RIETI政策シンポジウム

労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか(議事概要)

イベント概要

議事概要(速報版)

開会挨拶

RIETIは昨年初に「労働市場制度改革研究会」を組織し、ヨーロッパ等諸外国の経験を十分踏まえつつ、法学、経済学、経営学など多面的な立場から理論・実証的な研究、検討を行ってきた。その成果を世に問う場として、2008年4月4日、政策シンポジウム「労働市場制度改革―日本の働き方をいかに変えるか」を経団連会館(東京都)で開催した。労働市場制度全体を構成するさまざまな分野の相互関係に目配りし、縦割り的発想を越えた包括的な見地から、求められる労働市場制度、労働法制改革の視点、方向性について議論・提言が行われた。

はじめに、八代尚宏教授(国際基督教大学)は、労働市場における経済学無用論、労働市場悪化の構造改革犯人説、さらには、労使対立による労働分配率の低下といった俗説に反論した上で、高度成長期には機能していた子会社を通じた企業内移動という成功体験から脱却し、労働者の産業間移動による生産性上昇が重要と指摘した。多様な働き方が認められ、労働者が不満の表明だけではなく自由に移動ができる労働市場の形成を目指し、縦割りの労働法から労働保護の共通ルールに向けた包括的な労働法システムの必要性を強調した。

次に、諏訪康雄教授(法政大学)は、労働法の市場機能への向き合い方が99年にポジティブリスト型からネガティブリスト型に大きく転換したが、法における「慣性」の法則が働き、関連する諸制度、主体、行動様式は一気に変わらないことを強調した。その中で、法学者が個別的な正義(現実の問題解決)、から一般的な正義(より妥当な制度設計・立法論)に向かうか、また、経済学者も主流派の市場認識ではなく制度派経済学的な見方ができるかで実りある法学と経済学の対話ができるかが決まるとの見方を示した。

二氏の招待講演を受け、鶴光太郎(RIETI上席研究員)は本シンポジウム全体の鳥瞰図を示すため、市場の機能を土台から支える制度の役割を強調する比較制度分析の立場から日本の労働市場制度改革の5つの視点を提示した。具体的には、(1)「インサイダー重視型」から「マクロ配慮型」へ、(2)「他律同質型」から「自律多様型」へ、(3)「一律規制型」から「分権型」へ、(4)「弱者」から「エンパワー化された個人」へ、(5)「縦割り型」から「横断型」へ、といった新たな方向に向けた労働市場制度改革の必要性を強調した。

雇用の多様化の中での格差、差別問題に焦点を当てた第1部では、まず、川口大司准教授(RIETIファカルティフェロー/一橋大学)が男女間賃金格差について、「企業活動基本調査」のパネルデータを使い、女性の生産性は男性の生産性の約45%であり、女性の相対賃金は約30%であることを報告し、男女間賃金格差は必ずしも生産性格差だけでは説明できないことを強調した。

次に、小嶌典明教授(大阪大学)は、過去10年の規制改革の現場を振り返り、特に、請負・派遣の指揮命令や有期社員の正社員化などを例に取りながら、企業ができないことまで一律に押し付けられているのはないかという問題提起を行い、一律適用ではなく緩衝材・潤滑油としての適用除外を認めるべきと強調した。

森戸英幸教授(上智大学)は、年齢差別に焦点を当て、年齢にかかわりなく働けることを目指すエイジフリーの法政策の問題点を指摘し、欧米に比べ人権保障アプローチを前提とする議論が不十分であること、また、募集・採用時の年齢制限については、理由説明義務を中心に据え、年齢制限を課している理由を企業自身に見つけさせるべきと強調した。

解雇規制や長時間労働など正社員にまつわる問題を経済学的な視点から議論する第2部では、まず、大竹文雄教授(大阪大学)が、長時間労働を促す要因について仕事の中毒の影響を強調した上で、アンケート調査を利用した実証分析を報告した。特に、男性については、過去長時間労働を行った人は継続しやすい、また、後回し行動をしやすい人ほど(勤務時間はさぼって残業するため)、長時間労働になりやすいことを示し、定時に仕事を終わらせる強制的なメカニズムが必要と指摘した。

次に、奥平寛子氏(大阪大学/日本学術振興会)は、日本の整理解雇規制の企業の生産性に与える影響に着目し、「企業活動基本調査」のパネルデータを使った分析を報告した。整理解雇無効判決の蓄積が相対的に多い都道府県で主に活動する企業ほど全要素生産性や労働生産性の伸びが有意に低いことを示し、雇用保護は労働市場に止まらず、企業の生産性を通じて経済全体に影響を与え得ることを強調した。

労使コミュニケーションの円滑化を目指して

労使間のコミュニケーションの円滑化のための労働市場制度改革に焦点を当てた第3部では、まず、水町勇一郎准教授(東京大学)が、ヨーロッパの手続き規制理論、アメリカの構造的アプローチといった新たな法理論に共通する視点に基づき、法規制の複雑化、マニュアル化で法と実態が乖離し、機能不全に陥っている日本の労働法に対し、多様な労働者の意見を反映できる分権的なコミュニケーションの基盤構築および当事者による集団的コミュニケーションを重視する事後的な規制への移行の重要性を指摘した。

神林龍准教授(一橋大学)は、90年代以降、整理解雇が増加する中でむしろ集団的な労働争議は減少する一方、個人単独で訴訟する紛争の個別化傾向を示した。そうした動きは近年の個別紛争処理窓口や労働審判制度の登場によっても強まり、苦情処理の役割を担っていた労使コミュニケーションの意味合いが相対的に変化している可能性を指摘した。

法制度や経済全体から企業内へ視点を移し、望ましい制度設計を考える第4部では、まず、守島基博教授(一橋大学)は、成果主義や非正規雇用の増加により企業内での公正性への関心が高まる中、手続きの公正性(分配の意思決定に使う仕組みの公正さ)が着目されることを指摘した。JILPT調査を使い、手続きの公正性が担保されるような労使協議の常設機関設置や苦情処理制度が企業の売り上げを伸ばし、評価結果の本人への開示が労働者の納得感向上に繋がっていることを示した。

次に、島田陽一教授(早稲田大学)は、企業のあり方が変容し、様々な局面で市場的な要素が取り入れられるようになると労働法学も企業と労働市場の有機的関連を意識した理論の構築が必要との問題意識を示した。その上で、日本型雇用慣行・企業社会に変わる社会イメージの国民的合意形成が必要なこと、企業から退出した労働者に対し他の企業への就職が容易になるような多様な支援措置を充実させるような労働市場の整備を強調した。

法学者と経済学者の更なる対話に向けて

最後に樋口美雄教授(慶応大学)がシンポジウム全体への総括コメントを行った。労働法学者と労働経済学者の議論は10年ほど前にはまったくかみあっていなかったがだいぶかみ合うようになってきたという印象を述べ、シンポジウムの取り組みを高く評価した。労働市場制度改革は国民意識・倫理・慣習・組織・法律からなる市場インフラを整備することで、労働市場の質を高めることであり、その実現に当たっては改革プロセスにおける摩擦、慣性といった動学的視点の必要性を強調した。また、労使主体の対話・交渉による解決ともに法律による最低限の雇用条件強制や目標値を設定した事後的チェックも重要であり、両者をうまく使い分けるべきと指摘した。