新春特別コラム:2012年の日本経済を読む

グローバル化の推進が日本経済の未来を切り開く

一條 和生
ファカルティフェロー

第4期科学技術基本計画

日本の製造業にとり、2011年は試練の年だった。東日本大震災とタイの洪水という2つの天災で供給網が寸断された。その打撃は幅広い産業に及んだ。また、円高は過去最高値を更新。2012年3月期の連結営業利益が前期比57%減の2000億円になることを発表したトヨタ自動車は、「日本のものづくり基盤の崩壊が始まっている」と強い危機感をこめて語った。崩壊を止め、日本の製造業の未来をいかに切り開いていったらいいのか。切り開く鍵はグローバルな事業成長である。

もちろん、グローバルな事業成長が求められるのは製造業だけではない。国内市場が大きく伸びないことを考えれば、小売業、サービス業にとってもグローバルな事業の成長は必須だ。実際に業種、企業規模を問わず、急速に進む国内における人口減少の超高齢化社会、急激な円高、そして何よりも国外の新興市場の急速な成長といった新しい事態に直面して「国外で事業を伸ばす」ことを成長戦略に定めない企業はほとんどない。しかし実際にそのために本格的に動き出した企業がどれだけあるだろうか。何よりも求められるのは、国内本社を含めた企業の大変革である。なぜならば、グローバル化の推進は海外事業担当部署が変わればいいという問題ではないからである。2012年の日本経済の行く末は、グローバル化に向けた大変革に日本企業が踏み出せるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。

グローバル化が優に10年は遅れている日本企業

欧米のリーディング・カンパニーがグローバル化を目指して変革を開始したのは2000年前後である。典型的な多国籍企業、シャンプー等消費材トップ企業のP&G(プロクター・アンド・ギャンブル)がグローバル化を目指して変革を開始したのは1999年。個別市場対応を重視しながらも各国市場業務の標準化を世界トップの食品メーカーであるネスレが開始したのは2000年。それらと比べれば、日本企業のグローバル化への対応は優に10年は遅れている。そもそも日本企業の多くは多国籍企業どころか、あくまでも主力市場を母国とし、国外でもオペレーションの一部(製造ないし販売等)を展開しているインターナショナル・カンパニー(国際企業)にとどまっているのが現状である。

先行事例としての欧米のリーディング・カンパニーが教えるのは、グローバルな事業成長は会社全体の「苦しみの」変革を必須とするということである。実際に、1999年にグローバル化に踏み切ったP&Gが直面した混乱は、並大抵でのものではなかった。それまで100年以上も地域単位に事業の最適化を図っていたP&Gにとって、それはCEOが退任せざるを得ないほどの大変革であった。しかし後任のCEO、A・G・ラフリーは、グローバル化はP&Gにとって不退転の道として改革を進めたのである。

独自のグローバル化を本気で目指せ

日本企業の直面している課題の克服は容易ではない。しかし、法人税等のいわゆる六重苦解決を他人任せに待つこともできない。解決の万能薬もない。ただし、グローバルな事業の成長なくして未来がないのも明らかである。成功の鍵は企業全体でグローバル化を断固進めるというリーダーシップにある。日本企業で事業のグローバル化をダイナミックに進める味の素、花王、コマツ、JT(日本タバコ)、日産、資生堂等の企業に共通なのも、グローバル化の必要性を語るだけではなく、そのための行動、特に本社機能の変革を含めた大変革を経営トップがリーダーシップを発揮して推進しているということである。日本企業界全体がグローバルな事業成長に苦しんでいる訳ではない。この事実は、グローバルな事業の成否は、要するに各企業にどれだけ変革のリーダーシップが備わっているかということにかかっているということを示唆しているのである。

最適なグローバル化に関してどの企業にも有効な唯一絶対の正解はない。リーダーが自社の使命、哲学、競争優位を考え、自社独自の正解を出さねばならない。要は、中国、韓国企業の攻勢、新興市場の成長、イノベーションの中核技術としてのIT等、時代の流れを活用しながら(イネーブラーとして活用しながら)企業の抜本的変革を目指すことである。ただし変革にあたって重要なのは、何を変え、何を変えないかということであることも忘れてはならない。しかもその際に経営資源配分のプライオリティも間違えてはいけない。過去20年近くの日本企業の低迷が教えるのは、変革の基本は「強みを徹底的に鍛え、弱みに関しては謙虚に学ぶ」ということである。しかも経営資源は前者により多く注がれるべきなのだ。

グローバル化の最適解がどうあろうとも、本社機能を含めた全社的変革なくして事業成長はない。日本の経営幹部は相当な覚悟で、日本語による日本人だけの安住の地から全社員を脱却させないといけない。「安住の地」から脱出する変革はつらい。だからこそ強いリーダーシップが必要だ。すべては、グローバル化しか生きる道はないと大変革に踏み切るリーダーの決断に帰結するのである。六重苦を業績不振の言い訳にすることなく、グローバルな事業成長を目指した自らの進化のチャンスに活用できるか。2012年日本経済の未来を切り開く鍵はそこにある。

2012年1月5日

2012年1月5日掲載

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