政策シンポジウム他

企業経営環境の変化とセーフティネット

セーフティネット問題に関する基本的論点

赤石 浩一(RIETI研究員)

11月19日にRIETIにおいて政策シンポジウム「企業経営の環境の変化とセーフティネット」が開催されます。これに先立ち、日本におけるセーフティネット問題の背景、論点・争点について赤石浩一フェローにお話を伺いました。

プロジェクト開始のきっかけ

まず日本は「世界最先端」の少子高齢化国であるということがセーフティネット問題の背景としてあります。平均寿命が世界一であることに加え、出生率も世界最低水準であり、さらに外国人労働者の入国についても厳しい制約があります。
一方で、ヒトの生き方、企業のあり方、社会保障制度など高度経済成長時代に構築されてきた経済社会システムは経済の国際化・成熟化に伴い大きな歪みが生じてきており、これが少子高齢化問題に拍車をかけることになっています。
少子高齢化の問題は単なる社会現象として捉えるべき問題ではなく、政治、経済そして社会システム全体の問題となっています。日本に次いで中国をはじめ他のアジアの諸国でも少子高齢化は急速に進むと言われており、ある意味、日本は世界に先駆けて少子高齢化社会をどのように構築するか、という「壮大な実験」をしているといえます。良くも悪くも日本は今後、少子高齢化国家の世界的モデルになっていくことでしょう。

少子高齢化をミクロの観点で見ると、社会保障コストなどの企業の福祉負担が増加し、ひいては日本の産業競争力に大きなマイナス影響を与えます。いかに社会保障システムの効率化に努め、産業競争力を保つのかが重要です。一方で、マクロの視点で見ると、少子化に伴う人口減少が最大のポイントですが、それ以外にも高齢者は一般的に消費量が減るといわれていますし、子供が増えないことも需要の減少につながります。供給サイドからいっても労働人口の減少から労働供給が落ち込み、需給双方の縮小が経済成長の阻害要因となります。

企業が負担してきた社会福祉を今後どう担っていくべきか

これまで日本のシステムは高度経済成長を前提としており、福祉は企業や家庭に大きく頼っていました。たとえば家庭においてはいわゆる「嫁」が子育てや介護を担い、企業は社宅から年金、医療保険や介護保険の負担にいたるまで幅広い負担をしていました。しかし高度経済成長時代も終わり、国際化が進展する中、企業はこれ以上の負担を背負えない状況にあります。そこで、今後はこれまで企業が担ってきた部分も含めて国家が全般的に社会福祉を担うべきだという意見があります。つまり税金を投入し、「大きな政府」が公平な福祉政策を実行すべきだということです。
これに対し、「オルソンの問題」が起こる、として反対の意見もあります。つまり、社会保障システムを担う人数が多くなり被保険者の数が増える(集団規模の拡大)と、構成員が自分の保険などに対する連帯感や帰属意識をもてなくなりフリーライダーになろうとするモラル・ハザードが生じるということです。システムの単位を大きくし、かつ公的セクターの介入を拡大するのではなく、むしろ企業毎の保険制度を維持しつつ効率化を確保すべきであり、企業がこれまで担ってきた既存の社会福祉制度を基本にしつつ改革していくほうがよい、という意見です。
たとえば健康保険組合にしても現行ではさまざまな規制に縛られており、実質的には国の代行機関となっています。しかし規制改革が行われ、自由度が高くなれば、たとえば1つの企業でも幾つかのオプションが生まれ、保険組合間での競争が起こり、個人はより自己のニーズにあったものを選択できるようになるのではないのか、という声もあります。

M字カーブから脱却できない女性の就労パターン

女性の就業も大きな問題です。日本の女性の就労パターンの特徴はいわゆる「M字カーブ」から脱却できていません。20代、30代前半まで女性の就業率は増加傾向を示し、その後、結婚・出産を迎える世代で一気に低下し、その後子育てを終えた世代がまた労働市場に戻り、やがて退職する、というパターンです。また、日本では子育てを終えて再就職する女性の多くがパート就労であり、M字カーブが緩んできたといっても実態は諸外国と比較し女性の社会参画は大きく見劣りします。すでに米国などの先進国ではM字カーブは解消されており日本の情況は世界的に見ても特異な状況です。
一般的に女性が良い条件で再就職しにくい国では専業主婦率が高く、出生率が低下するといわれます。ドイツやイタリア、日本がその分類に入ります。質の高い女性労働力が活用されていないことは、産業競争力に悪い影響を与えるでしょう。さらに、離婚率の上昇や失業率の上昇に伴い女性、特に専業主婦の「人生リスク」が大きく上昇していることも深刻な問題です。専業主婦は離婚や配偶者との死別の際に子供の学費が払えなくなるどころか直ちに路頭に迷う可能性さえ抱えており、社会保障上も十分な手当てがなされていません。出産とそれに伴う退職を契機に女性の「人生リスク」は急激に上昇するため、昨今の女性が子供を産み控えているのは当然のことといえます。労働市場に参加する女性が少ないと消費も増えません。
女性の就業問題は少子化問題の最大の要因であり、それはまた、産業競争力にもマクロ経済にも深刻な影響を与えています。

このような背景の下、企業は育児と仕事の両立支援制度を充実させ、年齢制限を撤廃し、政府も保育サービスを充実させるとともにファミリー・フレンドリーな企業や女性の起業を支援すべきだという意見があります。その一方で、育児休業制度が普及している産業ほど20-24歳の新規採用が少ないというデータもあり、育児休業制度を充実すると企業のコスト負担になることから結局「女性はコスト高だから採用しない」という結果になりかねないという意見もあります。女性の就労率を上げる必要性に関しては一致していてもどのようにバランスをとるべきか議論を呼ぶところです。11月19日のシンポジウムではこのようなことが論点になるでしょう。

(文責:赤石浩一)