RIETI-KEIO Conference on Japanese Economy

Leading East Asia in the 21st Century?-21世紀の日本経済:東アジア諸国との競争と協調-

イベント概要

  • 日時:2003年5月30日(金)9:00-16:45
  • 会場:慶應義塾大学(北館ホール)
  • 開催言語:英語
  • 実施概要報告

    元橋一之 (RIETI上席研究員)

    2003年5月30日に慶応義塾大学(以下慶応大学)と共催で東アジア諸国の台頭と日本経済の将来に関するコンファレンス「21世紀の日本経済:東アジア諸国との競争と協調」を開催しました。当日は、アジア諸国の生産性の動向やIT革命と経済成長の関係などについての分析結果が紹介されるとともに、日本経済の今後について活発な議論が行われました。経済産業研究所では、中国、韓国、台湾等の東アジア諸国と日本の産業競争力を生産性から評価する環太平洋生産性比較プロジェクトを行っており、当日はこのプロジェクトの中間成果の報告も兼ねるものとなりました。

    第1セッションは、東アジアにおける経済的発展と日本経済に対するインプリケーションに関する報告が行われました。まず、Stanford大学Lau教授は、日本とその他のアジア諸国との補完的な貿易構造は大きく変わっておらず中、韓、ASEANとのFTAは日本経済にとっても有効であること、またアジア域内での通貨レートの安定が重要であることを示しました。Yonsei大学のYun教授は、アジア危機後の韓国の金融セクター改革について述べ、日本の不良債権問題を解決する上で学べき点があることを指摘しました。更にGroningen大学のvan Ark教授は、アジア諸国の生産性比較結果から、ITセクターを中心に韓国や台湾が日本を追い上げていること示しました。

    第2セッションは、経済産業研究所で行っている環太平洋生産性比較プロジェクトの一環として、日本、韓国、中国及び台湾の分析結果が、慶応大学の新保助教授、Seoul National UniversityのPyo教授及び慶応大学の河井助教授から報告されました。同プロジェクトは比較可能な産業別データベースに基づいて、経済構造の変化と産業別の全要素生産性(TFP)の比較を行うもので、1980年代以降の各国経済の概要と産業別全要素生産性の動向についての報告がそれぞれありました。本プロジェクトでは、今後、産業別競争力を評価するための生産性のレベルの比較を行い、来年には最終的なレポートとしてまとめる予定です。

    第3セッションは、日本経済の長期的な不況と今後の動向にフォーカスした分析の報告にあてられました。まず、東京大学林教授は計量モデルに基づいて、日本経済の成長率は90年代以降下方にシフトしたという分析結果を示しました。それに対して、経済産業研究所元橋上席研究員は、90年代後半のIT革命によって日本経済の生産性は90年代前半に一旦落ち込んだものの後半はその上昇率が加速しているとの結果を示しました。Harvard大学Jorgenson教授は、日本の経済成長率の長期的見通しを行い、生産性については上昇しているが、日本は米国に比べて人口構成が急激に高齢化することから経済成長率については米国よりも低くならざるを得ない点を指摘しました。更に、慶応大学黒田教授は、資本ストックにおける生産性の伸びがそのユーザー産業の生産性に動学的に影響していることを示しました。

    第4セッションは、これまでの東アジアと日本経済に関するアカデミックな論文の報告を受けて、今後の日本経済のあり方や政策的インプリケーションについて議論するパネルディスカッションが行われました。最初のスピーカーである経済産業研究所青木所長は、90年代は「失われた10年」ではなく、日本が新たな経済システムに移行している期間として位置づけるのが適当であるという点を強調しました。元日銀政策委員の中原氏は、構造改革も財政政策もこれまで有効に機能しておらず、日本経済が長期不況から脱するためにはやはり日銀が拡張的な金融政策を継続させることが重要であると述べました。Yale大学の浜田氏はデフレ経済の進行が実質金利を押し上げ、企業の設備投資を抑制していることから拡張的な金融政策は重要であるが、市場へのベースマネーの供給だけでは不十分で、外貨買い上げ、長期国債買い上げ、それに加えてインフレターゲット等期待に働きかける政策が必要である点を指摘しました。最後に、大阪大学のHorioka教授は、バブル経済後の長期不況は政策的な失敗によるものであったが、その一方で不況を脱するための政府の役割を強調しました。具体的には家計消費や企業投資を促進する時限の税制措置や社会保障制度改革による家計の将来不安の払拭などが重要であると述べました。

    このコンファレンスは、生産性という経済成長を考える上で重要な指標を中心的に取り上げ、実体経済から見た日本経済の長期的なあり方について議論を行うために企画されたものです。しかし、長期的不況の原因としては不良債権問題などの金融面での対応の遅れやその背後にある政治システムの問題まで幅広い議論が行われました。また、生産性の動向についてもいくつかの分析結果が紹介され、データの整合性についても議論が行われました。分析する対象範囲を限定した実験が可能な自然科学と異なり、経済学における実証研究には、マクロ経済やミクロ経済といった経済学のディシプリンを超えた総合的なアプローチが必要となります。また、分析を行うためには経済実態を反映したデータが重要であることはいうまでもありません。有効な政策インプリケーションを導出するための実証分析には、マクロ経済全体をとらえる「総合的アプローチ」とそのためのデータが不可欠であると再認識させられた会議でした。