共通だが差異のある責任原則とプラスチック汚染

岩崎 総則
コンサルティングフェロー / 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA) リサーチフェロー

河村 玲央
東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA) 海洋プラスチックごみ地域ナレッジセンター長

小島 道一
アジア経済研究所上席主任研究員

1. はじめに

プラスチック汚染問題が、国際環境問題の主要な課題として新聞誌面を飾ることも多くなったと読者らも感じられているのではないだろうか。世界経済フォーラム(WEF)の2016年に発表された報告書の中で、このままだと2050年には海の中の廃プラスチックが魚の総量を上回るというセンセーショナルな内容が報告されるなど(WEF, 2016)、プラスチック問題は、海洋生態系の保存や、漁業などへの影響、また人体への影響などさまざまな観点から耳目を集め、議論がなされてきた。ライフサイクル全体を通じた汚染対策を企図する新たな法的拘束力のある国際文書(国際条約)についての交渉会合(Intergovernmental Negotiating Committee: INC)が国連の枠組みの中で2022年11月から始められ、約半年に1回ほどの頻度で交渉会合が開催された後、2024年11月末より最終の第5回会合が韓国のプサンで開催された。この最終会合においてプラスチック汚染条約の大筋が合意される予定であったため世間的にも大きな注目を集めたが、加盟国間の対立は大きく、会議最終日に議長よりINC5再開会合が開催されることが宣言され、閉会となった(外務省, 2024)。

会議最終日の12月1日に公表された議長草稿においては、プラスチック製品デザイン(Article 5)や、プラスチック廃棄物管理(Article 8)などの項目については、合意形成が進展したようであるが、生産抑制や有害物質の特定、途上国への資金メカニズムなどについては、依然として複数のオプションが併記されている状況である(INC, 2024)。

筆者らはこの問題に関して条約交渉の以前から取り組んできた。特に、現在議論されている国際条約の特質については、すでに2018年の別の論稿の中で、他の国際環境条約との差異について考察を行った。その中で、プラスチック汚染条約と他の条約との違いについて、プラスチックは一般的に広く流布した素材であり、特定の有害物質を規制するような条約とは同等に扱うことが難しいということを指摘している(小島、岩崎, 2018)。また、2024年の気候変動枠組条約のCOP29でも話題になった、途上国の能力開発のための資金援助メカニズムが盛り込まれることも、条約の実効性を高める上でも重要であると考えている。このように、現在議論されているプラスチック汚染条約は、プラスチックの生産者の特定が容易である一方で、世界中ほぼすべての人々によって利用されており、排出源を完全に特定することが難しい点において、気候変動対策と似た要素を持っている。

2. プラスチック汚染問題と共通だが差異のある責任原則

地球環境問題ではしばしば先進国と途上国との対立が浮き彫りとなる。その中で、先進国により大きな責任を負わせる考え方の原則となっているのが、「共通だが差異のある責任(Common But Different Responsibilities: CBDR)」原則と呼ばれる概念である。地球温暖化を対象とした「気候変動枠組条約」などの、その後のさまざまな地球環境問題について、CBDR原則は適用されてきている。CBDR原則とは、気候変動問題においては、汚染者負担原則(PPP)を踏まえ、過去に大量に排出し、現在も排出量が多い先進国がまず対策に取り組み、途上国による対策は、先進国が対策をある程度進めた後に進める、あるいは、先進国が途上国での対策の進展に貢献すべきという考え方である。気候変動対策に引き寄せて考えれば、先進国が経済発展のために排出した炭素と同等の排出を途上国も行う権利があり、これまでの排出に対して先進国が対策のための責任をより多く負うべきであるという考え方になる。

CBDR原則は1992年のブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議」(通称:地球サミット)でまとめられた「環境と開発に関するリオ宣言」の第7原則として、下記のように、定義されている(UN, 1992)。

第7原則
各国は、地球の生態系の健全性及び完全性を、保全、保護及び修復するグローバル・パートナーシップの精神に則り、協力しなければならない。地球環境の悪化への異なった寄与という観点から、各国は共通のしかし差異のある責任を有する。先進諸国は、彼等の社会が地球環境へかけている圧力及び彼等の支配している技術及び財源の観点から、持続可能な開発の国際的な追及において有している義務を認識する。

地球環境問題を考える際の基本的な原則の1つとして、今回のINC会合の中でも草稿案及び議論の中で度々登場している概念である。

途上国における、汚染対策や能力構築のための、資金援助や技術協力などを促進することが、問題解決の重要な鍵となることは言うまでもないが、今時のプラスチック汚染問題には他の地球環境問題とは性質が異なり、先進国以上に途上国からの環境への汚染流出が多いという特徴がある(注1)。プラスチック汚染問題については、環境への汚染流出に関する学術的な推計がいくつか発表されているが、アジアをはじめとする経済発展著しい新興国の中でも、廃棄物の収集運搬・適正処理のためのインフラ整備が、人口増加や経済成長に追いついていない国々が汚染流出国の上位に位置付けられている傾向が見受けられる(Jambeck et al., 2015; Meijer et al., 2021など)。日本などの先進国では廃棄物収集のカバー率や、リサイクルを含めた適正処理の割合がすでに高い水準にあり、環境への汚染流出が抑制されているため、CBDR原則を考えるにしても、これまでとは異なる枠組みを考えなければならない。

また、伝統的な先進国と途上国の対立構造に加えて、議論の対立構造を複雑にしているのが、プラスチックの生産に深く関与している産油国(アラブ諸国やロシア等)の存在である。これらの国々が生産抑制の条項に対してINC交渉会議の中でも反対の意見を提示してきた(Gardian, 2024)。今日、グローバルサウスと呼ばれる経済発展著しい新興国が、国際社会の中で発言力を増してきている。プラスチック汚染問題はまさに、プラスチックの生産と排出の両面においてグローバルサウス諸国が主役として大きく関わる問題となっており、条約策定の段階からこれらの新興国において対策が進まないと、実効性のある条約とはならない最初の地球環境条約となり得るかもしれないのである。

3. まとめと展望

本稿では、今時のプラスチック条約の推移、またこのプラスチック汚染問題が既存のCBDR原則に照らして実効性ある対策を考えることの難しさに関して指摘してきた。そもそもプラスチックが主に途上国から環境に流出している原因としては、廃棄物収集のインフラや、リサイクル・焼却・埋立処分のための処理施設が十分に存在していない、また処理・処分施設に移されても、管理体制が不十分で、そこから環境に流出するといったことが指摘されている(OECD, 2022など)。

わが国では、廃棄物対策に戦後早くから乗り出し、1977年度には収集対象の人口が90%を超えている。その後、プラスチックごみの増加を受けて、1995年には容器包装リサイクル法を制定し、今日まで数度の改正を経て、消費者、基礎自治体、そして事業者の役割について明確化し、適正処理のための対策を進めてきた。

経済成長に比して廃棄物処分に関するインフラが未整備な新興国では、インフラの整備の支援に加えて、そもそもプラスチックの使用量やゴミの量の減量に資するソフトな取り組みの支援も必要である。プラスチック汚染問題は、わが国がプラスチック対策先進国として、それぞれの国の状況に照らした制度やノウハウを支援することのできる領域であると筆者らは考えている。

脚注
  1. ^ 途上国からの排出・流出が問題となった事案として、水銀に関する水俣条約における小規模金採掘への対策が他にも挙げられるが、プラスチックの場合は、それよりもより広範なサプライチェーンを抱え、広く世間一般で普及した物質であるという特徴がある。
参考文献

2025年2月3日掲載

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