METI-RIETIシンポジウム

震災から復興する日本の進路 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2012年4月24日(火)17:00-18:50
  • 会場:イイノホール&カンファレンスセンター (東京都千代田区内幸町2-1-1)
  • 議事概要

    東日本大震災から約1年。復興に向けた動きが本格化する中、日本は同時に財政赤字に加えて円高とそれに伴う空洞化の進展、デフレ、電力制約といった大きな課題に直面している。一方、欧州政府債務危機を主因とする、世界金融市場の動揺や新興市場の外需低下による成長率の鈍化もあいまって、国際的にも日本経済の再興への期待が高まっている。このような状況下で日本がどのような進路を経て復興、さらにその先の経済成長を目指すべきか。本シンポジウムでは、枝野幸男経済産業大臣、アンヘル・グリアOECD事務総長ならびに4人のパネリストの参加を得て、イノベーションの活用等による新産業・新市場の創出、財政、金融政策等の観点から議論が行われた。

    大臣挨拶

    枝野 幸男 (経済産業大臣)

    昨今の日本経済を覆っている閉塞状況の背景には、2つの構造的な行き詰まりがある。1つは、企業戦略や産業構造そのものの行き詰まり。日本を含めた先進国が規格大量生産で新興国と競っても、値下げ、賃下げの悪循環で、「やせがまん」の経済に陥っている。もう1つは、就業構造の行き詰まり。右肩上がりの高度成長が終わった今、「終身雇用・正社員・男性中心」という従来の就業モデルは限界にきている。正規・非正規雇用の不公平感が労働意欲を減らしているという側面もある。昨年の東日本大震災は、この2つの構造的な行き詰まりをあらためて突きつけ、その打開が喫緊の課題であると気づかせた。

    昨日、産業構造審議会で、今後の経済産業政策は、「成長のための成長」ではなく、「誰もが豊かさを実感できる成長」を目指すべきであると提案した。その実現のため、経済成長のビジョンと社会活性化のビジョンを提案した。

    経済成長のビジョンでは、成熟に裏打ちされた日本人の感性や技術力を発揮し、物質的豊かさよりも成熟した豊かさを求める需要を国内外で開拓していく。海外展開に積極的な企業は、国内雇用を増加させているという傾向もある。アジアなどのボリュームゾーンや富裕層に向けて、現地化、差別化に積極的に取り組んでまいりたい。新しい産業の創出によって、特定の産業に依存するのではなく、たくさんの産業で経済を牽引していく、富士山型ではなく八ヶ岳型の産業構造を築いていきたい。

    また、社会活性化のビジョンでは、国民1人1人がおかれた環境と能力に応じて価値創造に参画し、その利益を享受できる経済を実現したい。厚みのある中間層が形成できれば、人口減少の中でも1人当たり国民所得を維持・増大できる。鍵となるのが、女性、高齢者、外国人などの多様な人材の活用と、イノベーションの創出である。イノベーションを引っ張り世界で活躍する人材の育成が不可欠。円滑な労働移動も必要である。経済産業省は、今後10年間で、新産業で1000万人規模の就業者の確保と200万人の職種転換が必要と試算している。女性や高齢者の就業拡大、社会人の学び直しの機会の増大をすすめていく。

    シンポジウムの議論も、OECDの提言も、最終的な方針決定の参考にしたい。

    基調講演 "Revitalizing the Japanese Economy: The way forward"

    アンヘル・グリア (OECD事務総長)

    国際社会は現在、厳しい試練に直面しており、先進国、途上国の経済はともに不安定な状態にある。各国の失業率は容認しがたい高水準にあり、格差も拡大しているため、永続的で持続可能な成長の必要性が一層重要になっている。これを実現するため、我々は強い日本を求めている。

    日本は、1年前の東日本大震災および、それに起因した巨大津波と原発事故により、かつてない厳しい状況に置かれており、グローバルな危機の影響のみならず、大震災からの復興という途方もない課題にも取り組んでいる。

    経済協力開発機構(OECD)は、第1に国を挙げての復興の取り組み、次に経済成長と財政健全化の両立を柱とした野田首相の「日本再生の基本戦略」を歓迎し、支持する。消費税率を倍にするなどの社会保障と税の一体改革は、財政の持続可能性を確かなものにするだろう。

    「日本再生の基本戦略」は、特にグローバル経済への統合とグリーン成長の推進に関して2010年に策定された「新成長戦略」の実施と強化を求めている。日本は、他のOECD諸国に比べて海外のモノ、ヒト、資本の流入水準が低いため、グローバル経済から依然としてかなりの隔たりがある。新成長戦略は、主要貿易相手国との経済連携協定(EPA)の促進により、この水準を高めることをめざしている。日本が昨年11月、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の協議への参加を決めたことは、「メイド・イン・ジャパン」より「メイド・バイ・ジャパン」のコンセプトに基づく経済戦略に向けた重要な一歩である。もう1つの柱は、グリーン技術の開発を通じて、GDP(国内総生産)の10%を超える50兆円相当の新規需要を生み出すことである。

    OECDが5月に発表する「技能戦略」は、人的資本がイノベーションと生産性のカギであることを示している。日本全体の単位時間当たり生産性は、OECD諸国の上位半分の平均値を約30%下回っている。日本の総人口の約43%が高等教育を受け、OECD諸国の中で2番目に高いことを考えると、生産性がこれほど低くてよいはずはない。日本がすべきことは教育システムの改良であり、それ以上に重要なのは、人口構成を有効活用することである。

    日本の教育は現状でも非常に優れたシステムだが、改良の余地は常にある。たとえば、幼児教育への投資は、人生のより早い時期により高い教育成果を得られれば、その後の成績向上につながるため有効だ。また、大学間の競争や国際化の促進はもっと奨励されてしかるべきである。さらに、大学や政府、研究機関間の協力も強化する必要がある。これによって高等教育のイノベーションへの貢献度が増大する。

    日本再生に大きく貢献できる最後の要素は、女性の労働参加率の引き上げである。人口の高齢化が急速に進んでいるため、労働年齢人口は2050年までに40%近く減少するとみられている。現在、日本の非正規労働者の70%が女性である。このため、「新成長戦略」の1つの目標は、25~44歳の女性の就業率を2010年の66%から2020年までに73%に引き上げることである。

    しかし、日本はどうすれば雇用を女性にとってより魅力的にできるだろうか。まず、所得の格差を是正することである。OECD諸国の中で、日本は同等の能力とスキルを持った男女の賃金格差が、韓国に次いで2番目に大きい。また、女性が仕事と家庭を両立できるような政策の導入に向けた取り組みを強化するとともに、保育園を改善し、より利用が容易になるような費用にすべきである。さらに、世帯内の副次的稼ぎ手の就労意欲をそぐような税制と社会保障制度を改革する必要がある。

    活用度が低い人口区分は女性だけではない。高齢労働者の能力も最大限活かすべきである。これは、高齢者が働き続けられるような柔軟な雇用・賃金システムを通じて実現できよう。高度な技術を持つ外国人労働者を受け入れることも、労働力減少による長期的な潜在成長力への影響を食い止める1つの方法である。ただし、大胆な移民政策を導入する前に、国内のあらゆる有能な人材の能力と技能を活用すべきだろう。

    日本は研究開発の世界的リーダーであり、そうした重要な強みを最大限活用することで、今の試練をよりよい未来のための機会に変えることができる。日本は今このときを、問題を克服する時期ととらえるのではなく、中・長期的に成長を続けるため方向転換を成し遂げ、必要な調整を行い、スピードを加速させる時期ととらえるべきである。私たちOECDは、この歴史的瞬間にある日本に協力していきたい。

    パネルディスカッション

    モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

    増大する利払い費

    深尾 光洋 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 慶應義塾大学商学部教授)

    日本政府の利払い費は、現在GDP比で1.5%、7兆円程度である。政府の純債務は急増してきたが、低金利による借り換えにより、金利負担は長期間にわたっておおむね横ばいで済んできた。しかし今後については、借り換え効果が一巡したうえ、政府債務残高がさらに積み上がることが見込まれるため、負担が急増するだろう。景気回復で長期金利が1.5%程度まで上昇すること見込むと、10年後には日本の利払い費はGDP比で3%、15兆円近くに上るだろう。この利払いの増加分は、消費税3%の負担にも相当する。仮に消費税が現在の5%から10%に引き上げられても、増税分の6割が利払いで飛んでしまうことになる。

    景気回復を見込み、利払い以外の歳出をGDP比で横ばいに抑えたとしても、財政収支を黒字化するには、仮に消費税だけでそれを実現しようとすると、少なくとも25%の消費税が必要となる。したがって、消費税だけでなく、環境税など別の財源も模索することが不可欠である。

    日本にとってのもう1つの重要課題は、人口減少による成長力低下への対処であるが、日本語の能力が高く日本文化を理解する外国人を受け入れるのが望ましい。つまり日本語が堪能で実力もある外国人力士が活躍している日本相撲協会のような対応を取ることが必要である。

    財政リスクの管理を考える

    小林 慶一郎 (RIETI上席研究員 / 一橋大学経済研究所教授)

    財政再建を実現するには25%の消費税が必要との話が出たが、別のところでは35%の消費税が必要との試算もある(Hansen and Imrohoroglu)。これを所得税に置き換えた場合、60%の所得税率が必要となる。いずれも非現実的なまでに厳しい数値であるが、それぐらい抜本的な税制改革をしないともはや財政再建できない状況に来ている。

    Hansen and Imrohoroglu (2011)
    財政の持続可能性のために必要な労働所得税率

    財政の持続可能性のために必要な労働所得税率

    私たちはそろそろ財政破綻の危機管理シナリオを真剣に検討すべき時期にある。同時に、長期的な経済成長のため、公的セクターによる対外投資支援や為替変動リスクの吸収といった施策も必要となる。また、財政破綻リスクに直面する国が共同で債務を管理する一種の保険的なシステムの構築も考えられる。

    高齢化は財政状況に関係なく進展する。移民政策のほかにも、技術革新(介護ロボットの導入など)によって介護サービスをより資本集約的な産業にしていけば、日本の新しい先端産業を生み出すきっかけとなる。

    経済成長からBetter Lifeへ ~ 多様化・多極化する経済成長の源

    原山 優子 (OECD科学技術産業局次長)

    昨年設立50周年を迎えたOECDが新たなキーワードとして掲げるのが、Better Policies for Better Livesだ。これからは、経済成長だけでなく生活の質を高めることがより重視される。そのベースとしてあるのが、従来の経済社会システムないしモデルが限界に来ているという認識である。これまでの官・民ないし中央・地方の役割分担の限界。縦割り行政の限界。旧来型の政策ツール、経済成長を求めるための財政金融政策の限界。そうした認識を起点に、これから何をすべきかを考える必要がある。これは日本だけでなく、OECD各国共通の課題となっている。

    経済成長の源は多様化・多極化している。また、国という単位ではなくグローバル・バリュー・チェーンでの価値創出を考えていく必要がある。その中で自国をどのように位置づけるか、どのように舵取りするか――それが「新」産業政策である。

    既存の政策を精査するだけでなく、現行の政策ツールの根本にある生産・消費の構造そのものを再考した上で、制度構造改革の道筋をつけていく必要がある。

    そうした一歩を踏み出すために提案するのが、社会実験と分散化した意思決定の導入である。さらに社会的厚生をどのようにして国レベルひいては国際レベルで高めていくか。スマートシティもそうした社会実験の1つの試みとなる。とにかく、内向きになってはならない。

    悪循環から抜け出すには

    角野 然生 (経済産業省経済産業政策局産業構造課長)

    日本経済は震災前から危機的な状況にあった。資源高で輸入物価が上昇する一方で、輸出物価が伸び悩み、アジア諸国との価格競争に翻弄される。付加価値力のない企業は値下げ・賃下げの「がまんの経営」を強いられ、雇用者報酬の低下により家計部門も潤わず、消費が低迷しデフレに拍車がかかる。まさに縮小経済の悪循環が続いている。

    今回の大震災は、従来の企業戦略・産業構造と就業構造の行き詰まりをあらためて認識させた。この2つの行き詰まりに対して、2つの切り口を提示したい。

    1つ目は、企業戦略を「高くても売れる」商品、価値創造モデルに転換していくこと。そこで重要な視点となるのが、今後の成長分野であるヘルスケア、新エネルギー、クリエイティブ産業における市場創出とバリューチェーンにおける付加価値力の強化である。

    2つ目は、人的資本の強化である。時間当たりの生産性向上、新成長産業における女性、高齢者、若者の活用のほか、生産工程、労務職から専門技術職、管理職、サービス職への職種転換も必要となる。そうした課題を念頭に、起業家やグローバル人材の育成、円滑な人材の移動、ダイバーシティの推進などの政策課題を実行していく必要がある。

    「縮小経済」の構造要因
    「縮小経済」の構造要因

    ディスカッション

    中島: 日本の財政赤字問題は、社会保障費の問題と絡んでいるが、どうすればよいか。

    深尾: 社会保障費は抑制せざるを得ない。というのも、高齢化によって貿易収支、場合によっては経常収支が恒常的に赤字化する可能性があり、財政に対する信頼がどこかの時点で無くなることが懸念されるからである。年金支給年齢の引き上げや所得テストの広範な導入など、社会保障支出を抜本的に見直す必要がある。

    中島: 日本経済全体の活性化につながる震災復興のあり方とは。

    小林: 技術革新によって成長の可能性を広げていくしかない。エネルギー問題を解決するためのグリーンイノベーションや高齢化に対応するための長寿医療工学(Gerontechnology)は、新成長産業の創出にもつながる。それから震災復興の考え方として、「モノ・地域」の復興より「人間の生活」の復興に焦点を置くべきだと考える。もともと過疎化していた東北の地域をそのまま復興するのが必ずしもベストだとはいえないということだ。

    中島: 日本にはどのような構造転換が必要か。

    原山: 日本は課題大国、課題先進国である。しかし、逆にそれをチャンスに次世代社会のモデルを開発し、世界に広めていく、ビジネスモデル輸出国を目指せる立場にもいる。また、技術革新は確かに重要だが、技術を使いこなすシステム(サービス)も現場の人と一緒に考えていく必要がある。また、これからの技術開発においては、公的な部分とのマッチングが重要となる。

    中島: イノベーション人材を育成する、あるいは付加価値の高いサービスを生み出す具体的な方策とは。

    角野: 規制改革やモデル事業の推進に加えて、健康介護福祉や子育て支援等の社会的課題・ニーズの増大に対応した事業を展開する民間事業者を支援することが有効であり、そのような法案を国会に提出したところである。

    中島: いま日本が一番やるべきことは。

    深尾: 景気を悪化させない形で増税をする必要がある。消費税や炭素税などの間接税を段階的に引き上げながら、社会保険料を少し引き下げる考え方もありえる。

    小林: これからの年金受給世代だけでなく、すでに年金を受給している世代にも負担をお願いすべきである。高齢者の医療費窓口負担を現役世代並みの3割にするだけで必要な消費税率を30%から20%に抑えられるという試算もある。それから、原子力技術については、原発維持・脱原発に関係なく、世界の原子力安全に貢献する観点からも維持していく必要がある。

    原山: 具体的な事例を拾って可視化し、世界に広めていくことが重要だ。

    角野: 多様性が非常に大事になっていくと思われる。多様な人材による協働がイノベーションの源泉となる。