世界的な技術競争が激化する中、安全保障や経済発展の観点から各国の技術力を把握することが重要となっている。豪戦略政策研究所(ASPI)が2024年8月末に公表した「重要技術トラッカー」(以下「トラッカー」)では、防衛、エネルギー、宇宙、AIなど64の重要技術分野における各国の科学技術力を分析している。多くの政府や報道機関に参照された初版(2023年3月)に続き、最新の第2版では21年分(2003~2023年)の論文データセット等に基づき各国の技術力や技術独占リスクを分析している。
世界技術地図の変化と現状
特筆すべきは、中国の技術的台頭による米中逆転だ。2000年代初頭には多くの技術分野で米国が世界のリーダーであったが、この20年でそのバランスは完全に逆転した。2003~2007年には、64分野のうち60分野で米国が首位を占めていたが、2019~2023年には中国が57分野でトップとなり、米国はわずか7分野となった。この逆転現象は、特に先端材料・製造、通信、最近ではバイオテクノロジーの分野で顕著である。AIや量子技術といった重要新興技術分野で、中国は急速にリーダーシップを強化しており、多くの分野で米国を凌駕している。
次いで注目すべきは、インドの大躍進だ。2000年代初頭にはわずか4分野で上位5カ国に入っていただけのところ、2023年には45分野で上位5カ国入りを果たした。バイオ燃料では今後数年以内に中国を抜き、米中以外で唯一、世界一を取る国となる見込みだ。
一部の分野では、技術独占リスクが高まっている。トラッカーでは、過去5年間に科学的専門知識とインパクトの高い研究成果が単一の国に集中しているかどうかに基づき技術独占リスクを評価している。2003~2007年に「高リスク」とされた技術分野は14であったが、2019~2023年には24に増加している。特にレーダーや先進航空機エンジンなどの防衛関連技術が新たに「高リスク」に分類され、首位国である中国による独占が懸念される。独占は技術の軍事利用や国家安全保障に直結し、世界的な地政学的リスクを高める要因となるため、各国は技術開発の多国間協力やリスク軽減策を講じる必要がある。
日本の技術競争力と現状の課題
日本は依然としていくつかの技術分野で強みを持っている。特に半導体や原子力分野では、長年の技術開発と高度な専門知識を有しており、中国、米国に次ぐ第3位を堅持している(ワイド&ウルトラワイドバンドギャップ半導体、原子力エネルギー)。これらに先進磁石・超伝導体、遺伝子工学、ゲノム配列決定・解析、量子コンピューター、量子センサー、原子時計を加えた計8分野で上位5カ国入りを果たした。ただし、これらのうち7分野において日本は順位と世界シェアを落としていること、さらには2000年代初頭においては日本が32分野で上位5カ国入りしていたことを踏まえると、これは大きな後退とも言える。
トラッカーのデータを踏まえると、一部分野で日本の順位の大きな下落があったと見られる。具体的には高度情報通信技術(先進高周波通信、サイバー防護技術等)、防衛・宇宙・ロボット・輸送(ドローン・群ロボット・協働ロボット、先進ロボティクス)、環境・エネルギー(太陽光発電、バイオ燃料等)等だ。技術独占リスクが非常に高いもの(ナノスケール材料・製造、スマート材料、先進航空機エンジン、先進海中無線通信、光センサー等)も順位を落としており、日本における技術の利活用可能性が脅かされていると言えるだろう。
日本が技術力を落とす一方で、韓国はAIやエネルギー分野での著しく成長し、この20年間で日本と立ち位置をほぼ逆転した。2000年代初頭には7分野が上位5カ国入りするにとどまっていた韓国は、直近ではAIやエネルギー・環境分野を中心に24分野で上位5カ国入りを果たした。
重要技術のリスク評価
技術独占リスクの高まりを踏まえ、それらの技術が利活用できなくなった場合のリスクを評価し、対抗策を考える必要がある。筆者は経済産業省職員であるが、現在英国で新興重要技術の利活用に関するリスク評価についての研究に従事しているところ、そのアプローチを紹介したい。リスク評価においては発生確率と影響度を掛け合わせるのが一般的だが、これを技術利活用に応用する取り組みである。利活用できないリスクの発生確率(技術の利活用可能性)を「ある国が、特定の技術を国内または海外から調達し、それを国内の研究開発や産業活動において実際に活用することが可能であるかどうか」と定義する。例えば特定の技術について、国内で高度な研究が進んでおり産業界の能力も高ければ技術の利活用可能性が高い(使えなくなる確率が低い)と言える。しかし当該技術が他国に独占されていたり、国内に理解して活用できる人材がいなかったり、あるいは法規制や世論の反発が大きかったりする場合、利活用可能性が低い(使えなくなる確率が高い)と言える。もう1つは、技術が利活用できない場合の影響度である。別の技術で代替可能であれば影響は小さいが、当該技術なしには重要インフラが安定稼働できなかったり産業競争力が著しく損なわれたりするなら影響が大きい。具体的な定量化手法の開発が今後の課題である。
世界技術地図の変容を受けて、技術リスク評価に関する関心は高まりつつある。米国では、2022年CHIPS法に基づいて米国国立科学財団(NSF)に設立された技術イノベーションパートナーシップ部門が、「技術アウトカムの評価と予測」プロジェクト(APTO)として、技術評価手法の研究に関するアワード型支援(懸賞金制度など、研究開発のプロセスではなく成果に対して報酬を支払う仕組み)を始めた。わが国においても、技術の利活用可能性やその影響に関するリスクをどのように評価していくか、アカデミアと共に考えていくことが必要だろう。JST研究開発戦略センターやNEDOイノベーション戦略センター、さらには内閣府で新設準備が進む「安全・安心に関するシンクタンク」などの機関において、政府とアカデミア、そして米NSFや豪ASPIのような海外機関との架け橋機能が強化され、リスク評価の取り組みが本格的に推進されることを期待したい。