政策シンポジウム他

活力ある経済を支えるセーフティネット~システムとしての再設計~

イベント概要

  • 日時:2001年9月7日(金) 10:00~18:00
  • 会場:経済産業研究所セミナー室(千代田区霞ヶ関1-3-1、経済産業省別館11階 E21)
  • 実施概要報告

    赤石浩一(RIETI研究員)

    2001年9月7日に経済産業研究所政策シンポジウム「活力ある経済を支えるセーフティネット」が、~システムとしての再設計~という副題の下、開催された。

    社会保障、医療制度、雇用問題などの多岐にわたるセーフティネットについて、「活力ある経済を支え、かつそれぞれの制度が互いに補強しあえるようなシステムとしての再設計のあり方如何」という問題意識でこのようなシンポジウムを開催するのはおそらく我が国で初めての試みであろう。

    当日の資料やパネルディスカッションの模様は、本ホームページにも掲載されているが、概要を簡単にご紹介したい。

    ・最初に所長の青木昌彦より、日本経済は、高生産性部門と低生産性部門の並存の中、高生産性部門から低生産性部門への所得移転により同部門の所得・雇用保障が行われていたが、国際競争の時代においては、このようなシステムは高生産性部門の生産性をも低下させる可能性があること、加えて現行のセーフティネットが、ライフスタイルへの変化などに十分対応できていない可能性があることなどが指摘された。そして、低生産性部門から高生産性部門への人的資源の再配分と、政府の失敗・市場の失敗の可能性を考慮に入れたセーフティネットを設計するために、労働市場や年金、医療・健康・介護部門といったドメインにおいて、流動性や効率性をお互いに補強しあうような制度設計はどのような視点で考えるべきかといった全般的な問題提起がなされた。

    ・これを受け、第一セッションでは、社会保障全般について、まず、ファカルティフェローの橘木俊詔(京都大学教授)より、セーフティネットとはいわばサーカスの曲芸師の落下を防ぐ網のようなものであり、てこれがあることによって人はチャレンジができる。わが国のセーフティネットは未成熟であり、その充実は必要ではあるが経済活性化の観点から企業は福祉より撤退すべきであり、その分は国民全員で支えるべきであるとの指摘がなされた。

    次に上席客員研究員の金子能宏(国立社会保障・人口問題研究所室長)より、年金問題について、公的再配分所得のジニ係数を示しつつ、近年の所得格差の拡大、なかんずく高齢者の所得格差が拡大していること、裕福な高齢者や生活の厳しい若年、中年者を念頭におきつつ、シビルミニマムとしての所得保障と個人の生活設計の維持という観点からは、公的年金改革と確定拠出企業年金の制度化および普及が相互に補完しつつ進められることが重要との指摘がなされた。また、医療保険の財政状況にも問題意識を広げ、保険者はエージェントとしての機能を十分に果たす必要があるが、そのためには、保険者そのものの情報収集・解析能力などを高めるべき、との主張がなされた。

    ・第二セッションではファカルティフェローの川渕孝一(東京医科歯科大学教授)より、医療改革には、公平性、有効性、効率性、透明性、安全性、個別性の6つの視点が必要との指摘がなされた。また、医療にかかる資金拠出のあり方として、高齢者医療保険と介護保険の統合、シンガポールの3M制度の考え方の導入についての主張が、また、医療産業の経済全体に与える影響、特に地域経済に与える影響が示され、医療は産業として捉えられるべきであるとの主張がなされた。最後に、「選択と集中」、モラルハザードの阻止、「医療」を産業として把握するといった点を中心とする「医療改革の工程」についての提案がなされた。

    次に、東京大学客員研究員のポール・タルコット氏より、医療制度改革には政治、産業、そして政策決定過程の問題があり、政治上の問題としては、本来負担増が必要であっても政治家等により負担が緩和されてしまう点などが、産業上の問題としては、病院経営が未成熟である点が、政策決定過程上の問題としては、利害関係者の反発が大きいため、制度改革が妥協の産物となってしまう点が指摘された。

    ・第三セッションでは、まず、上席研究員の児玉俊洋より、わが国のUV曲線が特異な形状にあり、労働需給のミスマッチが問題であること、雇用機会の創出もさることながら、労働移動と人的資本形成がそれ以上に重要であること、平成9年3月の三井三池炭鉱閉山の場合、4年間かかったものの有効求職者の約80%が再就職に成功していること、このことは、構造改革下の離職者についても、異なる業種や職種への転職可能性が本人の意欲次第で十分存在することを示していると指摘された。

    次に、ファカルティフェローの樋口美雄(慶應義塾大学教授)より、マクロ政策では失業問題を解決するのには限界があること、日本の雇用対策費は先進諸国との比較において十分ではないこと、企業責任の重視が従業員に対する企業の拘束性を強めていること、高齢者雇用を拡大する対策がある一方で、若年対策がほとんどないことなどが指摘され、今後の雇用対策としての規制改革の重要性、政府が直接雇用を行う際の留意点、ワークシェアリングへの期待、職業紹介機能の強化の必要性、失業保険給付期間の延長の必要性とその際の留意点などの考え方が示された。

    ・平沼赳夫経済産業大臣スピーチでは、4~6月期GDPが前期比で-0.8%となり、日本経済が予断を許さない状況となる中、小泉総理から補正予算編成の準備を進めるべく指示があったことを踏まえ、経済産業省としては、雇用とともに、中小企業に係る有効なセーフティネットの構築と新産業創出などに省を挙げて取り組んでいくとの発言があった。具体的には、中小企業の売掛金債権を担保とした融資の推進や、平沼プランでの新規創業の倍増という目標を実現するため、事業計画書に着目した創業融資制度の充実などを行っていくとの発言があった。

    ・パネルディスカッションでは、最初にマッキンゼー・アンド・カンパニー ディレクターの横山禎徳氏より、労働力の増加による成長が見込まれない中、経済成長のためには生産性の向上が必要であるが、日本には参入障壁とともに、低生産性部門からの退出障壁があることなどが指摘された。これらの障壁などを無くすことにより、一時的には失業者は増大するものの、高生産性部門の成長により新たな雇用が創出されること、特に広い意味でのヘルスケアシステムの構築は雇用対策という観点からも非常に有望であることが示された。

    次に、パソナグループ代表の南部靖之氏より、看護婦派遣、船上社交ダンスクラブの例を挙げつつ、雇用の創出を図るためにはおよそ時代に見合わない規制について見直しが必要であること、また、規制見直しにより既存産業内だけでも100万単位の雇用創出が可能であること、さらに、将来どういう事業が伸びるかについてのビジョンを示すべきであるとの指摘がなされた。国立社会保障・人口問題研究所室長の大石亜希子氏からは、日本の社会保障制度は、共働きや離婚の増加などのライフスタイルの変化への対応、女性や高齢者の労働供給に及ぼす年金制度の影響を踏まえた対応が必要であるとともに、社会保障給付全体の中のウェイトの置き方についても考えていくことが必要との指摘がなされた。

    コンサルティングフェローの高橋洋一より、日本の年金の自主運用事業が赤字となっていることを踏まえ、自主運用部分は国民に返還すべきであり、運用を行うにしても国民自らが運用できるようにすべきであることなどが指摘された。

    以上の議論を受け、

    1. 企業負担のあり方、政府、個人との関係をどうするか、
    2. セーフティネットの改革を通じて経済を活性化することができるのか、
    3. 多様で複雑に入り組んだセーフティネットを再設計する際の統合的な視点はどこにあるのか、

    の3点に論点を絞って議論がなされた。

    第一の論点では、企業福祉主義からの脱却についておおむね方向性が一致したものの、そのためには自己責任が取れるような形でのセーフティネットの構築が必要、また、公的負担・財源(税や保険)のあり方についてはさらなる検討が必要であるとの指摘がなされた。

    第二の論点においては、セーフティネット部門の改革を通じた経済活性化は十分に可能であるとの見解が多かったものの、その改革は社会のニーズを踏まえて行うべきであり、ニーズに対応するためには規制の撤廃などが必要であることが指摘された。

    第三の論点においては、ライフスタイルの変化や企業福祉主義からの脱却を踏まえ、個人という単位でセーフティネット制度全般を再設計する必要性が強調された。

    ・最後に所長の青木より、企業福祉主義からの脱却などについておおむね方向性が一致したことを評価しつつ、加えて、これまでの政府の失敗を踏まえると、政府の行動はシビルミニマムに限定し、かつ透明性を持つことが必要なこと、その上で個人責任の実現のためには仲介機関が重要な役割を持つこと、そして、これからは医療・福祉などを統合した新しいサービスが出てくる可能性もあり、そのようなアイディアを活かしていくためにも、規制の撤廃が政府の役割として重要であることが指摘された。