日本のビジネス・ダイナミズム:10の実証的事実とポスト・コロナの展望

滝澤 美帆
学習院大学経済学部教授

細野 薫
ファカルティフェロー

宮川 大介
一橋大学大学院経営管理研究科准教授

1. はじめに

ビジネス・ダイナミズム(企業・産業の活力)の停滞が内外の注目を集めている。例えばAkcigit and Ates (2019)は、米国の過去数十年のトレンドとして、市場集中度の上昇、マークアップおよび利益率の上昇、労働分配率の低下、新規参入率の低下、雇用の粗再配分率の低下など10の事実を指摘している。日本に関しては、こうした議論に先んじる形でCaballero, Hoshi, and Kashyap (2008)が1990年代における銀行による非効率企業(ゾンビ)への貸出によって健全な企業の投資と参入が妨げられていること明らかにしていたが、アベノミクスによる景気拡大もあり、この問題に対する関心は一時的に薄れていた。しかし、コロナ禍で日本企業のデジタル化(DX)やデータ活用の遅れが明らかになるにつれて、再びビジネス・ダイナミズムの停滞に対する関心が高まりつつある。

こうした問題意識を踏まえて、本コラムでは、第一に、日本のビジネス・ダイナミズムを、Akcigit and Ates (2019)に沿って、市場の競争(集中)度、企業の利益率と労働分配率、企業間の資源の移動、企業パフォーマンスの格差等10の指標を用いて定量的に把握し、米国と比較した日本の特徴を明らかにする。第二に、この結果を踏まえて、コロナ禍以降の日本のビジネス・ダイナミズムの在り方について長期的な観点から議論する。

2. 日本のビジネス・ダイナミズムに関する10の実証的事実

本研究で用いるデータは、東京商工リサーチが保有する企業情報データベースのうち、分析用に必要な変数を条件に絞った結果、各年最大約100万社の企業情報であり、本稿では、リーマンショック後の期間に焦点をあてる(注1)。以下、( )内の数値は2010年から2018年における産業別指標(公務を除く29分類)を2010年時点の売上、付加価値または従業員数によって加重平均した値の変化である。

事実1. 市場集中度(ハーフィンダール指数)は低下(29.2%→27.9%)。

ハーフィンダール指数は、産業内における企業の売上シェアの二乗和である。すなわち、産業\(j\)、年\(t\)におけるハーフィンダール指数\(HHI_{jt}\)は、産業\(j\)に属する企業\(i\)の年\(t\)における売上を\(Sale_{it}\)で表すと、

\[ \displaystyle HHI_{jt} = \sum_{i∈j}\left(\frac{Sale_{it}}{\sum_{i^{\prime}∈j}Sale_{i^{\prime}t}}\right)^2 \]

で表される。マクロの集計値は、\(HHI_{jt}\)を産業\(j\)の売上シェアで加重平均した値である。

事実2. マークアップは上昇(年平均上昇率0.4%)。

企業\(i\)、年\(t\)における可変的投入要素\(x_{it}\)の売上に占めるコストシェア\((p_{x,t} x_{it}/p_t y_t)\)を\(s_{it}\)、\(x_{it}\)の生産弾力性を\(ε_{it}\)とすると、マークアップ\(μ_{it}\)は、

\[ μ_{it} = \dfrac{ε_{it}}{s_{it}}\tag{1} \]

で表される。ここでは、①労働と中間投入が可変的生産要素である、②生産弾力性は同一産業内の企業間で共通で、かつ、時間を通じて一定であると仮定し、売上原価比率(対売上)の逆数の変化率を企業・年レベルで計算し、これを売上ウェイトの加重平均で産業に集計した。

事実3. 売上高利益率は上昇(1.8%→4.8%)。

事実4. 労働分配率(対付加価値)は低下(50.8%→43.6%)。

事実5. 市場集中度(ハーフィンダール指数)の変化と労働分配率の変化は負に相関。

事実6. 労働生産性のフロティアグループ(上位5%)とそれ以外(下位95%)との格差は拡大(上位5%は7.4倍、それ以外1.2倍)。

事実7. 新規参入率は低下(0.25%→0.21%)。

事実8. 社齢の若い企業(創立後5年未満)の雇用上シェアは低下(4.3%→3.4%)。

事実9. 雇用喪失率は増加(5.2%→14.0%)、雇用創出率は低下(4.9%→4.2%)。

雇用喪失率・創出率の推計は、Davis, Haltiwanger, and Schuh (1996)に従う。具体的には、まず、企業\(i\)、年\(t\)における雇用成長率を

\[ Growth_{it} = \dfrac{N_{it} - N_{it-1}}{\dfrac{1}{2}\left(N_{it} + N_{it-1}\right)}\tag{2} \]

と定義する。ここで、\(N_{it}\)は雇用者数である。次に、企業レベルの雇用成長率を産業レベルに集計するために、以下のウェイトを定義する。

\[ Weight_{it} = \dfrac{N_{it} + N_{it-1}}{\sum_{i^{\prime}∈ε_{jt}}\left(N_{i^{\prime}t} + N_{i^{\prime}t-1}\right)}\tag{3} \]

ここで、\(ε_{jt}\)は、年\(t-1\)あるいは年\(t\)の少なくともどちらかに産業\(j\)に存在していた企業の集合であり、\(t-1\)から\(t\)に参入・退出した企業を含む。産業\(j\)の雇用創出率\(JCR_{jt}\)、雇用喪失率\(JDR_{jt}\)はそれぞれ、雇用成長率が正、負の企業の雇用成長率の加重平均値として定義される。

\[ \displaystyle JCR_{jt} = \sum_{i∈ε_{jt},Growth_{it}>0}Weight_{it} \times Growth_{it}\tag{4} \]

\[ \displaystyle JDR_{jt} = \sum_{i∈ε_{jt},Growth_{it}<0}Weight_{it} \times Growth_{it}\tag{5} \]

事実10. 企業間の売上伸び率のばらつきは低下(対数階差の上下1%削除後標準偏差:0.214→0.185)。

日本経済に関するこれらの結果を米国と比較すると、事実1(市場集中度)と事実9(雇用の流動性)を除き、米国における10の事実と定性的にほぼ一致している。

まず、事実9に関して、米国では粗雇用再配分率(雇用創出率と雇用喪失率の和)が低下している一方、日本における粗雇用再配分率は上昇しているという違いがある。これは、経営者の高齢化などによる廃業の増加を背景として、日本の雇用喪失率が急激に上昇しているためと考えられる。

より重要な点として、事実1について、日本とは異なり米国ではハーフィンダール指数やトップ4社あるいはトップ20社のシェアで見た市場集中度が上昇している。これは、GAFAに代表されるようなスーパースター企業が、その技術力を背景に市場シェアを急激に上昇させたことによる。この点に関して、ハーフィンダール指数で計測した市場集中度が日本において低下しているにもかかわらず、他の実証的な事実について米国とほぼ同じパターンが生じていることは一種のパズルといえる。米国における複数の理論的な研究が、集中度の上昇によってビジネス・ダイナミズムが低下するメカニズムを明らかにしていることを踏まえると、日本における「集中度の低下とビジネス・ダイナミズムの低下」という一見すると不可思議なパターンは、現在の日本で生じている事象を理解するための追加的な議論が必要であることを示唆している。

こうした動機を踏まえて、日本の市場集中度をより詳しく計測してみると、実は、ハーフィンダール指数に加えてトップ20社のシェアが低下(29.2%→27.9%)している一方で、各産業のトップ1%(注:産業・年によって異なるが、2018年の産業トップ1%に当たる企業数の中央値は100社)まで広げてそのシェアを見た場合には、むしろ上昇傾向にある(65.3%→67.3%)ことが分かる。こうした計測をトップ10%まで広げても、そのシェアは上昇している(88.8%→90.3%)。広く知られている通り、ごく少数の大企業の売上高シェア変化に影響を受けるハーフィンダール指数には、企業規模に関する分布全体の動きを子細にとらえることが難しいという欠点がある。上記の結果は、日本における「集中度の低下」が各産業のフロントランナーのシェア低下によって生み出されている一方で、同時に「2番手」あるいは「中堅」の企業がシェアを伸ばしているという注目すべき事実を示すものである。

重要な点として、これらの「2番手」あるいは「中堅企業」は、労働生産性の伸び率も高かった。例えば各産業のトップ20社の労働生産性(売上/従業員数)の年平均伸び率は0.8%だが、トップ10%(2018年の中央値は約1000社)のそれは2.1%だった。さらに、トップ20%以下を10分位で見ると、年平均伸び率は0.1%から0.0%程度である(図)。約90%の企業で労働生産性がほとんど伸びていないという状況の下で、非正規雇用の活用などもあって賃金の上昇が限定的なものとなる中で労働生産性を高めた「2番手」あるいは「中堅企業」を中心に、マークアップや利益率の上昇(事実2、3)、および、労働分配率の低下(事実4)が生じたことになる。

図:売上シェア10分位ごとの労働生産性伸び率

米国における既述の理論・実証研究では、スーパースター企業のシェア上昇が労働分配率の低下につながったとの見解が示されている(Autor et al., 2020)。具体的には、米国のフロンティア企業が当初はイノベーションをめぐる活発な競争を通じて新しい技術と市場を生み出し、生産性の向上をもたらしたが、やがて知的所有権やM&Aによる技術やデータの囲い込み、さらには政治的圧力によって、市場競争を阻害するようになった可能性が指摘されている。

日本についてはどのような評価が適切だろうか。第一に、フロンティア企業による、後塵を突き放すような画期的なイノベーションも生まれず、当然の結果として、スーパースター企業による市場競争の阻害も生じていない。第二に、こうした中で二番手、中堅企業によるシェア拡大が経済全体のマークアップ率や利益率の上昇に貢献していた。市場集中度の上昇の下で生じた利益率の上昇が米国においては「悪者」と見なされた一方で、日本においては必ずしもこの限りではないという点は、日米における違いとして認識すべきだろう。第三に、売上シェアの下位90%がほとんど生産性の伸びがみられないという事実は、こうした層に対する手厚い政策的保護などを背景として適切な新陳代謝が進んでいない可能性を示唆している。

こうした重要な違いはあるものの、多くの指標から日米に共通するビジネス・ダイナミズムは低下が確認されていることも事実であり、共通の要因があることも想像される。例えば、参入・退出の停滞(事実7)、社齢の若い企業のシェア低下(事実8)、雇用の創出・喪失率の低下(事実9)などの背景には、無形資産の役割の増大、労働力人口の伸びの鈍化・減少、イノベーションのコストの増加、長期にわたる低金利政策などが存在すると考えられる。

3. ポスト・コロナのビジネス・ダイナミズム

日米におけるビジネス・ダイナミズムの相違点と共通点は、コロナ禍およびコロナ後の経済にとってどのような含意を与えるだろう。

日米に共通する動きとして、感染収束の見通しがなかなか立たないなか、強力な政策支援と金融機関の資金供給(日本の場合は、特に信用保証の活用を通じた資金供給)が行われている。これは、流動性不足による退出を防ぐという積極的な意義があり、また、金融市場にも好影響を与えている。しかし、本来生じるはずだった企業の退出を遅らせるという点で、ビジネス・ダイナミズムへの負の影響も懸念される。長期化は避けるべきだろう。

競争政策に関しては、米国においてスーパースター企業への規制強化が検討されている一方、日本では中小企業政策を保護から成長支援に転換する検討が始まっている。これらは、上述の日米それぞれの競争状況を踏まえれば、適切な政策対応と評価できるだろう。現実問題として、政策的にスーパースター企業を作り出すことは難しく、運よく成功したとしても米国で確認されている弊害も大きい。日本では、「2番手」、「中堅」層の厚みを増し、そうした企業が一層成長できるように競争環境を整えていくことが重要ではないだろうか。コロナ禍を契機に進むデジタル化、働き方改革に対応して、新規ビジネスを始める企業や業態・製品・サービスの転換を進める企業も増えてきている。こうした意欲ある企業の成長を促すためにも、中小企業政策の転換を含めた競争環境の整備を早急に進める必要があるだろう。

脚注
  1. ^ 本稿では、リーマンショックの影響を取り除き、かつ、サンプル企業数が比較的安定していることを考慮して長期的趨勢を見るために、2010年から2018年を対象期間とする。ただし、対象期間の大半が景気拡大局面であること(内閣府の景気循環日付によれば、景気後退局面(谷→山)は2012年3月から2012年1月までと、2018年10月以降のみ)であることに留意が必要である。
参考文献
  • Akcigit, U. and S.T. Ates, 2019. Ten Facts on Declining Business Dynamism and Lessons from Endogenous Growth Theory. American Economic Journal: Macroeconomics, forthcoming.
  • Autor, D., D. Dorn, L.F. Katz, C. Patterson, J. Van Reenen, 2019. The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms. Quarterly Journal of Economics, forthcoming.
  • Caballero, R.J., T. Hoshi, A.K. Kashyap, 2008. Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan. American Economic Review: 98(5), 1943-77.
  • Davis, S.J., J.C. Haltiwanger, and S. Schuh 1996. Job Creation and Destruction. Cambridge, MA: The MIT Press.

2020年10月21日掲載