CARF-RIETI共催政策シンポジウム

金融危機と日本経済の行方 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2009年7月3日 (金) 13:30-17:55
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)
  • 議事概要

    2007年夏に始まった世界的な金融危機は、昨年9月のリーマンブラザーズ破綻以降、金融市場の混乱という事態にとどまらず、我が国をはじめ各国の実体経済にも大きな影響を及ぼしており、世界同時不況の様相を呈している。世界各国で大胆かつ迅速な金融緩和と財政出動が行われ、現下、経済の落ち込みはやや収まりを見せているが、この時期こそ今後の世界経済と日本経済の展望を考えるのに適当な時期であると判断し、東京大学金融教育研究センター (CARF)とRIETIは共催でシンポジウムを開催した。金融危機が我が国の企業金融および実体経済にもたらす影響について多面的に分析し、今後の政策対応の方向性について議論した。

    第1部:金融危機が日本経済に及ぼす影響

    第1部では、今回の金融危機の日本経済への影響について、金融面と実体経済面それぞれに関する中長期的な観点からの概論の後、金融危機下における中小企業の資金調達の実態に関するアンケート調査に基づく分析の発表、次いで現行の景気循環モデルと両立し得る新しい銀行危機の貨幣的モデルの提案がなされた。

    基調講演「金融危機と日本経済」

    植田 和男 (東京大学金融教育研究センター教授)

    日本の金融機関は、今回の世界的な金融危機による直接的な損失は非常に限られたものであったが、手持ち資産をリスク・リターンの変化に応じて積極的にリバランスしない、あるいは環境的にそれができない中で収益が出せていない状況である。

    一方、世界の実体経済は、ここまで1930年代の大恐慌時並みの生産減少ペースだが、日本の製造業はそれを大幅に上回る打撃をこうむってきた。輸送機械、電気機械、一般機械等の世界的に需要が急減した分野に日本が特化していること、また、長いサプライチェーンの国内外の存在のため、グローバルに最終需要が1単位減ると、在庫調整を通じて国内の各段階で生産が1+α単位の減少となり、これが次々に膨らんで大きな生産の減少につながったといえる。市場関係者は今後のデフレ長期化とその下での財政のサスティナビリティの問題に注視しはじめているが、さらに中国経済が内需にシフトする中で、この20年間輸出主導でやってきたわが国がどのような経済成長を実現していくのか、これからが正念場である。

    プレゼンテーション1「金融危機下における中小企業金融」

    植杉 威一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/一橋大学経済研究所世代間問題研究機構准教授)

    90年代後半以降、日本の中小企業は財務体質の強化に努める中で、金融機関からの借入額を減少させていた。02年以降に全体の業況感が回復する中で、ようやく中小企業向けの資金需要も回復しつつあったところに、金融危機が起きた。今回の景気後退局面で、日本の中小企業金融が受けた影響を、RIETIが実施した中小企業向けアンケート調査結果を基に分析した。

    ■中小企業を取り巻く環境変化と企業間の関係
    全体の業況感と資金繰りの悪化は著しいが、健全性低下など金融機関側の要因による貸出態度の悪化は起こっていないという意味で、金融機関による貸し渋りは観察されていない。一方で、掛け(買掛金や手形)での取引比率が低下する、主要仕入先からの仕入比率が低下するなど、企業間信用の減少や取引関係の希薄化が観察される。

    ■金融機関との取引関係
    小規模企業以外では借入残高が増加傾向にあり、いわゆるメインバンクへの依存度も増している。2000年代前半に大きく伸長したスコアリング融資が最近頭打ちになっており資金繰りへの悪影響が懸念されるが、金融機関が供給を絞ったというよりも、金利が高いなどの理由で需要が伸びないことが要因と考えられる。

    ■信用保証制度
    緊急保証制度の利用は進んでいるが、金融機関に拒絶・減額をされた率は高く、他に比して審査基準が緩いわけではない。この制度の利用を希望する理由は、不確実性への備えや運転資金目的で現預金等の手元流動性を厚くするためというものである。既存の保証債務を長期に組み替えることで金利支払を減らす効果もあるようだ。

    プレゼンテーション2「銀行危機の貨幣的モデル-政策分析のための新しい枠組みの構想」

    小林 慶一郎 (RIETI上席研究員)

    今回の金融危機後、各国で行われている財政出動は有効なのか。あるいは、金融危機下の財政出動は、どのような条件の下で有効なのか。Lagos-Wrightの枠組みを基にした金融危機のモデルを考察した。

    基本モデル、銀行破綻ショックを伴うモデル、不完全融資強制と担保制限を伴うモデルを使って、どういった場合に銀行危機が起こるかを想定できる。その結果、財政出動、金融緩和、銀行改革を1つの枠組みで論じることが可能となる。このモデルはリアル・ビジネス・サイクルのようなタイプの景気循環モデルと非常に相性が良いため、今後もうまく発展させて政策分析に使える枠組みを構築していきたい。

    第2部:日本経済の行方と今後の政策対応

    パネルディスカッションに先立ち、吉川洋(研究主幹・ファカルティフェロー/東京大学教授)より特別講演 があった。その後、各パネリストからの発表と、それを受けてパネリスト間での意見交換が行われた。

    岩本 康志 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授) 報告の概要

    ■「過去最大」の景気対策の評価
    「過去最大」の景気対策は、「過去最大の失敗」と言わざるを得ない。理由の1つは政治的な失敗で、経済学的に予想される以上の効果を宣伝したこと。2つ目は過去最大の「量」にこだわったことである。

    今回の経済対策は、オバマ政権を模倣したものに思える部分があるが、日米の本質的な違いとして、アメリカでは政権交代に伴う政策転換を果たすための初期投資の役割を果たしたが、日本では従来から疑問視されていた景気対策を実行する機会となってしまった。財政出動は必要だが、日本の債務残高の水準では出動の余地は少ない。既に十分吟味された上で決定された公共事業の順番待ちのものを、前倒しで執行していくのが堅実な手段である。

    ■マクロ経済学への課題
    経済処方箋を議論する土台がニューケインジアンからオールドケインジアンへ移ったと言える。ニューケインジアンモデルでは金融危機を十分に扱えていないこと、大きなショックによる変動を扱えないこと、財政政策を的確に議論できない構造になっていたことが理由である。

    財政出動に否定的な見方の根拠として、乗数が小さい、つまり失業者の雇用効果が低いことがよく挙げられるが、財政支出そのものに対する政府への懐疑も存在する。現在はこれらがパッチワーク的に処理され統合されていないが、マクロ経済学の体系に組み込み、政策をチェックするフレームワークを作り出すことが必要である。

    柳川 範之 (東京大学大学院経済学研究科/東京大学金融教育研究センター准教授) 報告の概要

    ■日本の経済危機
    わが国の経済状況の悪化は、アメリカと同質の金融問題ではなく、外需の急激な減少による経済環境の悪化が主要因で、日本企業の収益構造の脆弱性、生産性の低さを反映した結果である。

    ■成長の重要性
    生産性を高めていくためには内需拡大も重要だが、海外の需要も利用した成長が不可欠である。幅広い需要を活用して成長していくという観点から、アジア全体を内需と考え、アジア経済全体を視野に置いた制度作りが望ましい。さらに、人材を収益性の高い産業に移動させる政策(人材教育に対する投資、産業政策)も求められる。

    ■金融規制の大きな変化
    海外の金融規制は、金融産業全体に対する包括的規制やマクロプルーデンシャル政策、大きな介入権限を持つなど、劇的に変化しつつある。日本にとって望ましい規制の在り方・方向性を実現するための働きかけ、また実際の変化への対応などを考えていくことが日本で金融危機を起こさせないためには不可欠と考える。

    寺澤 達也 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局経済産業政策課長) 報告の概要

    ■日本の経済産業構造の脆弱性
    今回の金融危機では、(1)アメリカの個人消費と自動車産業への直接・間接的依存、(2)外国人投資家に依存する日本の株式市場、株価に依存する日本の金融機関の自己資本、市場変動・経済減速を増幅する景気同調性の高い会計制度・自己資本比率規制、などの理由によって、アメリカで発生したサブプライムローンという地震が津波の形で日本を襲った。

    ■日本の産業・貿易構造を強靱化する
    まずは内需の活性化が必要である。そのため、介護・保育サービスや農林水産業の「産業化」という新たな内需型産業の創出に向けた対策、期待成長率の引き上げ、労働投入の量と質の向上に努めなければならない。また、外需の多角化として、水、コンテンツビジネスや、内需型製造業、サービス・流通業、中堅・中小企業の海外展開による新たな外需型産業の創出や、戦略的分野に重点を置いたイノベーションの加速が必要である。

    ■日本の金融・資本システムを強靱化する
    中核的自己資本比率(tier1)範囲内の銀行保有株式を制限し銀行のリスクを減らし、同時に家計や公的・準公的セクターによる直接・間接的株式投資の拡大に取り組むべきである。また、会計制度・自己資本比率規制の景気同調性の緩和について更に議論すべきである。

    鶴 光太郎 (RIETI上席研究員) 報告の概要

    ■出口戦略の重要性
    「100年に1度」という合い言葉で、多くの政策が正当化されたが、本当にその対策がWise Spendingであったかどうかは議論になるところだ。財政出動しても国内民需の回復がないと、公需を継続的に積み増す必要が生じ止められなくなる。景気の回復・拡大プロセスにおいて、国内民需・外需の寄与が公需のマイナス寄与を軽く打ち消してさらに高まる姿が理想だ。

    ■3つの不安定性への対処
    「経済の不安定性」とは、景気回復の脆弱性である。雇用・失業情勢はさらに悪化していく可能性があり、引き続き十分な対応が必要。企業(生産・輸出)部門と家計部門の動きに大きな乖離が生じてくれば、景気回復のきっかけは外需に頼らざるを得なくなる。「社会の不安定性」とは、格差の固定化による社会的一体性のゆらぎを指す。これは日本経済の本質的な問題であり、官・民それぞれがきちんと対応しないと今後の成長は期待できない。「政治の不安定性」は財政に大きく関係する問題であり、安定財源の確保、消費税引き上げ実施スケジュール等、逃げずに対応していかなければならない。

    ■新たな財政健全化目標(基本方針2009)の評価
    今後10年以内にプライマリー・バランス(PB)の黒字化を図るという目標は、足下の税収如何で黒字化達成のタイミングが大きく変わるため幅を持って見るべきではあるが、意欲的な目標を定めることは大事なことだ。国民に正直な「姿」を見せ、目標に応じて歳出・歳入の検討・策定・実施のサイクルを回していくことこそが、財政健全化に向けた「改革の王道」であると考える。

    ***

    上記のプレゼンテーションを受け、パネリスト間で議論が行われた。

    (吉川氏)「100年に1度の愚行」との指摘を受けたが、補正全てが悪いわけではない。予算の使い道だけではなく、時代に合わせて然るべく規制やルールも変えていくという合わせ技でWise Spendingになるのだろう。 補正の議論は公共投資のイメージが強いが、90年代以降の財政悪化の要因は、経済低迷による税収減と支出増が半々くらい。支出増については、90年代後半までは公共投資がかなりを占めていたが、それ以降は社会保障関連が大きい。これは中福祉中負担を保つために必要不可欠なWise Spendingだ。問題は、歳入に穴が開いていて、ファイナンスが不十分ということだ。

    (鶴氏)補正予算は先に量ありきで、その量を満たすための予算が短期間で組まれるため、Wise Spendingにならない部分があることは確かだ。また、大枠ではWiseでも末端の細かい予算までWiseにできるかどうかは難しい。個々に見ると補正でしか対応できないものもあり、ファンダメンタルなジレンマがある。

    (岩本氏)このところの公共事業削減でウエイティングリストが薄くなっていたことから、今回は公共事業を前倒しで実行しても量が埋まらなかったので、いろいろなものを寄せ集めて追加していくうちに補正予算にひずみが生じ、最終的には失敗の評価が下されるのではないかというのが私の見方だ。太陽光発電や耐震に関しては意義があると思うが、医療・介護は恒久的な財源を付けて充実させる必要があるため、そこには当初予算からしっかり回すという前提で、補正の柱は公共事業でよいと思う。

    (寺澤氏)予算が短時間で組まれることの問題は、補正に本質的につきまとうものだが、今回は事情が違って3カ月かけて議論したものであり、使い道についても相当に練った個別具体的なものになったと思っている。

    (柳川氏)本当に「100年に1度」の危機だったのであればWiseでなくとも財政支出は必要だったと判断できようが、私はそこに疑問を持つ。合い言葉の下、さまざまな政治的圧力がかかり、結局は財政へのプレッシャーが大きくなったわけで、制度整備等、お金を使わない形の政策運営があり得たのではないか。長期的に経済成長を高めるところに予算を投入して政府が後押しすることは良いと思うが、すぐに大きく成長率を押し上げる結果にはならないので、これから数年は厳しいだろう。