政策シンポジウム他

21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略-

2004年7月28日に実施されたRIETI政策シンポジウム「21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略-」 において、参加者は国際化に勝ち抜く農業を実現するためにどうすればよいのかを議論した。その中でケン・アッシュOECD農業次長は、OECD全体の農政改革についての講演を行った。RIETI編集部ではシンポジウム・フォローアップインタビューを行い、アッシュ氏にシンポジウムの感想や日本とEUの農政改革への取り組みの違い等についてお話を伺った。(編集部 熊谷晶子)

RIETI編集部:
7月28日に実施されたRIETI政策シンポジウム「21世紀の農政改革-WTO・FTA交渉を生き抜く農業戦略-」に出席された印象を教えてください。過去の論調と比較して変化は感じられましたか。

Ash:
全体的にとても前向きな印象を受けました。農政改革の必要性、実現可能性、有益性が広く認識されていることに勇気づけられました。日本の改革がなぜ進まないのか、進ませるべきではないかに終始していた過去の論議とは全く異なっていたからです。これは重要な思考転換であり、このような公の対話は改革プロセスの大切な第一歩だと思います。

もちろん新しい政策措置の緻密な詳細(たとえば直接支払いは現在もしくは過去の生産高のどちらに準拠するのかといった問題)や改革に要する財源(たとえば既存の農業予算なのか新たな財源か)、政策導入のタイムフレーム(たとえば直ちに実施するのか、もしくはWTOへのコミットメント上必要になってからの実施か)、受益者を決定する基準(たとえば農業以外に収入源のある零細兼業農家は対象にするのか否か)など、今後解くべき重要な課題はあります。

RIETI編集部:
日本が価格支持政策から直接所得支払い政策に転ずる場合、どうして農家だけが支援を受け続けるべきなのかという議論が日本の国民の間でおこってくると思われます。政府は国民にこのような政策の公正性を納得させられるのでしょうか。

Ash:
何点か考えるべきポイントがあると思います。

第一に、価格支持で現在農家に支払われている額と同額の支援を直接支払いで農家に支給すれば、価格支持の逆進性が作用しない分、それ自体で消費者の利益になります。つまり、低所得消費者は高所得消費者と比較して、これまでのように可処分所得中の高い割合を農家支援に負担しなくてもよくなるということです。

さらに重要な点は、直接支払いによって特定の目的や意図した受益者にターゲットを絞れるという利点があります。このようにして農家支援のコストは減らせますし、納税者の利益になります。またより効果的、効率的に政策目標が達成されるので社会全体の利益にもなります。たとえば、現在の生産必要高にリンクしていない支払いは受益者自身に生産を課する支払いよりも生産者に効率的に所得を移転できます。このように、政府と納税者にとってかなり低いコストで同額の所得を移転できます(OECDの分析によるとコストの50%が削減可能)。さらに、すべての「農家」は受益対象者になるとは限りません。たとえば農地の統合が目的ならばあらゆる支援から超零細兼業農家を除外することで促進できるでしょうし、コストもかなり削減できると思います。

また、直接支払いの目的が価格支持廃止(削減)に伴う農家への補填にせよ、関税撤廃による競争激化への農家の適応のための支援にせよ、支払いは逓減的かつ一時的なものであるべきです。ある時点で農家は全面的に保障され、必要な調整が行われることになるでしょう。やがて残りの農地は大規模化し生産性も向上すれば、直接的な所得支援も必要なくなります。

最後に、一部の直接支払いは所得、補償、調整関連の政策目標とは無関係です。ある支援は特定の公共財支給を目的としており(たとえば環境の豊かさ)、その公共財が農家もしくはそれ以外によって供給されているにせよ、関連コストはその価値に比例すべきであり、社会はこのような公共財の供給から直接利益を受けられます。

要するに、単に農家であるという理由だけで、永遠に財政支援を続けるべきだという明確な理由付けはもはや見当たりません。しかしながら、農家の資産価値の損失を補填するための一時的な支援や、新しい政策や市場状況への農家の適応を目的とした支援、農業生産性の向上、必要な公共財の提供といったことには確固たる根拠があると思われます。政策目標が明示的に示されている場合、政府が特定の利益を追求し、負担する理由を社会に対して説明し易いのではないでしょうか。

RIETI編集部:
日本は国内の農政改革への着手をぎりぎりまで先送りしているように思えます。WTOの農業交渉の成り行き上、不可避と判断するまで全く改革に着手しないように見受けられます。対照的にEUは国内の農政改革を推進し、関税削減や輸出補助金撤廃に着手し、その結果WTOでの交渉で有利な立場に立っています。EUと日本のこのような違いはどこからくるのでしょうか。

Ash:
一般的に各国は国内のポリシーミックスと国際的な通商政策のスタンスを矛盾させずに両立させたいと願っています。通商政策の成り行きを予想し、事前に国内政策を調整することで達成できる場合もあれば、逆に通商条約によって国内の政策変更を余儀なくされる場合もあります。どのようないきさつで改革が行われるにせよ、一国の経済的利益は、効果的、効率的、公平な手段をもって国内政策目標に取り組むのが最善策です(言い換えれば、そのことによって社会の一部や他多国、世界市場に不必要な負担を課すべきものではありません)。

OECD加盟国の既存の政策の多くは目標達成に非効率で、過大なコストがかかり、資金の移転も相対的に非効率、不公平です。より良い政策代替案があると思います。農業分野の市場開放は、政策の自由化に着手する。たとえば日本のような国に最大の恩恵をもたらします。なぜなら市場開放によって消費者、納税者が自由に決めたように使える資金資源が増加し、利用可能な公金がよりよい使途に用いられ、国内価格はその国の比較優位に合致した方向に調整されるからです。

消費者、生産者、納税者が現在の政策の弱点、より良い政策オプションの性質を理解しないことには農政改革は常に困難がつきものです。改革の理由づけやその遂行手段、利点が広く理解されることが必要です。その意味で今回のRIETIのシンポジウムは重要な第一歩だと思います。

最後に、個人的な見解ですが、合意に基づく日本の政策決定アプローチは、WTOの交渉締結により、政策変更を余儀なくされるのを待つよりもむしろ、交渉の締結前に国内の政策改革に着手することに好意的に作用するのではないかと思います。このアプローチは、日本がドーハラウンド開発アジェンダを成功裏に終結させるための積極的な貢献にも資するものだと思います。

(本稿はRIETI ReportNo.047「Steps on the Road to Agricultural Reform in Japan」 の英文和訳です)

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Ken ASH顔写真

Ken ASH (OECD農業局次長)