RIETI政策シンポジウム

「21世紀の政策形成」~政策のプロには何が求められるか~

実施概要報告

去る6月6、7日の両日経済産業研究所のシンポジウムとして「21世紀の政策形成~政策のプロには何が求められるか」を開催しました。お陰様で内外から一流の報告者、討論者の参加を得ることができ、聴講者も多数にのぼりました。このシンポジウムは「政策プロフェッショナルプロジェクト」として経済産業研究所と経済産業省で取り組んでいるものの第1弾として行ったもので、今後も継続していきたいと考えております。

プロジェクト開始のきっかけ

このプロジェクトを開始するきっかけとなったのは、経済産業省で昨年まで人事を担当した私の経験です。かつての通産省ではおそらくあるべき「通産官僚像」(モデル)が共有され、その前提となる資質、経験が暗黙のうちに伝承されてきたのだと思います。城山三郎が『官僚たちの夏』が描いた時代の話です。そのことが、職員の能力の研鑽とモラルの維持、組織としてのパフォーマンス向上の支えとなってきました。しかしその後の環境変化から過去のモデルはそのままでは通用しなくなっており、組織の基盤たりえなくなっています。新たなモデルを構築していくにはどのように考えていったら良いのか、若い職員の人事をあれこれと考えるなかで私の問題意識はここに行き着きました。より人口に膾炙している言葉で言えば「政と官」を見直すなかで「官」の役割をどう再構築するか、というのも近い関係にありますが、私としては問題意識がやや狭い(問題設定の仕方が古い)ように感じます。

勿論、新しい「通産官僚像」を構築するといっても、それは経済産業省に特有なものなのかは控え目にいっても不明です。直感的な見通しとしていえば、私としては、もはや「通産官僚像」や「日本官僚像」などを議論するよりも、世界的に通用し、なおかつ中央政府の職員に限らず、政策形成に参画する多様な主体の構成員をカバーする「政策プロフェッショナル」像は何かを議論することからはじめることの方がむしろ早道であると考えています。

他方、そうした「政策プロフェッショナル像」の構築は既存の理論からだけでは生まれないのではないか、というのがもうひとつの私自身の見通しです。そうしたことよりも、現代の政策形成に課されている諸要件、(1)高いスピード、(2)グローバルな連関への目配り、(3)内生化の限界を超えたレベルの専門性の調達、(4)「市場」でも「コーポラティズム」でもない多層にわたる主体が参画する環境での意思決定、といった諸要件にどう応えていくのか、実際にはそういう問題をつきつけられた現場での工夫が各国で始まっています。そうした現場の条件と工夫をつなぎあわせていってみて、それを基礎に理論化してみるというアプローチが有効ではないか、と考えています。そのような現場と理論をつなぐプロジェクトを試みる場として「経済産業研究所」は理想的な場だと思います。

プロジェクトの具体的内容

もう少し具体的なプロジェクトの内容の御説明をします。今回のプロジェクトの核は、各国で実施された具体的な政策形成ケースを素材として、政策形成を巡って各国が直面している課題とそれを克服するための工夫・手法を比較検討し、より良いものを抽出し、可能なものは共有化していこうというものです。ここで「政策形成を巡る課題」という場合、政策の具体的な内容という意味での政策課題(たとえばFTAは是か非か)とは異なります。ある政策を実現していくうえでのプロセス上の工夫(たとえばリサイクルシステムについてどういう情報をもとにシステムを設計し、どういうプロセスで関係者の合意を形成し、実施体制を効率化するか)という意味です。勿論政策内容とプロセスが融合化している、「コンテンツ」と「文体」が融合するのが時代の特色だという議論もありうるでしょうが、ここではあくまで「プロセス」の話だということを強調しておきます。そうした新たな政策形成プロセスを基礎づける手法を抽出し、組み合わせていくことにより、結果として、実効性のある政策形成のあり方の具体的な姿、つまり、中央と地方、政と官、政府の内部と外部、国家と国際社会の関係といったことを含めた新たな政策形成プロセスの全体像が描けるのではないかと期待しています。そしてそれを基礎として新たな「官僚像」(より正確には政府外の主体も含めた「政策プロフェッショナル」像)や公務員の能力評価、教育研修プログラムのあり方について議論できればよいと考えています。

シンポジウムの成果

今回のシンポジウムでは、初回ということもあり、具体的な手法・プラクティスを検討し共有化ということには至りませんでしたが、いくつか今後のプロジェクト進展のための芽はあったと思います(紙幅の関係からごく一部をご紹介するにとどめます)。

第一セッションでは各国の「行政改革(公務員制度改革)」の方向が議論されました。英国内閣府のマルガン氏は、複雑化する政策形成下で「戦略的」政策形成を行うには、綿密な現状分析を前提として将来を確実に予見し、合意形成のために関係者とコミュニケーションを図るスキルが必要とされる、という趣旨のプレゼンテーションを行いました。マルガン氏は近視眼的な政策立案を回避するという観点からこうしたことを提唱しているわけですが、私としては、(1)英国においても政策形成に必要とされる「スキルセット」が変化しているととらえられていること、(2)典型的な二大政党制が想定しているような、政党が掲げる「価値体系」(マニフェスト!)を起点として具体的な政策立案から執行に至るという一方通行の流れが「相対化」しつつある、という点に着目すべきだと考えます。「ポストモダン」と呼びたければそう呼べるでしょう。

第二セッションでは、フッド、ロッジ、城山各教授のチームが、英・貿易産業省、独・経済省、日・経済産業省で行われた実際の政策形成ケースをもとに研究成果の発表を行いました。具体的には、これらの政策形成プロセスで必要とされるスキルが何であったか、各省の人事政策においてそうしたスキルの組合せが考慮されているかどうか、といった点についての発表が行われました。また、プレゼンテーションのなかで、フッド教授から、主要国の潮流として、(1)行政サービスの適切なマネジメントだけではなく、政策形成(policy making)の面での行政官の能力評価に関心が向きつつあること、(2)コンピテンシーという言葉は複数の意味で用いられているが、特に幹部行政官の能力評価としては、特定分野での特定タスクの処理能力ではなく、より一般的な行動特性に着目したものが重視されつつあること、が報告されました。

この3名による研究結果、あるいは政策形成ケースを軸として進めようとしている本プロジェクト全体に対しては、いくつかの問題点が提起されました。いくつか例示をすれば、(1)実際のケースをとりあげると「成功」ケースばかりで「失敗」が顕在化しないのではないか、(2)個人の能力である「コンピテンシー」を基礎として分析を進めようとすると「個人攻撃」をはらまざるをえず、客観的な分析が期待できないのではないか、(3)個人としての能力でなくチーム全体としての能力評価の要素も重要ではないか、といったものです。これらはすべて本プロジェクトで考えていかなければならない大切な課題ですが、現時点では私自身は以下のように考えています。

(1)「失敗」ケースを直接取り上げることはすぐには難しいかもしれないが、各国が当面している「課題」を持ち寄り、それに「答え」を示すかたちで他の国が「better practice」を示すことはできるかもしれない、ということです。本プロジェクトの発想の原点の一つは、コンサルティング会社等で行われているknowledge managementですが、これは、コンサルタントが行った「コンサル事例」が蓄積され、それがその会社としてのコンサルティングのレベルを向上する基礎となるとともに、多く参照されるような「良い」ケースを提供したコンサルタントについては、自然と評判が高まるという仕組みになっています。つまり、必ずしも「失敗」ケースを明確にして「白黒」をつけることだけが出口ではない、ということです。「良貨は悪貨を駆逐するアプローチ」といってもよいかもしれません。勿論「失敗ケース」から学ぶことは多大であると思いますし、それを行う工夫は是非したいと思いますが、それがなければ仲間内でほめ合うだけで何も得られないというのはやや狭隘な見方だと思います。

(2)本プロジェクトが政策形成「手法」を強調しているのは、問題を個々人の能力評価だけに帰着しないためです。勿論良い手法を開発実践した人・チームが高い評価を得ることは当然ですから、人事政策と全く切り離してしまうことはできません。しかしながら、本プロジェクトは、「良い手法を開発実践した人間個人を高く評価することによってインセンティブを与える」という単純な「能力主義」を目指しているのではなく、「組織のなかでモデルが不明確になっている状況のもとで、新たなモデルづくりの開発実践を奨励すればボトムアップ的に組織のデザインが改良される、だからこそモデルをつくった人を讃える」という組織のアーキテクチャー改革のあり方を重視したものであることを強調しておきたいと思います。

第三セッションでは公共政策大学院のカリキュラムを議論しました。ケルマン教授から、科学的な行政という立場から「ミクロ経済学」「統計学」等とそれに基づく「政策分析」を重視したケネディスクールの当初のカリキュラムが、次第にリーダシップ論や経営学、さらには政策選択の基礎論としての「倫理学」が追加されてきたこと、さらに、今後の課題として「調達・契約」についての科目や、学問としての「心理学」や「歴史」をカリキュラムとしてどう取り込むかがあげられていました。また、ケネディスクールの試みとして、与えられた政策課題について複数のチームに分かれて政策を検討し、幹部にブリーフィングするかたちのトレーニングが行われていることについての説明がありました。我が国の公共政策大学院のカリキュラムについても共通の課題ですが、政策形成プロセスが変化していくなかでそこにおいて求められる「スキル」は何かをまず行政側が明確にしていく努力が必要だということが複数の参加者から指摘されていました。今回のプロジェクトがそうした方向の一助となることを期待していますし、その意味で「手法」や「スキル」の明確化とあわせて教育研修プログラムのあり方を引き続き議論していく必要があると考えています。

今後の課題と抱負

参加者から大変暖かいお言葉を頂戴したこともあり、また、英国内閣府が次回会合のホストをやっていただける用意があるとのこともあり、このプロジェクトは続けていきたいと考えています。ただし、今回のシンポジウムは私自身の準備の不手際もあり、議論が十分にフォーカスされたものとならなかったと思っており、次回はもっと論点を絞り込んだものとする必要があると考えています。具体的な方向としては次の3つの課題に分けたうえで、東京およびロンドンで議論を行う場を来年にも設けたいと考えています。

第一は、政策形成プロセスの差に焦点をあてたものです。日本の政策プロセスやそこで果たす行政官の役割の特徴については今回のシンポジウムで大きな論点となりました。この点については特定の政策領域に属する政策形成ケースを用いて詳細な比較検討を行う必要があると考えています。ただし、私自身としては、最近自ら関わった産業再生機構の設立や経済財政諮問会議の運営の経験からみて、我が国の政策形成プロセスが転換期にあることは強調したいと思います。勿論、転換期といっても新たなプロセスが見えてきたというわけではなく、旧来のプロセスが機能しない中でアドホック的に対応が行われているというのが実態に近いと思います。また変化といってもまだ部分的かもしれません。ただ何れにしても旧来の我が国の政策形成プロセスをステレオタイプ的に確認することにはおそらく意味が無く、最近のケースを取り上げながら他国のケースと比較検討を行うことが有益であるように思われます。また、先述したように、諸外国の政策形成プロセスも変化しつつあり、我が国のものに接近している部分もあるという視点も忘れてはなりません。

第二は、実際の政策形成手法に焦点を当てたものです。政策をつくるにあたっての「複数シナリオの有効なつくり方」、「諸外国の政策・制度状況との効果的なベンチマーキングの手法」、「利害関係者とのコミュニケーションを通じた合意形成の手法」等、かなり具体的なテーマに絞ったうえで、各国が当面している課題と実際に行われた試みについて議論してみると生産的なのではないかと考えています。そのうえで、もしそうした手法についての教育研修プログラムについてまで取組みが行われている場合には、そうした点も議論すべきでしょう。

最後は具体的な公務員の能力評価と人事政策の運用の実際です。フッド教授等の研究プロジェクトでもこの点はまだまだ明確になっていません。第二の論点を明確にしつつ、それとキャッチボールするようなかたちで、こうした人事政策の運用そのものについても各国で比較検討してみる価値はあるでしょう。勿論公務員の能力評価という場合、当然のことながらここで取り上げられている「政策形成」でない面についての能力評価も多くありますが、そうした人事政策や能力評価の全体像を取り上げるのは本プロジェクトの枠を超えるものでしょうから、このプロジェクトとしてはあくまで「政策形成」面での能力評価に焦点を当てたいと思います(本プロジェクトは、行政サービスの効率的な提供とは異なる面に焦点を当てるという意味で"NPM(ニューパブリックマネージメント)を超えて"と題していますが、それは我が国が既にNPMを導入したのだとか、その努力が不要だということを全く意味していません。ただしすべての目標はある意味で移動目標ですから、目標を不断に見定めなければ全体としての努力が水泡に帰すことは考慮しなければいけない点だと思います)。

最後になりますが、こうした幅広い参加をいただいてシンポジウムが開催できるのも、私どもとビジネス支援図書館推進協議会との共催、また、文部科学省をはじめ、多くの機関のご後援をいただいていることによる次第です。ここに御礼申し上げます。

そして、このシンポジウムが、わが国にも起こりつつある新しいうねりを加速し、公共図書館の新しい道を拓くことになることを期待しております。簡単ではありますが、開会にあたりまして主催者の1人といたしまして、経済産業研究所からのご挨拶をさせていただきました。ありがとうございました。