RIETI-釧路公立大学地域経済研究センター共催シンポジウム

地域創造に向けてのソーシャル・イノベーション (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2010年10月26日(火) 13:30-17:20
  • 会場:釧路公立大学 1階 第1会議室 (北海道釧路市芦野4-1-1)
  • 日本経済全体が長期的な閉塞感から抜け出せずにいる中、地方の経済も疲弊し停滞を余儀なくされている。地域経済の活性化に向け、大規模な公共工事や工場の誘致といった従来型の手法には限界が見られ、あらためて地域自らの知恵で地域活性化の仕組みを主体的、創造的に構築していく必要がある。こうした問題意識のもと、RIETIは釧路公立大学地域経済研究センターと共催でシンポジウム「地域創造に向けてのソーシャル・イノベーション」を開催した(2010年10月26日、於:釧路公立大学)。各地域の社会的な課題を解決しながら地域の経済的な力や雇用創出につなげていこうという"ソーシャル・イノベーション"の国内外の事例を参考とし、今後の発展の道筋とその可能性について、熱心な議論が行われた。

    議事概要

    基調講演「全員参加型の創造立国に向けて-空間経済学の視点から-」

    藤田 昌久 (RIETI所長・CRO/甲南大学教授/京都大学経済研究所特任教授)

    現在、グローバル化と同時に「知の時代」が到来している。空間経済学の視点から見ると、こうした時代に重要なのは、多様性と創造性だ。日本が再び勢いを取り戻し、世界中の国々と一緒に成長していくためには、全員参加でソーシャル・イノベーション、いわゆる知のルネサンスを日本中に巻き起こしていく形で、日本をオープンで多様性の豊かな創造立国にしていくことが必要だ。

    空間経済学:分散力と集積力

    経済の地理的側面の分析の仕方には、従来、都市経済学、地域経済学、国と国の間では国際貿易理論というものがあった。しかし、今日のようなグローバル化した世界経済においては、このような分割された学問はあまり役に立たなくなってきている。そこで、経済活動が地域に集まるという集積形成の理論を中心として、これらの三つの学問を統一してさらに一般化したのが空間経済学だ。

    たとえばITのような情報通信技術や、ジェット機などの輸送技術が発達していくと、ヒト・モノ・カネ・情報が移動するための広い意味での輸送費がどんどん低下する。すると、グローバル化の進展とともにローカル経済、たとえば日本においては北海道などの地域経済の重要性が増してくる。空間経済学は、こうした世界経済地図のダイナミックな変遷を学問的に分析・説明するもので、「いろいろな経済活動を1カ所に集めようとする集積力と、相反する力として経済活動を分散させようとする分散力、このせめぎ合いで産業や人々の分布や配置が決まる」というのが、基本的な考え方になる。

    19世紀にヨーロッパを中心に産業革命が起こり、19世紀後半から20世紀の初めにかけてはアメリカが中心的地域として発展した。そして20世紀の後半から21世紀にかけて、今度はアジアが世界の三つ目の大きな核として発展している。この大きな変動を経済学的に説明する場合、分散力は比較的説明がつきやすい。たとえば、東京の賃金が上昇すれば、賃金のより安い九州に、その後は、インドネシア、中国、バングラデシュと、どんどん産業が移って行くという動きだ。

    では、集積力とは何かというと、地域の競争優位や地域の活性化を生み出す力だと考えられる。集積力の基として、一つには、自然的な条件がある。この点で、釧路には素晴らしい港や自然がある。しかし、釧路がさらに発展していくには、自然的条件に加えて、内から生まれる力をどんどん強くすることが不可欠だ。この内生的な集積力を生み出すためには、いろいろな活動の多様性が必要になる。なぜならば、同種の活動が1カ所にあつまると価格競争になるが、活動に差異があれば競争が避けられ、地域全体としての補完性が増すという形で、集積の経済を通じて生産性・集客力・創造性の向上が期待できるからだ。たとえば、千葉県内にある約20の「道の駅」が、「花」や「ビワ」などの特色を持つことにより、クラスター化、ネットワーク化して全体で相乗効果を出し、集客力が増しているというような事例がある。

    グローバル化と知の時代の日本再生

    今の日本の経済システムは、大量生産に基づく資本主義の発展とともに形成されてきた。このシステムは、西洋を追いかける際には非常によく機能した。しかし21世紀になり、日本が海外のまねをするのではなく、広い意味での知のフロンティアを開拓しなければいけなくなった時、これまでの経済システムでは十分適応できなくなってしまった。つまり、日本経済が回復するためには、広い意味でのBrain Power Societyに適応できるように、日本の社会システムを変革していかなければいけないのだ。

    21世紀はアジアの世紀と言われている。アジアが現在の「世界の製造拠点」からさらに発展するためには、構造改革によって製造拠点としての発展を続けると同時に、世界の市場として発展し、かつ世界のイノベーションセンターとして発展するという3つの発展を合せることで、本当の意味での世界の第3番目のコア地域として発展していかなければならない。こうした中での日本の役割としては、広い意味での世界的な創造拠点、特にアジアの中における知のハブになることが究極的な方向だと考えている。輸送費の低下により、確立した技術に基づく生産活動はコスト競争になるため、どんどん分散していく。したがって、日本に残り、かつ日本が発展し得るのは、広い意味での知識創造活動になる。今後の日本は、ローカルに蓄積された豊かな知識外部性を求めて少数の国・地域・都市に集中する知識創造活動を引き付けるような、イノベーションの場=知識創造のハブとして発展していくべきだ。

    地域ごとの多様性が重要

    日本が知識創造のハブとして発展するためには、あらゆるものの多様性と自立性が不可欠となる。地域の多様性について、方向性としては、東京一極集中を脱し、世界のあらゆる国に広がって行くことが求められる。たとえば、邦題が「狙った恋の落とし方」という中国映画があるが、この映画の撮影が阿寒湖を中心とする北海道各所で行われたことが、北海道に中国観光客が多く訪れるきっかけとなった。北海道の自然が、中国の人々に素晴らしいものだと認識されたのである。重要なのは、中国と日本のように、共有知識が小さく独自の知識を豊富にもった地域がぶつかり合うことで、まったく新しいアイデアが生まれる可能性があるということだ。

    地域活性化政策の基本は、まず自分が持っている地域資源を最大限見直して活用し、持続的に育成すること、次に新しい血(blood)と知(knowledge)を恒常的に導入すること、そして地域の住民すべてが、わくわくと楽しい持続的なイノベーションの起こる地域独自の「環境」と「仕組みづくり」を行う事。そして、それを支援するのが国の役割だ。このイノベーションの対象は科学や製造業の分野だけでなく、農業や文化・芸能・芸術・観光なども含まれる。その際のアプローチとしては、国の政策だけでなく、自分の都市・地域の資源の見直しをし、持続的なソーシャル・イノベーションを通じて活動の差別化・差異化を最大限にすることで地域ブランド力を育てるという、まちづくり・むらおこしの活動が重要だ。今では有名になった九州・由布院温泉の活性化は、この良い事例だろう。

    図1:住民主体による地域活性化
    全員が社会革新の主役

    地域活性化の担い手としては、学生や身障者・高齢者・中小企業・女性・地方・農業など、これまでの政策では、弱者とされ保護の対象として取り扱われてきた人々みんなが、社会革新、ソーシャル・イノベーションの主役となってもらうことを提案したい。たとえば、女性について。ギャルファッションの殿堂と言われている渋谷の109には、世界各国から年間900万人の来客があり、120店舗の総売り上げが400億円に達する。年間10億の売上がある人気店"CECIL McBEE"には専属のデザイナーはおらず、5人の売り子が企画を出し、約20日で商品に仕上げて店に投入する。売り子の多くは元が顧客で、つまりお客が売り子になり、デザイナーになって、マネジメントもするという、いわば"of the gal, by the gal, for the gal"という形のギャルファッション革命だ。店舗はオリジナル商品を扱い、多様性があるために直接の競争関係は無く、全体としては非常に補完性があって相乗効果がある。また、出店料が高額なため、店の新陳代謝も非常に活発となる。これを支えるのが「Cawaii!」などのファッション雑誌で、掲載品の入手先が明記されているなど、店と雑誌も相乗効果がある。こうした雑誌は、日本だけでなく中国やタイなどでも現地版があり、流行している。

    また、高齢者による農村革命の事例として、徳島県上勝町の「彩(いろどり)事業」がある。棚田でしか米作ができない山村の高齢者が、高級料亭で料理をかざる「つまもの」と呼ばれる木の葉や枝などを主力商品とすることで、地域が活性化している。身体を使い、またマーケット情報を見ながら出荷時期を調整するなどと頭脳を使うことで、高齢化率が47%と徳島県内1位であるにもかかわらず、1人当たりの年間医療費(国民健康保険)は26万円と、高齢化率2位の村の46万円の約半分となっている。地域の住民が健康で楽しくソーシャル・イノベーションに参加し、しかも医療費も減少するということは、今後の日本の高齢化社会の進展を考えると、示唆するところが大きい。

    このように日本の中で地域中心のイノベーションをどんどん行うと同時に、世界とネットワークで結ぶことも重要だ。たとえばモンゴルで行っている一村一品運動では、2年、3年くらい後に現地を訪ねると、こちらがびっくりするようなことをしていて、とても学ぶことが多いということだ。世界中でラーニングネットワークを結び、日本もオープンにして新しい人材にどんどん来てもらうことで、お互いに学びあうことが可能となる。

    このように、あらゆる形で地域が一体となってソーシャル・イノベーションを起こしていくことを、全員参加型のイノベーションと言う。日本が一つのダイナミックな社会として再び世界をリードすることができるよう、全員参加で社会革新をしていこうということを提案したい。

    図2:オープンで多様性の豊かな創造立国へ

    基調報告

    基調報告1「地域への行政アウトソーシングによる地域活性化-高知県の取り組み-」

    中西 穂高 (RIETIコンサルティングフェロー/東京工業大学産学連携推進本部教授)

    新しい県行政マネジメント

    地域の経済が非常に低迷している中で、地域活性化を取り巻く状況は、戦後以降続いてきた成長産業を地方に誘致することで国土の均衡ある発展を目指すというものから、地域資源を活用していこう、地域が主役という形に対策の方向性が変化してきている。また、行政の仕事をアウトソーシングの形で民間に任せていこうという動きが促進され、官民の協働が現業分野だけでなく事務分野でも重視されるようになっている。

    行政サービスのアウトソーシングは、行政のコスト削減や効率化の推進につながるだけでなく、行政サービスを地域の産業とすることで、地域での新しい産業創出の側面をもつ。

    図3:行政マネジメントモデル

    高知県では、行政の事務を民間の企業や特にNPO、地域のグループにアウトソーシングすることに取り組んできた。そのきっかけは、橋本知事が選挙公約で県庁業務の3~5割のアウトソーシングを掲げ5回目の当選を果たしたことによる。私は当初、橋本知事が設けた外部有識者によるアウトソーシング検討委員会のメンバーだったが、2005年6月に副知事となり、知事交代の翌月2007年12月までその仕事を担ってきた。以下、その具体的な成果を紹介する。

    高知県における取り組みの成果

    行政の効率化では、職員数を大幅に減らすことができ、結果として2009年度までに累計で12億円を超す人件費削減効果が上がった。また、県職員がしていた仕事を外部に委託することで、予算額と契約額の比較で7%以上の費用が削減できた。加えて、中山間地域に住む人たちに新たな現金収入の場を提供したり、アウトソーシングの受け皿として3つ団体が立ち上がったりするなど、地域の活動が活発になるという効果もあった。

    成果の具体例紹介

    具体的な事例を2つ紹介したい。1つは、県西部の大月町という小さな町でできたグループが県庁のテープおこしを受注しているケースである。大月町では光通信やADSLのように大容量の音声ファイルを受信できるような通信回線は個人の家まで届いていない。しかし、役場にいる地元グループのリーダーに届いた音声データを、分割してCDに録音し、それをメンバーのところに自動車で届けにいくという形で仕事をしている。

    もう1つは県東部の安芸市の子育てグループが、パソコン教室を開いているうちに、県からテープおこしなどを受注するようになったケースである。このグループは、県の防災関係の会議のテープおこしをきっかけに、防災頭巾になる子ども用のかばんを作って実用新案を取り、通信販売で全国に売り出す活動をするまでに発展した。

    このように中山間地域に住んでいて仕事が近くにない人、小さい子どもがいるので家でしか仕事ができない人、障害者の人たちも、テレワークなどを通じて仕事ができるようになったことはが大きな成果だといえる。

    基調報告2「ソーシャルビジネスの動きを地域の活力に-釧路地域の挑戦-」

    小磯 修二 (釧路公立大学学長・地域経済研究センター長)

    釧路におけるソーシャルビジネス

    厳しい地方経済に挑戦する幾つかの芽が出てきている。釧 路地域のソーシャルビジネスの 3 つの類型とその事例を紹介し たい。

    図4:ソーシャル・ビジネス(社会的企業・社会起業)による地域の活性化
    NPO法人・地域生活支援ネットワークサロンの取り組み

    第1の類型は、NPOやNGOの事業をビジネスの手法で安定的な活動に変えようとする取り組みである。釧路のNPO法人地域生活支援ネットワークサロンが運営する「コミュニティハウス冬月荘」は、昔、北海道電力の寮だった建物を買い取って福祉活動の拠点とし、障害を持つ方が滞在して求職活動をする際の支援や、事業所の給食づくりをはじめとするさまざまな活動を行っている。これまでの国の縦割りの福祉システムでは、こういう複合的なサービスを行う活動拠点はつくれなかったのだが、北海道が道州制特区としてモデル事業を行っていることから実現した。

    こうした活動をスタートとして、地域生活支援ネットワークサロンは、さまざまな人が集まる「たまり場」機能によって引き出されたニーズや地域の問題を基に各種事業を展開して雇用を創出しており、2001年には300万円にすぎなかった予算規模が2009年度には4億円となり、現在では130人を上回る雇用力を持つまでになっている。

    カムイ・エンジニアリング株式会社の取り組み

    第2の類型は、社会的な問題を解決していくために新しくベンチャー企業を作るというもの。釧路市の北にある標茶町(しべちゃちょう)は、釧路湿原のカラマツ林の間伐材の廃木材に頭を悩ませていた。また、牧場では牧草ロールから出る廃プラスチックが農業廃棄物として大きな問題になっていた。この2つの問題を解決しながら新産業を創出し、それを環境産業に結びつけようとの取り組みの中で、2002年4月にベンチャー企業のカムイ・エンジニアリングが設立された。同社は、廃木材と廃プラスチックから「カムイウッド」(高級木質プラスチック複合材)を作り、それを家の外壁材やフラワーボックス、ベンチ、ごみ箱、道路の防護柵等に加工して販売している。今後、こうした地方発のソーシャルビジネスが安定的な事業展開をはかるためには、製品が経済のメカニズムにしっかりと組み込まれていくよう、公的部門での調達の増加や認証制度の整備などが必要だと考えている。

    大企業の力を地域の活性化に

    第3の類型は、大企業の力を地域の活性化や雇用創出にうまくつなげていこうという試みである。たとえばグラミン銀行とフランスの食品メーカー・ダノン社は、貧困問題を抱えるバングラデシュにおいて、子どもの栄養改善を目指して共同でヨーグルト製品を開発し、普及に努めている。

    またIBMも、長年にわたって培ったノウハウ、資金力を活用して地球環境問題や世界の都市問題を解決するスマーター・プラネットという取り組みを進めている。そこに「地域」という視点を取り入れてはどうかと私が提案したことがきっかけとなり、釧路公立大学とIBMの共同プロジェクトが立ち上がった。釧路地域では水産物を高次加工して販売するという戦略を取ってきたが、素材を新鮮な状態のまま消費地に輸送できれば何十倍、何百倍もの価値を生むという時代が来ている。そこで現在、鮮魚情報のシステムについてはIBM、高速物流に関しては全日空の協力を得て、地元企業としては釧路丸水か参加し、まず国内で高速物流の実証実験を実施して、来春には海外でも実証実験ができればと考えている。

    地域活性の最大のポイントは人々のモチベーションだが、やる気だけでは実現は難しい。そこに大企業の技術力が加わることで、イノベーションにつながるのだ。

    パネルディスカッション

    報告「ソーシャルビジネスの振興について」

    柚原 一夫 (経済産業省北海道経済産業局長)

    北海道経済産業局では、道内でソーシャルビジネスに携わっている方々から直接話を聞き、その内容を冊子やホームページで紹介している。たとえば、NPO法人北海道グリーンファンドは、会員千数百名が毎月の電気料金に5%上乗せして支払うグリーン料金制度で基金を作り、さらに自然エネルギー市民ファンドという株式会社を作り、出資を募って市民風車を建設している。株式会社ノースプロダクションは、浦幌町の漁業者が、生産者と消費者をつなぐ目的で、商談会や現地体験ツアーの実施、アンテナショップ立ち上げ支援を行っている。またNPO法人森の生活は、下川町で行われてきた森林資源を基に産業を興そうという産業クラスターの取り組みから、ツーリズムやセラピー、セレクトショップなどを展開している。建設会社が新しい分野に進出した例としては斜里町でエゾシカの捕獲、飼育、加工販売のプロジェクトを展開する株式会社知床エゾシカファームがあり、さらに民間主導で道の駅のような農産物直売や独自商品創出に取り組む赤平市の株式会社まー美などもある。

    政府の取り組みとしては、内閣府の地域雇用社会創造事業、厚生労働省の地域貢献活動支援事業、経済産業省としては、全国にコミュニティビジネス・ソーシャルビジネス協議会を設置をしたり、ソーシャルビジネスのノウハウ移転に対する補助等の支援があるが、さらにソーシャルビジネスの全国ネットワーク組織の形成についても検討しているところである。

    報告「阿寒町における"郷土力"を使った観光産業活性化の試み」

    大西 雅之 (株式会社阿寒グランドホテル代表取締役社長)

    阿寒町はアイヌコタン(アイヌの集落)が真ん中にあることから、アイヌ文化の発信拠点として強力な「郷土力」をもつ。近年、インターネットの普及によって、旅行者が詳細な現地情報を個人で入手でき、さらにその旅の感想、旅先で得た情報を個人レベルで発信できるようにもなった。この流れの中で、これまで主要観光地と呼ばれていた所が、大きくその優位性を失ってきている。パッケージ旅行客数100万人達成に甘んじていてはインターネット時代に乗り遅れるという問題意識から、2000年には阿寒湖温泉活性化戦略会議を立ち上げた。そして2002年に「阿寒湖温泉再生プラン2010」を作成し、アイヌ文化の里、マリモの再生プロジェクト、太古から残る大自然を活用したアウトドア基地という3つを機軸にブランド戦略を推進している。

    その具体的な取り組みが、4年前に始まった「千本タイマツ」というものである。アイヌ民族の風習では、天の神に願いごとをするときには、火の神・アペカムイを通して伝えなければならないとされる。そこで、お客様が願い札を書いてアイヌコタンへ行進し、アイヌコタンでエカシ(古老)が中心になって、願い札を大きな炎にくべ、マリモが住める大自然を後々まで残してくださいというアイヌの願いとともに、お客様の願いも天の神に伝える、というイベントを考え出したのである。ほかにも、アイヌ文化の拠点になるアイヌシアターが2012年の春に完成する予定であり、また、私どものホテル「鶴雅」では、230室中40室をアイヌ文化を取り入れた客室に改装し「、鶴雅チセ(住宅)」と名付けるなどして、アイヌ文化の里としての発信力を強めている。

    報告「釧路市の地域活性化と自立支援の取り組み」

    蝦名 大也 (釧路市長)

    釧路市では平成16年11月から、釧路地域ブランド推進委員会を立ち上げ、釧路地域独自の産品を品質管理などで差別化して地域ブランドを確立することにより、地域の活性化につなげていこうとしている。まずはシシャモ、トキシラズ、サンマ、イクラの4つの水産物をブランド化していく。

    ほかにも、市の面積の約7割をカラマツやトドマツの森林が占めており、地域材の有効活用のために、今年、大規模運動公園に木造の雨天練習場を建設する。

    そして、私が最も申し上げたいのは、全国に先駆けた取り組みである生活保護自立支援プログラムである。釧路市の生活保護の保護率は平成19年9月以降、全道1位で推移しており、22年9月末には52.3‰という高水準に達した。また、有効求人倍率も0.33程度で推移している。そのため平成16年度以降、生活福祉事務所を中心に、行政、NPO、企業が従来の福祉の枠組みを超えて協働し、公園の管理ボランティア体験、農作業体験など、さまざまな就業体験プログラムを実施してきた。受給者当たりの生活保護支給額が抑えられているのは、この取り組みの成果であるといえる。

    ディスカッション

    地域活性化に必要なものは何か

    藤田: 基本的には、地域の活性化の中心になるのは地域だが、地域へのIT導入など、国の政策・支援も非常に重要な役割を果たすことができる。また、各省の枠を超えて、日本全国での取り組み内容を共有できるような知のネットワークづくりも重要。地域の再生、地域の発展、まちづくり、地域づくりは、ある意味で文明の発展とよく似ている。英国の歴史家・トインビーが「チャレンジ・レスポンスの連続で初めて発展が起こり得る」と言っているが、発展の中心となるのは地域の人がチャレンジ・レスポンスを持続する意志だと思う。このように誰が見ても非常に価値のある資源があることは、地域発展の必要条件でも十分条件でもないが、北海道は人材や自然など非常に資源に恵まれている。

    柚原: 北海道のもつ潜在力を、どのように顕在化していくのかが、地域活性化の核ではないか。国の機関としても、知恵を絞ってバックアップしていきたい。

    大西: 北海道は資源に恵まれた「宝の山」だと思っている。羽田空港の国際化や、中国マーケットの爆発的成長、また旅行形態も都会から離れたローカルな地域に目が向いてきているなど、明るい要素があるので、私はもう3年の辛抱だと思っている。当面の厳しい状況の中で、まちづくりをあきらめている人のマインドを、何とかして高めていくことが我々の役割てはないかと思っている。

    蝦名: これまで、道内の都市との比較を行う事が多かったが、国内の他地域や、他国の取り組みなども非常に参考になる。新しいものを作るよりも、成功事例をまねた方が極めて早いので、そういった事例があれば、ぜひまたご紹介いただきたい。

    地域が今後なすべきこと

    藤田: フィンランドの経済は好調だが、若者みんなが「I Love Finland」で、自国の経済発展に貢献したいと考えている。一方、札幌大学の理工系学生の90%以上が東京に出て行ってしまうという話を聞いた。日本の若者が東京一極集中ではなく、「I Love 北海道」「I Love 釧路」となると、内からエネルギーがわいてくると思う。北海道のように、農業をはじめ環境、漁業、人材等、これだけの資源がある地域はほかにない。自分たちの北海道を自分たちで発展させるのだと考えるべきだ。

    柚原: 北海道におけるソーシャル・イノベーションの成功は、その困難を課題と見るのか、チャンス・チャレンジだと見るのかにかかっている。私たちも色々な意味で取り組みを応援していきたい。

    大西: 私は今、国のアイヌ政策推進会議の委員もしており、アイヌ民族が経済的に自立していけるシステムの構築をライフワークと考えている。多くの資源の中でも特にアイヌ文化に光を当て、今後も市や市民と協力してさらに取り組みを進めたい。

    蝦名: 釧路市は人口減少の傾向にあるが、さまざまな取り組みの可能性はまだ大きく残っている。行政側の立場では気が付かないことも多いので、自分たちで、もしくはこの団体で取り組みたいというアイデアがあれば提案してほしい。今日の話でアウトソーシングの必要性も痛切に感じたので、仕組みを検討したい。

    小磯: 昔、藤田所長にお聞きした、本当に地方が危機感を感じてその危機を地域が共有できたとき、そこに一体化が生まれてイノベーションが生まれる、だから国の改革は地方から起こるのだというお話があらためて思い出された。今後とも釧路、北海道地方に対するご支援を皆さんにいただきたい。