自律的な意思決定を尊重しながら、新型コロナウイルス・ワクチンの接種を促すには?

佐々木 周作
東北学院大学経済学部 准教授

齋藤 智也
国立感染症研究所感染症危機管理研究センター センター長

大竹 文雄
RIETIファカルティフェロー / 大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授

新型コロナウイルス・ワクチンの接種促進は、パンデミックの終息につなげるための戦略として極めて重要である。本稿では、ワクチンの接種意向を人々の自律性を阻害することなく強化できるのはどのような表現のナッジ・メッセージなのかを実験的に探究した。2021年3月、1,595名を対象にしたオンライン・サーベイ実験を日本で実施して、3種類のナッジ・メッセージが回答者の接種意向及び自律的な意思決定や精神的負担の水準に及ぼす影響を比較検証した。分析結果から、「あなたのワクチン接種が周りの人のワクチン接種を後押しする」と伝えるメッセージが高齢層で接種希望者を増やす効果を持つことが分かった。同じ内容を「あなたが接種しないと周りの人のワクチン接種が進まない」と損失表現で伝えるメッセージや「同年代の10人中X人が接種すると回答している」と伝えるメッセージは、既に接種を受けるつもりでいた高齢層の意向をさらに強化することが分かった。ただし、損失メッセージからは閲覧者の精神的負担を強める可能性も示唆された。これらのナッジ・メッセージは、元々の接種意向が高齢層よりも低い若年層には促進効果を持たなかった。

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種の推進は、パンデミックの終息につなげるための戦略として極めて重要である。接種推進の施策には、単純な情報提供から法的な義務付けまで様々な選択肢がある。しかし、人々の自己選択に一定程度委ねる施策の方が望ましいだろう。公衆衛生には「The least restrictive alternative」という考え方があり、パンデミックの終息などの公共の目的を達成するにあたっては、個人の自由や権利への制限を最小限に留める手段を採用しなければならないという考え方である(Giubilini, 2021)。

新型コロナウイルス・ワクチンには新しい技術に基づいて開発されたものもが多くあり、不確実性がある。一般的に、新規に開発されたワクチンは、その承認段階では一部の効果がランダム化比較試験によって検証され、その他の効果や有効性は、承認後にフィールド・データを用いた検証によって徐々に明らかにされる。新型コロナウイルス・ワクチンの場合、まず発症予防効果が確認され、続いて感染予防や重症化予防の効果や有効性が確認された。しかし、変異株の出現により、ワクチンの効果や有効性の種類、それらの程度が変化する可能性もある(Tregoning et al. 2021)。このように不確実性が残る新型コロナウイルス・ワクチンの接種に関する意思決定においては、人々の自律性を尊重することがなおさら重要だろう。

「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択的アーキテクチャーのあらゆる要素」(Thaler and Sunstein, 2008)と定義される行動経済学のナッジを活用することは、上述の特徴を持つワクチン接種の促進において有効であると考える。新型コロナの感染予防対策である社会的距離の確保の促進においても、ナッジは活用されてきた(Lunn et al., 2020; Sasaki, Saito, and Ohtake, 2021a)。

我々の研究(Sasaki, Saito, and Ohtake, 2021b)では、他者に関する情報を使ったナッジ・メッセージが、日本人の新型コロナウイルス・ワクチンの接種意向を強化するかどうかを実験的に検証した。この研究では、多くの国で優先接種の対象となった高齢層と、遅れて接種対象となった若年層の間で結果を比較した。本研究の特徴は、自分の意思決定と他人の意思決定を異なる形で表現する3つのメッセージを用いた点と、それらのメッセージが人々のワクチン接種意向に与える影響だけでなく、自律性や感情に与える影響も観察した点である。

ナッジには、自律性を阻害したりネガティブな感情を喚起したり、本人が望んでいない選択を強要する可能性があることが最近の研究で明らかになっている(Allcott and Kessler, 2019; Thunström, 2019)。そのような介入は、短期的には望ましい協力行動を促進するかもしれないが、他の協力行動や長期的な協力行動を減退させる可能性もある(Damgaard and Gravert, 2018; Nafziger, 2020)。つまり、現在のワクチン接種は促進できたとしても、他の感染対策への協力や将来のワクチン接種への協力を阻害する可能性があるということである。そこで本研究では、人々の自律的な意思決定や感情に配慮しながら、同時に新型コロナウイルス・ワクチンの接種を促進できるナッジを検討した。

2021年3月に、日本に居住する1,595名の回答者に対してオンライン実験を行った。回答者は、4つのグループのいずれかに無作為に割り当てられた。3つの介入群では、ワクチンの有効性や副反応に関する共通のメッセージに加えて、社会比較メッセージ(「あなたと同年代の10人中X人が接種すると回答している」)、利得フレームの社会的影響メッセージ(「あなたのワクチン接種が周りの人のワクチン接種を後押しする」)、損失フレームの社会的影響メッセージ(「あなたがワクチンを接種しないと、周りの人のワクチン接種が進まない可能性があります」)のいずれかを閲覧してもらった。効果測定では、まず、ワクチンが無料で提供された場合に接種するかどうかを表す二値変数(free-vaccine)とワクチンに対する支払意思額を表す変数(WTP)を使用した。次に、ナッジ・メッセージによって自律的な意思決定を阻害されたり、精神的な負担を強めたりしていないかかどうかも併せて確認した。

図1:ナッジ・メッセージが接種意向に及ぼす影響
図1:ナッジ・メッセージが接種意向に及ぼす影響
Source: Sasaki et al. (2021b).

推定結果から、以下のことがわかった。第一に、利得フレームの社会的影響メッセージはワクチンが無料で提供された場合に接種を希望する高齢者の割合を高めることが分かった。第二に、損失フレームの社会的影響メッセージは、元々ワクチン接種を受けるつもりだった高齢層の接種意向をさらに強化した。しかし同時に、このメッセージを見た人々に精神的な負担を与えることもわかった。さらに分析を進めると、社会比較メッセージは、損失フレームの社会的影響メッセージと同様の促進効果があった一方で、元々接種を受けるつもりのなかった人の接種意向をさらに弱める方向に作用する可能性があることもわかった。第三に、これらのナッジ・メッセージは、元々のワクチン接種意向が低かった若年層では促進効果が観察されなかった。

今回の結果から、政府がメッセージを出す際には、目的や対象に応じて異なるナッジ・メッセージを用いるべきであることが示唆される。利得フレームの社会的影響メッセージは、新たにワクチン接種を希望する高齢層の数を増やすのに有効であろう。このメッセージを公共のポスターやウェブサイトに掲載することは一つの方法である。社会比較メッセージは、元々ワクチン接種を受けるつもりであった高齢層の接種意向を強め、ワクチン接種の確実な実行を支援したいときに有効であろう。損失フレームの社会的影響メッセージには、社会比較メッセージと同様の促進効果があるものの、メッセージを見た者の精神的負担を増大させるため、社会厚生の観点から考えると、政府は社会比較メッセージのほうを使用すべきである。ただし、社会比較メッセージは元々接種意向の低かった高齢層の接種意向をさらに弱める可能性もあるため、接種を希望する人にのみこのメッセージを表示する工夫が必要である。オンラインでの接種予約の画面やリマインド・メールに表示することは一つの方法である。

平均的には、これらのメッセージは、高齢層には一定の促進効果があった一方で、若年層では効果が観察されなかった。これには、元々の接種意向の程度の違いや重症化リスクの違い、実際のワクチン接種計画における優先順位の違いなど、様々な要因が考えられる。一方で、追加分析の結果から、重症化リスクが高いと感じている若年層では、高齢層と同様に損失フレームの社会的影響メッセージによって無料ワクチンの接種意向と支払意思額を増大させることがわかった。つまり、細かなグループごとに効果的なメッセージを発見して個別のメッセージを発信することは、若年層に対する一つの戦略となるであろう。

もちろん、実際の行動ではなく意向を使って効果測定をしているという点で、本研究には大きな限界がある。意向と行動に乖離がある可能性はこれまでも報告されてきた(Brewer et al.2017)。乖離が生じる要因には、ワクチン不足や手続き上の障壁など供給側によるものと、失念や先延ばしなど需要側によるものの両方がある。一方で、この指摘は、ワクチン接種の実行の促進には事前にしっかりとした接種意向を形成することが必要という主張を否定するものではないだろう。上記の障壁が取り除かれたとしても、人々にワクチンを受ける意向がなければ、ワクチンを接種しないだろう。実際、意向と行動の間には正の相関関係がある(Webb and Sheeran, 2006)。また、この研究の目的は、人々の自律性と精神的負担に配慮しながら、同時にワクチン接種を促進することができるナッジ・メッセージを発見することであった。この目的の下では、行動を用いて効果を検証する前に、意向を用いて効果を検証することは理にかなっているだろう。

新型コロナウイルス・ワクチンの接種は現在も世界中で行われており、今回の研究結果はワクチン接種計画の改善に貢献できる。さらに、将来のパンデミックにおけるワクチン接種計画にも活用できるものだと考える。

本稿は、2021年12月13日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳し、一部加筆した上で転載したものです。

本コラムの原文(英語:2021年12月15日掲載)を読む

参考文献
  • Allcott, H and J B Kessler (2019), "The welfare effects of nudges: A case study of energy use social comparisons," American Economic Journal: Applied Economics 11(1): 236–76.
  • Brewer, N T, G B Chapman, A J Rothman, J Leask, and A Kempe (2017), "Increasing vaccination: putting psychological science into action," Psychological Science in the Public Interest 18(3): 149–207.
  • Damgaard, M T, and Gravert, C (2018), "The hidden costs of nudging: Experimental evidence from reminders in fundraising," Journal of Public Economics 157: 15–26.
  • Giubilini, A (2021), "Vaccination ethics," British Medical Bulletin 137(1): 4–12.
  • Lunn, P D, S Timmons, C A Belton, M Barjaková, H Julienne, and C Lavin (2020), "Motivating social distancing during the Covid-19 pandemic: An online experiment," Social Science & Medicine 265: 113478.
  • Nafziger, J (2020), "Spillover effects of nudges," Economics Letters 190: 109086.
  • Sasaki, S, H Kurokawa, and F Ohtake (2021a), "Effective but fragile? Responses to repeated nudge-based messages for preventing the spread of COVID-19 infection," The Japanese Economic Review 72: 371–408.
  • Sasaki, S, T Saito, and F Ohtake (2021b), "Nudges for COVID-19 voluntary vaccination: How to explain peer information?" Social Science & Medicine 292: 114561.
  • Thaler, R H, C R Sunstein (2009), Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness, Penguin.
  • Thunström, L (2019), "Welfare effects of nudges: The emotional tax of calorie menu labeling," Judgment and Decision Making 14(1): 11.
  • Tregoning, J S, K E Flight, S L Higham, Z Wang, and B F Pierce (2021), "Progress of the COVID-19 vaccine effort: viruses, vaccines and variants versus efficacy, effectiveness and escape," Nature Reviews Immunology, 1–11.
  • Webb, T L and P Sheeran (2006), "Does changing behavioral intentions engender behavior change? A meta-analysis of the experimental evidence," Psychological Bulletin 132(2): 249-268.

2022年2月4日掲載