RIETI政策シンポジウム

東日本大震災後の産業競争力強化に向けて:産業界の取り組みと政策対応 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2011年11月7日(月) 13:30-17:40
  • 会場:イイノホール (東京都千代田区内幸町2-1-1)
  • 議事概要

    東日本大震災により甚大な影響を受けた日本の産業。今後、サプライチェーンの見直しや新しい技術の取り込みなどにより、飛躍的に競争力を高め、東北地方、さらには日本経済全体の復興につなげ、バブル経済崩壊以来の低迷を越えていくために、産業界はどのような取り組みを行っていくのか。また、そうした取り組みを支え、活性化するためはどのような政策的対応が必要なのか。空間経済学、国際経済学、そして産業界の視点から活発な議論が行われた。

    来賓挨拶

    柳澤 光美 (経済産業大臣政務官)

    私は、経済産業大臣政務官でありますと同時に9月5日に原子力災害現地対策本部の本部長という大役の任命を受けております。9月8日に野田総理と現地に入らせていただいて以降、これまで2カ月間、警戒区域をはじめとする原発被災地域、そして避難地域を回わりました。できるだけ多くの方の話を聞き、自分の目で見て、触り、食べることをしてまいりました。本当に胸が詰まる思いで、国の責任も痛感しています。

    震災から8カ月、延べ48万人を超える作業者、関係者の懸命の努力により、ようやく福島第一原発の安定化への目処がつき、これから、いよいよ除染作業がスタートします。こうした中、今、経済産業省が最も力を入れているのが被災地の方々の地元での働く場の確保です。また、福島の農林水産業は風評被害も含め、非常に厳しい状況にありますので、流通業界に対して、全国の店舗で福島復興セールや被災地支援セールを長期に行うようお願いしています。

    野田総理は「福島の再生なくして日本の再生はない」と宣言されましたが、私も同感です。「チェルノブイリ、スリーマイル、福島」という負のイメージが国内外に発信されていますが、それを皆さまの協力を得て「福島はすごい、やはり日本という国はすごい」というプラスのイメージに転換し世界に発信できれば、日本再生の起爆剤につながるものと思い、色々な取り組みを行っています。そうした中、今回のようなシンポジウムが開催されたことを非常に喜ばしく思っています。国、自治体、企業、産業、あらゆる力を結集して福島の復興、日本の再生に尽力する所存です。

    基調講演 1「創造的復興に向けて-空間経済学の視点から」

    藤田 昌久 (RIETI所長・チーフリサーチオフィサー (CRO) / 甲南大学教授/ 京都大学経済研究所特任教授)

    東日本大震災は歴史が始まって以来の巨大複合災害です。巨大地震に加えて巨大津波、原発事故、長期の電力供給障害、大規模なサプライチェーンの断絶、さらに超円高。これらにどう立ち向かうべきかについて、私の専門である空間経済学の視点からお話しします。

    まず強調しておきたいのは、復興構想会議の理念にもあるように、日本は「復旧」ではなく創造的な「復興」を目指す必要があるということです。というのも、日本は大震災以前から非常に多くの深い課題を抱え、大きく行き詰まっていたからです。少子化と急速な高齢化、成長力の低下、悪化する一方の財政問題、環境・資源・エネルギー問題、格差と地方の疲弊、政治・行政システムの機能不全、グローバル金融危機以来の円高といった震災前から存在した課題の全てが、震災により非常に先鋭化された形で日本に突きつけられています。

    日本の世界における相対的地位もここ20年低下し続けています。たとえば1人当たりGDPでみても、1993年にはOECDの中で2位、為替のとり方によっては1位でしたが、それが2008年には19位にまで低下しました。したがって、大震災を契機に日本の大変革をぜひとも実現しなければ、日本の衰退は止まらないどころか、急速な衰退がさらに進み、世界の成長から完全に取り残される懸念があります。

    図1 日本の一人当たりGDP:OECD内ランキング
    図1 日本の一人当たりGDP:OECD内ランキング
    空間経済学からみたサプライチェーンの再構築

    空間経済学は、従来の都市経済学、地域経済学、国際貿易理論を統合し、発展させたもので、その対象は、世界経済地図のダイナミックな変遷です。現在、世界システムの大変革が起きていますが、その大きな原動力は、広い意味での輸送費――人・モノ・カネ・情報の空間的な移動のコスト――が非常に低下したからです。これが一方ではグローバル化をもたらし、もう一方ではローカル化ないし局地経済圏の形成をもたらす、いわば「分散」と「集積」の2つの相反する現象を引き起こしています。

    ここでより重要なのは集積力です。空間経済学では、地域の競争優位を生むのは集積力とされています。つまり、今日の議題である「日本の産業競争力をいかに強くしていくか」というのは、空間経済学の言葉でいうと、「日本の産業集積力をいかに強くしていくか」ということと同義です。もちろん集積化には自然的な条件もありますが、内生的集積力を支える公共政策が非常に重要です。

    IT革命により広義の輸送費が著しく低下してきていますが、だからといって立地の重要性が希薄化し、あらゆる人間活動が日本国内外を問わず世界中に均等に分散するわけではありません。たしかに輸送費の低下が進むと集積の経済を必要としない活動は分散化しますが、ただ均等に分散するのではなく、中国であれば上海や香港、広東に新たな集積が形成されます。これを地球レベルで見ると、北米、ヨーロッパ、アジアに大きな集積が形成されるに至っているといえます。

    自動車産業を例に日本国内の産業集積を見ると、個々の部品は大量生産によってコストが下がることから1カ所で集中的に生産される傾向があります。それは非常に効率的な生産システムであった一方で、今回のようなリスクに対して極めて脆弱だったことが明らかになったわけです。日本の自動車産業は、東海道ベルト地帯、九州北部、それから東北地方の3つの核となる地域があり、そこを中心としてサプライチェーンのネットワークが結ばれていたわけです。個々の部品は概して1カ所で作られる傾向にあると申しましたが、東北にもそうした世界的にもトップシェアを持つ中小サプライヤー企業が数多くありました。これらが被災し、サプライチェーンが寸断されたことで日本全国の自動車生産が滞ってしまったのです。

    いまは現場力のおかげで日本のサプライチェーンはほぼ完全に復旧している状態ですが、災害リスクをはじめ電力供給制限、放射能、円高といった要因により強い分散圧力を受けています。空間経済学の観点からは、規模の経済と輸送費のトレードオフを通じて集積と分散を説明することが課題ですが、それだけでなく、リスクをいかに軽減するかという点が大きな課題となりました(図2)。復旧から一歩進んで、大きな世界の流れに対応した形でのリスクに強いサプライチェーンを再構築するための視点の1つとして、規模の経済を活かしながら、いかにリスクを分散するかという方向性が挙げられます。このための方策として、(1)BCP(事業継続計画)などを通じて、バーチャルに工場を分散する、(2)リアルに工場を分散する、(3)部品・素材を峻別して普及品は共通化する、(4)技術革新による効率性を向上させる、などの方法がありますので、それらを最適な形で組み合わせる事が求められます。

    図2 空間経済学の新たな課題
    図2 空間経済学の新たな課題

    一方、(2)の工場分散について、特に海外分散による空洞化の懸念に関しては、いろいろな見方があります。私自身は、海外市場獲得あるいはリスク分散のための海外進出は決して否定されるべきではないと思っています。日本電産の永守社長の言葉を借りますが、「世界で勝って日本に還流させる」動きを推し進める必要があります。

    とはいえ、これまで日本の競争力を支えてきたのは、多様な先端産業の集積から生まれる集積力で、これは一層強化していかなければなりません。そのためにも、国内立地補助金などの立地政策、被災企業への緊急支援、原発事故の収束、電力供給の安定化のための施策が急務です。また、円高への柔軟かつ果断な対応と法人税の引き下げ、さらなる市場開放化、そして一番根本的にはイノベーション力の強化、新しい産業の育成と多様な人材活用・育成といった、世界と競争できるような基盤作りのための公共的な政策が政府に求められています。

    新しい「東北モデル」の構築による国全体の創造的復興

    東北復興を通じた地方主権の推進への期待が高まっています。その一例が宮城県の村井知事が提唱する「復興庁を仙台に立地する」案です。そこでも「創造的な復興」という視点は重要です。たとえば、少子高齢化への対応も、従来のように一方的に手厚く保護する思考から脱却して、高齢者にも社会の中核的な一員として活躍していただくモデルが東北で構築されることを願っています。

    産業集積に関して、東北地方は製造業の第3の拠点となっていて、数多くの工業団地がありますが、団地内の工場間の相互関連が薄いように見えます。これを本当に集積力が生まれるような形にするためには、研究開発も含めた人材育成が課題となります。たとえば、東北全体6県の大学生の在籍数は13万人ですが、京都府は1都道府県で16万人です。東北が本当に創造的復興を果たしていくためには、大学を含めていろいろな形で人材育成を強力に進められるように国からの支援が必要です。

    さらに求められるのが産業の多様化です。1つ面白い試みとして、仙台で被災したソニー工場は、復旧に伴う生産合理化でできた約4万平米の空きスペースを東北の被災企業に無償提供することを6月に発表しました。4万平米ですから、100の企業が入ったとしても、多くの企業にとっては十分なスペースです。そこにはオフィスも工場施設も最先端のクリーンルームも揃っています。エネルギー、環境、バイオといった次世代型産業ないし最先端の研究開発を中心とする企業に入ってもらう方向で調整が進められています。仮にそうしたベンチャー的な企業が100社集まれば、相当大きな相乗効果が期待できます。大企業がさらに大きく発展するのも非常に重要なことですが、次世代を担う新しい企業群を育てるのも大きな課題です。

    大震災からの復興は世紀の一大事業ですので、膨大な時間とエネルギー、そして多様な人材を必要とします。一般的に大きな事業をする場合、人材構成は科学技術系、経済・経営系、文化・アーティスト系がそれぞれ3分の1を占めるのが理想的だといわれますので、今回の復興に向かって、科学者・研究者、エンジニアや経済・経営学者、経営者、企業人だけでなく、世界中から文化・アーティスト系の人々が日本に来て、参加していただければと思っています。たとえば、太陽光エネルギー導入に関しても、「東北中を太陽光パネルのお花畑にしよう」というアイデアがあります。広島県世羅町で50万株のサルビアにより真っ赤な日本地図と太陽の巨大パネルが描き出されましたが、そうした企画が日本中、世界中のクリエーターの手によって各地で立ち上げられ、必要なファンドは経営・経済系の方々に集めていただき、各被災地域がお互い競争しながら独自の創造的復興を果たし、それを日本全体が支援することで、復興が果たされることを期待しています。

    基調講演 2「産業の復興と市場の国際化」

    若杉 隆平 (RIETIファカルティフェロー・シニアリサーチアドバイザー・プログラムディレクター / 京都大学経済研究所教授)

    東日本大震災から8カ月が経過しました。復興に向けて少しずつ歩み始めてはいますが、地盤沈下による浸水で生活再建の目途が立たない地域や瓦礫が仮措きの状態で山積みとなっている地域も多く、本格的な復興には課題が残っているというのが現状です。ただ、産業施設に関しては今年夏以降かなり急ピッチで復旧が進みました。

    製造業の被災状況

    被災地の産業は、震災後はリーマンショック以上の落ち込みを経験したものの、瓦礫の撤去、産業施設の修復を経て、夏以降はV字型に回復しています。きわめて短期間にそれが実現したことは、大きな希望をもてる状況ではないかと思います。

    ただし、大震災の影響からの回復の過程は、産業によって異なります。たとえば素材産業。東北地方では、昭和30年代の新産業都市構想に基づき、八戸、仙台、いわき、郡山の沿岸を中心に素材産業の集積が形成されています。この地域の素材産業は震災後、相当大きな落ち込みを示しましたが、日本全体の生産量はそれほど大きな低下は示していないため、他の地域での代替生産が行なわれた可能性もあります。ただし、素材産業がV字型回復以降、順調に回復しているとは、現時点では必ずしもいえない状態です。これには電力供給の制約が影響を与えていると思われます。

    被災企業がベンダー企業に対して部品を供給するサプライヤーである場合、そのサプライヤーからの部品を代替する企業がないと、ベンダー企業の生産がストップします。逆に、部品を購入する側の企業が被災した場合、部品を納入するサプライヤー側の企業は、代わりの納品先が見つからなければ、部品生産を止めることになってしまいます。つまり、サプライチェーンの1カ所が止まると、その両側に影響を及ぼす可能性が高いわけで、いみじくも今回の震災によって、東北地方の企業が国内外で関連する製造業のサプライチェーンの中で、いかに重要な役割を果たしていたのかということが明らかになりました。

    図3 サプライチェーンを通じた被害の連鎖
    図3 サプライチェーンを通じた被害の連鎖

    その一例が機械産業です。東北地方では福島中通りから宮城、岩手につながる奥大道に沿って工場が立地しています。また、いわき、福島浜通りにも数多くの金属機械工業や部品産業があります。電子部品・デバイス工業の鉱工業生産のグラフを見ると、素材産業とはまったく違い、日本全体とほぼ同じような形で上下変動していることがわかります(図4)。

    図4 日本経済:大震災<リーマンショック、東北産業:大震災>リーマンショック
    図4 日本経済:大震災<リーマンショック、東北産業:大震災>リーマンショック

    すなわち、東北地方の生産減少が日本全体の生産減少にまで大きく影響したということです。同様に、自動車産業に関しても、東北地方の生産減少がサプライチェーンの連鎖を通して日本の自動車産業全体の生産に影響を与えたことがはっきりと見てとれます。この生産減少のショックの大きさがリーマンショック時と同等だったことも特徴です。

    ただ、自動車産業に関して少し留意したい点は、7月以降の回復がむしろ東北地方で非常に速くなっている一方で、日本全体の生産の回復は必ずしもそうでもないということです。これは、サプライチェーンを通じて被害が連鎖したことに加えて、東北地方ではなく、日本の他の地域、あるいは世界的に自動車生産が落ち込む何らかの要因があるということを示唆しています。また、自動車産業の取引が裾野の広がるツリー構造ではなく、むしろ何層もの部品調達の構造の末に、ある部品に関しては特定の企業に収斂するダイヤモンド構造になっている可能性があるのではないかとの指摘がなされています。

    日本の製造業は8月時点で概ね前年の水準に回帰しつつありますが、秋以降は回復が足踏み状態になっていることがうかがえます。大震災を乗り越えて競争力のある産業を育成または創生していくことができるか、という瀬戸際にあって、本格的な回復は実はこれからの取り組みに多くが委ねられています。

    企業の復興・産業の新しい創生へ向けての政策課題A

    被災企業が、毀損した生産設備の替わりに高効率の新設備を導入すれば、産業の競争力が高まりますが、他方で、市場からの撤退の危険性もあります。被災企業が最初に直面するのは事業継続の困難です。新しい資本設備を入れる資金がない、あるいは運転資金が足りない。それに加えて円高や電力制約といった問題があります。日本の貿易額に占めるFTAのカバー率が現時点で17%と非常に低い水準にあるなど、グローバル市場へのアクセスが相対的に不利であることも、日本離れの一因となります。さらに中長期的には、日本が強みであったイノベーション環境が徐々に劣化しているという現状があります。このような大きな問題と被災企業が直面している事業継続の困難性が結びつくと、海外に新天地を求める被災企業が増えることも考えられます。

    また、イノベーションを生む上で市場の環境は重要な要素です。ところが、イノベーティブな市場の指標とされるIMDのランキングにおいて、日本は総合順位でいまや27位という状況になっています。1989年から92年までは第1位だったことを考えると非常な落差で、少なくとも相対的にみたイノベーション環境は悪化しているという現実があります。特に日本の強みであった科学技術や教育インフラの状況が劣化してきていることは、中長期的に大きな影響をもたらすとみています。

    震災と空洞化について貿易の理論からみると、仮に国内の生産コストが高い、あるいは貿易費用が大きいということになると、多くの企業は輸出から海外生産に転じます。これが空洞化といわれる現象です。そこで仮に国内の生産コストが下がり、貿易費用が下がると、企業は国内の生産を増やして、海外生産への転換を控えます。つまり、産業の復興に際して国際市場との接点を常に考える必要があるということです。日本離れを防ぐという観点で復興支援を行うのであれば、固定費用の軽減、国内生産の効率化、規制緩和、イノベーション環境の改善に加えて、国際市場へのアクセスのコストを下げることによって、新しい企業が国内で生産するインセンティブとすることができます。もちろん海外生産そのものを否定するわけではありませんが、極端な日本離れによる雇用喪失は何としても回避しなければなりません。

    図5 震災と空洞化 貿易理論の視点から
    図5 震災と空洞化 貿易理論の視点から

    また、既存産業への政策だけではなく、将来的に成長の核になるような新産業の創出も重要です。とりわけ東北地方には、電子部品、デバイス・電子回路などの産業集積がある一方で、東北大学を中心に材料、光学、ナノテク分野の最先端技術の高度な集積があり、技術革新のポテンシャルは高いとみています。

    これまで製造業を中心に話しをしてきましたが、東北は製造業の比率が相対的に高い一方で、農業、水産業、観光のウエイトが非常に高いことも特徴です。たとえば水産業は、東北・北海道の7道県で全国の漁業生産高の半分を占めています。

    農業や水産業に関しては、小規模な農家や漁業者が単独で生産基盤を復旧するのは困難な状況もあるため、生産基盤なり事業の共同化・集約化はまず避けて通れないと思います。当面の生産施設の復旧に加えて、その先の新たな農業・水産業の創生に向けた高付加価値化・ブランド化も非常に重要な戦略です。たとえば農業に関しては、農業経営の多角化(エコツーリズム、バイオ燃料生産など)や大区画化・集約化によって国際競争力のある産業に脱皮する可能性もあります。また、東北地方は観光資源の宝庫です。美しい海、豊かな食、祭や神社・仏閣等の文化財や国立公園、世界遺産もあります。外国人観光客を受け入れるための地域づくりや海外への積極的な情報発信も非常に重要ではないかと思います。

    東北地方では、農家や漁業者が地元の観光業あるいは製造業に雇用や労働を提供しているなど、第1次、第2次、第3次産業のそれぞれが連関している実態があります。だからこそ、第1次産業から3次産業までの一体的な復興、そのためにも地域特性を発揮した産業集積あるいは新規産業の創出は非常に重要です。しかも国際市場との接点を意識しながら実現すること。そうして、国際市場に開かれた新しい東北とその中での復興とが同時に実現することを強く願います。

    パネルディスカッション「東日本大震災後の産業競争力強化に向けて」

    セッションチェア:若杉 隆平 (RIETIファカルティフェロー・シニアリサーチアドバイザー・プログラムディレクター / 京都大学経済研究所教授)

    永田 理 (トヨタ自動車株式会社常務役員)

    トヨタグループでは、自社工場の被害は比較的軽微でしたが、サプライヤーの多くが被災したことから、震災直後に全工場で生産が停止しました。幸い9月には生産が正常化しましたが、今回の経験からサプライチェーンマネジメントと生産再開に向けた取引会社との協力関係の重要性を痛感しました。

    トヨタでは現在、被災地域における事業活動そのものの復旧・復興に力を入れています。「ものづくりを通して被災地の方々と東北の未来をつくる」という考え方に基づいて、仕入先の復旧支援活動や企業内訓練校「トヨタ学園」の仙台分校の設立に取り組んでいます。また、東北を「第3の国内生産拠点」にすべく、関連会社3社を合併し、「トヨタ自動車東日本株式会社」を設立することを昨今発表しました。

    これからの課題としては、サプライチェーンマネジメントのほかに、エネルギーマネジメントの高度化を重要視しています。しかし、産業界自身の努力だけではいかんともしがたい現実、すなわち「6重苦」の問題があり、その点については政策面での支援に期待したいところです。

    図6 主な被災拠点(2次以降を含む)
    図6 主な被災拠点(2次以降を含む)
    大橋 弘 (RIETIファカルティフェロー・プログラムディレクター / 東京大学大学院経済学研究科准教授)

    日本は震災以降、あらゆる面でV字型の回復を示していますが、海外の需要をとりこめていない状況は震災前から変わっていません。海外企業による日本企業の買収も低調が続いています。また、新産業の育成に関しても、その指標となるIPO(新規株式公開)はあいかわらず非常に低調が続いています。

    そこから、今の日本の課題がいくつか浮かび上がってくると思います。1つ目は、ベンチャー育成を含めた産業転換と、サプライチェーン断絶に備えた企業間での部品の標準化と物流の共同化です。2つ目は、グローバル展開です。3つ目は、エネルギーや電力、医療介護の分野における市場メカニズムの活用です。それから4つ目は、リーマンショック以降のさまざまな政策の自己評価・検証です。次の震災に備えるためにも、どのような政策が効果的かについて着実に知識を蓄積する必要があります。

    図7 わが国におけるIPOの状況
    図7 わが国におけるIPOの状況
    浜口 伸明 (RIETIファカルティフェロー・プログラムディレクター / 神戸大学経済経営研究所教授)

    国レベルでの構造転換が必要だという認識は共有されていますが、津波で大きな被害を受けた企業にとっては、瓦礫がまだ撤去されたかどうかという状況で、何か新しいことを始めようにも、なかなか創造的なテーマは浮かんでこないのが現実ではないかと思われます。したがって、まずは復旧しようとする企業を支えるような各種支援や規制緩和を講じることによって人材の流出を防いでいくことが急務でしょう。

    今後の生産立地を考える上では、リスク分散と規模の経済による生産性向上のトレードオフをいかに克服するかが大きな課題になってきます。より少ない生産量で高い生産性を実現する観点からイノベーションを起こしていく必要があります。

    図8 リスク分散のための生産の分散立地
    図8 リスク分散のための生産の分散立地

    また、従来のアジア中心の工程分業についても、リスク分散の観点から南米やアフリカなど他地域への製造過程の分散も考える時期に来ています。世界規模の分業ネットワークができる中で日本が中間財の供給拠点となる形で国内にものづくりが残る、そうした方法が見つかればよいと思います。

    戸堂 康之 (RIETIファカルティフェロー / 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)

    単なる原型復旧の復興ではなく「創造的復興」をということですが、とにかく大きな制度改革が必要であることは確実です。

    経済成長の源泉は、技術進歩ないし「知恵の創造」に尽きるといえます。そして、それを実現する鍵を示しているのが、「3人寄れば文殊の知恵」という言葉です。そういう意味で私はグローバル化と産業集積の2つを日本の復興、そして復興を超えた成長のための方策として強く提言したいと考えています。

    グローバル化による空洞化が懸念されていますが、むしろ日本はまだ十分にグローバル化していないのが問題といえます。東北には国内の輸出企業に部品を供給することによって間接的に輸出をしている中小企業が多く存在します。つまり輸出ができるような国際競争力のある部品を作っているわけです。こうした企業が直接国際市場に輸出することができるような支援をしていくことが、復興につながるのではないかと思います。

    また、いまの東京への一極集中を是正して、地方に産業集積を作るという政策は、リスク分散化という観点からも有用です。そのためには、地方における特区の設立や法人税軽減、研究開発投資に対する優遇税制を進めるほか、地元での産学のつながりを強化していく必要があります。

    図9 高度な技術を核とした産業集積のための特区の設計
    図9 高度な技術を核とした産業集積のための特区の設計

    ディスカッション

    若杉: 「国内生産へのこだわりは感情論ではない。グローバル競争を勝ち抜くには、日本に現場がなければならない」というように、日本国内での生産には合理的な理由があって、海外との役割分担は十分考えられるのではないかとの指摘がありました。

    永田: 日本にものづくりの現場があるからこそ技術革新ができる、それがないと付加価値の高いものを生み出す能力もなくなってしまうと考えています。設計・開発部門に特化するファブレス経営が非常に想像しにくい企業風土で育ってきていることもありますが、メーカーだけではなくサプライヤーを含めた裾野の大切さを痛感しているからだと思います。

    戸堂: 日本にものづくりの現場があるから研究開発ができるというのは、非常に重要な点です。そこで重要となるのが、やはり人材です。逆にもし人材がいなくなれば、基礎の部分まで空洞化してしまい、日本は国として衰退の一途をたどることになります。ですので、人材を育てた上で海外進出し、より企業を、人を強くしていく戦略が必要だと思います。そうした中で国内と国外の役割分担も自ずと見えてくると思います。

    若杉: イノベーションを生み出す環境づくりにおいて、日本は何をすべきでしょうか。

    大橋: これも国際標準で考えていくことが非常に重要です。復興に関して懸念しているのは、国内産業の保護に傾きすぎることで、産業が特殊化(ガラパゴス化)してしまい、かえって企業の海外進出の足かせとなってしまうことです。逆に中国や米国のメーカーは、最初からグローバル市場を見据えてビジネス展開しているところがあります。大震災もあって国内を保護する方向に得てして政策が傾きがちですが、同じ土壌で競争できる企業を育てないと、イノベーションで海外市場を獲得するのは難しいと思われます。

    若杉: 空間的にみて、バンコクと日本の距離はニューヨークとロサンゼルスの距離に近く、そういう視点、意識で物事を考える必要があるとの指摘がありました。東アジアという枠組みにおいて、日本はどのようにイノベーションを起こしていくべきでしょうか。

    浜口: 日本が技術先進国でアジアは後発国であるというイメージはそろそろ忘れるべき時期にきています。アジア各国と交流をすることは、日本の技術者、研究者にとっても十分に刺激となります。もちろん、知財・知識の流出の問題には留意すべきですが、日本の中に閉じこもって開発研究をしている時代ではもはやないことは明らかであり、逆に海外の企業が日本に来たいと思うようなビジネス環境の整備が重要になってきます。これからは国家間ではなく都市間の競争が顕在化していきます。それをリードするのはおそらく東京ですが、東京が世界における先進的なイノベーションのコアになっていくには、やはり外からの人の知恵も必要になってくると思います。

    フロアからの質問

    Q1. 日本における特区は自治体単位の小振りなものになりがちです。複数の自治体が集まった広域の経済圏でないと、戦略的かつ国際的に競争力のある特区にならないのではないかと危惧します。

    Q2. 国内の人材育成も大事ですが、海外から優秀な人材を獲得することもあわせて必要です。日本の大学に外国人研究者が少ないことなど、待遇も含めて大学の早急な行動が必要と思われます。

    戸堂: 人材に関しては、外国人研究者数ももちろん増やすべきですが、いっそ海外の有名大学を東北の特区に誘致してみてはと考えています。それを起爆剤としてグローバル人材を育てていくというアイデアです。

    若杉: 特区に関しては、「例外的措置」という認識から脱却しなくてはならないと考えています。日本の改革がなかなか進まないのは、日本全体を画一的に変化しようとすることに伴う難しさがあるからです。たとえば、米国では州によってさまざまな制度、考え方があります。特区による改革はそのような柔軟性をもたらす方策と捉えられるべきです。自治体単位にこだわる必要もなく、場合によっては、東日本と西日本、あるいは四分割くらいにして政策実験を行い、その中で最善のものを選択し、日本全体に広めていくような柔軟性がこれから求められると思います。