RIETI政策シンポジウム

技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~

イベント概要

  • 日時:2007年11月19日(月) 13:00~18:00
  • 会場:京都大学百周年時計台記念館 百周年記念ホール (京都大学 吉田キャンパス本部構内)
  • 主催:京都大学経済研究所付属先端政策分析研究センター )、独立行政法人経済産業研究所
  • 後援:近畿経済産業局、京都府、滋賀県、京都市
  • 2007年11月19日(月)13:00~18:10
    京都大学経済研究所と独立行政法人経済産業研究所(以下「RIETI」)は、京都大学百周年時計台記念館百周年記念ホール(京都市)において、先端政策公開シンポジウム「技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~」を開催した。本シンポジウムでは、京都府南部から滋賀県南部にかけての「京滋地域」の製品開発型中小企業に注目し、これらの企業と大学、大企業との連携を図りつつ、地域のイノベーションシステムとして産業クラスターの発展を促すための方策を検討した。また、本シンポジウムは、地域の行政関係機関との議論を踏まえるなど地域との協力関係の下に準備を進め、経済産業省近畿経済産業局、京都府、滋賀県、京都市の後援を受けて開催した。参加者数234人(関係者を含め268人)

    発端となった調査

    本シンポジウムの発端は、RIETIと京都大学の共同研究「産業クラスターに関する研究」の一環として、京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センター(担当:児玉俊洋研究室)が、京都府南部から滋賀県南部にかけての「京滋地域」の機械金属系製造業を対象として実施した調査にある(参照:配付資料1「京滋地域企業の技術革新力に関する調査結果エグゼクティヴサマリー」 )。この調査では、技術革新力があると期待できる企業類型として、設計能力と自社製品の売上げに注目して「製品開発型中小企業」を定義し、同地域には、製品開発型中小企業が多数存在し、産業クラスター形成の担い手として期待できることを確認した。その分析結果は、児玉・齋藤・川本(2007)「京滋地域の製品開発型中小企業と産業クラスター形成状況」 (RIETI Discussion Paper Series 07-J-009)としてとりまとめた。その後、京滋地域の行政および産業支援機関、経済団体、学内の産学連携部局などと開催した「京滋地域産業クラスター研究会」(参照:配付資料2「京滋地域産業クラスター研究会について」 )での検討も踏まえ、本シンポジウムを開催した。

    シンポジウム主要論点概要

    開会挨拶

    はじめに、松本紘氏(京都大学理事・副学長・産官学連携本部長)は、京都大学経済研究所が、評価の高い実績を挙げてきた理論経済や計量経済学だけでなく、実社会の要請に即応した政策研究を強化するため2005年に5府省から任期付き教員を招いて先端政策分析研究センターを設け、本年度は10月以降その成果を普及するためのシンポジウム等を開催していること、本日のシンポジウムは、同センターが京滋地域の企業を調査した結果に基づき、産学連携や産業クラスター形成を通じた地域のイノベーション推進に資するため開催したこと、地域のイノベーションについては京都大学も重要な担い手であること、京都大学の産学連携体制について、2007年7月、産官学連携推進本部を設けることによって外部からわかりやすくしたことなどを紹介し、本日お集まりの産官学の関係者によって、活発な議論が行われ、新たな地域連携の形成に資することを期待する旨を述べた。

    次に、及川耕造氏(RIETI理事長)は、RIETIは2001年に日本で最初の非公務員型の独立行政法人として発足した社会科学系の政府の研究所であること、政策当局では発想できないような中長期的な課題に関する斬新な研究や新しい政策の導入への理論的分析的基礎を提供してきたことを紹介するとともに、東京以外でのシンポジウム開催の機会がほとんどなかったところ、2007年5月に京都大学経済研究所出身の藤田昌久教授をRIETI所長に迎え、京都大学経済研究所と研究交流協定を締結し、本日、京都で共同研究の成果を報告することができたことについて感謝し、また、本日、児玉氏がRIETIと京都大学経済研究所で行ってきたクラスター研究の成果を基にさまざまな行政機関等のお力も借りて京滋地域のクラスター形成のあり方について活発な議論が行われることを期待するとともに、開催に至るまでの京都大学をはじめ京都府、滋賀県、京都市等々多くの関係機関のご尽力に感謝する旨述べた。

    松重和美氏による講演

    「地域イノベーション創出における大学の役割」
    松重和美氏(京都大学副学長・産官学連携本部副本部長、京都ナノテククラスター研究統括)は、地域イノベーション創出や広域連携において大学が中心的な役割を果たすことを指摘した。

    1. 大学の先進技術を活用する京都ナノテククラスター
    京都は歴史、文化だけでなく、産業のまちであり、大学が役割を果たすことによって、5th Avenue(五条通)を中心としてベンチャーのまちになりうる。知的クラスター事業として推進している京都ナノテククラスターは、現在、シーズの事業化が課題であるが、この課題をクリアすれば、京都大学をはじめとする大学の先進技術の応用によりハイテクベンチャーや新規事業が次々と出てくるというクラスターが目指すものが実現できる。

    2. 広域連携に果たす大学の役割
    広域連携という観点からも、産業界にそのゆとりはなく、自治体はそれぞれの事情があり相互の調整が難しいので、大学の果たす役割が大きい。具体例として、京都大学が奈良先端大学院大学、北陸先端大学院大学と推進している京都・先端ナノテク総合支援ネットワークがある。

    3. 大学と連携する中小企業のキーワード
    京都大学は過去15年産学連携に取り組んでおり、2007年7月本部・センター体制に再編した。その中で、中小企業との連携については、非常に多くの中小企業の中で、大学と連携できる力のある中小企業と連携していきたいと考えており、その際のキーワードは開発型の中小企業である。他大学との連携も含めた中小企業との連携の具体例として、ビールの開発があげられる。

    4. 京都大学が参加している地域活性化プロジェクト
    地域活性化との関係では、桂イノベーションパークの建設、京都Neo西山文化の創成、竹材の有効活用、電気自動車プロジェクトなど、京都らしい文化や環境保護の視点も踏まえたプロジェクトを推進しており、これらにおいても大学が大きな役割を果たしている。

    5. 京都大学が推進する国際的な産学連携
    中国清華大学との連携や日中環境ミッションの派遣など、国際的な産学連携も推進している。中小企業が現地の信頼のおけるビジネスパートナーを見出す上でも、大学が重要な役割を果たしている。

    古瀬利博氏による講演

    「産業クラスター計画と地域イノベーション創出」
    古瀬利博氏(経済産業省地域経済産業グループ地域技術課長・産業クラスター計画推進室長、RIETIコンサルティングフェロー)は、2001年度から推進している「産業クラスター計画」と2008年度新政策として予算要求中の「地域イノベーション協創プログラム」について紹介した。

    1. 産業クラスター計画
    地域に存在するさまざまな大学や技術を持った中小企業の知の資源を活かすことが地域イノベーションの鍵であり、産業クラスター計画は、産学官の関係者がネットワークを形成してこれら地域の知的資源を新産業、新事業創出に活かすことを支援している。

    2. 第I期ではネットワークの形成・拡大を推進
    産業クラスター計画の第I期においては、1万700の企業と2450の支援機関・研究開発機関・金融機関が参加するなど、ネットワークの形成・拡大を推進してきた。モニター調査による産業クラスター計画参加企業の業績は、全国平均を上回っている。

    3. 第II期は事業化と自立化を目指す
    第II期においては、事業化・自立化の方向を目標としており、そのため、特に事業化支援については、地域内だけではなく、地域間、国際間でお互いの強みを活かしていく方向で進めている。

    4. 具体的な事業化支援の仕組み
    具体的な事業化支援の仕組みとしては、関西、東海、TAMA(技術先進首都圏地域)において、産業クラスター計画に参加する中小企業の技術と大手企業とのマッチングを図る事業が開始されている。国際展開や業種の垣根を超えた連携事例もある。

    5. 地域イノベーション協創プログラム
    2008年度については、研究機関の設備、専門人材、TLO等の知的財産活用機能を含めた研究開発資源の相互有効活用を支援するため、地域イノベーション協創プログラムについて予算要求中である。

    児玉俊洋氏による報告

    「京滋地域の製品開発型中小企業~調査結果報告と提言~」
    児玉俊洋氏(京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センター教授)は、京滋地域を対象として行ったアンケート調査およびヒアリング調査の結果から、以下の報告を行った。

    1. 異なる技術・知識の連携を重視するクラスター政策
    わが国のクラスター政策が追求するクラスターとは、産業集積の構成主体間に、単なる生産分業ネットワークではなく、新技術、新製品、新事業を生み出す産学連携、企業間連携からなるネットワークが発達した状態であると定義できる。これは、ポーターのクラスター理論における特定産業分野の生産分業ネットワーク的な定義とは異なる。

    2. クラスター形成の担い手として期待される「製品開発型中小企業」
    そのようなクラスターの構成主体として、技術革新の担い手となる中小企業が不可欠である。そのような中小企業としては、大学や他企業など外部との連携を活用できる技術吸収力(absorptive capacity)がキーワードである。研究開発をしているかどうかだけでは、市場化まで含めた真の技術革新力があるかどうかわからないので、設計能力と自社製品の売り上げに注目して、「製品開発型中小企業」を定義(ただし、製造業において)した。

    3. 技術革新力、技術吸収力に優れた製品開発型中小企業
    アンケート調査では371社の回答企業(回答率17%)の中から184社の製品開発型中小企業が確認され、光学、計測・分析・測定、電子部品、材料など先端技術分野の要素技術をコア技術として持っている企業が多いことが確認された。これらの企業は、積極的な研究開発を行い、特許出願件数、新製品件数、工程・加工法の新技術件数で見て高い成果を挙げ、また、産学連携や企業間連携への積極性とそれらを有効活用できる力(すなわち、技術吸収力)があることも確認できる。

    4. 基盤技術型中小企業も地域のイノベーションシステムにおいて不可欠の存在
    一方、非製品型中小企業の大部分を占める基盤技術型中小企業は、産学連携や開発目的の企業間連携の直接の担い手とはなりにくいが、製品開発型中小企業の製造基盤を支えるなど、地域のイノベーションシステムにおいて、これらも不可欠の存在である。

    5. 製品開発型中小企業の存在は京滋地域の強み
    製品開発型中小企業の存立には、大企業の企画・開発部門との近接性など、一定の存立条件が存在し、全国どこにでも多数存在しているわけではない。京滋地域では、研究開発指向性の高い大企業の存在、早い時期からの創業支援環境の整備などが、製品開発型中小企業の存立に有利に作用していた可能性がある。このため、製品開発型中小企業が多数存在することは、京滋地域の強みであるといえる。

    6. 大企業との連携の可能性
    製品開発型中小企業がグローバル市場を把握する大企業の製品開発の連携先となることによって、わが国のイノベーションシステムが強化されるが、大企業の側では、国内の技術力のある中小企業の連携先としての位置付けは低い。このため、大企業の開発ニーズとのマッチングを促進する取り組みが必要である。

    7. 高まる産学連携ニーズと連携先を探すことの難しさ
    製品開発型中小企業が、コア技術を新たな分野に応用展開するに伴い、新たな技術課題に遭遇することが多く、大学等の研究機関と連携するニーズは高い。しかし、製品開発型中小企業であっても、自力で連携先の大学を探すことは難しく、このため、効果的な産学連携の仕組みを形成することが重要である。また、産学連携の推進にとって、人材の不足が大きな障害となっている。

    8. クラスター形成への製品開発型中小企業の参画を促すための提言
    今後、産学連携やクラスター政策の推進に当たって、製品開発型中小企業に重点的に参加を呼びかけることが有効である。これら製品開発型中小企業の産学連携、企業間連携を通じた技術革新ポテンシャルを活かすため、京滋地域の行政等の支援機関からの支援の下、意欲と能力のある企業等の主体が参画し、大手企業の開発ニーズとのマッチングや大学との連携仲介、技術革新的な中小企業としての情報発信などを行う、横断的な連携推進の仕組みを形成することが効果的である。

    パネルディスカッションI

    京滋地域の製品開発型中小企業

    1. パネリスト4社の主力製品
    パネルディスカッションIでは、児玉俊洋コーディネータのもと、実際に製品開発型中小企業4社の代表者が登場した。トキワ精機株式会社(代表取締役社長池内要一氏)は、ガラス加工を中心とする自動化・省力化設備を開発・製造しており、近年は、液晶パネル用のガラス板、特に、液晶バックライトの製造装置を開発製造している。株式会社ダイテックス(代表取締役川野美好氏)は、上下刃型方式による半導体実装基板分割システムを開発・製造しており、近年は、液晶バックライト等に使用される光学系プラスティックフィルムの分割装置を開発・製造している。株式会社I.S.T(取締役CEO阪根信一氏)は、機能性材料を開発・製造し、主として航空宇宙、OA機器、メディカルバイオサイエンス、機能性繊維・伝統繊維、FPC等電子機器の5分野に進出している。株式会社レーザーソリューションズ(代表取締役社長法貴哲夫氏)は、シリコンより数段硬質で、青色LEDに使用されるサファイア基板を加工できるレーザー微細加工装置、および、MEMSに応用できるマイクロ光造形装置を開発・製造している。

    2. 大手企業の開発ニーズを把握する秘訣
    これら4社は、2001年度以降、年率10% から20% で売上高を伸ばしている高成長企業である。その成長要因として、大手ユーザー企業の開発ニーズをうまくとらえて新製品を市場化していることが挙げられる。大手企業の開発ニーズを把握する秘訣としては、機密保持契約のほかに、一業種一顧客の方針による顧客企業との信頼関係の形成(池内氏、阪根氏)、コア技術についての積極的な情報発信(川野氏)、大手メーカーの開発段階における協力(川野氏)、社長の人脈(川野氏)、5年から10年先を見越しての先端的な技術シーズの開発(阪根氏)、当該分野ナンバーワン企業への売り込み(阪根氏、法貴氏、池内氏)、学会や大学の先輩・後輩等の人的関係(法貴氏)、検索しやすい社名にする(法貴氏)などが挙げられた。これらの企業は、大企業にとって加工外注先としてのものづくりの基盤ではなく、イノベーションの基盤を提供するパートナーとして機能している。

    3. 産学連携の意義と課題
    大学との連携については、研究開発の基礎部分について産学連携は不可欠(阪根氏)、理論的背景を確立するため有効(法貴氏)、新たな商材を扱うに際して大学との連携から知見を得たい(川野氏)などニーズは強いが、技術的に力のある製品開発型中小企業であっても連携先を探すことは容易でなく、大学の敷居の高さを感じる(川野氏)、どこを訪問したらよいかわからない、お互いに忙しい中でどうやって連携したらよいのか(法貴氏)との指摘もあった。その中で、自社の開発テーマに関連した論文・特許の読破(阪根氏)、学会等の人的関係(法貴氏)等によって、連携先の大学を自力で見つけている企業もある。また、産学連携の成功のためには、自社に必要な技術は何かについて詳細を明確にし、大学が協力できる技術の詳細とマッチングする必要がある(池内氏)との指摘もなされた。

    4. 京滋地域内の連携環境
    京滋地域は連携先の大学や研究機関に恵まれている(阪根氏)が、京滋地域内の大学等のサーチ環境が整備されればより効率的な産学連携が可能になる(法貴氏)などの指摘があった。また、研究機関との連携ニーズとして、検査装置、測定装置の利用があり、この観点から、滋賀県工業技術総合センターを活用している(池内氏、阪根氏)。さらに、京滋地域内の公設試研究機関の設備機器を充実させてほしい(阪根氏)との指摘があった。企業間連携としては、自社(京都所在)の装置を活用して量産加工を行う滋賀県の企業と連携している(川野氏)例がある。

    5. 技術人材の不足
    機械設計には優秀な人材が多数必要だが中小企業であるために良い人材が集まらない(池内氏)、人材不足が大学や公的研究機関との連携にも障害になっている(法貴氏)など、しっかりした技術があり業績も好調な製品開発型中小企業であっても、人材不足、特に技術人材の不足に悩んでいる場合が多いことが示された。

    6. その他の政策課題
    その他の政策課題としては、研究開発費の負担が大きいので研究開発費の助成制度は開発スピードの上昇に効果的(阪根氏)、技術者中心で人数の少ない中小企業にとっては市場調査が難点(法貴氏)といった課題が指摘された。

    パネルディスカッションII

    製品開発型中小企業が参画する地域イノベーションシステムの展望

    以上に見た製品開発型中小企業の状況を踏まえ、市原達朗氏(京都ナノテククラスター事業総括、京都試作センター株式会社代表取締役社長)をコーディネータとして、京滋地域の行政および大学を含む公的立場の有識者が、行政および大学の対応について議論を行った。

    <各パネリストの冒頭コメント>

    1. 海外のクラスターと比べての京滋地域の強みと弱み
    尾沢潤一氏(経済産業省近畿経済産業局地域経済部長)は、シリコンバレー、ドルトムント、ソフィアアンティポリス等海外の主要クラスターの成功要因を踏まえると、京滋地域は、起業家精神に富んだ人材が豊富なこと、歴史・文化・憧れの街として地域の魅力にあふれていることなどの強みがある反面、危機感が不足しているなどの弱みがあることなどを指摘した。また、大学のポスドク人材の企業における活用や人材交流促進の必要性を指摘した。

    2. 京都市の苦境を乗り切るためのスーパーテクノシティ構想
    白須正氏(財団法人京都高度技術研究所(ASTEM)専務理事、京都市産業観光局理事)は、京都には世界で活躍する優良企業が多く、京都経済のイメージは全国から見ても高いと思うが、過去15 年間に京都市の製造業事業所数が半分以下になるなど実態は厳しい状態にあり、こうした中で、京都市とASTEM は、平成14 年度に作成した京都市スーパーテクノシティ構想に基づき、産学連携を基軸として新産業振興、新事業創出のための諸施策を展開していると紹介した。

    3. 滋賀県のポテンシャルと京滋地域連携の可能性
    中村吉紀氏(滋賀県工業技術総合センター所長、滋賀県商工労働観光部技監)は、滋賀県は製造業への特化、人口増加(特に南部)、交通の要衝、大学の立地と産学官連携部門等の整備、民間研究所の立地(特に南部)などポテンシャルが高く、滋賀県工業技術総合センターも機器利用や共同研究をはじめとする実績を挙げていることを紹介するとともに、京滋地域としてのまとまりを指摘し、京滋地域など広域における企業レベルでの交流進展への期待を表明した。

    4. 産学連携における大学側の体制
    牧野圭祐氏(京都大学産官学連携センター長)は、京都大学は、産官学連携本部と産官学連携センターを設け、産学連携の体制をわかりやすくしたことを紹介するとともに、産学連携に係る大学側の課題として、学内の特許が膨大な件数となっており、今後はマーケティングによる選別が必要なこと、また、地域企業との連携が要請される一方で、政府の振興調整費などによる大型プロジェクトの推進や、大学の世界ランキング(京都大学は現在25位)を維持するために注力する必要もあり、個別企業との共同研究についてはドライにやらざるを得なくなっているとの指摘を行った。

    5. 参加しやすいプラットフォームとチャレンジしやすいストーリー
    山下晃正氏(京都府商工部長)は、京都府の課題は、1 つは、産学連携やクラスターに未参加の企業が参加しやすいプラットフォームを形成すること、2つめは、企業がおもしろがって参加しチャレンジするようなストーリーや仕掛けを作ることであり、京都府は、プラットフォームについては、京都試作産業プラットフォームや伝統産業共同バンク、企業がチャレンジしやすいストーリーとして、京都太秦フェスティバルなどによる京都映画等産業集積や一条妖怪ストリートなどの取り組みを行ってきたことを紹介した。

    <質疑応答>

    フロアから回収した質問票を踏まえた質問が行われ、パネリストからこれらに対する応答があった。

    1. リエゾンの活用
    「行政が関与することで大企業に横取りされることのない形で中小企業がデータを公開し、連携先を探せる仕組みができないか」との質問に対して、大学との連携については、大学の産学連携窓口のほか、公設試験研究機関や(財)京都高度技術研究所、(財)京都府産業21などの公的産業支援機関をリエゾンとして活用してほしい(牧野氏、白須氏)、ただし、大学の先生の話を理解できるところまで企業側の準備が必要である(牧野氏)との指摘があった。また、大企業との連携については、中小企業の多くが連携を通じて情報やノウハウが流出することを恐れているので、すでにそのような仕組みはある程度存在するが、知財やノウハウをきちんと管理しながら連携先を探せることが重要である(白須氏)との指摘があった。

    2. 地域での機器の共同利用の促進
    「中小企業が試験用に利用できる機器について、地域内の公設試や大学の機器を一括して公開できないか」との質問に対して、各大学が企業に提供できる装置類をリストアップしてネットワークで申し込んで使える仕組みが始まっている(牧野氏)、地域内の公設試の機器がホームページで検索して利用可能であるとの紹介があるとともに、十分な機器をそろえられるよう予算面での対応が望まれる(中村氏)旨の指摘があった。また、行政としての支援は可能であるが、どのような機器に最大多数のニーズがあるのか中小企業のニーズ調査を行いたい(尾沢氏)との表明もあった。

    3. 人材育成
    「起業家人材および技術人材の育成」について、起業家人材の育成に関しては、大学の授業で取り入れるようになったので聴講生を含めて活用いただきたい(牧野氏)との紹介があるとともに、育成よりも起業家の素質のある人を見出すことが重要である(山下氏)、欧米に比べると日本では資金面を含めたインキュベーションの一貫した体制が不足しているので、行政の対応、社会的な構造の見直しが必要である(牧野氏)、京都に見られるように周りの人が支えていく地域での仕組みが必要である(尾沢氏)との指摘があった。技術人材の育成については、たとえば人材育成のためには平日でも人を出すような覚悟が必要であるなど、経営者と大学の間で、本当のニーズに対応できる仕組みの工夫が必要である(山下氏)との指摘があった。

    4. ポジティブな変化
    最後にコーディネータの市原氏より、「中小企業やベンチャーが作ったものを日本の大企業が本気で使うための仕組みを行政が作るなどポジティブな動きも出始めている。大学と中小企業との関係は、大学としてもサイエンスのために現場の課題やデータが必要なので、従来よりも対等な関係でのつきあいができる時世になってきた。京都がその意味でも先鞭をつけられる地域になればよいと思う」との総括があった。

    閉会挨拶

    西村和雄氏(京都大学経済研究所長)より、京都大学経済研究所は、創立以来、経済理論研究を中心として、分野・出身大学に限らず国際的に業績を挙げている人を採用し、国際的に学術的評価の高い実績を挙げてきたが、実社会の課題に対応する試みとしても、数理解析研究所と共同での数理ファイナンス研究、および、教育経済学研究を行っており、2005年からは先端政策分析研究センターを設置して実践的な課題に対応した政策研究を行っており、本シンポジウムはその一環としてRIETIと共同で開催したものである旨、あらためて紹介があった。本日は多数の方にお集まりいただいた有意義なシンポジウムであり、これがきっかけとなって、京都大学経済研究所が地域のイノベーション創出の取り組みにささやかでも貢献し続けることができればとの思いであること、また、理論および応用経済学の研究に今後ともご支援を願いたい旨を述べて閉会の挨拶とした。

    総括と今後の課題

    1. 総括
    本シンポジウムでは、京滋地域の調査で明らかになった「技術革新力に優れた製品開発型中小企業」の存在を示すことができた。また、参加者アンケートの集計結果においてもパネルディスカッションIへの関心度が高く、実際の製品開発型中小企業4社がパネリストとして参加したことは効果的であった。パネリスト企業は、いずれも基本的には大企業の開発ニーズを的確に把握して、新製品の開発と市場化に成功している企業である。また、古瀬氏の講演で紹介されたように、産業クラスター計画のいくつかのプロジェクトにおいても、中小企業の技術を大企業の開発ニーズにマッチングさせる事業がスタートしている。これらのことから、パネルディスカッションIIで市原氏が指摘したように、大企業が国内の中小企業が開発した製品を活用する動きや、それを行政が後押しする動きが少しずつ出始めていることが感じられた。これら製品開発型中小企業は、専門分野のコア技術を新市場分野に応用展開する過程で新たな技術課題に遭遇し、あるいは、将来必要と予測される基礎技術の開発を目指している。そのような技術課題の解決や基礎技術の開発、あるいは、製品機能の理論的背景のバックアップのため、大学、研究機関との連携ニーズを持っている企業が多い。すなわち、産学連携を通じた技術革新ポテンシャルを持っている企業が多いと言える。しかし、一部の企業を除いては、自力で連携先の大学を探すことは困難である場合が多い。これに関して、パネルディスカッションIIにおいては、大学の産学連携窓口などのリエゾン機能を活用することが推奨された。このことは、松重氏の講演において強調された地域における大学の役割の1つでもある。今後、リエゾン機能の活用により、産学連携が進展することが期待される。

    2. 今後の課題:技術人材の確保
    しかし、その先の問題点として、中小企業における技術人材の不足が障害となる可能性が高い。牧野氏が指摘した中小企業が大学の産学連携窓口に相談に行った場合に大学の先生の話を理解できるところまで企業側が準備するためには、結局は当該技術分野に精通した人材が必要であるからである。パネルディスカッションIIでも人材がテーマの1つとなったが、山下氏の示唆にもあるように、人材育成もさることながらそれと並んで人材確保が重要な課題である。アンケート調査の結果およびヒアリング調査においても、技術があり業績のよい製品開発型中小企業であっても、大学生の大企業指向などから、技術人材の採用に困難をきたしている場合が多い。技術人材の不足は、産学連携の推進、大企業との連携の推進においても大きな障害となっている。この問題の解決の糸口として、尾沢氏からポスドク人材の活用や人材の交流が必要との指摘があった。フロアから回収した質問にも、大学から中小企業への人材派遣を要望する声があった。今後、京滋地域で、製品開発型中小企業などで意欲と能力のある中小企業を核とした産学連携、企業間連携の進展を図るためには、大学との協力で人材確保策を検討すること、また、技術革新的な中小企業から人材確保に資するような効果的な情報発信の方策を検討することが、具体的に重要なテーマとなりうる。