不安、不便、不満、不完全といった「不」を解消するサービスへの需要は大きい。それを民間のサービスとして実現するには、第1に、ロボットも含めたIT技術を導入し、サービスのメニューを増やしていくこと。第2に、規制緩和等によって縦割りの壁を取り除き、サービスの範囲を広げること。第3に、ワークライフバランスの見直しなど、生活者の生活スタイルを広げること。この3点がポイントとして挙げられる。

    中島: サービスを広げるという観点で、女性はどのような分野でより活躍できると考えるか。

    宮島: たとえば医療、介護、教育、サービス、観光などが挙げられる。女性ならではの視点による介護の新ビジネスがある。また、子育て支援に関わるビジネスクラスのサービスは不足しており、女性の自らのニーズを顕在化したビジネスへの展開も期待できる。働く女性が増えることにより、ニーズがさらに顕在化し、自分たちもサービスを提供するし、必要なサービスもあるという好循環ができてくる。

    中島: このような成熟した豊かさを背景にした新たなサービスと、社会の変化によって掘り起こされる新たなサービスが両輪となって進むような密接な関係について、どのように感じておられるか。

    枝野: 現在は、「不」の方向で連鎖が進んでいるが、必要とされるサービスが提供されることによって働き方が変わり、社会のあり方が変わる。それによってまた新しいサービスが必要とされ、新しいビジネスが生まれていく。まさに相互的な刺激でよくなっていく関係だと思う。

    中島: では、人材という観点での潜在需要の掘り起こしについて、どのようにご覧になるか。

    鶴: 時代のスピードが非常に早くなっているため、価格競争や数字で表せる性能のみを追求すれば必ず追いつかれる。企業の方々と話す中で浮かんでくるのは、いかに消費者を笑顔にさせるのか、感動させるのか、といった数字で表せないキーワードである。洗練性、おもしろさ、もてなしといった要素がなければ、新しい需要を掘り起こすことはできない。これを、一橋大学の延岡教授は「機能的価値から意味的価値」と表現している。そして日本が有する感性豊かな文化と国民性などをさらに育てるために、初等教育からしっかり考える必要がある。

    多様な人材によるイノベーション創設

    中島: 日本の人材力強化とその人材力によるイノベーション創設のためには何が必要か。

    枝野: 人材を育てることの前に、まず活かすことであり、活かすことができていない人材の代表が女性である。女性が必要とするサービスを、女性自身がビジネス化することは、相当な需要の掘り起こしになり、さらにモデルケースとして他の女性にも刺激を与えていく。このため、女性の社会参画は経済産業政策の柱であり、しかも急を要する。

    さらに次世代を育てることを考えるならば、やはり家庭が大事である。両親とも社会参画しながらも、親でなければできない部分はしっかりと子どもにかかわるためには、それを確保できる余裕とシステムを組み立てる必要がある。だからこそ、親でなくてもできる保育分野のサービスをいかに早く提供するかということが重要となってくる。

    中島: 女性の社会参画に向けた企業への対応として、どのようなことが考えられるか。

    枝野: 企業業績と女性役員の比率といったデータを示すことにより、実際に女性を活用していいない企業は儲かっていないという実態を知らしめ、利益を上げようと思うならば女性を活用するしかないという認識を広げるべき。

    あえて言えば、むしろ社会の対応が大事であり、たとえばPTAの日程など、専業主婦を前提としているような社会システムの変革の優先度が高いのではないかと考える。

    中島: 企業側の視点では、どのような対応が必要なのか。

    柏木: 産業構造が大きく変わる中で、就業構造も変わらざるを得ないため、人材の流動化がさらに進むことを前提に、社会全体が取り組んでいく必要がある。その流れの中で、今までは企業に依存していた個人のキャリア育成を、企業も組み込んだ社会全体で個人のキャリア育成・キャリアチェンジを支援していくことが求められる。企業は雇用が多様化する中で、マネジメントを変えていかなければならない。それと同時に、企業は多様な人材を生かすことが、企業の成長や構造変革に役に立つことを実感しながら、人材の育成に取り組むことが重要。さらに企業は、求める人材の要件をもっと積極的に提示していくべき。

    中島: 女性の社会参画への期待が高まる中で、現実に女性は今、その資質を発揮できる状況にあるのか。

    宮島: 外から示される期待と両立の現実のギャップは大きい。日本は子育てをしながらフルタイムで働くのが難しい国である。本当に子育てが大変な時期は意外と短い。他方で、出産や子育てで一旦仕事から離れると、キャリアが変わってしまうと感じることで、出産を躊躇する女性も多い。その人の状況に応じ、そのときの最大限の力を発揮できる体制を整えることと、時期によってペースが変わってもキャリアが継続できることが重要。これは、女性だけでなく、高齢者、若者、外国人、障害者など多様な人材を生かす上でも重要と考える。

    中島: グローバル人材に求められる資質とは。

    鶴: 英語力ももちろん大事だが、相手を説得するための論理力や伝える力、コミュニケーション能力とともに、異なったものを受け入れる力、許容力、広い視野なども重要な要素といえる。そして特に重要なのは、不確実性への対応である。過去のパターンにとらわれない柔軟な発想や自分で考える力など、過酷な環境でも適応できる心の強さが強調される。

    Q&A

    Q: 既得権益者からの妨害や既存の規制で起業家によるイノベーションが阻まれている実態、あるいは新興国進出への官民一体となった支援が不足している実態があるが、政府は新たな取り組みに対する支援についてどのように考えているのか。

    枝野: これまでは規制改革のテンポが遅れても、他の部分ががんばっている間に追いつくことができた。しかし今はそれが逆になっていて、新しい産業が育たなければならないタイミングに対し、規制を変えるタイミングが遅れてしまっているということを強く認識している。たとえば医療機器や再生医療については、産業育成の観点から規制緩和を急ぐ流れが出てきており、まさに省庁横断的に取り組むことが重要である。また、従来の規制緩和は供給側からの視点が強かったが、今問われているのは、消費者の観点から「不」を解決する上で邪魔な規制をいかになくしていくかということ。こうしたユーザーの視点は、従来の経済産業省では苦手としていたかもしれないため、今後強めていきたい。

    Q: 女性の社会進出を進める一方で、若者と高齢者が職を奪い合っているという側面もあるため、労働制度の改革と雇用増を図る政策が必要と考えるが、具体策はあるのか。

    枝野: 女性の社会参画は新たなビジネスに伴う部分が大きいため、高齢者の再就職や若者の雇用問題とは同じ土俵で考えるべきではない。若者の就職難は、中小企業がいい人材を採用したくてもできないミスマッチが大きな要因。過去に成功した企業が就職にいい企業だという概念を社会全体で払拭していく必要があるため、中小企業の中にも、将来に面白みのある就職先があるということを広めていきたい。

    柏木: 「働く」ことには2つの貢献の仕方がある。1つは、今回の議論のような新しい価値を創出するプレーヤーとしての働き方、もう1つは、タイムシェア的な要素も含めた、生活の基盤を得るためのワーカーとしての働き方である。特に若者の場合には、プレーヤーとして働く機会が望まれるが、長期間同じキャリアを形成することが難しい中で、個人は自分のキャリア形成について意欲的に取り組み、企業はそのキャリア育成を応援する必要がある。

    宮島: やはり雇用がもっと流動的になる必要がある。現在は、正社員と非正規社員の格差が大きすぎる。また、中高年層や高齢者がセカンドキャリアをうまく形成できれば、世代交代が促進され若者に雇用が生まれる。同じ会社でなくとも、キャリアを伸ばしていけることが重要であり、その前提として、自分が力をもっていれば、どこの会社にいてもしっかり稼げるような環境づくりが大事だと思う。

    鶴: 若者と高齢者の対立を煽るよりも、やはり若い世代と高齢者がうまく結びつき、共働していく社会のイメージを考えていく必要がある。高齢者の雇用を考える上では、若者を育てるような仕事が高齢者の生きがいになり、共働社会の形成につながっていくのではないかと考える。

    総括

    枝野: 一番大事なことは、日本の未来はけっして暗くないということである。我が国には、人材を含め多くの価値が眠っており、過去の成功体験にとらわれずに前を見れば、成熟を力にした明るい未来が広がっている。そこに向けて、政治行政として後押しできることを、今日の議論を受けてさらに具体化していきたい。

    中島: 今回の議論を通じ、経済産業省の戦略が従来とは大きく異なっていることを感じた。政府、企業、個人が一丸となり、その実現に向け努力していくことが求められる。