新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

2010年レアアース輸出停滞等を振り返って中国を考える

高木 誠司
コンサルティングフェロー

新春コラムということで、日ごろ忙しい方も過去を振り返りつつ、少し余裕をもってものを考えるのに、いいタイミングかもしれないので、そのような思考材料の候補を提供したい。日本の今後、日本経済の今後を考える上で、中国をどう考えるかは、1つの大きな課題と考える。中国は、地理的には、日本に最も近い東アジアに位置し、歴史的、文化的な関係も深いが、日本人にとって、簡単な理解を許さない国でもある。その全体像を描く力は筆者にはないが、それを考える1つのきっかけとして、2010年に起きた、中国のレアアース対日輸出停滞およびレアアース輸出規制に対するWTO提訴に関し、筆者が注目すべきと考える点を何点か指摘をしたい。

1.経緯

最初に、2011年版不公正貿易白書記載の「中国のレアアース政策」を参考にしながら、簡単に経緯を整理したい。当時、中国のレアアース輸出には、輸出税が課されるとともに、輸出枠が設定されており、その輸出枠は、2006年以降年々削減されていた。2010年7月に2010年下期の輸出枠が発表されたが、対前年同期比で約72%の大幅削減となっていた。このレアアース輸出枠の削減に強い懸念を持った日本政府は、8月に開催された「第3回日中ハイレベル経済対話」やその際の温家宝総理表敬などの際に、この問題の改善を中国側に強く要望した。そして、9月に、尖閣諸島沖の漁船衝突事件が起き、その後、中国政府による、複数の報復とみられる対応が取られ、中国の対日レアアース輸出も突如停滞する事態となった。その後、日本政府はさまざまなレベルで中国政府に改善を要請したが、中国政府は基本的にはレアアース輸出を実質的に止めていることを認めず、状況は改善しなかった。しかしながら、11月に横浜で開催されたAPEC首脳会合時に、大畠章宏経済産業大臣(当時)が中国国家発展改革委員会の張平主任(大臣、当時)と会談した際に、この問題の改善を要請し、張平主任は、「問題を近いうちに解決する」などと回答した。その後、少しして、レアアースの対日輸出は、徐々に通常の状況に戻った。他方、レアアース輸出枠などの輸出規制は残ったままであり、この問題については、2012年3月に、日米EUでWTOに提訴し、2014年にWTO上級委員会でも日米EUの主張が認められ、その後、中国政府が該当措置を撤廃することとなった。

2.5つの注目点

筆者が注目すべきと考える最初の点は、レアアースの輸出停滞の問題は、現実に生じている、深刻な問題であったが、中国政府の特定の法制度に基づくものではない、不透明な対応に基づくものであった点である。そのため、この問題は、WTOの紛争解決メカニズムには持ち込まれなかった。前述のとおり、輸出停滞の問題は、輸出が実際に停滞しているという事実関係は確認できるものの、日本側の類似の要請に対しても中国政府は自国の措置としては認めず、最終的に、張平主任の前述の発言により、中国政府が何らかの方法でその問題に関与していたことを裏側から認めたに過ぎなかった。周辺情報からは、中国政府が何らかの口頭指示でレアアースの輸出停滞を起こしたと考えられていたが、この手法は、現代の日本政府では、採用できない行政手法で、違和感の強いものであった。ただし、この中国政府の不透明な手法に対する違和感は、もしかしたら、30年以上前に、米国政府が、日本の政府あるいは官民の関係に関して感じた違和感に一部通じるところがあるのかもしれない。

第2点は、日本政府の中国政府への働きかけが、意図に反し、中国側からの報復措置をもたらすこととなった可能性である。報道などによると、中国政府あるいは共産党中央は、漁船衝突事件の後に、関係機関を集めて、対日経済措置を検討させ、その際、レアアースの輸出停滞が候補として挙げられて、採用されたと言われていた。そして、直前に、日本政府が中国側に強くレアアースの輸出枠削減などに抗議をしたことが、逆に、日本の弱みであると中国側に強く認識をされ、その結果、レアアースに関する措置が対日経済措置として候補に乗り、採用されたという見方がある。これは1つの見方に過ぎないが、二国間関係において、一定の対応が、予想をしない形で他国の政策に波及する可能性を示していると思われる。

第3点は、その反対に、中国側の対応が日本側等の対応を招き、中国側として望ましくない効果をもたらした点も指摘できる。中国がレアアース輸出をほぼ止めたことは、非常に大きな問題として日本等で捉えられ、それが、日本国内で、官民が協力をして、レアアース使用量削減の取り組み、あるいは、レアアース生産地への投資の拡大などにつながり、少なくともその後一定期間の中国のレアアース市場でのコントロール能力を低下させることにつながった。また、レアアース輸出規制問題を日米EUでWTOに持ち込む上でも、大きな推進力を与えたと考えられる。さらに、中国の経済的威圧が初期に発現した例として、中国の行動への懸念を高める上で、早い段階で国際的に強い印象を残してしまったのも、さまざまな評価があるのかもしれないが、基本的には中国側にデメリットをもたらすものとなった。

第4点は、WTO紛争メカニズム活用による、国家間紛争の脱政治化のメリットが再確認できたことである。2012年3月のレアアース輸出規制のWTO提訴は、日本政府による中国への紛争解決手続利用の最初のケースであった。そして、この提訴は、22010年9月の漁船衝突事件、2012年9月の尖閣諸島国有化と日中間で大きな緊張が走るタイミングをぬって行われたものであった。しかしながら、本件自体は、日中間で政治問題化することはなく、WTOの場で淡々とリーガルに議論が行われ、処理をされることになった。WTO紛争解決処理自体が、もともと各国間の経済紛争を政治化せずに処理するメカニズムであったことが基本にあり、加えて、日中二国間ではなく、日米EUという枠組みで議論できたことも大きかった。そして、実態上は本件提訴の上で日本側の貢献は多大であったにも関わらず、対中国で厳しめの姿勢を示したいオバマ政権が、この提訴を政権の成果として打ち出す中で、日本は粛々と慎重に行動し、米国の後ろにうまく隠れることができたことも大きかった。そして、第1回の提訴を淡々とこなしたことで、第2回を淡々とこなす素地を作ることにもなった。

第5点は、WTOで敗訴した中国が、WTO提訴の対象となった輸出規制措置をきちんと履行期間内に撤廃していることである。もともと中国は、日本と同様で、米国とは違い、WTOでの「敗訴」に対する履行実績の良い国である。2018年版不公正貿易白書の分析では、「敗訴」の場合にきちんと履行をしないと、自国が申し立て国になった際に、相手国に慣行を履行しない口実を与えるリスクがあることが、中国の履行実績の良好さの理由である可能性を指摘している。中国は、2001年のWTO加盟以降、WTOシステムから大きな恩恵を受けてきた。それから10年以上が経ち、自国産業の技術力・競争力が向上し、自国企業の国内市場でのシェアの上昇、輸出、海外投資の増加に伴い、紛争解決手続の利用に限らず、WTOなどのさまざまな仕組みが中国にもたらすメリットが着実に増大していることも、中国の履行実績の良さにつながっていると考えられる。

3.終わりに

これまで書いてきたトピックは、10年前と少し時間がたったものではるが、それゆえに、客観的に見やすくなっている面もあるし、少し抽象化して考えると現時点でも参考になる論点を含んでいるかもしれない。例えば、日本から見ると、中国政府のさまざまな仕組みは、日本のものとはかなり根本的な違いを含んでいること、しかしながら、その中の一部は、もしかしたら、数十年時間を巻き戻したら、日本の仕組みとの類似点があるのかもしれない。中国政府の日本及びそれ以外の国の政策の作用、反作用についても、時に細かく考慮した方がいいのかもしれない。日中の関係は、歴史的に難しい面があることを踏まえ、対中では多国間のアプローチが有益なことではあるし、それに加えて、細かい戦術的な調整が重要かもしれない。いずれにせよ、新春のコラムの1つとして、読者が中国に関連した思考をめぐらす上で参考になる点があったとすれば幸いである。

参考文献
  • 渡邉真理子、『米中は何を対立しているのか-多国間自由貿易体制の紛争解決ルールと場外乱闘-』、比較経済研究第58巻第2号、2021年
  • 『第3回日中ハイレベル経済対話概要と成果』、外務省ウェッブサイト、2010年8月28日
  • 『中国、レアアース対日輸出停止 尖閣問題で外交圧力か』、朝日新聞、2010年9月24日
  • 『中国のレアアース政策』、2011年版不公正貿易報告書244頁~254頁
  • 『欧州Inside 中国レアアース、米欧WTO提訴に追随した日本』、日本経済新聞、2012年3月28日
  • 『WTO紛争解決「中国-レアアース、タングステン及びモリブデンの輸出に関する措置」上級委員会報告書の発出について(外務大臣談話)』、外務省ウェッブサイト、2014年8月8日
  • 『参考 WTOの紛争解決手続における履行確保の実態・原因分析』、2018年版不公正貿易白書359頁~365頁
  • 『レアアース紛争、立役者2人が語る「日本勝訴」の舞台裏』、METI Journal、2022年8月16日
  • 『それはレアアースから始まった 日本を抜いた年、中国が放った禁じ手』、朝日新聞、2022年8月30日

2023年12月22日掲載

この著者の記事