我が国においては、科学技術基本計画が5年ごとに策定され、近年では、これが我が国のイノベーション政策の基本としての役割を担っている。次回は、2016年春が第5次基本計画策定の時で、逆算すれば、2015年がその案の審議の年で、2014年はこれまでの計画の効果を評価し、次期計画に盛り込むべき課題を抽出すべき年になると思われる。このため、これに先立ち、我が国のナショナル・イノベーションシステム(NIS)の課題についての私見を述べたい。
世界共通の政策が採られることが多かったイノベーション政策
イノベーションは、基本的には民間の自由な経済活動と市場での評価によって生じるものであり、新古典派経済学に基づけば、「市場の失敗」と「政府の失敗」のバランスを政府の介入の根拠としている。この考え方では、1)基礎研究の成果は公共財としての性格を有していること、2)特許が認められる研究も、特許に抵触しないように後発企業が模倣することがあり、外部性を有していること、3)リスクが大きな研究では企業による投資が過少になる可能性があることから、税制による研究開発投資への優遇や知的財産権の保護を国が行うことが正当化されるとともに、研究開発ファンディングについても「政府の失敗」とのバランスを踏まえた一定の範囲で認められている。一方で、シュンペーターの後継の経済学者(Nelsonなど)は、動的な経済進化を生むイノベーションを新古典派の枠組みで捉えることに異議を唱えており、NISの分析枠組みを提唱している。この考え方では、「市場の失敗」に代えて「システムの失敗」を政府の介入の根拠にしており、イノベーション・プロセスは経路依存的、状況特異的であって、国による差があることを踏まえ、各国のシステムの問題に応じて政府が介入することが期待されている。NISの考え方は、多くの国の政策実務者に受け入れられ、OECDでも、90年代、2000年代に、各国のNISの比較などの検討が行われてきた。
しかし、各国のイノベーション政策は、米国、特にシリコンバレーにおける成功をベンチマークとすることによって、世界共通または類似の政策が採られることが多かった。すなわち、産学連携政策によって知の創出、移転、活用の流れを促進すること、知的財産権の保護を強化すること、バイ・ドール法を導入することなどが、世界共通の政策であり、我が国も同様であった。こうした政策は、多くの成果を生んだものの、全ての地域をシリコンバレーのようにすることは無理だとの認識も広がり、国別の状況に応じた政策の必要性が議論されている。これは、NISの考え方からは当然の帰結のように思われる。産学連携政策、知的財産権の保護政策などは、今後とも重要であることに疑いはないが、それらに加え、我が国においても、我が国固有のシステムの問題に着目したイノベーション政策も検討することが必要な時期に来ている。
日本固有の課題とは何か
それでは、我が国に固有のシステムの問題とは何だろうか。我が国の研究開発は、産業界のウエイトが高く、特に巨大企業に優秀なイノベーション人材が集中しているが、それらの企業が事業の選択と集中を進める中で、小さな新規市場の開拓には躊躇する傾向が強まっている。先端技術を必要とする市場は、その初期においては市場規模が小さく、巨大企業の経営者には目が届かないことが多いが、それが研究開発戦略と事業戦略とのミスマッチの原因となっている。こうした市場は、規模の小さな企業に適しており、製品開発型の中小・中堅企業の経営者のリーダーシップやベンチャーを興すアントレプレナーに期待すべきところであるが、そこには資金面、人材面での制約がある。資金に関しては、金融機関に経営人材や新規事業に対する目利き人材が不足しているために、新規事業への出融資の額が小さいとの金融市場の問題がある。人材に関しては、大学の研究人材の流動性は高まったものの、民間の中高年の研究者・技術者の流動性は低いとの労働市場の問題がある。これらの結果、財・サービス市場におけるイノベーションの不足などを生んでいると考えられ、こうしたシステムの問題を示したのが下図である。
この問題提起は、まだ未成熟で、仮説の域を出ておらず、また、具体的な対策の提示には至っていないが、中長期的には、こうした問題の検討が必要と考える。