政策シンポジウム他

21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略-

イベント概要

  • 日時:2004年10月20日(水) 9:00-18:00
  • 会場:国際連合大学エリザベスローズホール(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 問題の所在

    1.WTO・FTA交渉から要請されるもの

    ・WTO交渉では、一定率以上の関税は認められないという上限関税率や高率関税の大幅引き下げが予想される。

    ・FTA交渉では、実質上全ての貿易(一説によると90%以上の貿易量)について関税をゼロにすることが要請される。

    ・以上からすれば、大幅な国内価格の引き下げが必要。

    2.関税引き下げおよび国内価格の引き下げへの対応

    EUが行ったように、関税に支えられた消費者負担型の価格支持政策から納税者負担型の直接支払いに転換する必要がある。
    しかし、対象農家を限定しない一律の護送船団方式的な直接支払いでは、消費者負担を納税者負担に置き替えるだけで農業の効率化は図れず、国民負担は減少しない。

    3.農業・農政の問題

    1961年制定の農業基本法は農業の規模拡大・生産性向上によるコスト・ダウンや需要の伸びが期待される農産物にシフトするという農業生産の選択的拡大によって農業構造を改革し、農工間の所得格差を是正することを目的とした。所得は売上額(価格×生産量)からコストを引いたものである。米のように需要が伸びない作物でも、農業の規模を拡大していけば、コストの低下により、十分農業者の所得は確保できるはずであった。

    しかし、実際の農政は農家所得の向上のため構造政策よりも米価を上げる道を選んだ。消費は減り、生産は増え、米は過剰となった。30年以上も生産調整を実施する一方で、農業資源は収益の高い米から他の作物に向かわず、食料自給率は1960年の79%から40%へ低下した。

    600万haあった農地のうち農地改革で解放した面積(194万ha)を上回る230万haが消滅した。農地の転用規制、ゾーニングが厳格に運用されなかったうえ、米が余っているだけなのに農地も余っているという認識が定着したため、食料安全保障に不可欠な農地資源の減少に危機感を持たなかった。

    農産物一単位のコストは面積当たりのコストを単収で割ったものだから、品種改良等による単収の向上は農産物のコストを低下させる。しかし、米過剰のもとでは生産調整の強化につながる単収の向上は抑制された。農地の集積も規模の経済を発揮させ、コストを下げる。しかし、高米価のもとではコストの高い農家も米を買うより作るほうが安上がりとなるため、零細農家が滞留し農地は集積しなかった。

    明治から1960年まで不変の3数字といわれた農地600万ha、農家戸数600万戸、(主として農業に従事する)農業就業者人口1400万人はいずれも大きく減少した。農業就業者人口は280万人へ激減した。農業就業者のいないパートタイム的農家が増加したため、農業就業者は農家戸数300万を下回っている。逆に第2種兼業農家の比率は3割から7割へ、65歳以上高齢農業者の比率は1割から6割近くへ上昇している。

    Pros and Cons

    1.WTO・FTA交渉の対応

    (1)FTA交渉

    Pros

    • GATT/WTOが要求する実質上全ての貿易についての関税等の撤廃という規律となるべく整合的な自由化度の高いFTAを結ぶべきである。
    • 日本がFTA交渉で相手国の譲歩を引き出し、東アジアにおいて良好なビジネス環境を確保できるよう強いスタンスで交渉に臨むことが必要である。農業がそのための足かせになってはならない。

    Cons

    • GATT/WTOの規定から農業セクター全体をFTAから除外することは妥当でないが、どのような産品を対象とするかについては、貿易転換効果にも配慮すべきであり、FTAの対象品目が多ければよいというものではない。

    (2)WTO交渉

    Pros

    • EUは先んじて農政改革を行い、これをもってWTO農業交渉して積極的に対応している。農業で後ろ向きの対応を採り続けることはWTO交渉全体にもよい影響を与えない。農業交渉が動かないとアンチダンピング等日本が攻めるべき分野の交渉も進まない。
    • 内外価格差がある中で低税率の関税割当の拡大は国内生産の縮小をもたらす。関税が引き下げられても適切な直接支払いの導入によって国内価格を引き下げれば農家所得や国内生産への影響はない。WTO交渉で関税の引き下げか関税割当の拡大かを求められた時には直接支払いによって対応可能な関税引き下げを選ぶべき。

    (3)農政の対応

    Pros

    • これまでの交渉のように対外的に譲歩を迫られてから、国内対策を行うのではなく、WTO・FTA交渉とは関係なく、日本農業それ自体に内在する問題に対処するために改革を行う必要がある。
    • 現在検討中の改革も、行政内部での検討手続き、法律改正等により改革の実施は数年後になるという話がある。そうだとするとWTOやFTAという国際交渉の進展のスピードに較べ改革のスピードが遅すぎるのではないか。

    Cons

    • スピードアップも必要だが、行政には継続性があり、情報を開示しつつ、関係者の意見、パブリック・コメントも聞きながら十分なプロセスを経る必要がある。

    2.農業政策のあり方

    (1)政策の目的・あり方

    Pros

    • 政策上のそれぞれの目的(例,農家所得維持なのか環境保全なのか…)に直接ターゲットを絞った政策の導入が必要である。
    • 価格支持政策は、価格収入のうち肥料、農薬等への支払いを差し引くと25%しか農家の所得向上に寄与せず非効果的(ineffective)であり、需給不均衡等の非効率を生み非効率(inefficient)であり、貧しい消費者も裕福な農家の所得を支持する点で不公正(inequitable)なものである。日本の場合、農家所得を直接向上させる政策ではなく価格支持(食糧管理制度のもとでの米価引き上げ、現在では生産調整による米価維持)という間接的な政策を採ったため、食料自給率や国際競争力の低下等大きな副作用が生じてしまった。
    • これに対し、納税者負担型の政策は、負担と受益の関係を国民に明らかにできる。また、対象を絞った政策は真に政策支援が必要な農業や農業者に受益の対象を限定できる。
    • 産業・経済政策と社会政策、地域政策とを明確に区分すべきである。産業・経済政策としての政策は強い農家の育成に特化し、社会政策、地域政策は別途行うべきである。農業を通常の産業部門として扱い、競争力強化と効率性確保を目指す政策体系を構築すべきである。
    • 多くの場合環境問題は生産の外部性とリンクしており、これにターゲットを絞って対処することが経済学的に見てファーストベストの政策であり、これを生産物であるモノの貿易の規制で対処することは適当ではない。

    (2)農業と政治

    Pros

    • 族の利益から脱却することが必要である。これまでの農政との非日常、非連続を行うことが必要である。基準が明確な直接支払いの導入に踏み切るしかない。与野党一致というよりも与党と内閣が一致していることが重要である。総理が言った事を与党が否定するようなことがあってはならない。与党・内閣のなかで政治と経済学を一致させるべきである。
    • 数年前までと異なり、農政にタブーがなくなってきている。
    • 政治に遠慮せず、理想の政策をまず描き、それから議論すべきである。

    3.農政改革(直接支払い)の具体的な仕組み

    (1)仕組み(提案)

    米についていえば、当面WTO交渉で合意される関税水準で決定される輸入米の価格水準、将来的には国際価格水準まで国産米価を引き下げることを目的として、担い手に限定した直接支払いを導入する。

    (ア)生産調整の段階的縮小による米価の引き下げ
    まず米について、関税が下げられていけば生産調整により価格を維持することはできなくなる。米の生産調整を段階的に縮小・廃止することにより米価を徐々に需給均衡価格まで下げていく。
    価格低下で影響を受ける一定規模以上の担い手農家に対し、一部が農地の貸し手への地代として吸収される面積当たりの直接支払いではなく、生産・価格に影響しないため所得減を十分補償できるデカップルされた直接支払い(価格低下分の85%を補填)を交付する。対象を絞り込んで助成することこそ直接支払いの本質であり、価格低下により影響を受けない農家に助成することは不適切(稲作副業農家の農業所得は12万円に過ぎない)である。

    (イ)構造改革促進型の直接支払い
    生産調整の廃止により価格を下げ零細農家に農地を手放させるとともに、一定規模以上の農家に農地面積に応じた直接支払いを交付し地代支払い能力を補強してやれば、農地は零細農家からこれら企業的農家へ集積しコストは下がる。この直接支払いは実質地代の軽減による供給曲線の下方シフトという直接的効果と、農地の流動化による規模拡大、生産性の向上による右下方へ膨らんだ形での供給曲線のシフトという間接的効果を生じさせる。これにより、国際価格、または関税率100%の価格水準まで価格を下げる。

    ○直接支払いの対象農家

    Pros

    • (1)農家の限定について
      • (ア)経営者の育成が必要である。対象を限定しないと構造改革は進まない。企業家精神を持った事業体をしっかり認識し、その参入・活動を阻害している要因を除去することが必要である。
      • (イ)稲作副業農家は戸数では64%を占めるが、その所得792万円のうち農業所得はわずか12万円にすぎない。この農業所得は守るに値しない。兼業化により稲作副業農家792万円の所得は勤労者世帯646万円を大きく上回っており、このような兼業セーフティネットのある副業農家にまで直接所得補償をすることは国民の理解が得られない。
      • (ウ)集落営農といってもリーダーのいない集落営農は長続きしない。地域にリーダーがいるかどうかで農業の組織化が異なる。農地は集落で、農業は担い手でという考えを採るべきある。
    • (2)基準は明確であるべきである。基準が明確でないと現場の行政が混乱する(2年前の米政策の改革では経営安定対策の対象農家を都府県4ha、北海道10haに限定したという例がある)。
    • (3)集落営農の高度化・法人化のために所有と経営が一致しているLLC(人材集約型の産業分野を中心に利用されているアメリカの会社制度であり、株式会社と同様出資者は有限責任であるが、持分譲渡や内部の意思決定等については組合と同様である)を活用することも考えられる。
    • (4)北海道のように規模拡大が相当進み、対象農家の選定が難しいところではフランスのように退出する農家に離農奨励金を出す仕組みとすることも考えられる。

    Cons

    • 担い手に絞ることの必要性は認めるが、兼業農家、副業農家も水路、農道の管理等地域において重要な役割を果たしており、また、農家の所有農地が分散している状況にあるので農地を一箇所にまとめ農業の効率性を向上させるためにも兼業農家を構成員として含む集落営農を対象とすべきである。

    ○生産調整

    Pros

    • 次の理由から生産調整を廃止すべきである。
      • (ア)市場原理を導入すべきである(経済主体として重要な農協の改革も必要)。これからは売れる米作りと畑作物の振興に向かうべきである。既に生産調整を廃止しようとする現場の動きがある。副業農家の農業所得は12万円にすぎず、価格低下で影響を受ける主業農家に直接支払いをすればよい。
      • (イ)農業の現場では現行1万6000円/60kgの米価が1万1000円~1万2000円/60kgを切れば副業農家は農地を手放すといわれている。
      • (ウ)国際化対応として国内価格を下げるのであれば価格を維持するための生産調整は廃止が当然である。

    Cons

    • 生産調整をなくせば350万トンの供給増加となり、米価は暴落する。農家は需要曲線と供給曲線どおりには行動しない。米価を下げても副業農家は農地を手放さない。

    ○農地・水路等の農業資源の保全(多面的機能)に対する別途の直接支払いの必要性

    Pros

    • 担い手だけでは農村は守れない。水路等の農業地域資源の保全のための直接支払いを別途行う必要がある。

    Cons

    • 担い手への直接支払いは地代の上昇によって地主の利益となる。地主はこれによって農地・水路等の農業資源の保全をすればよいのではないか、財源が十分あればこのような支払いもよいかもしれないが、財源が限られているのであれば、構造改革に資する直接支払いに集中するべきである。

    ○条件の悪い中山間地域の取り扱い
    (傾斜地、小区画農地等農業条件の悪さにより規模拡大しようとしてもできない中山間地域をどうするのか)

    Pros

    • 中山間地域農業のメリットについても検討が必要である。傾斜農地の多い中国地方の中山間地域でも10~20ha規模の稲作大規模農家が標高差を活用して長い作業適期を利用している例がある。

    Cons

    • EUではマクシャーリー改革により1993から1995年にかけて穀物、牛肉の価格を引き下げた際、その代償として域内全体をカバーする直接支払いを導入したが、それでも補償できない条件不利地域の農家に対しては、条件不利地域への直接支払いを101ユーロ/1haから、1993年123ユーロ、1994年124ユーロ、1995年150ユーロへと段階的に引き上げている。中山間地域等条件の悪い地域でも構造改革を進めていくことはもちろんであるが、自然条件等で平場地域のコスト・ダウンのペースに追いつけない場合は、中山間地域等直接支払いの単価を増額すべきである。

    (2)財源問題と国民負担の軽減

    Pros

    • 農業予算構造の大転換が必要であることを明らかにしなければ、農政不信になってしまう。新たな税源を捻出できる状況ではなく、また、別に財源を求めるのであれば国民の負担の軽減にはつながらない。
    • 全ての水田・畑・草地について、米の上限関税率が100%の場合には約1.1兆円、関税ゼロという極端な場合でも多く見積もっても約1.7兆円ですむ。WTOやFTA合意による関税の段階的引き下げに対応し段階的に国際価格等に鞘寄せしていくとの観点からは、それが実現するまでの間、単価、予算額も段階的に拡大していくという案も考えられる。財政の観点からはこれが現実的であろう。EUの直接支払いも同様の方式をとった。
      国の農業予算は2.4兆円、補助金の地方負担を加えると3兆円もある。直接支払いを農業予算内で処理すれば、消費者が負担してきた4.7兆円に及ぶ農業保護は消滅し、国民負担は大幅に軽減できる。農業保護水準(OECDの指標であるPSE)はアメリカの半額の2兆円以下に低下する。世界最大の農産物輸入国でありながら、最も農業を保護している国との国際的な批判を返上できる。

    (3)改革効果

    Pros

    • 生産調整廃止により米の生産は増加し、米価低下により米と他作物の相対収益性が是正され、他作物の生産も拡大すれば、先進国中最低となっている食料自給率は向上する。国民・消費者への安価な食料供給が図られ、食品産業の原料問題も解決できる。担い手農家の所得も向上する。週末兼業農家と異なり、農業に専念できる規模の大きい農家ほど環境にやさしい農業を推進していることから農薬・化学肥料の投入も減る。