RIETI政策シンポジウム

東日本大震災後の持続的経済成長に向けて:経済基盤再構築と政策対応 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2011年11月15日(火) 13:30-17:30
  • 会場:イイノホール (東京都千代田区内幸町2-1-1)
  • 議事概要

    11月7日の政策シンポジウムに続く本シンポジウムでは、東日本大震災により改めて浮き彫りになったエネルギー事情、財政状況など日本の経済基盤の脆さについて考察がなされるとともに、震災後半年あまりで得られたデータにもとづく実証研究と産業界の取り組みに関する報告を踏まえ、日本経済が早期の復旧・復興を果たし、持続的な経済成長につなげていくために解決すべき課題について議論が行われた。

    基調講演 1「電力・ガス市場における短期と長期の改革」

    八田 達夫 (RIETI顧問)

    今回の大震災は、日本の電力供給体制における2つの弱点を明らかにしました。第1は、電力需給が逼迫した際に、需要量を減らさせるインセンティブがないことです。もちろんそれがあれば、計画停電の実施も、「お願い」ベースでの需要抑制や電力制限令の発動も不要でした。

    第2は、電力を自発的に追加供給させるメカニズムがないことです。震災後、東京電力は特定規模電気事業者(PPS :Power Producer and Supplier)に対して発電を依頼しましたが、その時点では価格未定の状態でした。森ビルの自家発電による電力供給が話題となりましたが、これも森ビル側が社会貢献として提案、実施したものです。仮に自家発電を有する企業などが十分な報酬を得て電力を供給する体制ができていれば、有事に備えられたのですが、そうするインセンティブを与える制度がなかったのです。

    本日は、電力市場を自由化して価格メカニズムがうまく機能することによりこの2つの弱点を克服することができることを示し、そこから日本における電力とガスの市場改革の段取りをお話ししたいと思います。

    電力自由化とは何か

    そもそも電力の自由化とは何でしょうか。

    電力には「規模の経済」があります。「規模の経済」とは、生産量の増大に伴って平均費用が低下することをいいます。送電は、その例です。すでに送電線を敷設した電力会社の送電量が増えれば、送電量当たりの平均費用は低下します。そういう状況のなかでは、別の電力会社が別の送電線を敷設するようなことはありません。規模の経済が働いて、別の電力会社は競争に勝つことができないからです。その結果、1つの電力会社だけが生き残り、独占状況が生まれます。

    このようにして、結果的には1つの電力会社だけが残って独占になるので、電力に関しては、料金を規制することを条件に地域独占が認められてきました。しかし、実際には、「規模の経済」は送電線だけで発生していて、発電所には「規模の経済」があるわけではありません。発電に関しては、むしろ多様な規模でそれぞれが特色のある発電を行うほうが効率的なのです。

    そこで、発電所と送電線を切り離すべきだと考えられるようになりました。発電所に関しては複数の会社が所有して競争し、送電線に関しては独占企業に運営させるという「発送電の分離」です。この場合、発電会社は送電会社に送電料金を払って送電線を使わせてもらい、顧客に電気を届けることになります。その際、独占会社である送電会社に独占的な高い価格をつけさせないために、送電料金については規制します。しかし一方で、発電会社については、自由な価格付けによって熾烈な競争をさせます。

    このように、規制された送電会社と競争的な発電会社に役割を分担させることが、「電力の自由化」です。電力を自由化することが可能になった背景にはコンピュータの発達があります。多数の発電会社が供給する電力を、コンピュータを使って効率よく調整できるようになったのです。

    自由化体制の仕組み

    次に、ヨーロッパの電力自由化のモデルになった北欧のシステムを例にしてその仕組みを説明したいと思います。

    (1)定数量契約
    自由化体制の下では、各発電会社、あるいはその代理としての小売業者は、主に"相対取引"と"スポット市場取引"によって需要家に電力を売ります。

    まず、ヨーロッパの電力取引における相対取引の契約形態は、基本的に、何時何分にこれだけの電気をこれだけの価格でください、という「確定数量契約」です。

    次に、長期の相対契約の取引量を、直近の事情に応じて、前日にスポット市場で調整することができます。ここでは、個々の売り手買い手が市場に提示する供給曲線・需要曲線を時間帯ごとに全て積み上げ、時間ごとに市場均衡の価格・数量を決定します。取引所は、個々の発電会社・需要家に、決定したそれぞれの取引数量を通知します。こうして決まる取引所での契約も確定数量契約です。

    発電会社と需要家は、それぞれの相対契約の取引数量とスポット市場での取引数量を合計したものを、翌日の発電計画値・需要の前日計画値として給電指令所に届け出ます。

    (2)電力調整
    しかし当日になると、給電指令所に届け出た前日計画値の通りにはいかないのが普通です。その結果、全体の需給が一致しないと、周波数が乱れるため、発電機が壊れてしまい、停電を発生させる可能性があります。

    この事態を防ぐため、周波数を維持する役割を担うのが給電指令所です。具体的には、契約によって待機してもらっている発電所に、瞬時に追加発電や発電抑制を促し、さらに契約している大口需要家に瞬時の通告で電力遮断をします。このように、給電司令所が周波数維持のために発電量や需要量を調整することを、「電力調整」といいます。

    その際、待機している発電所は、時間帯ごとの緊急発電の価格を事前に入札しておきます。同時に契約している特別の需要家は、緊急時には電気を止めてもらってもいい価格を事前に入札しておきます。給電指令所は、需給ギャップの大きさに応じて、まず発電側に時々刻々と追加発電や発電抑制を入札価格の低い順に命じ、それで間に合わなければ、さらに大口需要家のブレーカーを入札価格の順に落とすことで需要量を抑制します。このように電力調整を入札制度で行う制度を、「リアルタイム電力調整市場」といいます。電力調整のために命令した全ての追加発電や需要抑制に対しては、最終入札価格が支払われます。この価格を「リアルタイム価格」といいます。なお、入札に参加する発電事業者への対価は、まず、常に待機状態でいてもらうための待機料を支払います。

    (3)リアルタイム精算
    一方、給電指令所と電力調整のために特別な契約をしていない「一般の」発電所や需要家による計画値からのずれは、給電指令所が補填したり、引き取ったりします。これを「リアルタイム清算」といいます。精算はリアルタイム価格で行われます。この清算で、給電指令所は、計画を超えた発電量を発電所から購入し、計画に達しなかった発電量を発電所に売却(有料で補填)します。一方で、ユーザーによる計画値を超えた需要分は、ユーザーに売却し、計画値からの節電分は、ユーザーから購入します。節電分は一種の発電とみなすわけです。

    当日急に発生した原因で電力需給が逼迫すれば、一般ユーザーと発電所の超過需要量の合計が増大し、リアルタイム価格は高騰します。この時一般の大口ユーザーが節電すると計画値からの節電分は高く買ってもらえ、一般の発電所が追加発電すると追加発電分も高く買われます。ゆえに、この清算制度は、電力逼迫時にすべての大口ユーザーに節電動機を、すべての発電所に追加発電の動機を与え、停電の可能性を引き下げます。

    (4)自由化市場の基本構造
    「リアルタイム電力調整市場」と「リアルタイム清算制度」とは、リアルタイム価格を共通の価格としているから、全体で1つの「リアルタイム市場」を形成しています。ただし、給電指令所はこの仲介を行うのみであり、給電指令所が利益を得ることはありません。

    「リアルタイム市場」も需給が逼迫したときに、発電側が追加発電し、需要側が節電するインセンティブとなります。このように、確定数量契約に基づく相対契約で決めた取引量を、

    「スポット市場」と「リアルタイム市場」との2つの市場によって需給を調整するのが、自由化市場の基本的な構造です。

    日本の電力体制

    「確定数量契約」が主流であるヨーロッパと違って、日本では、料金は決めるがキャパシティの中で電気がいくらでも使えるという「使用権契約」が主流です。つまり、供給側が一方的に需給ギャップのリスクを被ることになっています。このため、当日の需給が逼迫しても、需要を抑制する経済的インセンティブが一切働きません。これが日本の電力供給に不安定性を与えているのです。

    また、自由化国における確定数量契約の当事者にとっては微調整の為に不可欠なスポット市場も、使用権契約を結んでいる日本の需要家にとっては何の意味も持ちません。日本でもスポット取引も導入していますが、取引全体の0.6%程度。北欧では全取引の8割が市場を通じて行われているのと大きく異なります。

    日本のように、使用権契約の場合、電力会社は予想外のピークに備えるために過大な供給施設と送電線をもちます。そのため、日常の停電は確かに少ないのですが、大規模発電所が脱落したり、夏に猛暑が続いたりして想定外の電力不足が起きた時には、需要をコントロールする仕組みがないため、停電が起きてしまいます。安定供給の観点から見たこの制度の最大の難点です。

    自由化諸国とのもう1つの大きな違いは、発電事業への新規参入者であるPPSに義務付けられている「同時同量制」です。これはPPSごとに売り手の発電量と買い手の購入量を等しくせよという義務です。日本のPPSは30分同時同量を達成できない場合、ペナルティを負うことになっています。まず、発電事業者がPPS需要量以上に発電すると超過発電分は無償で没収されます。これでは、市場全体における逼迫時に、PPSが超過供給をして、需給緩和に貢献するインセンティブは全くありません。一方、需要超過の場合は追加料金として3%以上の超過分に対し1kWあたり30円が課せられます。これは通常の電力料金10円/kWと比べてかなり高いペナルティです。これでは潜在的な新規参入者が参入に二の足を踏んでしまいます。日本で発電の新規参入者が少ない理由です。したがって、供給の「のりしろ」も大変小さなものになっています。

    電力自由化をすれば停電が増える?

    自由化反対の論拠としてよく聞かれる「送電線への投資が少なくなる」という議論について考えてみたいと思います。

    まず、「自由化をすると送電設備の投資が進まない」との指摘がありますが、資料の図1が示すように、送電線投資についても、北欧全体の送電線投資は伸びています。もちろん、北欧でも供給側は送電線設置コストを節約したいのですが、仮に停電を起こした場合、送電会社は大口需要家に対しては罰金支払と損害の補償を、家庭に対しては、公正報酬率を引き下げて、電気料金引き下げというペナルティがかけられているためです。このように供給責任をきちんと負わせれば、自由化を進めても、送電線の建設が進むわけです。

    図1 北欧電力市場における送電線投資量
    図1 北欧電力市場における送電線投資量

    次に、「自由化をすると停電が増える」という指摘について考えましょう。よく「カリフォルニアは、自由化した途端に大停電が起きたではないか」という議論が聞かれます。実は大停電が起きた頃のカリフォルニアはまだ自由化の途中段階にあったのです。当時、卸市場の価格は自由化されていましたが、小売市場での価格に上限が設けられていました。折からのITブームや気象状況などの要因により受給が逼迫し、卸市場での電力価格は上昇しました。しかし、カリフォルニアの小売価格には上限があるため、電力会社は高い電力を卸市場で買ってきて安く規制された料金で小売りをしなければなりませんでした。こうしたことから、停電が頻発する事態となりました。この原因は小売価格の上限設定による固定化です。震災後の日本が需要量を抑制する価格メカニズムを欠いたために、計画停電を余儀なくされたのと本質的に同じ理由です。一方、ノルウェーでは資料の図2が示すように、自由化後に停電の頻度が下がっています。「自由化したら停電が増える」という議論は誤りであるといえます。

    図2 ノルウェーの停電電力比率の推移(停電電力量と年間総電力量の比率)
    図2 ノルウェーの停電電力比率の推移(停電電力量と年間総電力量の比率)

    自由化すると、市場の機能によって電力供給は安定化します。

    自由化の意義

    自由化の第1の意義は、上に述べたようにピークカットによって停電の可能性が減ることです。

    自由化の第2の意義は、料金引き下げをもたらすことです。その原因として3つ挙げましょう。1)限界費用の高いピークから限界費用の低いオフピークへの需要のシフト、2)需給逼迫時の価格上昇がもたらす省エネ技術の進歩、3)確定数量取引によって発電事業者が過剰な発電設備を所有する必要がなくなることです。

    来夏の電力供給安定化に向けた短期策

    「電力の自由化」とは、規制された送電会社と競争的な発電会社に役割を分担させることです。そのためには、電力のリアルタイム精算が不可欠です。精算制度があって初めて各発電所が送電線を公平に使えるようになります。したがって、自由化されることは、リアルタイム精算制度が整備されることを意味します。

    日本も来年の夏に備えて価格メカニズムを導入すべきです。逼迫時に需給改善が起きる仕組みにするためには、2つの改革が必要です。

    第1に、PPSによる同時同量からのずれを、調整電源の限界費用を価格として精算するリアルタイム精算制度を創設します。今のように「超過分は没収し、足りない分はペナルティ価格で補填」するのを改めるわけです。これによって発電側が需給ギャップに応じて追加発電してくるようになります。これは、電力会社が実際に使っている発電機の限界費用を公開することで、今すぐにでも実施可能です。

    第2に、希望する発電所や需要家が、前日計画値(計画発電量や計画需要量)を供給指令所に対して届け出できる制度を創設します。そのうえで、この計画値と当日の実現値(実際の発電量や需要量)との差は、給電指令所との間で精算することにします。この制度ができれば、確定数量の相対契約を結ぶことが制度的に可能になります。

    たとえば、PPS会社の1つであるエネットと需要家が相対契約を締結する場合、現行制度の下では、給電指令所に計画値の前日届出もできないし、給電指令所は計画値と実現値の差の精算もしてくれないので、需要家の需要量は最後まで、エネットが供給せざるを得ません。しかし、新制度の下では、発電側と需要側の計画値を前日に給電指令所に届け出さえすれば、需要家の計画値と実現値との差は、給電指令所が精算することになります。このため、エネットと需要家との間の取引は、前日届け出をする時点までに終了させることができます。したがって、確定数量を結ぶことが可能になるわけです。

    現在の使用権契約は、需要家にとって確かに魅力的です。しかし、使用権契約を確定数量契約に替えると、契約にともなうリスクが減って契約料金が下がるというメリットが発生します。使用権契約を結んでいる発電所は、当日の需要量が異常に多くなると、発電供給能力が不足するというリスクに備えて過大な予備発電機を用意しなければなりません。その一方で、需要量が異常に少なく売り上げが低くなるリスクも負っています。使用権契約の価格にはこれらのリスクプレミアムが上乗せされています。しかし、確定数量契約にすれば、これらのリスクがなくなり、契約価格が下がるのです。このため、確定数量契約を可能にする制度が導入されると、多くのユーザーが自由化国におけるように、確定数量契約の方を選択します。

    さらに、確定数量契約をすると、需要家は相対取引で購入した電力の一部を、スポット市場で売り戻しできるようになります。つまり確定数量契約ができる制度を導入すれば、電力不足時に、スポット市場への売り戻しを通じた強い節電動機が生まれます。

    一方発電会社の方も、使用権契約の下では、当日における予期せぬ需要増大のために予備発電力を用意する必要があるのに対して、確定数量契約の下では、発電予備を用意する必要がないので、安心して翌日の発電量を入札できます。

    長期的な電力安定化策

    長期的な安定化のために解消すべき問題もいくつかあります。たとえば、電力会社同士の連系線が弱いことです。これは電力会社による地域独占体制と表裏一体となっています。これから地域間競争を促すためにも連系線を強化すべきです。連系線が混雑する場合の連系線の使用権(送電権)についても公平に市場で取引できる仕組みにする必要があります。それによって、新規事業者の参入が容易になると同時に、重要な取引のみが行われるようになります。

    連系線自体だけでなく、連系線を管理運用する体制も大幅に強化する必要があります。さらに送電ネットワークの公平な運用を担保するため、強力な規制機関が必要です。

    こうした電力自由化に向けた一連の施策は、発送電を分離しなくても実施できます。とはいえ、発送電の双方を持つ電力会社は、どうしても発電の新規参入者を抑えるように行動します。使用権契約、PPSの同時同量制、連携線の使用権の取り扱いなどといった現行制度は、全て、電力会社にとって有利な制度です。今の電力会社が、こうした制度を作るべく政治工作をするインセンティブに逆らって、中立性を保つよう監視するには、大変な規制コストがかかります。送電を発電から分離すれば、送電会社には新規参入者を阻むインセンティブがなくなるため、無駄な規制コストをかける必要がなくなります。したがって、連系線の強化も進みます。

    たとえていえば、発送電一貫体制は、道路公団がクロネコヤマト(ヤマト運輸)を経営しているようなものです。その場合は、道路公団は新規参入の佐川急便に嫌がらせをする動機があります。発送電分離は、クロネコヤマトを道路公団から分離させるようなものです。分離して、宅配業を様々な企業に競争的に経営させれば、道路公団による新規宅配業者に嫌がらせをする動機を消滅させることができます。

    電力と同じことがガスについてもいえます。それどころか、ガスに関しては東海道ですらパイプラインがつながっていないため、競争を起こしようにも起こしようがない状況です。これからの日本にとって、LNGは原子力に代わる電力供給の柱になると思われますが、だからこそパイプラインの連携は不可欠であり、将来的には発生と供給を分離することが望ましいと思います。

    基調講演 2「経済成長を損なわない財政再建策」

    深尾 光洋 (RIETIファカルティフェロー・プログラムディレクター / 慶應義塾大学商学部教授)

    「日本の財政はあと何年もつか?」――これが英国のとある機関投資家のファンドマネジャーが来日して最初に私に投げかけた質問です。それに対して「日本の財政状況は、たしかに財政赤字も負債GDP比率も世界最悪のレベルではある。それでも国債は買われ円高になっているのは、ギリシャに代表されるヨーロッパの金融危機や、アメリカの政府債務上限引き上げ法案にからんだ財政危機の問題があるので、悪いもの同士で通貨を比べ合っている格好になっているからだ。このため当面は大丈夫だと思われる」というのが、そのときの私の返答です。

    とはいえ、日本も数年後には相当危機が高まります。財政再建が急務ですが、単純に増税をしたのでは、税収は増えますが景気が悪くなります。今日は、将来的にイタリアやギリシャのような状況に追い込まれないように、かつ経済成長を損なわない形で財政を再建するには、どのようにしたら良いのかといったことを説明していきたいと思います。

    日本経済の状況

    日本の鉱工業生産指数は90年代初頭のバブル崩壊、97年の金融危機、2001年のITバブル崩壊と何度も大幅な悪化を繰り返したものが、2007、2008年になってようやくデフレ脱却の水準にまで回復していました。しかし、2008年9月15日のリーマンショックにより20年間で最悪の水準まで落ち込み、その回復の道半ばのところで今度は東日本大震災に見舞われ、現在も非常に低い水準で移行しています。(図3)その結果、GDPデフレータは94~95年をピークに低下し続け、現在は94年比で15~16%も低い水準にあり、今なお1%程度のデフレが続いています。このため、日本株式会社の売上高に相当する名目GDPの水準は1991年と同じで、20年間まったく増えていません。

    図3 日本経済:世界金融危機の回復道半ばで東日本大震災により落ち込んだ
    図3 日本経済:世界金融危機の回復道半ばで東日本大震災により落ち込んだ

    人口減少の中、潜在成長率も0.5%程度と非常に低めです。労働力人口が年間1%ずつ減るため、1人当たりの労働生産性を上げても0.5%程度しか伸ばせないわけです。女性の労働力化にしても、働く女性の人数はたしかに増えていますが、1人当たりの労働時間が減少しているので、トータルのマンアワーで見た女性の労働投入はほぼ横ばいの状態です。こうしたことから、成長力を高めて税収を増やすという道が実は非常に困難であることがわかります。

    日本経済が足踏み状態に陥った理由としては、まず、消費刺激策の打ち切りが挙げられます。次に、欧州経済の停滞で、ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、イタリア辺りの財政危機の対応次第では、リーマンショック並みの余波が日本に来る可能性があると見ています。また、急激な円高があります。さらに、デフレが続いていることで、物価が下がって、1人当たり所得も低下している状況では、金利がいかに低くても家を建てる気にはならず、消費も増えない。したがって企業も日本に投資をする気にはなりません。そして、東日本大震災と原発事故による景気の落ち込みです。

    今年度の成長率はゼロ近くの予想で、来年度は第3次補正により2%程度まで回復する見込みですが、欧州の経済状況次第では来年度もゼロ成長となる可能性が出てきます。逆にデフレによって円高の影響が緩和されている面はありますが、均衡縮小に陥らないためにも、やはりまずは景気を回復してデフレ脱却を図るべきです。そのためには、GDPの水準を現在より4~5%押し上げる必要があります。

    欧州の経済危機

    欧州の経済危機はいかにして起きたのでしょうか。その背景には1999年の通貨統合・単一通貨(ユーロ)導入があります。所得が高くて生活水準も高いが経済成長率は低いドイツ、フランス、ベネルクスといった北側の「中心国」と、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルといった比較的所得は低いが成長の余地がある地中海沿岸の南欧の「周辺国」が同じ通貨圏となったわけです。

    欧州中央銀行は、消費者物価上昇率2%弱を目標にユーロ圏全体の金利を動かしてきました。この金利は、中心国にとってはやや高め、周辺国にとっては金利がかなり低めなため、いわゆるPIIGS諸国(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)は景気が過熱してバブル状態となり、物価が上昇してしまいます。実際にPIIGS諸国の消費者物価は99年以降上昇をし続けており、軒並みドイツを上回るインフレ率となっています。とりわけギリシャは、2001年のユーロ加盟以降、物価上昇幅がドイツを20%も上回っています。(図4)結果、これらの国では競争力もなくなるため経常収支赤字が定着します。それに対し、たとえばドイツは域内国に対する輸出競争力が相対的に上がります。実際に、ドイツは非常に景気が良くなり、製造業輸出で稼いだ経常黒字をPIIGS諸国に貸出などで運用するという状況が10年間続いたわけです。しかし、ここにきて、PIIGSの返済能力に対して疑問が生じてしまった。これが欧州の金融危機、財政危機の背景です。

    図4 ドイツおよびPIIGS諸国の消費者物価
    図4 ドイツおよびPIIGS諸国の消費者物価

    政府債務・GDP比率は、ギリシャで近い将来180%を超えるとされています。イタリアは120%程度に留まる見込みですが、金利が高い状態が続くと利払いで破綻する可能性があります。というのも、仮に負債・GDP比率が120%の状態で金利が4%上昇して7%となると、それだけでGDP比5%の赤字拡大要因となります。日本でいうと20兆円もの負担増、すなわち8ポイントの消費税増に相当する大きな負担になるわけです。

    日本の財政危機の可能性と経済再建策

    日本の一般政府債務GDP比率は現在220%であり、ギリシャより遥かに悪い水準にあります。ただ、日本が財政危機に陥るかというと、イタリア、ギリシャ、アイルランドとは状況がだいぶ違います。1つは、最後の貸し手となる日本銀行があるということです。仮に政府が本当に財政破綻しそうな状況になれば、法律を変えて政府が日銀から直接借入ることも可能です。

    また、日本が対外債権国として外国の資産を持っていることと、50代以上の年配層が1500兆円にも上る金融資産を円建てで持っていることも大きな違いです。そうした国内貯蓄がある限りは財政赤字も国内である程度まかなえますが、今後、高齢者が徐々に資産を取り崩すようになると国内貯蓄が不足し、財政が危機的になる可能性があります。そうなると、近い将来のリスクとしては、長期金利の上昇が一番の危険の兆候になると思います。

    長期金利が上昇し始めると、政府は利払い負担の増加を恐れて短期国債発行に流れる可能性があります。しかし、短期国債の大量発行は、将来、日銀が金融引き締めを実施した際に利払いが急増して財政破綻するリスクが高まりますので避けるべきでしょう。

    こうした中、日本経済の悪化を食い止めるために残された政策手段はわずかです。景気刺激のための金利の下げ余地はほとんどなく、量的緩和も効果は限定的です。円安誘導も国際的な批判を考えると大々的にはできません。そこで私は1つの方策として、消費税や炭素税の段階的な導入によって、人為的に軽いインフレを起こしてみてはどうかと思います。たとえば消費税を毎年2ポイントずつ、5年間で15ポイントまで引き上げると、通貨の価値が下がっていきますので、支出の前倒し効果が誘発されます。もちろん消費税を国債発行の削減に用いると景気は悪くなりますが、増えた税収の一部を社会保険料などの直接税をカットする形で国民に還元する方法が考えられます。

    消費税増税については、社会保障制度改革の観点から、基礎年金の負担を全額消費税に移行するという方策があります。国民年金は学生や失業者でも一律月額1万6000円を払うことになっていますが、これが払えないがために未納となり、無年金者が増えることで、結果として生活保護などの社会保障負担が膨張するのです。日本に住んでいれば消費税を払いますので、消費税を引き上げるかわりに、それ以降の定額負担を廃止するのです。また厚生年金保険料についても基礎年金給付に相当する分をカットすることで正社員雇用に伴う企業の負担を減らし、給与の手取りを増やすことができます。仮に定額負担を廃止し厚生年金の基礎年金給付相当額をカットすると、約11兆円、消費税にして6%相当が必要ですが、消費税を10%引き上げれば残りの4%を財政赤字の削減に使えます。また、消費税の逆進性も国民年金の定額負担を廃止することである程度相殺できます。

    炭素税も、消費税と同様に当初は少額、1トンあたり2000円程度で導入し、毎年2000円ずつ引き上げて2021年までに2万円ぐらいまで引き上げてはどうかと思います。これで税収が16~18兆になりますので、その何割かを投資補助金として、あるいは法人税の引き下げという形で還元し、景気刺激策とするわけです。しかし、導入にあたっては、負担が大きい鉄鋼などについては輸出品への税の払い戻しや、海外から流入する製品への炭素税の課税など、国際貿易をゆがめない制度を併せて導入することが必要です。

    なお、本当にデフレが悪化した場合は、最後の手段としてゲゼル税の導入、安全な金融資産に対して薄く広い課税を行うことも必要になるかもしれません。

    長期的には人口減少を食い止めるためにも、優秀な外国人を進んで日本に受け入れるべきだと考えています。特に日本文化に理解のある、日本語能力試験で1級レベルの日本語力を持つ人に優先的にビザを発行して、5年程度日本で働いてもらう、さらにその後は帰化の道を与えてみてはいかがでしょうか。1級試験に受かれば日本に滞在できる、永住できるという仕組みにするわけです。このようなバイリンガルな外国人は総じて平均的な日本人よりも知的レベルが高く、所得水準も高い傾向にありますので、日本の社会保障制度の維持にもつながります。わたしはこれを「日本相撲協会方式」と呼んでいますが、できる外国人に白鵬のような横綱になってもらう。そうすれば、日本文化もきちんと維持できるはずですし、日本企業がアジア諸国などに展開する際にも非常に強い味方になってくれると思います。

    パネルディスカッション「東日本大震災後の持続的経済成長に向けて」

    東日本大震災から何を学ぶのか?

    徳井 丞次 (RIETIファカルティフェロー / 信州大学経済学部教授・経済学部長)

    まず、サプライチェーン途絶の影響に関して報告します。そのために主要被災地4県の各産業の生産額ベースの直接被害額を推計したところ、非製造業を中心に年額(震災直後の最大被害状況が1年間継続した場合の額)約6.5兆円に相当し、3月から6月までの期間について被災地生産回復状況を考慮するとその約6分の1で、付加価値ベースでは日本のGDPの約0.1%に当たります。これを元に、地域間産業連関表を使って、産業連関表の縦の投入方向の関係を使って前方連関を求め、さらに製造業から製造業への中間投入の1次波及には部品の間に代替性が利かないためボトルネックが生じるものと想定して、2次波及、3次波及などを含めた全効果でサプライチェーン途絶の影響の大きさを求めました。その結果は、震災直後の最大被害状況が1年間継続した場合の生産額ベースでは約142兆円となり、これは3月から6月までの回復状況を考慮に入れた付加価値ベースで日本のGDPの約1.35%に当たります。このように、生産に対する直接被害の10倍以上の影響が、サプライチェーンの途絶を通じて間接的に生じたことがわかります。また、被害の程度が異なる東北地域と関東地域で中間投入の1次波及に代替性があると想定したシミュレーションを行うと、この影響の大きさは約5分の1まで縮小できることがわかります。(図5)

    図5 東北と関東の代替性の違いによる比較
    図5 東北と関東の代替性の違いによる比較

    次に、今後予想される電力価格上昇の影響について報告します。原子力発電を火力発電で代替した場合の電力価格上昇は、電力事業連合会のコスト計算方法に従って計算すると、地域によって異なりますが、たとえば関東地域では約8%の上昇となります。この電力価格上昇の影響については、各産業がその分のコスト上昇を製品価格に価格転嫁できるとした場合の価格に対する影響と、各産業が電力コスト上昇分を価格転嫁できずに付加価値の縮小で吸収する場合のそれぞれについて計算しました。こうした影響は、地域毎の産業の立地状況や、各地域のこれまでの原子力発電依存度の違いによって異なりますが、原子力発電依存度がこれまで高かった近畿、四国に加えて、被災地である東北地域にもマイナスの影響を与える恐れがあることがわかります。

    こうした結果からは、大規模災害が産業集積地に被害を与えた際の他地域への間接的影響を最小化し、迅速な復旧を促すための備えを考えておくべきだと思っています。同時に、集積のメリットとリスク分散とのバランスをどうとるのかという議論も必要になってきます。今後予想される電力コスト上昇の影響も、地域間格差の拡大につながる可能性が懸念されます。

    大震災と企業行動のダイナミクス─阪神・淡路大震災から学ぶこと─

    植杉 威一郎 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学経済研究所准教授)

    復旧・復興に向けた政策の立案・実施には、企業を取り巻く環境変化、変化に対する企業行動、企業活動の阻害要因についての詳しい知見が必要ですが、東日本大震災からは1年を経ておらず、データの蓄積はこれからという状況です。そこで、16年前に起きた阪神・淡路大震災に焦点を当て、震災前後の企業行動に関するデータを用いて、実態を明らかにしたいと考えました。

    まず、企業の存続・退出、倒産について、阪神・淡路大震災後、被災地企業の倒産率は被災地外企業に比べ高くなったわけではありませんでした。(図6)ただし、被災地の金融機関と取引関係にあると倒産率は上がっています。次に移転について、移転率は被災地内企業でかなり上昇し、中でも近距離移転が多いことがわかりました。3番目に、固定資産の毀損と回復ですが、被災地企業ほど、震災後の1995~96年にかけて、設備投資の増加幅が大きいのですが、被災地金融機関と取引関係にあると、被災地企業における設備投資の増加幅が小さくなっています。(図7)

    図6 倒産率の推移
    図6 倒産率の推移
    図7 転移率(94~95年移動距離別)
    図7 転移率(94~95年移動距離別)

    こうした結果から、被災地の金融機関と取引関係にある企業を中心に倒産が増え、設備の回復が遅れたということがいえます。また、集積度の高い地域産業にいる企業ほど震災後に移転率が高まるという傾向が見られましたが、東日本大震災では地元の金融機関も多くが被災したことから、金融機関側の要因による二重債務問題がかなり深刻になると考えられます。また、阪神・淡路大震災のとき以上に分散化・空洞化の懸念が強まっていますが、元々の集積の機能が弱かったとの指摘もあり、無理に集積を回復することよりも、新しい集積あるいは企業間のつながりをどうやって作り出すかを考えるべきだと思います。

    木村 惠司 (三菱地所株式会社代表取締役会長 / 経済同友会震災復興PT委員長)

    今回の大震災が阪神・淡路大震災と大きく異なる点として、兵庫県・神戸市と比べて被災自治体の行政力の相対的な弱さがあります。また、16年前ともう1つ異なる点として、日本は3.11以前から少子高齢化・人口減少・経済停滞などの状況が続いてきており、復興を契機に以前から考えられていた第3の開国ないし国の在り方を実現し、次の世代に引き継ぐ国づくりをしていく必要があるということです。

    経済同友会では、震災復興プロジェクトチームを4月に立ち上げ、6月に復興計画に関する第1次提言を発表しました。復興に関して、現在の政府案では復興庁を設置し、国は法律や制度改正など枠組み作りをして、実際の計画は地方公共団体に任せる案となっていますが、我々としては、国も実行機関となってリーダーシップをとりつつ人材も投入し遂行していくことが必要という認識を持っています。

    また、積極的に日本の復興を世界に情報発信する必要があるものと思います。世界中からもっと関心を持っていただくために、海外の建築家も巻き込んでまちづくりの設計コンペを実施する、復興のシンボルとなるような国際機関を設置するといった考え方もあります。

    東日本大震災後の持続的経済成長に向けて~経済成長基盤と政策対応~

    セッションチェア:中島 厚志 (RIETI理事長)

    東北の経済は基本的には回復の動きが続いていますが、従前の水準には至らず、電力制約が大きな課題として残っています。震災以前の状況を見ても、東北の製造業は1人当たりの付加価値生産額が沖縄に次いで低く、労働集約的な傾向が強い状況にありました。そうした国外との競争にさらされやすい要因に加えて日本全体の6重苦、また関東大震災後に浅草・本所地域の工業が大田区に移り、その後戻らなかった経験なども踏まえると、基盤流出の懸念は高いといえます。(図8)

    図8 製造品出荷額の1人当たり付加価値生産額
    図8 製造品出荷額の1人当たり付加価値生産額

    そこで今回の震災を受けて、特区などの構想が打ち出されていますが、東北が日本のGDPに占める比率が5%前後であることを考えると、逆に東北支援という意味でも残りの95%、日本経済全体が活力を取り戻すための政策を同時に考える必要があります。しかも、その政策は抜本的なものでなければなりません。

    日本の1人当たり実質GDPの伸びを見ると、明治維新以来の140年間で、いわゆる高度成長というのは戦後の高度成長期しかないという歴史的な事実があります。逆に、なぜ戦後高度成長期があったのかというと、基本的には、戦後に経済の制度や産業がより成長促進的なものに大きく転換したということが理由に挙げられ、海外でも同様に大きな戦争や大災害の後に経済成長が加速するというケースがあります。

    そして、大震災復興とともに日本経済を活性化させるためには、基本的には企業部門の活力が中心になります。また、日本の建設投資循環と設備投資の循環を見てみると、ちょうど設備の入れ替わりの時期にかかっていますので、大震災復興を契機として新たな国土政策により次の投資循環を形成していくことはタイムリーです。国土政策の観点でいうと、都市は都市らしく、農村は農村らしく、という形を進めることが経済の面からもプラスになります。(図9)東京圏の都市人口は、この30~40年世界一であり、確かに東京は渋滞など非効率な点もありますが、ある意味経済を推進するようなひとつの核をどのように今後の経済成長に活かしていくかということです。東北においても、仙台など都市の集積をどのように推進力として活かすかが課題でしょう。

    図9 日本の設備投資と建設投資の循環
    図9 日本の設備投資と建設投資の循環

    ディスカッション

    中島: 国の足下の震災対応をどう見るのか。望ましい東北復興の姿をどのように描くのか。東北復興を日本全体の産業競争力強化につなげるには何が必要か。主にこの3点について意見を伺いたいと思います。まず、震災後の政府の金融支援について。

    植杉: 第3次補正予算による措置については前向きに評価しています。ただ、問題はそれに対応して金融機関が資金を円滑に供給できているか、実際の復旧がはかどっているかですが、地域や金融機関によってかなりの偏りがあります。小規模な金融機関がなかなか融資を増やせない、もしくは被災企業の資金需要がなかなか出てこないという2つの可能性がありますが、金融機関の資本増強を迅速に行うか、需要を刺激するためにも復興のビジョンをできるだけ早く固める必要があると思います。

    中島: 復興基本法が6月に成立しましたが、復興庁はまだ設立に至っていません。国が主動力を発揮すべき点について、現状をどう見ていますか。

    木村: 自治体でできることはあると思いますが、やはり国が主導して、早めに手を打たないと、被災地がますます疲弊します。地方分権の時代ではありますが、そろそろ国自体のビジョンを作り直す時期にきています。そうして、新しい国家ビジョンの中で産業立地などを考えるべきだと思います。というのも、各県の復興計画を見ても、概して画一的な印象だからです。たとえば宮城の平野部はこうする、三陸はこうだなど、国が全体のディレクターとなって構想を打ち出す必要があります。そして、霞ヶ関の方々にはぜひ世界に日本を売り込むセールスマンとなってほしい。日本が単なる極東の小さな島にならないよう、世界的にみて魅力的な産業、技術、サービス、都市の一大集積として売り込むための戦略を考えるべきだと思います。

    中島: 復興といってもまだ公共事業的なところに比重がかかっていて、エネルギーや産業、都市・国土づくりなどの方向性が明確に打ち出せていない印象です。

    八田: 国と自治体の役割分担がどうもうまくいっていません。まずは自治体に、自由に使える交付金を被災者数に基づいて与えるべきです。霞ヶ関の人材がアドバイスをするにしても、最終的な決定は地元に任せた方がよいと思います。おそらく多くの失敗があるでしょうが、それは許容しなければなりません。そうすればこそ、各自治体で独自のアイデアが生まれます。そうした覚悟、腹の括りかたが必要だということです。たとえば、港も交付金の中から支出して建設することにすれば、自治体によっては同じ資金を違う用途に回したいと考えるでしょう。それによって、三陸地方の町ごとに港を復旧する非効率を避けることができます。

    中島: 日本全体が空洞化しかねない中で、第3次補正予算では立地補助金についてこれまで以上に踏み込んだ対応が盛り込まれています。特区など東北立地の優位性を高める話がある一方で、農地にも居住地にも適さない土地については、太陽光パネルを敷き詰めるという案も出ています。

    八田: 東北という立地にこだわる必要はありません。海外移転を望む企業には移転の手助けをしてあげるべきだと思います。基本的に、政府は、目的を決めた補助金ではなく、何に使ってもよい交付金の枠を決めるべきです。個々の施策は地元が決めればよいので、太陽光パネルを敷き詰める案についても、それぞれの町の選択だと思います。ところで、電力に関しても、政府の役割としては、特定の電源に補助を出すのではなく、送電料金を地点ごとに効率的に再設計することなどによって、企業立地のコストを下げることに注力すべきだと思います。

    木村: 地方に任せるべき部分もあると思いますが、世界の国同士、都市間の競争が激しくなる中、やはり国が主導してビジョンを打ち出し、世界中の頭脳を集めないと、日本、とりわけ地方はこれから立ちいかなくなると危惧します。

    中島: 経済の活力を強める1つの政策として、まちづくりがあります。

    木村: シンガポールが良い例ですが、都市の魅力が高まると世界中から人が集まります。ただ、そこで考えるべきなのは、その魅力が何であるかです。安心安全だけでは不十分。快適かつ潤いがあって、時にはときめきを感じるくらいの街でないと、人は集まりません。

    中島: 新たな集積企業間ネットワーク、産業基盤をどう作っていくか。

    徳井: ややもすると集積のメリットが強調されがちですが、今回の大震災後にサプライチェーンの迅速な回復が実現したのは、日本各地に点在する産業集積の協力があってのものです。これは日本の大きな強みであり、再評価すべきだと思います。

    八田: たとえば東京や神戸は復活したが、山古志村、奥尻、玄海などでは、莫大な公共投資にもかかわらず人々は去っていったという事実があるわけです。東北でもそうしたところは出てくると思います。投資しても人が出ていくのなら、いっそ移転の援助をすべきでないかというのが私の基本的な考え方です。

    コメント

    深尾: 農業の復活が非常に大事ですが、それを阻んでいるのが原子力災害です。原子力政策を抜本的に見直して、たとえば核燃料の再処理など実現性の低い開発は打ち切って、その分の予算を全額農家への補償に回すといった考え方もあると思います。