1. はじめに
2021年4月1日に公表された日銀短観によれば、製造業が回復傾向にある一方で、非製造業、特に飲食業や宿泊業などのサービス業は依然として厳しい状況が続いている。本稿では、サービス業の中でも、より厳しい状況にある企業類型を明確化することを目的として、財務省「四半期別法人企業統計調査」を利用し、収支と金融市場へのアクセスという観点から業種・企業規模別に財務分析を行った。分析の結果、①飲食業や宿泊業を中心に依然として厳しい状況にあるが、業種のみならず、企業規模によっても、収支の回復度合いや資金調達手法に異なる傾向が見られること、②規模の小さな企業と規模の大きな企業の回復が遅れており、規模が大きな企業は銀行借入に加えて株式市場から資金調達を行っている一方、規模の小さな企業は増資による調達が困難であり、資金調達手法に制限があることが判明した。
2. 1社あたり収支の状況(売上高・経常利益)
本稿では、財務省「四半期別法人企業統計調査」の資本金1千万円以上5千万円未満、同5千万円以上1億円未満、同1億円以上10億円未満の3つの規模をそれぞれ、「小企業」「中企業」「大企業」と定義した(注1)。なお、資本金1千万円未満および資本金10億円以上の企業はここでは対象外としている。また、同調査では、ローテーション・サンプリング手法が導入されており、毎年4月に、業種別・資本金別の各階層に割り当てられた標本法人数の半数を入れ替えし、一度抽出した法人は2年間継続して調査することとしている。このため、分析時に前年度との比較を行う場合には留意が必要である。
図1は国内の製造業および非製造業(全規模)の1社あたりの経常利益を示している(2020年4月から12月までの合計)。製造業は、経常利益黒字で推移しており、コロナ禍においても相応の影響を受けたと推察されるが、足元では一定の利益を確保している。他方、飲食業や宿泊業、その他運輸業(航空運輸含む)は、依然として経常利益は赤字であり、厳しい状況下にあることが示唆されている。
飲食サービス業、宿泊業およびその他運輸業の売上高と経常利益の推移を規模ごとに分析すると、飲食サービス業および宿泊業では共通して、小企業の売上高の回復が大・中企業に比べて鈍い傾向が見られた。また、大企業は、足元では経常利益が赤字となっており、苦しい事業環境に置かれている。
図2は、宿泊業の1社あたりの収支の状況を示している。なお、ここでは、2019年4-6月期から同年10-12月期の平均値を「コロナ前」として示している。企業規模によって売上高の増加幅には差があり、比較的小企業の回復が遅れていることが見て取れる。他方、経常利益については、小企業が小幅ながら黒字を確保しており、中企業はほぼプラスマイナスゼロである一方、大企業は依然として赤字で推移している。また、大企業については、売上高は増加しており、赤字幅も縮小しているものの、利益を創出する水準には至っておらず、小企業と同様に依然として厳しい状況が続いている。
次に、飲食サービス業では、小企業と大・中企業の売上高において異なる傾向が生じている(図3)。大・中企業では20年10-12月期に売上高が増加した一方、小企業では同年同月期に減少している。他方、大企業の売上高は増加しているものの、足元では赤字幅が拡大しており、小企業と同様に依然として厳しい状況が続いている。
最後に、その他運輸業は、航空運輸業の他に倉庫業や港湾運送業、こん包業などが含まれており、内訳が非公表となっているため、特定の業種の動向について示唆を得ることは難しいが、足元では大企業は、利益の確保に苦戦している一方、いずれの規模の企業も売上高を堅調に回復させている傾向があることが分かった(図4)。小企業は、売上高がやや減少傾向にあるものの、経常利益は黒字を確保している。また、中企業は、売上高を増加させ、経常利益についても黒字を確保している。一方、大企業は、2020年7-9月期から同年10-12月期にかけて売上高を増加させたが、経常利益は赤字に転じており、収支環境は厳しい状況となっている。
3. 資金調達手法の分析
コロナ禍で収支を悪化させた企業は、事業を継続していくために資金調達を行う必要がある。そこで、これらの企業の資金調達の実態を明らかにするために、企業間の資金調達手法の違いについて検証した。資金調達手法を検討するに当たっては、企業の財務状態の把握が必要となることから自己資本比率について分析した。自己資本比率は、一般に20パーセント未満では自己資本が乏しい状態とされている。2019年度の中小企業白書によると、自己資本比率が20パーセント未満の企業は20パーセント以上の企業と比べて10年以内のデフォルト率が高くなっていることが示されている。
図5は、その他運輸業、飲食サービス業、宿泊業のコロナ前の水準および2020年4-6月期から同年10-12月期までの自己資本比率の推移を示している。なお、ここでコロナ前の水準とは19年4-6月期から同年10-12月期の平均値を指す。また、前述の通り、ローテーション・サンプリングが行われている点には留意が必要である。
コロナ禍における企業の自己資本比率は、概して小企業が同業の大・中企業に比べて低い水準となっている。その他運輸業は、いずれの規模についても、50パーセント前後で安定しており、他の2業種に比べると相応の水準は維持している。対照的に、飲食サービス業および宿泊業は、自己資本比率が40パーセントを下回って推移している。特に、宿泊業および飲食サービス業の小企業の自己資本比率は10パーセント前後となっており、2020年10-12月期には、同業種の大・中企業に比べても低い水準まで減少している。なお、ここでの自己資本比率の減少の要因は、主に借入金の増加や利益剰余金赤字に伴う自己資本の欠損などが想定される。
次に、借入金による資金調達と、増資による資金調達の状況を企業規模別に分析した。ここで、増資による資金調達額は「増資額=資本金+資本剰余金+新株予約権の差分」として定義した。図6は、それぞれの資金調達手法による、2020年4月から同年12月までの間の増減額を示している。業種間で差はあるものの、いずれの規模においても、借入金による資金調達は増加傾向にあったことが分かる。増資による資金調達については、大企業が調達額を増加させた傾向がある一方で、小企業は調達額が小さくなっている傾向があり、企業規模によって資金調達手法に違いが見られた。この点に関しては、小企業は、大企業に比べて、増資等による資金調達が実行できていないことが自己資本を減じている要因の1つとなっている可能性がある。
最後に、企業の債務残高が収益比で適切な水準であるかを検証するため、債務償還年数を算出した。債務償還年数は残存する有利子負債から正常な運転資金(事業運営に必要な資金)を差し引いた債務残高を事業による利益で返済するために要する年数を示しており、一般にこの年数が長ければ長いほど借入過多であり、金融機関からの新規の資金調達が困難となる可能性がある。本稿では、コロナ前の水準(2017年度から2019年度の経常利益の平均値)まで企業の経常利益が回復したと仮定した場合の債務償還年数を以下の式に従って算出した。
コロナ前の水準まで利益が回復した場合の債務償還年数
=(①足元の有利子負債-②足元の正常な運転資金)/{(コロナ前の経常利益+コロナ前の減価償却費)}
① 足元の有利子負債(2020年10-12月期)
=長期借入金+短期借入金+社債+その他借入金
② 足元の正常な運転資金(2020年10-12月期)
=売上債権(受取手形・売掛金)+棚卸資産-買入債務(支払手形・買掛金)
図7は、飲食サービス業、宿泊業、その他運輸業、製造業および全産業の債務償還年数を示している。まず、いずれの業種においても、小企業ほど債務償還年数が長期化している傾向がある。そして、全産業や製造業に比べ、飲食サービス業や宿泊業の小企業の債務償還年数が特に長期化しており、これらの企業は金融機関から追加的な支援を受けることが困難となる可能性がある。また、前述した通り、小企業は増資による調達が難しい状況にある。従って、小企業の資金調達環境は、厳しい状況に置かれていると推察される。
4. まとめ
このように、コロナ禍においては、飲食サービス業や宿泊業、その他運輸業を中心に依然として苦境に厳しい状況にあるが、同じ業種であっても企業規模によって厳しさの度合いが異なるなど、業種のみならず、企業規模によっても、企業の業績や財務状況、資金調達手法の傾向に差異があり、大企業も小企業も厳しい状況にあることが判明した。さらに、規模別に見ると、大企業に比べて、小企業は増資による調達が難しい一方、借入過多の状態にあることから、さらなる金融機関からの借入が困難である可能性があり、資金調達の点でも特に厳しい状況となっている。このような状況を踏まえて、これらの企業への支援に際しては、政府がすでに実施しているように(注2)、無利子融資などの借入による資金調達支援に加えて、自己資本の増強など、企業の実態に応じた多角的な支援を行っていくことが重要である。