METI-RIETI-AIST-NEDO共催 特別講演会・シンポジウム

産学官連携による研究開発のイノベーション~米国ロスアラモス国立研究所の事例を中心に~

イベント概要

  • 日時:9月13日(水)10:00~12:30
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (千代田区霞が関3-2-5 霞ヶ関ビル33階)
  • パネルディスカッション

    パネリストコメント

    安藤晴彦氏(経済産業省資源エネルギー庁燃料電池推進室長・新エネルギー対策課長)

    本日のパネリストは、東京大学先端科学技術研究センター所長 橋本和仁様、主催団体の1つでもある経済産業研究所の吉冨勝所長、同じく主催団体の1つである産業技術総合研究所ナノテクノロジー部門長 横山浩様、シャープ常務取締役ソーラーシステム事業本部長 富田孝司様です。まず、4人のパネリストにそれぞれコメントをいただきます。

    橋本和仁氏(東京大学先端科学技術研究センター所長)

    私が今日お話したいのは、イノベーション、中でもtechnology based innovation におけるアカデミア、特に大学の役割、それから産学連携の役割ということです。

    2つのポイントがあげられます。1つは、アカデミア等で得られた研究結果をどのようにイノベーションにつなげるかという課題。2つ目は、そのときの産学連携の役割です。

    私自身は、今も現役の研究者と自分で思っています。これまでいろいろな研究を行い、さまざまなプロジェクトや共同研究に携わってきましたので、自分の経験に基づいてお話ししたいと思います。

    まず、ベーシック・サイエンスの研究成果がアプリケーションの研究につながり、それが産業化されるとよくいわれますが、これは私たちの経験から言うと明らかに間違いです。すなわち、新しい発見、発明はベーシック・リサーチから得ることが多いわけですが、それがアプライド・リサーチ(応用研究)に発展したとしても、そのままうまく展開することは極めてまれであり、実際は、実用化は無理ということがわかるのが殆どです。

    大切なのはここであきらめずに、またベーシック・リサーチのレベルに戻すということです。しかも、このようなアプリケーション・リサーチとベーシック・リサーチの間の行き来は何度も行われるのが普通で、この行ったり来たり繰り返す中で、発見・発明が新たに出てくる。これらを積み重ねていくことによってはじめて最初の基礎研究成果が産業化につながるのです。

    のとおり、リサーチの軸とマーケットの軸は一般的にほとんど直交しているため、我々研究者にとって両者は関係性のない行動になります。しかし、ここを行ったり来たりすることによって本当の成果につながるのです。このことが意味するのは、リサーチだけでイノベーションにつながるわけではなく、いかにマーケティングとリサーチをうまくつなげるかがキーポイントだということです。私は企業の方ともおつきあいがありますが、企業のサイエンティストや研究者の方も意外とこの点が弱いというのが実感です。

    また、ここで重要なのは、単に大学と企業の人材が連携すれば良いというのではなく、企業と大学の優秀な人材が連携する必要があるということです。

    私自身は、光触媒という分野で研究してきましたが、企業とのコラボレーションの中で色々な発見がありました。「マーケットとのコミュニケーション」という言い方をしますが、これが新しいベーシック・サイエンスを生み出すということをつくづく感じています。そのような場として産学連携というのは非常に有効だと思います。

    すなわちtechnology based innovation において産学連携の場というのは、まさにマーケットとリサーチのコラボレーションの場として有効に働くと考えています。産学連携の場をベーシック・サイエンス、応用研究、製品開発、マーケティングといった担当者が集まる場として使い、その結果新しい研究成果がイノベーションにつながっていくのではないでしょうか。こういった交流の場が「情報交換と知識創造におけるハブ」として働くということも、ぜひ強調したいと思います。

    産学連携が新たな知識を生むと申し上げましたが、単に成果を育てるだけではなくリサーチの芽を育てるという位置づけもあります。ベーシック・サイエンスでは種をたくさんまかなければなりませんが、その中で出てくる芽はたくさんあっても、本当にイノベーションに繋がるような意味のある芽というのは限られています。重要なのは、そのような価値の高い芽をどうやって探すか。その探す場として、さらに探し育てる場として産学連携の場が重要だと思います。

    さらにもう一点大切なこととして、私の経験からいって、こういうプロセスの中で大学も産業界も次を担う人材が育つ可能性が高いということです。すなわち、産学連携の場は単にテクノロジーを育てるだけではなく、新しい種を見つけ、新しい人材を育てる場として活用すべきです。

    現在行われている産学連携が本当にこういう場として使われているかというと、必ずしもそうではなく、研究成果を移転する、あるいは知財を移転するといった場として使われることが多く、その役割が強調されすぎているのではないかと私は思っています。産学連携の本質的に重要な役割は、研究も人材も育てるということだと思います。

    私が責任者をしております東大先端研においては、今申し上げたような、研究の種を育て、人材を育てる、そういう新たなタイプの産学連携を目指して新日本石油とエネルギー関係の、富士電機システムズと環境関係の組織間連携をそれぞれ開始したところです。現在、両者とも大変うまく行きつつあると思っています。

    最後に1つ問題提起をしたいと思います。研究分野における協力の問題です。イノベーションを導くための科学的知識を共有し、刺激し合うことは、特に地球的な視点で問題を解決しなければならないエネルギーや環境分野では大変大切なことと思います。しかし、一方で税金を使った研究の成果は日本のためだけに使わなければならないという議論もあります。持続可能な21世紀を、世界の中の日本としてどう貢献していくのか、大変大きな課題と思います。

    安藤晴彦氏

    産学連携という相互交流の「場」で、新しい技術の「種」を見つけ、芽を育て、太い幹にしていく、さらにその過程で、技術とともに人も育てることが重要だ、というお話でした。

    次は、経済産業研究所の吉冨所長からお話しいただきます。吉冨所長は皆さんご存知のとおり、霞ヶ関を代表するエコノミストです。

    吉冨勝(経済産業研究所(以下RIETI) 所長)

    1人のエコノミストから見た、日本の産学官連携の問題を考えてみたいと思います。

    産学官連携を私たちは研究所で“Science-Technology-Innovation Linkage”と呼んでいます。最初のサイエンス(S)-テクノロジー(T)のS-Tリンケージのところと、後半のテクノロジー(T)-イノベーション(I)のT-Iリンケージを2つに分けて考えますが、相互に行き来するというふうに当然のことながら考えています。

    最初のS-Tのサブリンクについて、RIETIの玉田俊平太研究員が、特許にどのような新しい科学が含まれているかを調べました。特許の明細書に引用されている学術論文をしらみつぶしに調べ、ここで学問への依存度、あるいは科学への依存度を、日本で出願された特許に引用されている学術論文の数、つまり1特許当りの学術論文の引用比率で測るという調査です。95年から99年に公開された約600の細かい技術分野についての約65万件の特許を、特殊なコンピュータ・プログラムを開発して調査研究した結果が、我々のウェブサイトに載っています。

    ここから得られた非常に重要な結論は、特許に表れている技術で最も高い科学依存度を持っているのはバイオテクノロジー関係だということです。全科学分野では、この引用比率が0.5であるのに対し、このバイオテクノロジー関係では遺伝子工学関係が14.6、酵素関係で7.6など、平均より10倍から30倍の科学依存度の高さを示しています。

    この調査結果は、実はEU の科学技術庁の研究とも非常に似ています。ここから言えるのは、ヨーロッパのパテントと比較しても、S-Tリンケージの濃淡は、その技術がどこで生まれるかというよりも、その技術分野の特性に非常に大きく依存しているのではないかということでした。

    続いて科学技術依存度が高い分野は、暗号や光コンピュータ、音声の分野で、それに続いてナノテク分野です。意外なことに、今やIT 分野ではこのS-Tリンケージは小さく、日本が強い環境技術の分野でも科学技術依存度は非常に低いのです。

    では、引用されている学術論文の国籍ですが、これは論文を書いた著者の属している研究機関の住所から調べたのですが、バイオの場合には米国籍が全学術論文数のなんと6割を占め、日本は2位ですが9%です。ナノテクでは米国が58%、2位の日本が22%。IT 分野では、先ほど言いましたように引用論文数が非常に少なくなりますが、日本が39%、米国の38%と並んで互角です。技術分野では日本がトップの16%、2位が米国の11%です。

    では、研究助成を受けた論文の比率はどうかというと、学術論文の謝辞からこれを拾ったのですが、バイオ分野では引用論文の76%が研究助成を受けており、助成機関は米国が圧倒的に強くて、National Institutes of Health (NIH)、NationalScience Foundation (NSF)、National CancerInstitute (NCI)、US Public Health Service 等でその半分を占めます。一方で、これは95年から98年の調査ですので当時の呼び名は文部省ですが、文部省からの助成は76%の内のわずか2%を占めるにすぎないという状態です。

    こうした謝辞を表明した比率はナノテクが42%、IT が31%、環境が43%ですから、ブレークスルー型の研究は政府による非常に大きな助成を必要としていることが分かります。
    以上の研究などから、S-Tリンケージでは、技術分野の特性によって、科学技術依存度が大きく異なること、また助成機関の関与の度合いが非常に異なる、ということが分かります。これを産学官連携という視角から見ると、日本の課題は、やはりどのようにしてバイオとナノにおけるS-Tのリンクを強めるか、ということにあるのではないかと思います。

    次のT-Iのサブリンケージは、よくいわれるところの新技術をどのようにして商業化するかということですが、我々はこれを「企業レベルにおけるいわゆるシュムペーター的創造的破壊」と呼んでいます。この創造的破壊については、マクロ経済から産業レベル、企業レベルで非常に多くの研究が経済学の分野で累積しています。

    企業はこのシュムペーター的な超過利潤、つまり他の企業が上げるよりも高い利潤を目指してイノベーションを行っていくわけです。通常、これには「プロダクト・イノベーション」、つまり新しい生産物やサービスを作り出すようなイノベーションと、基本的に出来上がった技術を前提にした「プロセス・イノベーション」に大別して考えられます。

    このプロダクト・イノベーションにブレークスルー型のイノベーションが含まれるわけですが、最大の問題は非常にリスクが高いということです。先ほど橋本所長がおっしゃったように、成功率が低いわけですから。

    この初期の新しい生産物の開発は、2つのリスクに分かれます。1つは、開発のリスクファイナンスはだれが担うのかということです。もう1つは初期需要で、だれが買い手になってマーケットに乗る前の初期の需要をつけるのかということです。これは大変重要な問題で、私は基本的には国家レベルによるファイナンスしか考えられないと思います。

    アメリカでは国の役割について、一見マーケット主義で動いているように見えますが、政府がベンチャー・キャピタリストになりうるかもしれない、また、新しいプロダクト・イノベーションの初期段階ではそういった役割を果たすのではないか、という研究もエコノミストから出てきています。また市場に乗る前の革新的な新生産物の初期需要をつけるのに、政府による調達を使うというのは初期の考え方として非常に重要です。

    そこで出てくる問題は、こういう開発ができないということは実は市場の失敗だということです。つまり市場に任せていてはこういうファイナンスと需要の面で非常にリスクの高い新生産物の開発は出来ないのですが、政府があまり関与すると、今度は「政府の失敗」自体が起こりうるということです。この研究はRIETI にとっても難関の1つだと私は思っています。

    アメリカではかなり以前からSBIR(Small Business Innovation Research)というプログラムがあります。各省庁が持っているR&D 予算の一定割合を中小企業に割り当てるプログラムです。その際、イノベーションを行う中小企業をどのように選択していくか、選ばれた中小企業はR&D 費用を本当に有効に利用したのかどうか、の事後検証も必要です。こういったSBIRの役割は日本の参考になるのではないかと思います。

    しかしその際大切なことは、こういった国の関与があったとしても、すぐ次の開発初期のリスクの受け皿として民間のベンチャー・キャピタリストがいて、新生産物がマーケットに乗っていくための仕組みをそのベンチャー・キャピタリストが持っているということが必要であるように思います。

    ベンチャー・キャピタリストというのは、単に資本をベンチャー企業へ開発段階を幾つかに区切って供給していくだけではなく、他に非常に大事な役割があります。ベンチャー・キャピタリストは創業者の首さえもすげ替えて、新しいトップマネジメントを持ってくるというようなことをもやっています。当然ながらマーケティングの管理も含んでいます。こういうものがあって初めて政府の役割を有効に活かしたり、あるいは失敗もミニマイズできるのかもしれません。

    企業レベルの創造的破壊が、活発に行われるために何が必要かというと、やはり構造改革です。企業の自由な退出、自由な参入が必要ですが、規制があるためにそういうことができないという分野も多く、とりわけ医療の分野ではそういうものを感じます。

    それから企業法制も非常に重要です。ロスアラモス研究所も、LLC ( Limited Liability Company : 合同会社)です。LLP( LimitedLiability Partnership:有限責任事業組合)というのもありますが、こういったものは通常の法人とは異なりイノベーション企業のリスクをとり易い企業組織です。ロスアラモス研究所のオーナーもカリフォルニア大学で国有です。

    というわけで、米国の場合は国の関与が間接的に入っており、かつ企業法制が柔軟な形で使われるようになっていて、多くの新生産物を生み出している企業の形態はLLP が多いです。実はヨーロッパでもそうです。これは税制との関係で非常に微妙ですが、イノベーション振興、つまりT-I サブリンクでは非常に重要です。それから破産をしてもまた立ち上がれるためには、企業法制の中での破産法の在り方もポイントとなるでしょう。

    当然のことですが、研究者そのものが自由に産学官の間を移動できることが大切ですが、日本の組織では多くのものが縦割りです。官庁は特にそうですが、大学も含めてそういう垣根をもっと取り払っていかなければなりません。

    日本の企業は、Linear な技術発展には強いがNon-Linear なブレークスルー型の技術発展には弱い、とよくいわれます。90年代以降、セミコンダクターやPC の分野で日本の技術が世界技術の最先端を走っているというふうには、どうも思われません。色々なものがモジュール化される中で、それを企業の利益につなげるということも十分には改善されていないように見受けられます。日本の企業はいわゆる自前主義で、垂直型の統合ですべてをまかなおうとする傾向がありますが、技術の複雑化や産学官の連携が必要なときには、おそらくより水平型の企業モデルが必要になるでしょう。日本企業にも色々な形態がありますので一概には言えませんが、方向としてはそうだと思います。

    日本の携帯電話はドコモで売り出しましたが、そのあと世界の市場を制覇するまでには全く至っていません。その理由は、広い意味での日本の企業モデルと関連づけて考えていったほうが良いのではないかと思います。サムソンが膨大な設備投資をするメカニズムは、日本とは相当違う仕組みを持っているから可能なのです。日本は幾つかの大きな電気機械企業が競争し合い、1つの会社だけでサムソンのような膨大な投資はできない新しい時代に入ってきています。サムソンはその巨大なリスクを、一社の中で大きな利益の上る部門からイノベーションを進める部門へ利益を移転して管理しているようです。

    集積も重要です。ある地域に色々なスキルを持った技術者や労働者が集まり、サプライヤーもたくさんいて、サブ・サプライヤーやメイン・サプライヤーの間の技術の交換が頻繁に行われ、顔を見合わせながらの会話・コミュニケーションができるような場があり、さらに消費者が広範な生産物を好むような地域で、集積が規模の経済も範囲の経済も生むように工夫することもイノベーションを進めます。

    ご存知のように、今、ノートPC の世界生産の85%は揚子江デルタ地域で造られているわけですが、それは台湾の企業がやっています。台湾の企業は中国のサプライヤーと提携し、また台湾のそういう企業はアメリカのインテルやマイクロソフトのOS、MPU を使い、ヒューレットパッカードやIBM などのブランド・メーカーとも提携関係を持っています。こうした世界的ヴァリューチェインの中で揚子江デルタに集積ができています。

    一般的にクラスターというのは重要ですが、最近問題になっているのは、たとえば医薬品とバイオの間の産業クラスターです。当然バイオのときにはIT も入ってきますし、ソフトウェア開発、それからインターネットとテレコミュニケーションとの関係など、これは全体の法制の在り方等々とも関連してくるわけです。まさにこういうところで、産学官のそれぞれの間の横断的連携というのが重要なのです。

    最後に、この問題について、RIETI が経済の面から見た研究をどのようにしているかという話をします。

    まず、企業レベルでの、先ほどのシュムペーター的創造的破壊のイノベーションの在り方と、それから産業レベルで技術のパラダイムが変わりそうなときの産業の大きな変化、その関連を研究していきます。最終的にはマクロ経済レベル全体では、労働や資本などの投入量を超えて経済が伸びるわけで、その伸びる部分を「全要素生産性」と呼んでいるわけです。企業レベルのイノベーションと産業の技術のパラダイムの変化がどのようにして経済全体の全要素生産性を上げ、GDP の成長に寄与するかを研究するということです。今や、少子高齢化のもとでGDP に寄与するものは、この生産性の上昇しかないわけですが、その生産性の上昇の基本は、イノベーションであり、イノベーションは技術そのものに加えて先ほどから申し上げている規制改革や企業法制の在り方や企業モデルの在り方その他と密接に関係しているわけであります。

    従って、こういった企業、産業、マクロ経済レベルの全体としてのイノベーションの在り方を包括的に論じて初めてGDP が成長し、GDP が成長すれば、少子高齢化の問題に対応できる財源も作り出すことができるわけで、今日のお話は、新経済成長戦略と密接に絡み合っているということが分かるかと思います。

    安藤晴彦氏

    1883年オーストリア生まれのヨーゼフ・シュムペーターはイノベーション理論の大家ですが、日本の「俊平太」氏によるRIETI での優れた実証研究の成果を基に、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの分野で、如何にサイエンスとの結びつきを強めるかという点で深いご示唆をいただきました。実は、燃料電池、太陽光発電など新エネルギーの分野や、未来型コンピュータの分野の開発でも、産業界とベーシック・サイエンスとの結びつきが大事になっていて、研究開発における先端サイエンスの重要性がどんどん増してきています。

    次は横山先生です。液晶、ナノの分野で非常に優れた世界的研究をされているだけでなく、ベンチャーにもかかわっておられます。サイエンスの芽と産業をつなげるヒントをいただけるのでは、と思います。

    横山浩氏(産業技術総合研究所(以下産総研)ナノテクノロジー部門長)

    配付資料のタイトルに“Innovative Enterprise”と大それたことを書きましたが、産総研そのものが、今、“Innovative Enterprise”になるべく自己変革の最中にあります。2001年に独立行政法人となって4年が経過し、現在第二期の1年目になりますが、第二期はプロダクトとしてイノベーティブであるということと同時に、組織そのものもイノベーティブにならなければなりません。

    先ほど「サイエンスとのリンケージが非常に重要だ」というご指摘がありましたが、私が担当しているナノテクノロジーはまさにそのサイエンス・リンケージの中核です。産総研が展開していく方向は、「産業界に役立つような新しいプロダクトを作る」という短絡的なものではなく、「今の商品ではなく明日の商品、明後日の商品を作るためのサイエンスを作り出す」ということだと思います。我々がどういうコンセプトでイノベーティブになろうとしているかというのを、私なりにちょっとまとめてみてみます。

    まず、ソリューションに基づいた研究開発。サイエンス、あるいはよくいわれる好奇心によって追求されるようなサイエンスというものは、必ずしも商品レベルのソリューションということを意識していないわけですが、産総研が目指すのはサイエンスであると同時に、明確にどういうソリューションを提供するかというイメージを持って行うべきだと、というコンセプトです。

    チープなソリューションを提供しようというようなことは全く考えておりません。やはり何か深い科学的なルート、ルーツがあるような、長い年月にわたって新しい変革を起こすような、大きな意味でのソリューションを目指すというのが、我々の基本コンセプトです。

    そういっていると、どうしても主としてベーシック・リサーチのほうにシフトしていきますので、個別の研究になりがちです。そういう状況は、一方ではソリューションを作っていく阻害要因になりますので、その場合はどうやってひとつひとつの技術を統合していくのかというイメージも同時に併せ持つ必要があります。

    こういったものを要素として、長期的展望で研究開発をしていくわけですが、同時に今大きく問題になっているような、例えばナノテクノロジーの中でナノ粒子の安全性など、科学技術が新規あるいは革新的であればあるほどそれがどういう社会的な妥当性を持っているのか、ということを十分見極めていく必要があります。その2つが対となって、初めて本当の意味で社会において有効に使われ人類にとって有益な技術になっていくのです。

    産総研の中では「本格研究」という言い方をしていますが、往々にして「商品開発にどんどんシフトしていくのですか?」と誤解されてしまうのですが、決してそうではありません。同時にサイエンスを追求していくという深いルーツがあってこその貢献ですので、その意味で「戦略的でバランスの取れたベーシック・リサーチへの資源の配分」ということが大変重要になってきます。これがなければ、およそ浮き足立った商品開発に向かっていくような、長期的展望のない組織になっていくはずです。

    産学官連携という意味で大事なのは、役割を十分認識しなければならないということです。我々は会社と同じようなことをやってはいけない、大学と同じようなことをやってはいけない。その意味で、先端分野、まさに会社で行われているような商品開発の中にサイエンスを埋め込んでいくような人材を育てて供給していくという役割が、産総研の担うべきものだと私は確信しています。ですから、いろいろなチャンスをとらえて、そういう人材育成のプログラムを展開しているところです。

    ウォーレス 副所長からロスアラモスのインフラストラクチャー、特に中性子線施設についてご紹介いただきましたが、我々もたとえば微細加工の施設を産学の方々が広く使えるように提供しており、そういうインフラストラクチャーを充実させ、その上でまさにプラットフォームとして新しいイノベーションが展開できるようなことを総合的に考えています。

    産総研は2000年当時で1万件の特許を保有していました。毎年1000件出していますので、現在は1万5000件保有しています。比率としては、エネルギー、IT、ナノテク、製造、環境などを大体まんべんなく持っています。大学も含めて公的な研究機関で1万件というのは、ほとんど4分の3を産総研だけで占めているという状況ですから、最も大きな公的な特許保有機関になります。

    これをイノベーティブに生かすというのが我々の戦略ですが、残念ながら現状では5%以下の実施率です。我々としては、それだけしか使われてないのかとネガティブにとらえるのではなく、もっと有効に活用される価値のある知的財産(Intellectual Property:IP)、「IP の宝庫だ」と思っています。いかに産業界と手を携えて使っていくかということが、次の大きな目標だと考えています。

    では、埋もれたIP どうやって活用していくか。単独でできることはたかが知れています。これはいかなる産業であろうとも、バイオは若干異なるかもしれませんが、たとえばエレクトロニクス、IT、そういったところでは、いろいろな技術要素が統合されて初めて大きなインパクトを生み出します。そういう意味で、場合によっては外に存在しているような統合できるテクノロジーを産総研の中にしっかり結びつけ、一種のネットワーク、あるいはパッケージとして実用していく、というようなことを考えています。

    一番最初に、ソリューションに基づいた研究開発というお話をしましたが、研究者として必要なのは、このIP の融合の中で自分自身の研究テーマがどこに位置づけられ、どういう融合のネットワークに入っているのかという明確な意識を持つことです。それは必ずしも短絡的な商品開発という意味ではなく、サイエンス・ベースであるかもしれないわけですが、いずれにしても、しっかりとしたネットワークの中に組み込まれていなければならないということです。

    現在、グローバルな研究開発が進められていく中で、我々も単に研究所の中で国からの予算に頼って研究・開発していくだけでは全く不十分です。研究と開発は縦方向で融合され、当然ながら産業界と深いパイプでつながれています。これはテクノロジーを単に移転するという意味ではなく、そういう要素と同時に、人材を育てる、あるいはやり取りする、あるいはともに育っていくという意味合いもあり、そういう部分で深くつながっていくべきです。加えて、我々としてはインフラストラクチャーを提供するという意味で、産業界を手助けしていく部分というのが非常に大きいです。

    ちなみに、中小企業の方々が、我々のインフラストラクチャーを使って非常に素晴らしい新規商品の開発を進めておられ、その意味でこの5年間の経験は非常にポジティブだと受け止めています。

    特に日本の場合、サイエンスに基づいた新しい魅力的な技術が出てもそれがなかなか実際の商品に結びつきません。その部分で何が欠けているのかというと、日本はやはりスピンオフ・ベンチャーというような活動が非常に弱いです。今、盛んに進められていますが、実際に成功する確率というのはまだまだ低いです。ハーバードのビジネス・レビューを見ても、アメリカでさえジョイント・リサーチやベンチャーというのは7割か8割ぐらいは失敗です。失敗の要素は、最初にウォーレス副所長からご指摘いただいたように、メンタルな要因などいくつかありますが、もっと産総研という場所を活用して成功率を高める工夫がたくさんあるはずだと思っています。それを含めて、複数のパートがしっかり手を組んで役割を果たせば、「明日の産業を作る」という意味でのイノベーションが可能な、まさに持続可能なR&Dのチェーンというのができるはずだと考えています。

    安藤晴彦氏

    次はシャープの富田常務です。シャープは、太陽光発電で6年連続世界トップという素晴らしい地位を確立されています。しかし、私が新エネ課長だからお招きしたわけではなく、実は、ロスアラモス研究所のライバルでもあるアメリカのサンディア研究所と研究協力協定を結び、研究者を派遣するなど、外国の一流ラボとの連携を非常に重視されています。日本企業でアメリカのトップレベルの国立研究所と連携するという経験は極めて貴重ですし、しかもそれを戦略的に進めておられるというお立場からお話をいただきたいと思います。

    富田孝司氏(シャープ(株)常務取締役ソーラーシステム事業本部長)

    私はシャープ株式会社で太陽電池を担当しています。シャープといいますと液晶がコア・コンピタンスですが、次の事業としては再生可能エネルギー、新エネかなと思っています。

    NEDO の研究や経済産業省の住宅への補助金などもあり、日本の太陽電池も随分大きく育ってきています。現在、世界の太陽電池の半分ぐらいは日本で造っており、住宅用にしておよそ30万件近くご活用いただいています。

    先週、ドレスデンへ出張してきました。ドレスデンは東ドイツですが、ドイツは今、東ドイツ地域に盛んに投資をしています。太陽電池会議のチェア・パーソンをやってきたのですが、そこのエキシビションでは400社ぐらいが集まって非常に活況を呈していました。1年前のバルセロナ会議の時には200社に届くかどうかで、小さなブースばかりで、相変わらず太陽電池は小さいなと思っていたのですが、様変わりの様子に非常に感激しました。

    ドイツは現在、再生可能エネルギーに従事している人口が約17万人で、そのうち太陽電池関係は4万5000人だそうです。こういったものは今までなかった産業ですので、それだけのものがドイツで出てきたわけです。

    それからもう1つ感心したのが、やはり中国や台湾勢の台頭です。先般、国家発展改革委員会のメンバーとも中国で話してきましたが、中国にはすでに太陽電池のメーカーだけで60社あります。日本は10社あるかないかです。雨後のたけのこのように投資がされています。

    ドイツのそういった科学技術はフラウンホーファーを中心として、ロスアラモス研究所のようにたいへん大きなものがあります。そこで開発されたもの、あるいはそういった技術、設備、あるいは材料が、シルクロードを通って中国に入ってきますので、これは我々にとってものすごい脅威になるな、と痛感しています。

    今現在、世界の太陽電池生産量は1.7ギガといわれていますが、私どもは1ギガぐらいと見ています。2010年にはこれが10ギガ、2020年には100の数字に乗ってくるだろう、2030年には1000あるいは2~3000の大台になり、2040年には、1万5000ギガぐらいになるのではないかといわれています。1万5000ギガといいますと、世界のエネルギー、発電量のおよそ30%に相当します。

    もし、生産量を現在の1ギガから1万5000ギガにすることができれば、石油にあまり頼らなくても済む世の中が出現します。しかし、どうやったら約1万倍に増やせるのか。これは、非常に頭の痛い問題です。

    1を10にする、100にするというのは、ただ単に技術の改良の延長線上ではだめだと思います。たとえば今、シリコンが大きな問題になっています。これは太陽電池に使われる半導体ですが、IC でも使われているため取り合いになっているわけです。そこで、その半導体のシリコンを今の方法ではない方法で作ろうと考えています。こうしますと、今の10倍ぐらいは造れるなと。

    産総研さんが随分昔、薄膜の太陽電池をやっておられました。私どもも順番に研究者を送っていました。今、そういう人たちが核になって新しい薄膜の太陽電池の生産を始めています。そうすると100倍ぐらいは作れるわけです。

    今度はどうやって1000倍にしようかということになると、シリコンは専門用語で「間接遷移型の半導体」といいますが、これを直接遷移型に変えていく必要があります。そうなると、ナノなどの新しい技術を投入する。それにより、使う材料を1000分の1にする。あるいはそれをさらに光で増幅する。そういうようなことを考えています。したがいまして、技術開発については、やはり垂直の必然性を求めていく必要があります。技術開発を将来のために準備していくという意味で、サンディア・ナショナル・ラボ、あるいはロスアラモス国立研究所は非常に沢山の技術が蓄積されているといえます。

    太陽電池はエネルギーを変換するだけの部品ですので、これからはこれを蓄積するということが大事です。日本はエネルギーの蓄積技術であるバッテリーにおいても、世界に冠たる技術がありますが、今の技術もだんだん新しいものに置き換わっていくことが予想されます。その1つが、燃料電池あるいは水素のエネルギーということになってくるのだろうと考えています。いろいろ検討してみると面白そうな技術があるということで、現在アメリカに人を2人送り、その研究をさせています。

    先ほど「太陽電池を約1万倍に増やせないか」という問題がございましたが、それと同時にそれを水平に展開していくように、エネルギー蓄積とったところに新しいビジネスチャンスを求めていくことになるでしょう。

    エネルギーを蓄積することも、エネルギーを変換することも、比較的似たような考え方といえます。そういう意味では、共通性といいますか、投資対効果という意味での効果も大きいのではないかなと考えています。

    これからはエネルギー問題が非常に重要で、やはり科学技術しか解決策はないわけです。こういった面への投資をもっと積極的にやっていかなければなりません。先般も、ニューメキシコ州のリチャードソン知事のところにごあいさつに行きましたが、「サンディアだけではなくほかの研究所も考えてください」ということで、ロスアラモス研究所のほうにも人を送るという約束を私自身がしてきたばかりです。非常に面白いオプティックスの技術もあります。いつかは分かりませんが、パラダイム・シフトというのは必ず起こってくるわけで、それに対する準備をいかにするかということが、経営者として重要なことだと思います。

    投資をどこの工場に、どこの地域に展開するかということは非常に重要なことで、日本だけでなくアメリカやヨーロッパ、アジアにも展開していくという積極性がないと、日本では良くても海外で負けてしまいます。グローバルな技術戦略、事業戦略ともリンクさせて行きたいと考えています。

    安藤晴彦氏

    さりげなく淀みないお話の流れの中に、多くの有望な新技術の芽やシーズを盛り込んでいただき、伺っていて非常にワクワクしました。日本のものづくり産業は、これまで改善・改良で強みを発揮してきたわけですが、一方で、今までのものづくり技術の延長線では行けない部分が出てきています。10分の1のコストダウンには量産と改善で対応できても、100分の1のコストダウンとなると対応できない。「垂直の必然性」というキーワードが出てきましたが、ベーシック・サイエンスの基礎まで意図的に下りていく必然があるとのご示唆だったと思います。

    パネルディスカッション

    安藤晴彦氏

    それでは、パネルディスカッションに入ります。

    お話にも出てきましたイノベーション理論の大家ヨーゼフ・シュムペーターは、「創造的破壊」で有名です。近年の日本でも、社会、経済、政治などさまざまな場面で大きな変革、構造改革が進んでいます。最初の論点は、経済社会の変革と創造に向けた新しい波を太くする「イノベーション」の源となる新結合(neue kombinationen)をどのように生みだし、画期的なブレークスルーを実現していくのかという点です。私は今日のお話を伺っていて、産学連携によるイノベーションでも縦と横の2つの軸があるのではないかと感じました。まず、イノベーションの「縦の軸」、つまり産業界の現場と先端サイエンスの深い知識をいかに垂直につなげていくかが重要です。最近では、“Science-based Industry”とか“Technology-based Industry”という言い方がよくされますし、そうした分野の存在感や重要性が著しく増大してきています。まずは日本のディスカッサントの方々に、この点についてコメントをいただきたいと思います。

    橋本和仁氏

    今日はエネルギーの話が中心に出てきましたので、私が感じていることを少しお話します。ウォーレス副所長や吉冨所長の分析の中にもありましたが、現在エネルギーや環境分野の技術開発における基礎サイエンスの貢献は非常に少ないというのが残念ながら実態ではないでしょうか。これはなぜかというと、1つにはExit-Oriented、つまり出口がはっきりした研究は、たとえ基礎研究であってもなかなか良い論文として認めてもらえない、評価の高い学術雑誌に投稿しても採用されない、という傾向が学会にあるためだと思います。サイエンティストは、自分の好奇心に基づいて研究するのが重要ではありますが、一方で、現在これだけエネルギーや環境が大きな課題となっているのですから、もう少し基礎科学者もこのような人類的課題には目を向けなければならないと思います。そのためには今述べたような点に関して学会や、研究者が変わっていかないといけないと思います。

    もう一方で、今日は大臣もいらっしゃいますし、政治家の方や役所の方もいらっしゃいますのでぜひ申し上げておきたいのですが、エネルギーや環境といった分野に対する投資は、アプリケーションに近いところは厚いのですが、ベーシックサイドでは必ずしも厚くない。サイエンティストの目を向けさせるためには、やはりそういう基礎的な分野への研究投資も必要だということをご理解いただきたいと思います。

    エネルギー問題の解決に関しては、真に新しい科学的なブレークスルーが必要と思われます。そのためには出口をしっかり定めた基礎研究が極めて重要です。ぜひそこに支援をしていただきたいです。

    もちろんサイエンティスト自身の意識改革も絶対に必要ですので、私も1人のサイエンティストとしてサイエンス・コミュニティに訴えていきたいと思っています。

    安藤晴彦氏

    「種」つまり技術シーズの部分にしっかりと水をまく必要があるが、それは政府の役割ではないかというご指摘でした。産業政策がないといわれたアメリカでは、実は、ベンチャー支援の部分、つまりこうした技術の芽を育てる部分で、昔からしっかり取り組んでいます。吉冨所長からお話があったSBIR は、82年にアメリカで創設されたベンチャー支援制度です。かなりの成功を収めており、たとえば、バイオ技術では、全米の製薬企業トップ10のうち7社が、創業段階の資金に乏しい時期にSBIR でチャレンジを繰り返してその後の大成長につなげています。吉冨所長、いかがでしょうか。

    吉冨勝氏

    科学の話は高度で知的好奇心をあおって面白いのですが、実際に生産性を上げる話となると、例としてよくアメリカのウォルマートが出てきます。1995年以降、アメリカでは生産性の上昇は主にIT とかICT 分野で行われているかのようにいわれていますが、実際は流通や金融や医療などのサービス分野で生産性が上がっているのです。

    流通の代表選手といえばウォルマートですが、今やアメリカのサービス産業の生産性の上昇率は、労働生産性だけでなく全要素生産性の成長率でも、製造業を上回っているのです。

    ウォルマートは、ご存知のように評判が悪いです。トップのマネジメントは高学歴、下の労働者は最低賃金が支払われているかどうか、といった状態です。アメリカで「シュリンケージ」と呼ばれている商品の盗品が多く、その7割は従業員によるものでした。これをどうやって防ぐか。防ぐと生産性は上がりますが、そのときに使われたのがIC タグです。

    ウォルマートは極端な話ですが、こういう企業のマネジメントのあり方、ユーザーとしてのIT の使い方が生産性を上げていくという観点も必要です。サイエンスだけでは企業の生産性を上げるということにはなかなかつながっていかないということです。

    安藤晴彦氏

    流通業などトラディショナルな産業とICT(情報通信技術)との「組み合わせ」もそうですが、異分野・異業種間の新たな組み合わせ、「新結合」という論点は、非常に重要です。実は、サイエンスとの縦の連携の次に取り上げたいと思っていました。

    では、ウォーレス副所長から、コメントをいただきたいと思います。

    テリー・ウォーレス氏

    ウォルマート・モデルにはさまざまな要素があり、確かにイノベーションはその中でも興味深い要素の1つですが、IT に関して議論したいと思います。コンピュータ処理の迅速化の点では、我々は大きな進歩を遂げてきました。日本は地球シミュレータの開発によって、最初のスーパーコンピュータ革命を起こしましたし、ロスアラモスでは現在、均質的なプロセッサを用いたPeta-flops(1秒間に10の15乗回演算)級コンピュータを開発しようとしています。この開発に15年以上を費やしていますが、その間ずっと動作周波数やflop(浮動小数点演算)といった同じ基準で能力を測っており、サイエンスの手法を変えていません。機械の処理速度は速くなりましたが、今でも機械はたとえばサイエンスにおける微分方程式を解く手段で、根本にある問題を捉え直す必要があるという点には立ち戻っていないのです。確かに処理速度は格段に速くなっていますが、それに伴うイノベーションの増大はごく僅かでしかない。この点こそが、我々が対処すべき課題だと私は思っています。

    これは、垂直的連携(vertical integration)の問題にもつながります。サイエンスの世界で、我々はいつまでも成功にしがみつく傾向があります。ですから、あるコンピュータ・コードの書き方を覚えると、処理速度を上げることばかり考えて、問題の本質は何かとか、他の解決法はないかといったことは検討しません。垂直的連携では、どのように複数のソリューションに取り組むかというパラダイムそれ自体を見つめ直し、更にチャレンジしていかねばなりません。それを実行する唯一の方法は、先ほどどなたかが仰ったように多くの種を蒔くこと、同じ木の手入れを続けるのでなく、絶えず新しい優れた手法を探し続けることです。こうした投資は、一見すると生産性が低いように見えますが、長い目で見なければなりません。この中からたった一つでも素晴らしいイノベーションが創造されれば、全てのシーズに対する努力を補って余りある見返りが得られるのです。

    安藤晴彦氏

    「ICT が世の中を変え、ウォルマートを変える」という話に対して、ICT の発展自体も、実は、サイエンスに基づいていること、そして、ムーアの法則が40年間も続きICT が爆発的に進化していく中で世の中を大きく変えていること、しかし、単純な処理速度向上ではなく、「垂直的連携」、つまりサイエンスの根本に立ち戻った真のブレークスルーが求められており、冒頭にもお話のあった量子コンピュータのような未来の有望技術まで広がっていく、というお話でした。これに対してどなたかコメントをお願いします。

    横山浩氏

    ベーシック・サイエンスの重要性は私も何回も申し上げましたが、これを抜きにして次の経済発展はまずありえません。これは第1のポイントです。では、本当の意味でイノベーティブにサイエンスを発展させていくために何が必要か、過去に学ぶべきものはあるかないか。

    今の研究者、特に若い20代、30代の人たちは非常に柔軟性に富んでいると思います。私から見るともう柔軟すぎて、そんなに自分がなくてどうする、もっと頑固になれというぐらい極めて高い柔軟性があります。いい意味でフレキシブルというのはいいのですが、逆に行き過ぎた柔軟性というのが、今、生じてしまっていると思います。

    こういった中では、ベーシック・リサーチやアプリケーションも含めて、どういうプランを立ててそういったフレキシブルな人材を育てていくか、使っていくかということを研究のマネジメントが戦略的に行うことが非常に大事だと思います。

    マネジメントとは、現場の私のような中間的なマネージャーだけではなく、国そのものの科学技術政策がその視点をしっかり持ち、どういう組織、どういう人材、どういうプロジェクトを立てていくかということを明確に意識してやっていくべきということです。そういう指導性が、ある意味でトップダウンですが絶対に必要だと私は思っています。

    橋本和仁氏

    今、大変良いご指摘をあげていただきましたが、加えてそのときに重要なのは、優秀なリーダーのもとに集まるということです。言葉で言うと、皆さんは当たり前だと思われるかもしれませんが、優秀な人というのは、なかなか一般的にはわからないものです。しかし、実はサイエンス・コミュニティの中では誰が優秀なサイエンティストなのかをお互いに分かっています。そういうことをはっきり言う風土が日本にはないといってよいのでしょう。それはおそらく、産業界も同じなのではないでしょうか。しかし、真に優秀な人材を集め、リーダーとすることが次の、また次のリーダーを育てることに繋がるのです。ぜひそういう場を一緒に作っていくような仕組みの構築をお願いします。

    安藤晴彦氏

    人材の話は重要ですので、あとでもう一度議論したいと思います。これまで「縦軸」のイノベーションの話をしましたので、次は「横軸」のイノベーション、つまり「異分野との連携、組み合わせ」ということを考えてみたいと思います。たとえば、バイオ技術とコンピュータ技術が結びつくことで薬の世界が変わり、個人向けの薬が出来るようになったり、あるいは半導体技術とバイオ技術が結びつくことで、血液測定器、遺伝子測定器なども出てきています。光工学(optics)とICT 技術が結びつくことでインターネットが格段に便利になりましたし、金融や株の世界でさえICT の進化の中で業態が大きく変わってきています。これは、モジュール化による経済の進化ともつながっています。

    ウォーレス副所長は地震がご専門ですが、地震研究とは全く異なるセキュリティ分野にも密接にかかわっていらっしゃいますので、コメントをいただければありがたいと思います。

    テリー・ウォーレス氏

    水平的連携(horizontal integration)は、本当に重要な課題です。例としてアメリカの大学の話をします。日本の大学のことは知らないので、この話は一般論ではありません。

    国立研究所や企業・研究施設は、この水平的連携を非常に上手に行っていますが、総じて大学は上手ではありません。大学ではスーパースターを重視する制度が出来上がっていて、スーパースターは協力があまり上手ではありません。ですから横の連携をとるにはコネクタが必要で、その役割を国立研究所が見事に果たしています。国立研究所は問題解決のために大規模な学際的チームを作り、スーパースターや基礎研究の間で横の連携が行われていないアカデミックな世界において、プラグを差し込むソケットのような役割をつとめます。私自身の大学教授としての経験でも、横の連携は取っても自分の大学の研究者とではありません。大学の教授とはたいていそういうもので、隣の研究室の学者と協力しても、自分に見返りはないのが現実です。

    したがって、こうしたシステムの各要素を最大限活用すべきなのです。自由なアカデミックの世界と、学際的なチームを抱え、より鳥瞰的なフォーカスをもった国立研究所と産業界の結びつきによってこの問題を解決していく。これによって垂直的連携が可能となりますが、中間には水平的連携もある。そういった異分野による学際的チームを「成功した提携には見返りが得られるような環境」に集結するということです。これこそがこの問題の解決法です。興味深い課題ですが、国立研究所や国立研究評議会が非常に上手く役割を果たしているといえます。

    安藤晴彦氏

    今のお話のキーワードは「コネクタ」、つまり橋本先生も冒頭で指摘された情報交換と知識創造における「ハブ」でしょう。コーディネーション能力、言い換えれば、先見性を持ちながらさまざまな異分野を結びつけて新たなものの創造可能性を見抜いていく力、つまり「こことここはつながるぞ」ということが重要だと思います。

    では、産業界のお立場から既にそれを戦略的に進めておられる富田常務、コメントをいただけますでしょうか。

    富田孝司氏

    太陽電池の例ですと、従来、建築関係者には屋根に電気を置くというのは考えられないことだったそうです。私どもはアンテナを屋根の上に立てますので、そういう意識は無かったのですが、建築関係の方は電気まわりを屋根に置くのはご法度だったそうです。太陽電池は住宅メーカーの積水さんと一緒に開発したこともあって、住宅と電気で今まで考えられなかったことをやったという意味で、新しい考え方かと思います。

    ウォーレス副所長の話にもありましたが、バリューというのは外に持っていってこそ上がる場合があります。「限界効用説」がありますので、異文化、あるいは異国、あるいはほかの業種と連携することにより、自分たちの技術なりその利用価値を上げるということを、コメントとしてつけさせていただきます。

    安藤晴彦氏

    「Value」(価値)というキーワードが出てきました。新たな価値創造のために、異分野の技術と組み合わせていく訳ですね。ところで「option」(オプション)という言葉があります。(異なる)選択肢という意味ですが、そのオプションとバリューがつながったのが「オプション価値(バリュー)」という言葉です。シリコンバレーのベンチャー経済の原動力がオプション価値(バリュー)の探索と獲得であるということを、ハーバード・ビジネススクールの学長・副学長コンビのクラーク先生、ボールドウィン先生が2000年に出版された『デザイン・ルール』で示しています。吉冨所長、新しいオプション価値(バリュー)を見つけ、創造していくには、どうしたらよろしいでしょうか。

    吉冨勝氏

    RIETI にも色々な分野の経済学があり、縦割りの深い研究だけではだめだということが分かってきています。そうなると横のつながり、横断的で学際的なコラボレーションが必要です。私からむしろウォーレス副所長にお聞きしたいのですが、こういった高度なレベルのコーディネーター役とか、コラボレーター役というのは、その分野で学問をさらに極めていくということはあまりないわけです。そういうことを既に達成した人がやるのかもしれませんが。自らの学問の業績で評価されることがないとなると、この人たちをどうやって探し、だれが給料を払うのでしょうか。コラボレーターのための人材マーケットはありません。マーケットがないときに、どうやって人材を見つけ、だれがお金を出してくれるのか。ウォーレス副所長のところではどうやってこの問題を解決されたのかをぜひお伺いしたいです。

    テリー・ウォーレス氏

    この問題には既にさまざまな方法で触れてきたと思います。科学界のリーダーはビジョンを持っています。マネージャーがリーダーになることもできますが、ならなければならないわけではありません。マネージャーは漸進的な向上を目指すものです。我々は、最終的に商品の生産につながるということを評価しなければいけません。

    新たな市場や現在の研究所の経営方式を考えると、連携のリーダーには価値があります。その価値は、最終的な商品化につながったという見返りと、基礎研究が実際に社会に変化をもたらすのを目の当たりにすることから得られるものです。この業績はまだ社会的には重視されていませんが、我々はそれこそが研究所が果たす最も重要な役割の1つだと認識しています。優れたサイエンティストや技術者にとって、コラボレーターという役割はあまり魅力的でないとおっしゃったのは非常によく分かります。コラボレーターになると、自分の研究はできません。必ずしも組織のリーダーである必要はありませんが、電車のエンジンを動かすのに不可欠な一要素のような存在になります。この問題は、我々の人々への報酬の与え方を変化させるでしょう。サイエンスの世界では、お金という見返りは重要ではありません。大切なのは自尊心と周囲から正しく評価されることです。国立研究所でも報酬の構造を変えようとしていますが、まだ大きな課題です。

    橋本和仁氏

    優れた仕事をしたサイエンティストの中にはリーダーとしての素質を持った人が少なくありません。最初から全部を見渡せる人はいません。優秀な人材というのは最初から基礎から応用まで全部見えるという意味ではなく、ある分野で優れた仕事をした人は優れたリーダーとして育つ可能性をも持っているということが重要なのです。そういう人を見つけ出し、指名するということが非常に重要だと思います。

    安藤晴彦氏

    人材の問題に自然に話が移ってきました。重要な問題ですので、ぜひ議論をしてみたいと思います。ロスアラモス研究所は、国立ですが、カリフォルニア大学が運営していますので、大学と国立研究所が一体になっています。燃料電池研究の分野でも、これを参考にして、九州大学の新キャンパスの中に、水素脆化に関する産総研の研究センターをこの7月に設立しています。

    ロスアラモス研のように何千人もの非常に優秀な博士が集まる組織の研究マネジメントでのご苦心は本当に大変なことと存じます。ちょっと想像もつきません。他方で、優れた研究を行うには、如何に優秀な人材を連れてくるか、そして育てていくかも重要な課題になってきます。次世代を担う研究者を育てることと研究者の流動性の関係、あるいは、どのように研究評価をすれば若い研究者の芽を大きく花開かせることができるのか、この辺りについてコメントをいただけますか。

    テリー・ウォーレス氏

    ロスアラモスの姉妹機関にローレンス・リバモア国立研究所というのがあり、ここは約8500人なので若干小規模になります。彼らは、サイエンスに対し我々とは全く違ったアプローチをしています。ロスアラモスは科学研究施設として大きな成功を収めていますが、リバモア研究所は製品開発を得意としています。これが今出たマネジメントに関する根本的な質問につながります。

    私は2つの研究所の違いはこんな風にたとえられると思うのです。サイエンスを最優先し、これまでにない新しい観点で物事を考えようとするロスアラモスは、いわばモンゴルの遊牧民のようなもので、1つの問題に対しさまざまな方法で攻撃をしかけます。外から見ると組織立っていないように見えますが、それでも相手を征服する-根底にある問題を解決する。一方、ローレンス・リバモアはローマ軍にたとえられ、相手のところまで真っ直ぐ行軍して真っ向から問題に立ち向かいます。結果的にどちらも征服するのですが、その過程は全く異なります。

    ロスアラモスの離職率は年間わずか3%で、科学機関としては驚くべき数字です。これはもっぱら、我々が既存の枠組みにとらわれない考え方をし、独立性を重んじるからだと思います。時にはそのせいで成果を挙げるのが難しくなることもありますが。しかし、産業界との連携などにより成果を挙げる手段を講じなければ、ロスアラモスは生き残ることができませんでした。サイエンスの研究者は独自性を重視すべきだということを認識する必要がありますが、同時に成果も出さなければならず、そのバランスを探るのが大切なのです。研究者が自分の仕事に不満足なら、アメリカの科学機関で離職率が3%などあり得ないと思います。むろん、ロスアラモスの研究者に聞けば、何時間も愚痴をこぼすでしょう。ですが我々は、個性を重んじ、集団の利益のため問題を解決するというアプローチをとろうとしています。

    研究機関におけるリーダーシップには、さまざまな面を考慮する必要がありますが、研究開発スタッフには独創性が必要だという認識に立つと、他の組織では効果的な経営モデルでも研究機関にはあまり馴染まないこともあるでしょう。

    安藤晴彦氏

    研究マネジメントは、決して一様なものではなく、多様な選択肢があり、その中でまた競い合いもあるというお話でした。他の皆様は、いかがでしょうか。

    橋本和仁氏

    研究者の流動性については、日本には色々な制度的な問題もあり非常に難しいです。これには歴史的な物事の考え方もあります。

    しかし大分状況は変わってきています。面白いテーマ、面白い場があれば移るという気持ちは、私などにもあります。しかし、そういう新しい種というか、専門分野を越えた学際的な場を作るということが大学の人間は弱く、学会はどんどんどんどん細分化していく傾向にありますので、これは非常に大きな問題として私たちのほうで考えなければいけません。

    1つだけご紹介したいのは、経済産業省産業技術環境局の研究開発課がさまざまな重要研究開発分野のロードマップを作りました。ここまでは良くあることかもしれませんが、大変素晴らしいのは、作った行政官が自らそれを持って学会に乗り込み、あるいは異分野の人を集めてディスカッションさせ、それで何か面白いテーマを作らせるようなことを、試みでやっておられるということです。こういった試みは我々研究者の目から見て非常に面白く、何か面白いプロジェクトを作りたいな、参加したいなという気になるものです。

    ただ、それが本当に人材流動まで展開するかというと、色々な制度上の問題もあって難しい。現在、制度上の問題点の抽出も積極的に行われているところですので、今後は良くなっていくことが期待されます。また、研究者のソサエティも流動性を上げるための方策を十分に検討していかなければいけないと思っています。

    横山浩氏

    先ほど申し上げたポイントに戻るのですが、やはりいい研究者を見極める、その人を適材適所で活用していく、そういう意味のマネジメントのクオリティというのはとても大事だと思います。ウォーレス副所長もおっしゃっていましたが、リコグニション(認知)というのが大事です。それは2つの意味があって、1つは学会的なリコグニション、もう1つは実際に働いている研究所や大学におけるリコグニションです。

    研究者の中で不満が高まるのは、端的にいえば、たとえば学会的には高い評価を受けているのに、自分の組織の中ではあまり処遇されていない。逆の場合もあると思いますが、そういったちぐはぐさが非常に大きなひずみを生みます。

    研究者が流動性を高め、安心して動ける、あるいは動いてみようというモチベーションを持つには、例えばその組織の中で素晴らしいことをやれば適正に評価されるというカルチャーがどこにでも合理的に備わっていればいいのです。しかし今は残念ながら、必ずしも良いことをやったからといってきちっと評価されるとは限りません。

    こういう状況が相当改善され、しっかりとしたマネジメントや、あるいはリーダーシップ、実際の資源の適切な配分なども含めて、相当マネジメントのクオリティを上げないと、問題の本質解決にはならないと私は思います。

    安藤晴彦氏

    せっかくですから、会場にも議論をオープンにしてみたいと思います。

    安永裕幸氏(経済産業省産技局研究開発課長)

    我々も、異分野の融合というところに産業のフロンティアありと考え、新しい異分野の融合を仕掛ける研究開発の政策をやりたいと思っています。そのときに非常に悩ましいのが、先ほど橋本所長からもお話がありましたように、複合的・学際的なチームを作るときに日本ではどうしても学会の中が細分化していき、学会の中で本流派と傍流、あるいは正統と異端といったことにあまりにも分けられていると感じる点です。アメリカでは「人のやらないことをやるのはいいことだ、とても価値のあることだ」とオープンに認められているようですが、ロスアラモスの研究所では、そういうメンタリティ、志向の問題も含めて、大きく改革をされてきたというふうに考えてよろしいでしょうか。

    テリー・ウォーレス氏

    改革できたかどうか分かりませんが、ロスアラモスの組織のあり方を説明しますと、いわゆる分野別の所属というものがあります。たとえば化学部門には450人の化学者がいて、地球環境科学部門には350人の地学者がいます。そこが彼らの所属部門です。専門分野に関しては、所属部門の人と協力します。

    しかし、プロジェクトは部門横断的です。たとえば炭素隔離分野のプロジェクトだと、化学から5人、物質科学から2人、地球環境科学から5人が参加してチームとして協力しますが、彼らの所属はやはり各々の専門分野にあります。したがって、化学者が一見すると化学とは何の関係もなさそうなプロジェクトに携わっているような場合でも、所属が化学部門であることで化学者としての満足感があります。

    これは大きな成功を収めているモデルです。自分の専門分野に所属するのは、研究者の将来的な成長のためにもとても大事なことだと思います。姉妹機関であるローレンス・リバモアでは、研究者はチームで組織され長い間そこに留まります。その結果、研究者が活気を失い、最終的にはあまりイノベーティブになれないように思えます。ですから、大きな専門分野に所属し、つながりを持つことが重要です。ロスアラモスはその点、1万4000人の研究者がいるので恵まれています。

    もっと小さい施設だとこういう組織構成は難しいでしょうが、この方法は研究者が専門分野で成長する上でも、プロジェクトを遂行する上でもチャンスをもたらすものです。

    加藤碵一氏(産総研理事)

    産総研の特徴の1つに、ほとんどあらゆる鉱工業分野のポテンシャルを持っていることがあります。それらを融合させる仕組みや、それなりのプロジェクトも盛んにやっています。例を挙げますと、バイオと情報を融合させたバイオ・インフォ・アティックスの研究センターもありますし、最近ではグリッド・コンピューティングとジオロジーを結びつけて、ジオグリッドということも行っています。

    ただ、当然これで十分ではなく、産総研が掲げる中期計画では最後に「イノベーション・ハブ」というキーワードのもとに成果を明確に出さなければなりません。その1つに産学官連携とか異分野交流があるわけです。各研究ユニットのユニット長のリーダーシップは非常に大事ですが、ユニットを超えた、あるいは分野を超えた、いわばトップ・デシジョンによるプロモートというのはさらに大事になります。それも正しいトップ・デシジョンでなければならないわけで、そこで間違えたら我々マネジメントの責任です。今イノベーション・ハブのプロモートをするための新しい仕組みを作っており、来年にもすぐにそれを反映させ、第2期の中期計画が終わったときにはその成果をお見せしたいと思っております。ご支援あるいはご提案をよろしくお願いしたいと思います。

    小島康壽氏(経済産業省産業技術環境局長)

    先ほど政府に対する要求というお話もありましたが、経済産業省もこの春、大臣の主導した新経済成長戦略の中でイノベーションを促進する仕組みとして「イノベーション・スーパー・ハイウエー」ということを提唱しています。

    これは、産業技術を革新的に興すために基礎に立ち戻る、原点に戻った研究、科学にさかのぼった研究をするということで、今までは科学のシーズを産業化するという一方通行だったのを双方向にする、いわば高速道路のような双方向の知の交流というのが第1点。

    第2点として、横断的にさまざまな分野の技術を融合させること。まさに高速道路は、色々な入口から入って合流して融合するものです。最終的には、それを市場に出す、国際標準にする。そのときに制度的な障害があって、せっかく製品にしても市場に出ないということでは困りますので、制度改革も一緒に行う。

    これに加え、人材の流動化をはじめとする制度的な障害もあるので、そういう制度改革も実施する。こういった制度的、あるいはシステム的な改革も含めたイノベーションが、今の我々の政策の柱にあります。

    それからもう1つ、ウォーレス副所長のお話にもありました国立研究所の役割ということで、経済産業省の傘下に今日ご出席いただいている産総研とNEDO があります。NEDO は資金面での仲立ちをする、あるいはプロジェクト・フォーメーションという形での仲立ちをする。産総研は、基礎から産業技術までの研究者を幅広く抱え、しかも産総研は57の部門に分かれていますが、すべての部門で基礎から産業に近い応用の部分の研究を行っています。それから全部異分野の研究者で成り立っているということで、先ほどの産学連携、あるいは産産連携でもいいですが、そういうときの産と学を結ぶ仲立ち役、インテリジェントな触媒という機能を果たすということを進めているところです。

    今日の5人のパネリストのお話を聞いて、我々のやっていること、あるいはこれからやろうとしていることは間違いではなかったと思いましたので、意を強くして進めていきたいと思いますし、我々に対する要望・要請がございましたらぜひ申しつけていただければと思います。

    安藤晴彦氏

    最後に、私からも是非お伺いしたいことがあります。ロスアラモス研究所の素晴らしさは、会場の皆様にもお分かりいただけたと思います。私は2年前に燃料電池関係のエンジニアとともに14人でロスアラモス研究所を訪問しました。そのときは、世界有数の研究所を訪問するのに、不肖の団長でもあり、セキュリティチェックも厳しかったので、道中やや心細く感じました。そのとき考えておりましたのは、どうしたらこの素晴らしい頭脳集団と協力ができるのかということでした。

    また、そのときの団員からも質問が出ましたし、会場の皆様もご関心があると思いますが、研究協力を行うにしても、どれぐらいお金がかかるのか、最低金額はあるのかということも気になります。

    他方、シャープの富田常務は実際にサンディア研究所と提携をされ、また、これからロスアラモス研究所とも提携をされていくとも伺っています。そうしたお立場から、お差し支えない範囲で、ご感想、ご満足度や、どうしたらうまく提携できるのか、この辺りについてコメントいただければと存じます。ウォーレス副所長からは、ロスアラモス研に興味が湧いた場合に、どこにどうアプローチすれば協力させていただけるのか、その辺りについてコメントをいただけましたらと存じます。

    富田孝司氏

    私どもは工場がテネシーにあります。そこで生産するというようなことも将来は考えてはおりますが、一方でマーケットはロサンゼルスなどにあります。また、研究所はオレゴンにあります。

    先ほど人材の流動性の話がありましたが、サンディアの近くにある私どもと仲良くしている企業では「失敗したらまたサンディアに戻る」とCEOがいっています。そういう流動性が非常に面白いと思います。逆に言えば、サンディアやロスアラモスの優秀な人材を企業に迎えることもここでは可能であると。そういう意味では、その地域に次のステップの研究機関なり開発部隊を置いていきたいと思います。わざわざオレゴンに持っていく必要はないと思います。

    これは、何もアメリカに限ったわけではなく、ヨーロッパにおいても、日本においても、あるいはアジア地域においても、私どもはそういうことを進めています。人材を確保するという意味において、ニューメキシコは非常にいい所であるということを一言付け加えさせていただきます。

    テリー・ウォーレス氏

    先ほどの基調講演でもお話しましたが、ロスアラモスは膨大な資源を投入した大規模な研究施設なので、安価なソリューションを求める場所ではありません。けれどみなさんが帳簿だけを見て判断するとすれば、おそらく得られるものを正当に評価していないことになります。我々は多様な業界と連携していますが、その方々がロスアラモスにいらっしゃるのは、他の場所では得られないソリューションが見つかる、大規模な共同研究でもそれによって商品化への受け口が得られるからです。ですから、ロスアラモスの研究者にいくら払うか、特定のタスクにいくらかかるかという問題ではないのです。大切なのは、提携関係の最終的目標は何かということです。

    さきほど私は、シェブロンを例に出しました。シェブロンはCRADA (Cooperative Researchand Development Agreement)というプロセスを経てロスアラモスと協力することになりました。これは共同研究契約で、シェブロンはロスアラモスに毎年およそ500万ドルを支払っています。けれど石油汲み上げに使う化学溶液の開発により、油井1本あたり15億ドルの経費節約が実現しています。お金はかかりますが、我々は共同研究で間違いなく価値ある成果をもたらしました。だからこそ、提携・協力相手の選択は重要です。難題を解決したいという意欲が必要です。なぜなら経済的メリットはそれに付随して得られるものだからです。

    安藤晴彦氏

    二階大臣からもウォーレス副所長からもお話がありましたように、エネルギーと環境の問題は、21世紀に人類が避けて通れない大きな課題であり、同時に、ブレークスルーのための大きなチャレンジが待たれています。今日の講演会をきっかけに、日米のサイエンス面での協力が更に深まる、あるいは、ロスアラモス研究所と日本の皆様の協力の絆が深まることを通じて、人類共通のブレークスルーにつながっていくことを切に願っております。