OECD-METI-RIETIカンファレンス

「ソフトウェア分野におけるイノベーション」―最新トレンドと産業競争力への示唆― (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2008年10月6日(月) 9:15-17:50
  • 会場:ANAインターコンチネンタルホテル東京 プロミネンス (東京都港区赤坂1-12-33 B1階)
  • 開催言語:英語 (日本語同時通訳あり)
  • 議事概要

    開催趣旨

    情報システムの利活用は金融、通信、運輸等のあらゆる産業分野の生産性の向上の鍵であり、自動車や携帯電話等の機器に組み込まれたソフトウェアは製品価格の大きな割合を占める状況にある。ソフトウェアのイノベーションはIT業界のみならず、経済社会全般のイノベーションの鍵である。一方で、ソフトウェアは技術的な変化の速さ、ネットワーク外部性等の特質により、イノベーション・プロセスが他の産業と異なると指摘されることが多く、このようなソフトウェアの特性を理解した政策面での対応が必要となっている。

    こうした問題意識から、ソフトウェアのイノベーション・プロセスを政府・産業界一体として、複合的視点から分析すべく検討が開始され、2007年3月にOECD・CIIE(産業イノベーション起業委員会)の下、「ソフトウェア分野におけるイノベーション」プロジェクトが本格的に開始された。本カンファレンスはこれまでのプロジェクトの成果を発表するとともに、我が国のソフトウェア分野におけるディペンダビリティ(信頼性)向上に向けた取り組み等を世界各国に紹介し、有識者と学際的な議論を構築することを目的とする。

    基調講演「ソフトウェア、これまでの変遷と未来」

    セッション概要

    基調講演では、2人の著名な研究者からソフトウェア産業の特性やそのイノベーションを考える上での重要なポイントについての概説があった。國領氏はソフトウェアイノベーションにおける「創発」の重要性を指摘、CUSUMANO氏は製品売上とソフトウェア売上をうまく組み合わせたハイブリッド企業の有利性を挙げた。両氏ともに、ソフトウェアの今後の新たなビジネスモデルのヒントを提示しているのが特徴である。

    國領二郎氏

    1. ハードウェアの技術革新が進み、情報処理能力の著しい向上がみられる一方で、ソフトウェアの生産方法は、ソフトウェアプログラマーのコーディング頼りという状況で大きく変わっていない。ソフトウェアの生産そのものの向上が難しい中で生産性を向上させるためには、既存ソフトウェアのリユースが鍵を握る。
    2. ソフトウェア産業は開発にかかる固定費が大きい一方で、一度完成したソフトウェアは電子媒体としてコピー可能であるため変動費が小さいのが特徴である。最近はインターネットの普及によりこのデリバリーコストは非常に小さくなっている。
    3. ソフトウェアイノベーションにおいて「創発」の重要性が高まっている。「創発」とは、非常に多くのプレイヤーが相互作用しながら自己組織化されたものであり、そこから個々のプレイヤーからは予期しないような成果が生まれる。そのプロセスを如何に効率的にイノベーションにつなげていくかが重要であり、慶応義塾大学の湘南キャンパスではインターネットを使った「創発」に関する実験がおこなわれている。
    4. 常にオープンな、何でもつないでしまうような開かれたインターネット空間上に、情報の受け取り手である個々のプレイヤーが価値を見出すコンテキストづくりを行い、それをプラットフォームとして提供していくことが今後の情報産業のビジネスモデルとして重要となっていく。

    Michael A. CUSUMANO氏

    1. ソフトウェア産業においてはパッケージ製品の売上やライセンス収入が減少し、その一方でソフトウェアのアップデートなどのサービスの売上が上昇する現象がみられる。たとえばCRMソフトベンダーであるSiebelを例にとると、1995年の上場時には売上の95%が製品販売で占められていたが、徐々にサービス売上の割合が上昇し、2002年には逆転した。
    2. 最近のスタートアップ企業を見ると、ウェブベースでソフトウェアやサービスを提供し、ソフトウェアサービスそのものから収益を上げるのではなく、広告で稼ぐ企業など、新たなビジネスモデルが出現している。
    3. これはW.J. アバナシーなどが唱えたイノベーションダイナミクス(プロダクトイノベーション→ドミナントデザイン→プロセスイノベーション)で説明することができるが、最近のトレンドは新たなビジネスプラットフォームが出現し、次のサイクルが始まる兆しと解釈することも可能である。
    4. 米国のソフトウェア上場企業約300社のデータベースを用いた分析によると、製品売上とソフトウェア売上をうまく組み合わせたハイブリッド企業の利益率が最も高いことがわかった。このような企業はソフトウェアに関するプロダクトイノベーションに優れているだけでなく、サービスの提供に関する技術開発やマーケティングにも十分な投資を行っている。
    5. このようなソフトウェア製品企業のサービス化は、システムインテグレーターやITサービス企業のビジネス領域を侵食し、ITサービス市場の競争激化を招いている。
    6. ソフトウェアプロダクトに関する企業はプラットフォームの標準化が進み、プラットフォームを握る少数の企業しか生き残れない。また、サービスに特化した企業は人件費が安いインドとの厳しい競争が待ち受けている。従って、両者を統合させたハイブリッド方式がソフトウェア企業の生きる道である。
    7. そのためには製品のサービス化(Servitizing Product)とサービスの製品化(Productizing Service)を検討することが重要である。

    セッション1「ソフトウェア開発企業が抱える課題とユーザーからのニーズを踏まえて描く今後の展望」

    第1セッションでは、ソフトウェア開発企業サイドから、ソフトウェアの生産性向上やイノベーションの活性化をもたらす上での課題についての報告があった。櫛木氏はソフトウェア開発リーダーに求められる資質という切り口から、また、PHELPS氏はMicrosoftとオープンソースソフトの共存関係の構築という新しい観点から、それぞれ鍵となる課題を述べた。

    櫛木好明氏

    1. デジタル家電の分野では、コスト全体における製品開発コストの割合が上昇しており、製品開発コストにおいては組み込みソフトの割合が大きくなっている。この組み込みソフトウェアにおける人材が重要になっている。
    2. 組み込みソフトウェアの技術者は、ソフトウェアだけではなくメカニズムやデザインといったハード面の理解も必要である。製品のハード面を意識しながら、ソフトウェアによってあるべき機能を実現していくことが求められる。
    3. ソフトウェア開発リーダーに求められる資質は時代とともに変化してきた。第1期はデジタル制御家電時代におけるリーダー像であるプロジェクトマネージャーであり、開発プロジェクトの納期管理が主な役割であった。第2期は96年ごろから始まったデジタルAV家電時代におけるリーダー像であるプラットフォーム型アーキテクト。多くの機種を次々に展開し、持続的に新製品を発表し続けられるプラットフォームの絞り込みが重要な役割であった。
    4. 第3期は2006年以降のネット家電の時代におけるグローバル事業戦略型システムアーキテクト。ネットにつながる複数の機器全体を考えたビジネスモデルの展開を考える必要がある。また、グローバル化によるスケールメリットの追求と各国で異なる環境規制・省エネ規制へのローカル対応をどうやってバランスさせるか、その中でのグローバル事業戦略、あるいは環境問題などといった新課題への提案力が重要である。

    Marshall PHELPS氏

    1. Microsoft WindowsとLinuxのようなオープンソースソフトは対立する構図としてとらえられることが多いが、Heterogeneous Software Systemsという形態で共存する関係となっている。つまり、ユーザーが必要な機能をMicrosoftやレッドハット、ノーベルといったLinuxベンダーからそれぞれ選んでシステムを構築する方式である。
    2. Microsoftはこのようなユーザー主導のシステム構築をサポートするためにbridge builderというLinuxベンダーとの協力プロジェクトを立ち上げ、ノーベルとの協力のもと推進している。
    3. しかしながら、オープンソースグループが提唱するGPL(General Public Licensing)条項は問題が大きい。ソフトウェア開発には莫大な研究開発費が必要であり、その研究開発費を回収するためには知財権による保護が必要である。ユーザーのメリットを最大化するためには、一定の知財権による保護を残して研究開発を続けながら、オープンシステムの良い面も取り入れたHeterogeneous Software Systemsを提供していくことが重要である。

    セッション2「ソフトウェア産業の構造的変化がもたらす課題と新たな可能性」

    第2セッションでは、ソフトウェアのユーザーサイドからみた現状と課題について、アカデミアおよび産業界それぞれの立場からの報告があった。VAN ALSTYNE氏は経済学者の立場からイノベーションと開放性、プラットフォーム制御の関係性について報告、笠原氏はソフトウェアとサービスのイノベーションの鍵はディペンダビリティにあるとし、MÖSSINGER氏は自動車業界の発展に必要なのは増大する複雑性への対応であり、AUTOSARが推進するソフトウェアのリユースの試みが1つの解決案を提示していると指摘した。また、セッション2の後半では、浜口氏・神山氏、広西氏より、ソフトウェアイノベーションの活性化を考える上で重要なディペンダビリティの確保・向上に関する具体的な試みが紹介された。

    Marshall VAN ALSTYNE氏

    1. ソフトウェアのプラットフォームは、その開放性とソフトウェアレイヤー間の接続性を最適に制御することによって、イノベーションスピードを促進する。
    2. イノベーションのプレイヤー間のオープンな関係は、(a)ネットワーク外部性が強くなり、(b)ソフトウェア開発に係る機会費用が下がり、(c)ソフトウェアのアウトプットレベルが上がり、(d)技術革新のスピードが上昇し、(e)開発業者数が多くなる、といった場合に特定の企業間で協力する場合よりも効率的になる。
    3. 技術的な不確実性が上昇するとオープンな動きが鈍くなる。ただし、大規模なソフトウェアハウスは生産規模が大きいことやリスク分散を行うことによって、この問題を回避しようとする。
    4. ソフトウェア開発業者間の競争はオープン度を縮小させる方向に働くが、プラットフォーム間の競争はそれを拡大させる方向に働く。
    5. ソフトウェア開発業者は、公的な標準化よりもコマーシャルベースのプラットフォームをより歓迎する。

    笠原裕氏

    1. 携帯電話における組み込みソフトの規模は、製品が複雑化するに従って上昇し、500万行・1000万行といったレベルになっているが、その中の100行の問題でもシステムが動かなくなることがある。携帯電話の出荷後に発見される欠陥の44%弱がソフトウェアに起因する。
    2. 最近起こった自動改札機のシステム障害により影響を受けた人は260万人に及ぶといわれている。複数の製品やシステムで構成される大規模なシステムにおいては、全体のディペンダビリティの確保が重要な課題である。
    3. ソフトウェア開発には3つの波がみられる。最初の波は1970年代のオフィスの効率化、第2の波は90年代のオープンアーキテクチャやインターネット。第3の波は今後10年くらいにおけるサービスであり、無線技術、IPネットワークの技術、RFIDなどの要素技術を組み合わせたサービスやクラウドコンピューティングというコンセプトにその萌芽がみられる。
    4. サービスの価値はサービスの提供元と提供先の関係によって決まる。従って、ディペンダビリティについても人間系や社会系のファクターまで含んだ評価指標が重要である。この評価指標のレベルに応じたサービスをつくりあげることのできる技術開発を行っていく必要がある。

    Jürgen MÖSSINGER氏

    1. 自動車のイノベーションはエレクトロニクスとソフトウェアによって支えられている。2003年時点で70%のイノベーションはこの両分野によるものであり、この比率は今後さらに上昇するとみられている。
    2. 一方で、製品機能の複雑化に対応したソフトウェアの複雑性の上昇にどのように対応するかという課題がある。複雑性への対応はまず複雑性を理解することが必要であり、その解決策としてはソフトウェアのリユースを「会社を超えた共有」であると考える。
    3. そのために世界の自動車関連会社150社で構成される AUTOSARの役割が重要である。AUTOSARにおいては3つの標準化、つまりアーキテクチャ分野、ソフトウェアの開発手法(ハードウェアによらない機能単位のソフトウェア開発)、アプリケーションソフトの相互接続性を進めている。
    4. 今後の課題としてはエンジニアの不足がある。ボッシュ社の母国ドイツの大学は良質のエンジニア教育で定評があるが、世界的なリクルーティングを行うとともにソフトウェアエンジニアの社内教育にも力を入れている。また、人材不足を解消するためにインドを中心としてオフショアリングも積極的に進めている。

    浜口友一氏・神山茂氏

    システム障害による社会生活や企業活動への影響が大きく、情報システムに対する高いディペンダビリティの実現が求められている中、解決策の1つとしてJISAがとりまとめた「信頼性向上のベストプラクティスを実現する管理指標調査※」について、指標の活用方法、活用による効果、今後の展望について具体例を交えながらの紹介があった。

    ※ ソフトウェア開発、保守、運用を定量的にシステマティックに管理するための指標を先進的な企業から収集、整理したもの。概要版:www.jisa.or.jp/report/2007/19-J009.pdf [PDF:154KB]

    広西光一氏

    情報システムのディペンダビリティ確保のためには、ベンダーの視点のみではなく、実際にシステムを使用するユーザーの視点も取り入れ、両者による共同作業が必要である。具体的な取り組みとして、開発におけるユーザーとベンダーの認識の齟齬を防ぐためにユーザー視点での設計書の記述方法やレビュー方法を検討する「発注者ビュー検討会」や、情報システムの開発の際に、機能をどの程度の速さで処理するか、どの程度の問題が起きても機能を継続して提供するか、などの非機能面に着目し、発注者要求の見える化に取り組む「非機能要求グレード検討会」等の紹介があった。また、ディペンダビリティ確保のための重要な軸として「ユーザーとの共通認識構築のためのIT業界の活動」および「業界標準を積極的に自社に取り込み実践することによる技術力の向上」の2点を挙げた。

    セッション3「ソフトウェア産業におけるイノベーション創出に向けて~日・欧・米の課題と政策」

    第3セッションは、政策的なインプリケーションについての議論を行うポリシーパネル・ディスカッションである。これまでの講演内容を受けて、各パネリストからさまざまな議題が提起され、質疑応答を含めた活発な意見交換が行われた。

    元橋一之氏

    1. ソフトウェア産業は、固定費が大きく変動費が小さいという特性があるが、最近ではCUSUMANO教授の講演にもあったようにサービスの割合が拡大している。サービスは労働集約的であり、従来のソフトウェアプロダクトとは違う経済原則で分析する必要がある。また、OS、ミドルウェア、アプリケーションなど、いくつかのレイヤーが相互に関係する構造、ネットワーク外部性が強いなど、分析を行う上で非常に複雑な経済モデルを必要とする。
    2. ソフトウェア産業に対する政策的な手法としては、R&Dや人材といった直接的なプロモーション政策と、イノベーションを促進するための環境整備に関する間接的な政策(framework conditionの整備)の2種類が考えられる。
    3. まず、直接的な政策としては、人材育成が重要である。演者の分析では、情報処理技術者試験の合格者比率とソフトウェア生産性については正の関係があることが分かっている。ただし、IPAのITSSやETSSといったスキル標準について、その内容の浸透度はまだ低く、広報活動の強化が必要である。
    4. 間接的な政策については知財制度が重要である。各国において1990年代からソフトウェアに対する特許が認められるようになり、独立系ソフトハウスのイノベーション促進効果があったことは間違いない。しかし一方で、ソフトウェアの新規性や進歩性の判断が難しいところがあり、特許の係争案件が増えているという点は無視できない。
    5. また、日米でソフトウェア産業の構造(米国:パッケージ中心、日本:受注中心)がかなり異なることが分かっている。本プロジェクトにおいて、国ごとの特徴を勘案した政策インプリケーションを導出することも検討すべきである。

    Arnaud LE HORS氏

    1. IT産業のイノベーションにおいて、企業や国境を超えた複数プレイヤーの協力の重要性が高まっている。このようなオープンイノベーションを進めていく上では、標準化やインターオペラビリティの確保が重要である。そのための政府の役割は大きい。
    2. ただし、政府は民間企業の公正な競争を促進する環境整備を行うことが重要であり、特定の企業や産業の保護やサポートを行うのは問題である。

    CIERCO JIMENEZ de PARGA氏

    1. スペインではAvanza計画によって、ブロードバンドの普及など国全体のIT化を強力に進めてきた。また、IT産業の振興については、CENATICという組織を中心に行っている。たとえば、全国にKnowledge Centerを設置して大学や地元の中小企業の協力関係を促進している。
    2. このようにソフトウェアイノベーションの振興を行っていくためには、国全体としての戦略を明確化し、それを実行していくことが必要である。

    Q&A

    会場からの質疑応答では、特に政策的な論点として「オープンイノベーションと特許制度の関係」、「ソフトウェアパテントの運用方針とイノベーションとの関係」、「ソフトウェアの政府調達がソフトウェア産業の振興やイノベーションに与える影響」、「環境や安全性に関する政府規制がソフトウェアイノベーションを阻害するということはないか」などいった問題が取り上げられ、活発な議論が行われた。

    本カンファレンスにより、ソフトウェア産業に対する分析はアカデミックなレベルでも発展途上の段階にあり、OECDやRIETIにおいて、これらの問題に対する分析を更に進めていくことが政策的な論点を解決していく上で重要であるという認識が共有された。


    当議事録で表明される見解は、OECDまたその加盟国の見解を反映するものではない。また、当議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものである。