RIETI政策シンポジウム

全要素生産性向上の源泉と日本の潜在成長率-国際比較の視点から-

イベント概要

  • 日時:2006年7月25日(火) 13:00-17:50
  • 会場:新生銀行ホール (千代田区内幸町2-1-8 新生銀行本店1階)
  • パネルディスカッション

    [パネルディスカッションの概要]

    本パネルディスカッションでは、日本の経済成長について、4名のパネリストによる報告がまず行われ、その後成長に関する政策、ITに関する展望についてディスカッションが行われた。

    [森川報告の概要]

    森川報告では、経済産業省がまとめた「新経済成長戦略」をテーマにTFP・潜在成長率との関係について報告が行われ、以下の点について指摘がなされた。

    1. 「新経済成長戦略」は人口減少下での新しい成長のための政策体系として、今年の6月にまとめられた。これは、人的資本、設備、金融、技術、経営のイノベーション等により、経済成長力の強化を目指す総合的な戦略である。この戦略では、今後10年間の実現可能な実質経済成長率を2.2%としている。
      また、政府与党がまとめた「経済成長戦略大綱」は、他省での成長政策を追加したものであり、2.2%以上の実質経済成長を視野に入れている。
    2. TFP上昇率を加速させる要因と減速させる要因を考慮し、実際の政策ではどの程度まで達成できるかを検討している。加速要因として以下のものが挙げられ、それぞれの寄与度もあわせて示している。
      「医療・福祉・教育といったサービス部門の効率化(約0.4%)」、「ITによる経営革新(約0.4%)」、「研究開発によるイノベーション(約0.2%)」、「人材投資(約0.4%)」「国際産業戦略(約0.3%)」、「安定した金融・財政戦略(約0.2%)」であり、特にサービス部門の効率化が重要であると考える。
    3. 日本におけるサービス部門の位置づけを検討するために、まず製造業と比較をすると、対GDP比率からサービス部門の相対的な重要性を窺うことができ、狭義のサービス業でみても2000年代に入り製造業よりシェアが大きくなっている。また、サービス業のGDP弾性値が上昇しており、この部門の生産性を上昇させることが非常に重要になっている。
      さらに、日本のサービス業の生産性を他のOECD諸国のそれと比較してみると、低いところに位置しており、ここに大きな課題がある。
    4. 「新経済成長戦略」の成長率を、成長会計の枠組みで要因分解すると、今後10年間、TFP上昇率は約1.3%となる。なお、労働投入は、女性労働や高齢者の労働力化が進むことを考慮しても若干のマイナスとして想定している。
      参考として、日本経済学会の会員を対象にアンケートをとったところ、今後10年間のTFP上昇率の見通しの平均値は1.2%であり、現在想定している1.3%という数字は、政策努力で可能なものと考えている。
    5. 今後の論点として、国民負担率の成長に対する影響がある。さまざまな議論はあるが、経済財政白書によれば、国民負担率の1%ポイント上昇が潜在成長率を0.1%ポイント下げるというクロスカントリーの分析がある。
      2つ目の論点として、「新経済成長戦略」の試算は、現在のGDP統計を前提としており、家計耐久財サービスや、医療サービスなどであり得るサービスの質の向上といったものが正しく評価されれば、マクロの成長率で相当程度異なってくるという研究もある。

    [不破報告の概要]

    不破報告では、企業の立場からみた持続的成長のためのイノベーションの重要性について報告が行われ、以下の点について指摘があった。

    1. ここ10~15年の間、リストラや事業の整理を行ってきたが、現在はようやく積極的な戦略を進めるための経営を行う段階へと到達している。つまり、これまでの基本戦略を転換することになるが、今後は「人材育成」、「新技術」、「新しいビジネスモデル」の3つの貢献を高める方向へとシフトしていくことになる。
      そのためには、「市場の変化に対応」、「勝てる技術の利用」、「資源の集中的な投入」、「自社外との連携」の4つを実行することが必要になってくると考えられる。
    2. 持続的成長のためには、生産の各段階での効率化を図る必要があり、「ヴァリュー(プロダクト)イノベーション」と「プロセスイノベーション」という2つのイノベーションが重要となる。「安全」、「安心」、「信頼」といった視点からのサービスの向上とコスト競争力の強化という二律背反の課題に取り組むためにも、イノベーションは重要となる。
    3. イノベーションにおいてITを活用するためには、問題提起の段階から解決のための策を実行するまでのプロセスを、標準化することが必要となる。さらに人が持っている知識や経験を提供するというKnowledge Managementが、このプロセスを効率化するためには必要である。
      このKnowledge Managementを活用して目指すべきものは、新しいお金のなる木を見つけるというValue Creation、これまでの攻めの経営へと向かうためのMotivation、競争力の向上を示すStretchといった事である。
    4. Knowledge Managementを、生産の各段階に対して波及的に引き継いでいくことが今後の課題となる。知識や経験は、生産の各段階で個別の体系を作ってしまっており、これにより効率性が失われることがあるため、各段階で戦略的な価値を共有することが必要となる。組織の各部門が、お互いの機能の違いを認めながら、戦略的価値を共有し、あるいは協力し合うということ(コミュニケーション)は、日本企業が組織のなかに潜在的に持っている力であると考えている。

    [吉川報告の概要]

    吉川報告では、経済成長における需要の役割について報告が行われ、以下の点について指摘があった。

    1. ここでは経済成長の中期的な展望について検討する。まず、生産要素の1つである労働に注目すると、成長会計分析では労働投入が減少していくと想定されるが、2005年においてみると女性労働の増加により、労働力は増加している。これは日本経済では不況期に女性労働が減少し、好況期にはそれが増加するという傾向を背景としている。
      経済成長率についてみると、成長の1つの要因としてアジア諸国への輸出が牽引している面もあるが、経済成長を反映して女性労働が増加するという内生的な要因も存在する。このように見れば、経済成長の要因の一部は需要要因によって規定されると考えることができる。
    2. 経済成長の制約要因としては、既存の財・サービスに対する需要の飽和が根本的である。ほとんど全ての財・サービスはロジスティック曲線に従い普及していき、飽和すればそれが経済成長を制約する。逆に考えれば、新しい財の登場が、経済成長を持続させる効果を持つということである。つまり、プロダクトイノベーションが経済成長のための究極的な要因といえる。
    3. 新しい財の登場が重要であることを考えると、産業構造の変化についてもその重要性を認めることができる。経済成長率と産業構造の変化の度合いについての関係を見てみると、1950~60年代には経済成長率は高く、産業構造の変化の度合いも大きかった。その後、経済が成熟し成長率が低下すると、産業構造の変化も硬直化してきている。

    [JORGENSON報告の概要]

    JORGENSON報告では、これまでの3つの報告を踏まえて、今後の経済成長に対する考え方について報告が行われ、以下の点について指摘があった。

    1. 日本は現在、需要不足の時代から新時代の幕開けへと移行してきており、新しい政策の焦点は成長である。その経済成長を評価するための基となるデータベースは、非常に重要である。国家ベースでの統計システムに問題があると、政府は我々と同じ問題意識を持つことができなくなる。
      このため、JIPデータベース2006の考え方を、国の統計にも反映させていくことを考えなければならない。「新経済成長戦略」では実質GDP成長率を2.2%と想定していたが、JIPデータベース2006を利用した将来予測を行ってみてもよいのではないか。
    2. 今後の日本においては女性の労働参加が増加してくると予測されるが、この点について、日本では女性も高学歴であるため、楽観的に捉えることができるのではないか。
    3. サービスの質の改善を、統計の中で正しく評価するという問題は非常に難しいだろう。これは医療や教育という分野において、市場が十分整備されていないということが背景としてあると考えられる。
    4. 経済成長における需要の役割であるが、プロダクトイノベーションが非常に重要である。IT部門におけるプロダクトイノベーションのスピードが、TFP上昇の鍵となるだろう。しかしながら、TFPは経済成長の要因の1つであり、労働投入や資本投入といった面についても同様に十分な議論を重ねていく必要があるだろう。

    [チェアからの指摘]

    1. 「新経済成長戦略」において、投資はどのような見通しになっているか。
    2. 医療、教育産業におけるサービスの質の問題は、現行のGDP統計に必ずしも反映されていないことから、想定しているGDP成長率2.2%の目標と直接は関係ないのではないか。

    [森川氏からの回答]

    1. 「新経済成長戦略」の中では資本の寄与は1.0%強程度と想定している。この場合、資本の収益率は現在と同程度となる。労働についての考え方は、女性労働、高齢者労働が増加すると前提している。たとえば、男女間の賃金格差が2030年までには解消されるという政策が前提となっている。
    2. 指摘された通りであるが、GDP統計には必ずしも反映されない真の豊かさを考察する際に、医療の質の向上は重要である。他方、女性の労働が増加することで家計内生産が減少するため、その部分についてはGDP統計に反映されていない豊かさは減る方向に働く面もあると考えられる。

    [チェアからの指摘]

    1. ITに関するイノベーションの展望についてどのように考えるか。
    2. サービス業におけるITの利用についてどのように考えるか。

    [不破氏からの回答]

    1. メモリーチップに関する進歩について考えると、回路と回路の幅が狭くなってきている。将来は20ナノといったレベルまで進むのではないか。また、ITがどのように利用されるかという点で言えば、非常に精細度の高い映像のやり取りが進むことは考えられる。
      これは例えば、医療現場における高精度のMRI映像のやり取りなどに利用されるであろう。さらにこれはstorageの拡大も必要とし、その単位はギガバイトからテラバイトへと移っていくであろう。これによりコミュニケーションの効率は上がってくると考えられる。
    2. 限られたコミュニティーの中でのネットワークの構築が必要になってくるのではないか。サービスを提供する側も提供を受ける側もその中に入り、やり取りが行われるという形である。たとえば医療サービスでいえば、ある特定の枠の中で医療情報が提供され、背後には医者のコメントが付加される、といったような形はあるかもしれない。

    [吉川氏からのコメント]

    • ITの活用についてはどの産業でも有益であるとは限らない。その中で、教育や医療といった分野ではまだITを有効に利用する余地が十分にあるのではないか。

    [JORGENSON氏からのコメント]

    • ITを集約的に利用している産業は全体の20~25%程度であり、ITを利用していない産業もたくさんある。そういった意味では、ITはある程度限定的なものと考えられる。

    [フロアからの質問]

    1. 森川氏はTFPの想定値として1.3%はアンビシャスであると言及されたが、これには労働の質等の貢献も含んでいるので、それを考慮するとTFPについてはかなり悲観的な推計ではないか。
    2. 過去の日本の動きを評価するためには、たとえば1970年代の分析も必要となるが、93SNAベースのSNA統計が80年以前に遡及されていないため、国の統計では比較のための分析ができない。また80年代の1.0%という推計は、森川氏が使われた実質GDP統計が連鎖方式で作成されていないため、当時のTFP上昇を過少に評価している可能性が高い。こうした統計上の問題についてはどのように考えるか。
    3. アメリカの経済成長の要因は、移民政策に寄与するところもあるのではないか。そのように考えると、日本でも開放政策の導入により、とくに技術者や研究者の移民が、IT部門の生産性を上昇させるということもあるのではないか。
    4. 労働の成長に対する寄与がマイナスである一方、労働参加率については増加するというのはどのように考えればよいか。

    [森川氏からの回答]

    1. 1.3%はアンビシャスというよりは80年代の1.0%よりも若干高い程度という認識である。
    2. 利用したデータは94年以降については連鎖価格で、それ以前は固定価格のものをつないでいる状況である。SNAの統計については、今後よりよいものへと向かうことを我々も望んでいる。
    3. 移民政策は政治的でもあり言及しにくいが、外国人の人材活用という意味では、すでに「新経済成長戦略」の中で考慮されている。
    4. 労働投入については今のままでは400万人減という予測があるが、女性労働や高齢者労働により労働参加率を引き上げることで、減少を100万人減までに抑えることができる。